前作の良いところを捨ててきたシリーズ2作目『ナチの亡霊』読書感想

元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!

今回ご紹介する本はこちら

ナチの亡霊 ジャームズ・ロリンズ 竹書房文庫

アメリカのスパイたちが世界のピンチを救うために大活躍する『シグマフォースシリーズ』2作目です。

前作『マギの聖骨』も当ブログではご紹介しましたが、すみません、最初に謝ります……

前作で褒めていたところを、2作目は捨ててきました!

前作についての詳細は『マギの聖骨』の記事を読んでください、という感じなのですが、褒めていた2点

・歴史的事実を絡めた知的刺激

・魅力的な2人のヒロイン

『ナチの亡霊』では影を薄めていました…

歴史的事実に関して、今回は第二次世界大戦中、ドイツを支配していたナチがピックアップされています。歴史というには浅すぎて、『マギの聖骨』が見せた古代から受け継がれてきた謎を解く、という神秘的な魅力はありません。

そしてレイチェル、セイチャンというダブルヒロインは、ほとんど登場せず…「あれ? 2作目にして大丈夫なの、シグマフォースシリーズ…」という感じかもしれませんが、ご安心ください。

前作よりも、確実にパワーアップしています!

新しいことに2つ、挑戦してそれが見事に成功しています。

さっそく、あらすじと感想をまじえながらご紹介していきましょう。

1.売れっ子作家の2つの挑戦

『マギの聖骨』で作品的にも、経済的にも大成功を収めたジェームズ・ロリンズ。世界各国でファンを獲得している売れっ子作家ですが、十分面白かった前作に満足することなく『ナチの亡霊』では2つのチャレンジをしています。

まず1つ目が小説で絵を描こうとしたことです。

「文章で絵を描く??? どういう意味?」と思われたでしょうか。

今回の作風を例えて言うなら、油絵が近くで見ると乱雑な色と筆づかいの塊にしかみえないのに、離れてみると美しい絵に見えるのによく似ています。

今作では、世界中に散らばった登場人物たちの視点で、少しずつ話を進めていき、最後に大きく繋がって一つの物語になる、という構成をとっているのです。

視点の数は全部で3つ

1つはもちろん、主人公グレイ

2つ目はグレイたちの上司でありシグマのリーダー、ペインター・クロウ。

3つ目はシグマの隊員ですらない、アフリカにすむ青年カミシ。

それぞれの視点で物語が進んでいきますが、最初は何の関係もなさそうなエピソードの連続です。

あれ? これどうなるのかな……? と不思議に思っているうちに気が付けば世界中を巻き込みかねない、大きな陰謀をがあぶりだされるのです。

徐々に見えてくる共通点やキーワードに知的好奇心が止まりません!

前作では、シグマの隊員たちはほとんど全員が一緒になって動き、その様子を描くという、例えて言うなら直線で描かれた物語構成になっていました。主人公たちの足跡を、時系列に沿って、そのままトレースする構成で、一般的に創作では一番よく取られている構成です。

しかし、今回の『ナチの亡霊』では、作者さんはより複雑な構成に挑戦したということです。

この構成にすると、読んでる方は、それぞれの視点で得られた情報を頭の中でつなげてジグソーパズルを作り上げるような、謎解きの快感を感じられるので、読書体験が一層面白くなるんですよね。

しかし、その分、書く方に求められる技術も、一気に何倍も難しくなります…

登場人物たちがご都合主義的に集結しないように行動させるのも大変ですし、視点が切り替わるタイミングで物語がブツ切れにはなるので読者が物語に入り込みづらくなるという欠点もカバーしないといけないし…

これらの困難は、実際に私が複数視点で小説を書いてみようとプロットを練っていた時にぶち当たったものです。本当に投げ出したくなる難しさです。

そんな難しい構成にジェームズ・ロリンズも挑戦し、さすが売れっ子、見事成功しています。

実際に読んでみると、視点が度々変わっても混乱することなくすーっと頭に入ってきましたし、次々と明らかになる新情報に読む手が止まらないしで、記事を書くためのメモを取り忘れそうに……危ない^^;

2つ目の挑戦が、ヒロインの変更です。

『マギの聖骨』では、レイチェルとセイチャンという2人の魅力的な女性がグレイを取り巻いて、恋模様でも大いに盛り上げていました。シリーズものなので、ヒロインは同じくレイチェルかセイチャン、もしくはメインヒロインは交代しても、大事な場面ではレイチェルが登場! ……したりするのが一般的なんですが、『ナチの亡霊』にはレイチェルもセイチャンも友情出演レベルの出番しかありません

かわりに登場するのが「フィオナ」という少女です。

年齢は10代半ば。「グレイのお相手にしては若すぎやしないかい?」という年齢です。実際、彼女とグレイの間にロマンスは起こりません。しかし、それでもフィオナは十分にヒロインとしての役目を果たしていたと思います。彼女がいなかったらきっと、『ナチの亡霊』の面白さは半減していたでしょう。

その理由は、フィオナの「応援したくなる! 生き残ってほしい!」と思わせる生命力あふれる性格にあります。

フィオナはストリートチルドレンだった時代がある、過酷な状況を生き抜いてきたたくましい少女です。初対面で油断していたとはいえ、アメリカのスパイであるグレイからスリをやってのけるという離れ業で、読者とグレイのドギモをまず抜いてくれました。

その後も、命の危険にさらされた直後にも関わらず、恩人を殺された復讐のために危険な真似を単独でやってのけたり、グレイを出し抜いて自分も任務の旅に連れていくように脅したりと、おてんば、なんて言葉では足りない、生命力をみせています

フィオナは、物語の終盤まで、きっちり大活躍します。彼女がいなかったらたぶん、シグマは任務失敗していたことでしょう^^;

みんなの絶体絶命のピンチをフィオナが救うのですが……

彼女は口では、こんなピンチ全然平気! と憎まれ口をききますが、その手は小刻みに震えて、内心は心細くて仕方なかった、とまだ10代のか弱い少女であることも同時に描かれています。

無鉄砲でたくましい一面もありつつ、近くで見守って上げたくなるか弱さもあって

フィオナはみずみずしい魅力にあふれていました!

思えばセイチャンもレイチェルも戦闘の訓練を受けたプロですからね、逆立ちしてもフィオナのような魅力はでてこなかったでしょう。

スパイものだけに、フィオナのようなヒロインが活躍するのは珍しいのです。彼女の活躍を読めば応援したくなる、と太鼓判を押せます。

2.シグマ隊員たちの恋模様

シリーズものって、読み始めると長いし、場所も取るし、でもつい、手を出しちゃうんだよね、という読書家は多いのではないでしょうか?

私もその一人ですが、理由の一つに、主人公たちの関係の変化が楽しめる、ということがあります。

シグマフォースシリーズで楽しめる関係の変化はずばり、恋愛模様。隊員たちの恋愛模様はサブプロットとして大切に書き込まれています。

ハリウッド映画みたいに、2時間の中で出会って、惹かれあって、くっついちゃう、みたいなお手軽な展開もいいですが、付き合い始めるまでのもどかしい関係が長いのも、いわゆる ”萌え” というやつで、なんちゃって恋愛気分が味わえてけっこう好きです。自分が既に結婚したりしていてもドキドキ感をなんのリスクもなく味わえますし、付き合った後にもいろいろな障害にぶち当たる様子に、一緒に怒ったり悲しんだりして楽しんでしまいます。

前作『マギの聖骨』でも主要登場人物の中で2組がカップルができそうかなー? くらいの「その後結局どうなったの?」という気になるところで終わっていました。

その後が気になっていた方には朗報です。『ナチの亡霊』ではその2組のカップルがどうなったのか、一部始終がきちんと書かれています。2組とも恋の行方は物語の最後まで焦らしに焦らしますので、ヤキモキしながら楽しんでください!

さらに、今回は3組目のカップルも登場します。3組目のカップルは本作の中で出会い、さまざまなピンチを共に乗り越えていくことで恋愛感情にまで発展していきますので、このカップルが一番読んでて「楽しい」かもしれません。お互いに惹かれあう理由もすごくよくわかる素敵なカップルでした。こちらのカップルの今後は次回作以降に持ち越しです。どのように発展していくのか、シリーズのお楽しみ要素に加わります。

3.おおまかなあらすじ

あらすじの前に、『ナチの亡霊』の歴史、科学テーマを簡単にご紹介しておきましょう。

『ナチの亡霊』はタイトルにもある旧ドイツ軍のナチが残した秘密の研究がモチーフになっています。

歴史的事実として、ナチの降伏後、欧米によるナチの技術・研究内容の争奪戦が行われ、ナチ側も後日の復活を期して証拠隠滅を図った、ということがあるそうです。

その中でも大きな謎とされているのが鉱山で行われた暗号名「釣鐘」と言われる研究で、関わっていた研究員はナチにより皆殺し、実験装置は行方不明という徹底した隠滅ぶりです。

この「釣鐘」計画が行われていた近郊では原因不明の病気や死亡例が記録されており、大量破壊兵器の研究が行われていたのではないか、と疑われているのです。

それでは、本編のおおまかなあらすじをご紹介しましょう。

研究のためにエヴェレストにいた医師のリサ・カミングスは、診察の依頼を受け地元にある僧院を訪れる。しかし、そこにいたのは死に絶えた家畜たちと、狂気に囚われた僧たちだった。さらに僧院には数日間の記憶を失ったシグマの司令官・ペインターの姿があった。2人は何が起こっているのかほとんど情報もないまま、生きのびるために手を取り合って逃避行を始める。

グレイはテロ組織が古書を買い集めているとの情報を確かめるためにコペンハーゲンにいた。そこで出会ったのがフィオナという少女。彼女の無鉄砲さや大胆さに手を焼きながらも、グレイは古書にまつわる謎を追いかけていく。

南アフリカの自然保護区では正体不明の肉食獣にクロサイが襲われるという事件が起きていた。保護区で働く青年カミシは調査に乗り出すが、彼はまだ自分が大きな危険に足を踏み入れてしまったことに気づいてはいなかった。

3つの視点の冒頭のみをまとめましたが、本当に「これどうつながるの?」という脈絡のなさですね(笑) 点と点が繋がる気持ちよさを、ぜひ体験してみてください。


いかがでしたでしょうか?

2作目になっても、シグマフォースシリーズは勢いをさらに強め、隊員たちの恋模様の進展に未練を残したまま、3作目へと突入します。

そして、3作目には私の推し、ジョー・コワルスキが初登場します!

今から感想を記事にするのが楽しみです……!

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ、感想など、コメントに残していったくださいね。

<シグマフォースシリーズの他の記事はこちらからどうぞ>

本作の1つ前の作品『マギの聖骨』↓

本作の次の作品、シリーズ3作目『ユダの覚醒』↓

シリーズ最新作、15作目『タルタロスの目覚め』↓

シリーズの前日譚『ウバールの悪魔』↓