長編だけじゃない、松本清張は短編もすごかった(張込み、松本清張)読書感想

元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!

今回ご紹介する本はこちら↓

張込み  松本清張  新潮文庫

犯罪をテーマにした短編集です。

実に松本清張らしい、長編にも負けない充実感のある作品が揃っています。

ここで、この記事を読んでくださっているあなたに質問です。

あなたは、犯罪をしたことがありますか?

……どうでしょう? 誰にもバレないので心の中で正直に答えてみてください。

私は「イエス」です。

ゴミのポイ捨ては、実は犯罪です。

家庭ごみを帰省前だからといってコンビニに捨ててしまったとか、

これももしかしたらゴミの不法投棄に当たるかもしれません。

あとはお釣りを少し多くもらったのに、そのままにしちゃったとか……

たぶんこれも窃盗罪か何かにあてはまるんじゃないでしょうか?

こうして考えてみると、犯罪への垣根というのは、案外低いものだと

思われたでしょうか?

しかし、小心者の私は、手元から間違えてすり抜けていってしまったゴミを

そのままにしただけでも、少し胸がドキドキします。

罪悪感? 羞恥心? それとも……?

『張込み』に書かれている犯罪を読んでいくと、

この胸のドキドキの正体が少し、分かるかもしれません。

それでは、各短編のあらすじとともにご紹介していきましょう。

目次
 1.人間の二面性を揺さぶる文章の仕掛け
 2.あらすじ


1.人間の二面性を揺さぶる文章の仕掛け

松本清張といえば、『点と線』『ゼロの焦点』などの良質な推理小説を

代表作に思い浮かべる方が多いと思います。

警察や記者による、地道な捜査を繰り返して、徐々に真相に迫っていく

作風は他にはないリアリティがあって、清張の魅力だと私は思っています。

表題作である『張込み』は清張が初めて書いた推理小説です。

よく、作家の処女作にはその作家のすべてが詰まっていると言われます。

おそらく、その作家が人間や人生をどう捉えているか、という

作品の根底になる部分であり、簡単に変わることのない思想が色濃くでる、

という意味であると思います。

推理小説としては処女作になる『張込み』には、その通り、

推理小説家としての松本清張らしさが詰まっています。

『張込み』のあらすじはこうです。

  強盗殺人犯として指名手配中の男が逃げる可能性のある昔の女を

  張り込むために、東京から九州へ、刑事が飛んだ。

  刑事は昔の女を張込みながら、彼女の現在の生活を知ることになる。

  20も年上の男のところに後妻として嫁ぎ、

  男の連れ子を3人も世話している。

  単調で何も起こらない平凡な日々を過ごしており、

  夫は稼ぎも少なく、しかもケチだと近所でも評判だった。

  そんな日常に、刑事が思った通り、指名手配犯が逃げ込んできた。

  女は指名手配犯との逃避行へ走る。

  しかし、刑事が指名手配犯が一人になったところを取り押さえ、

  刑事は、女にはそのまま家に帰るよう促すのだった。

刑事がしたことは張込みと尾行。地道な捜査を重んじる清張らしいチョイスです。

あらすじには書きませんでしたが、尾行の途中、刑事はあっさりと女を

見失ってしまうんですよね。

女の足取りを追うために、地道に聞き込みをして、少しずつ足取りを追う様子が

丹念に書かれています。

正直、描写としては地味なことこの上ないです。

飽きてページを閉じる読者がいてもおかしくない。

でも、読み続ける読者の方がたぶん多数で、私もその一人でした。

なぜでしょうか?

それは、追い詰められる側である、女の心理を、ちゃんとわかるように

丁寧に示唆しているからなんです。

強盗殺人をやらかすような危険な男の情婦だった女は、今は平凡な主婦になっています。

それも、あまり幸せそうには見えない家庭の主婦です。

実際、読んでいても、「この女の人、毎日、死ぬほど退屈だろうな……」と

手に取って分かるように書かれています。

だからこそ、「もし、こんな時に昔の男が逃げ込んできたら……?」

どうなるのだろうか、と想像してしまいました。

それも、「家庭を捨てて逃げるんじゃないだろうか?」という

負の期待がこもったものです。

そして小説の中の平凡な女は、昔の男の元に飛び出していってしまうのです。

……馬鹿な女だな、と思います。

日々の生活は退屈かもしれないけれど、警察に追われることになると

わかっている生活よりも、ずっとマシだと思いませんか?

紙の向こう側の世界にいる私には、正気の沙汰とは思えません。

しかし、ふと映画やドラマを見るときのことを思い出してみると、

危険を承知で主人公の逃避行に付き従うヒロイン、

自分の身が可愛くて主人公にはついていけないと判断するモブ、

どちらがより感情移入できるかは明らかです。

ついでに言うと、きっと主人公についていかなかったモブは悲惨な目に遭います。

人間には理性があるので、そう簡単に本能に身をゆだねたりはしません。

しかし、もしも、たとえ危険でも魅力的な誘惑が目の前に突然現れたら?

理性を飛び越えて、本能に従ってみたいという欲求は、あるのではないでしょうか。

清張の『張込み』の女は、まさにその心境だったのだと思います。

たとえ、それが犯罪へと続いていく道であったとしても、

魅力的に見える気持ちは、理解可能です。

そして、「家庭を捨てて逃げるんじゃないだろうか?」と読んでいて

期待した私も、実は同傾向の思考の持ち主だと思い当たり、少しゾッとしました。

強盗殺人をやらかすような危険な男と逃げたのは、私だったのかもしれない。

『張込み』に収録されている短編集は、どれもこんな感じで、

犯罪者側の視点、思考も丁寧に書き込まれている作品が多く、

そして、いちいち共感できるところがあるのが、清張の筆力のすごさだと思います。

「こんなバカなことして……! でも犯人側の追い詰められてる気持ち、ちょっとわかる!」

読みながら、こんな気分を何度も味わっていました。

犯人の胸は常にドキドキして、心の平穏は破られています。

しかし、この犯罪をやり遂げさえすれば自分が目指す理想の未来が手に入るはずなんだ!

という心理は、甘美なモノでもあります。

清張は犯人の心理を書き込むことで、読んでいる人の、

心の中のどこかにある 身勝手な自分 を刺激して、

表にでてくるように誘導しているような気がします。

しかし、この共感、小説に感情移入できるぶん、精神的にダメージをくらう

読書体験でもあると思うんですよね。

心の中で悪意や殺意が芽生えたことのない人間なんていないと

私は思っているんですが、それでも殺人や強盗という凶悪な行為に

及ぶ人間は滅多にいませんよね。

日本の教育のたまものでしょう。犯罪への強固な忌避感情があります。

清張の小説を読むと、自分の中の悪意を刺激され、

それは良くないことだとわかっているのに共感させられてしまうんですから、

フラストレーションがたまるってものです。

でも、清張はそこから、読者への救いの手を差し伸べることを

忘れてはいません。

それが、一見地味とも思える警察や記者による捜査活動なんです。

清張のえがく、警察や記者は、決して犯罪者に屈しません。

どんなに手がかりが少なくとも、途絶えてしまっても、

諦めずに執念深く、犯罪者を追い詰めていくのです。

これぞ人間の理性のあるべき理想像というものが示されています。

彼らの職務を全うせんとする静かな情熱が、

フラストレーションのたまった読者の感情を正の方向へ、

犯罪者を追い詰める側を強く応援する気持ちへと変えていきます。

そして、読み終わる頃には、心はスッキリ、

面白い小説を読んだ、という余韻が残る……

悪から正へと、人間の二面性を知らないうちに往復させられています。

これだけ感情が忙しく動けば、小説として面白くならないはずがない!

長編だけでなく、これを短編でもしっかりと書き込んでいる、

清張ってすごい!

あらすじ

表題作である『張込み』以外の他8編の、簡単なあらすじをのせておきます。

私のお薦めは『鬼畜』と『投影』ですね。

『鬼畜』は犯人の追い詰められていく心理が分ってしまい、それが故に嫌悪感がすごかったという

意味で印象的でした(笑)

『投影』は反対に、都落ちしてうらぶれた新聞記者が田舎の街で社会正義を取り戻していく過程が

素直に応援できるもので、読後に爽快感が味わえました。

2編、真逆の感想ですね^^;

それぞれ毛色の違った作品が楽しめるので『張込み』は清張の引き出しの多さにも感嘆させられました。

私の簡単な感想も記述しておきます。

『顔』

売れない役者である井野にエキストラ出演の話がくる。
演技が評価されて、また依頼が舞い込み喜ぶ一方で井野は不安を感じていた。
9年前、ミヤ子という水商売の女を殺した。
その女を殺害現場まで行く途中の電車の中で出会ったのが石岡だった。
石岡は容疑者である自分の顔を映画をきっかけに思い出してしまうかもしれない。
映画の撮影が迫る中、井野は石岡をおびきよせ殺害を決意する。
一方で石岡は謎の誘いにミヤ子とその連れを思い出していた。
しかし、連れの男の顔だけは思い出せなかった。
偶然、立ち寄った飯屋で相席になった井野と石岡。
しかし、石岡は井野の顔を忘れて気づかない。
井野は石岡殺しをやめて映画スターへの道を歩み始めた。
が、その時の井野のある行動が、石岡をミヤ子殺しの犯人の顔を思い出させる
きっかけとなってしまう。

感想→皮肉な結末に「あんなことさえしなければ……」と少し悔しい気持ちになるとともに、
   自意識の塊の男が墓穴を掘っていく様に痛快さも感じるという、自分の性格の悪さを
   実感させられる話でした。。。(笑)

『声』
朝子は新聞社の電話交換手である。優秀で声の聞き分けが得意だ。
夜勤の時、かけ間違え、電話は途中で切れる。
翌朝、朝子がかけ間違えた家で、かけ間違えた時間に、強盗殺人が起こっていた。
朝子は犯人の声を聞いた交換手としてニュースになった。
小谷という冴えない男と結婚した朝子。
夫の同僚である川井、村岡、浜崎らが、自宅で麻雀をするようになる。
ある日、浜崎だけが来ない夜があり、来れない旨を電話でよこした浜崎だが、
電話を受けた朝子には浜崎の声が強盗現場にかかった声と同じなことに気がついた。
そして、浜崎たちも朝子が気づいたことに、気がついてしまった。
武蔵野で他殺体の朝子が発見された。朝子の顔と肺は石炭に汚れていた。
刑事たちは浜崎たちに目をつけ、執念の捜査でアリバイ崩しに成功する。

感想→ミステリ色の濃い作品です。
   前半を覆っている暗い予感が当たってしまい、気持ち的には凹みますが、
   捜査に燃える刑事たちの活躍に、次第にワクワク感が起こる
   「これぞ、清張!」と言える面白い作品でした。

『地方紙を買う女』
潮田芳子は甲信新聞を購読し始めた。表向きは連載小説が読みたいというものだった。
だが、芳子はしばらくして購読をやめてしまう。
小説が面白くなくなったことを理由にしたが、作者はそれを知り不愉快になった。
だが、作者は推理を巡らせ、潮田芳子の購読目的が別にあると思い、
潮田芳子ととある事件の関連に気づく。

感想→作家というのは想像力がたくましく、ちょっと性格が悪いもんなのかなと、
   笑ってしまいました。モデルは清張自身ではないでしょうか。

『鬼畜』
宗吉は印刷工だった。真面目に仕事をしてお梅という女房をもらった。
菊代という妾も囲い、子供も3人設けた。
商売が傾きだして、金が回らなくなり菊代は宗吉を責め立てた。
そして宗吉の家に子連れで乗り込み、そのまま子供を置いて故郷へ帰ってしまった。
宗吉は3人の子供の面倒を見ながら働くことになった。
一番下の子が事故死し、宗吉はお梅の仕業とわかった。
宗吉はお梅の言うがまま、2番目の子を都会に置き去りにしてきた。
一番上の子は置き去りにするには大きすぎた。宗吉は海に投げ落とすことにした。
しかし、その子は途中の木の枝に引っかかって助かった。
これが、宗吉たちの命取りとなるのである。

感想→宗吉とお梅夫婦の心境が手にとるようにわかるが、その心境はタイトル通り『鬼畜』そのもの。
   自分も追い詰められたら『鬼畜』になりかねないと気づかされ、ヒヤッとします。

『一年半待て』
さと子は要吉と結婚して子供も設けたが、彼は失職してしまう。
保険外交員として働きだし成功をおさめたさと子に、要吉は酒に溺れ女を作った。
要吉は子供にも暴力を振るうようになり、ある夜、さと子は要吉を殴り殺してしまった。
世間は彼女に同情的であり、中でも評論家のたき子は彼女を庇う文章で、
減刑嘆願書など、活動をおこない、さと子は執行猶予がついた。
たき子のところに岡島という男が訪ねてきた。
岡島はさと子の言動の不審点をたき子に告げに来たのだ。

感想→女の恐るべし本性が見える作品です。
   岡島の立場に立てば、さと子の正体はホラーでしかないですね。

『投影』
太市は頼子に溺れて新聞社を首になり瀬戸内海に面する田舎へとやってきた。
頼子はキャバレーで働き出す。太市も地方新聞で働き出した。
太市は都落ちしてしまった自分を嘆いていた。
ある時、市役所の土木課課長が石井という市会議員と揉めている場面に遭遇する。
石井は汚職議員で土木課長から無理矢理金をとろうと企んでいた。
その後、土木課長が死体で発見された。
太市は土木課長が石井によって殺されたのではないかと調査に乗り出す。

感想→後味のいい作品です。
   清張も元新聞記者、彼の前職に対する誇りが見えます。

『カルネアデスの船板』
玖村は戦後から活躍しだした先進的な学者である。
大学を追放されていた恩師の大鶴から、大学に復活したいと依頼を受けた。
玖村は優越感にひたり応じたものの、次第に大鶴の図々しい態度が気になっていく。
大鶴は著作を出したりと徐々にその名声を取り戻しつつあり、玖村の妾、須美子にも興味があるようだった。
玖村は大鶴が仕事の邪魔になり始め、その学者生命を奪おうと、私生活で問題を起こさせることにした。
大鶴は須美子を暴行した罪で大学を追われた。
大鶴という障害を取り除いた玖村だが、彼もその後、破滅への道を歩むのである。

感想→タイトルからして、大鶴か玖村、どちらが生き残るのか、知らず知らずハラハラさせられてしまいます。
   結果は……ぜひ読んでみてください。


いかがでしたでしょうか。

清張の代表作は長編が多いため、読むなら長編から…と思われる方が

多いと思うんですが、短編もさすがのクオリティの高さです。

短編の方が短時間で気楽に読めますので、清張デビューには

『張込み』は適した一冊だと思いますよ。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ、感想など、コメントに残していってくださいね。

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