長編だけじゃない、松本清張は短編もすごかった(張込み、松本清張)読書感想
こんにちは、活字中毒の元ライター、asanosatonokoです。
今回ご紹介する作品はこちら
張込み 松本清張 新潮文庫
『張込み』は松本清張の短編ミステリ集で、表題作を含め8作が収録されています。
歴史小説やミステリ小説でお馴染みの松本清張ですが、イメージが強いのは長編です。
丹念に練り上げられ、リアリティを追及した作品群は今もなお色褪せない素晴らしい面白さを誇っています。
しかし、松本清張が凄いのは長編だけではないのです。
作家さんによっては、文字数を詰め込めない短編を苦手としている方もいらっしゃるようですが、松本清張は違います。
短編集でも、リアリティや丹念なストーリー構成を追及してありますし、何より短編ならではの鮮やかな幕引きやインパクトもきちんと備えられています。
松本清張は短編もすごい!
それでは短編集『張込み』を感想とあらすじをまじえながらご紹介していきましょう。
1.『張込み』
まずは1作目、表題作にもなっている『張込み』のご紹介です。
逃亡中の凶悪犯を追う刑事の一人が、凶悪犯の元情婦である一人の女の張込みを始めるところからお話は始まっています。
元情婦は今は平凡な主婦となって、夫とその前妻との間にできた子供たちと暮らしています。
刑事が張込み始めて数日、明らかになったのは元情婦の単調で、そして薄幸そうな日常でした。
子供たちの世話と家事を淡々とこなし、現夫は近所でも評判のケチで自由に使えるお金どころか、日々の暮らしの分ですら厳しそうな有り様。
果たしてこの女の元に凶悪犯は来るのだろうか……刑事が疑問を感じつつも緊張した張込みの日々を送っていた中、異変が起こります。
とまあ、あらすじのご紹介はここまでにしておきましょう。
当ブログはネタバレ禁止を基本としていますので後はぜひ作品を手に取って……と言いたいところですが、ちょっとだけネタバレしてしまいますと、女のもとに凶悪犯は刑事の予想通りやってくるという流れに、この後なっていきます。
というか、来なかったらお話が進まないどころか読者が全然期待してない方向に話しが進んでしまうので、これは誰もが予想できる展開でしょう。
問題は、平凡な主婦として暮らしていた女が、突然現れたヤクザな元彼にどう対応するのか……というところでしょう。
現在の生活におそらく不満を、不満まで行かなくとも退屈を感じているであろう女の心情を考えると、これはいっそのことロマンチックな展開とも言えます。
元彼に流されちゃうのか、それとも別の道が用意されているのか?
お話のラストは古き良き日本映画を観終わったような趣きが感じられます。
『張込み』という無骨なタイトルながらロマンと哀愁が漂う作品はさすが表題作に選ばれるだけはある作品でした。
2.『顔』
2作目のタイトルはシンプルに『顔』の一文字だけ。
この『顔』ですが、短編ながらこれまでも何度か映像化されている有名作でもあります。
『顔』のあらすじはこうです。
ある駆け出しの若手俳優が映画のオファーを受けます。
若手俳優は知名度こそまだまだですが、演技力もあり、何より個性的で魅力的な顔立ちをしており、それが映画監督に見出されたのです。
これはチャンス!! ……と、普通なら飛びつきそうな話ですが、若手俳優はオファーこそ受けるものの、オファーを受けたその日から「とある不安」にさいなまれます。
それは若手俳優が今よりももっと若かりし頃、犯してしまった犯罪に起因するのですが……
ここで、少し考えてみてください。
もし、あなたが過去に重罪を犯していたとして。
被害者と一緒にいるところを目撃されてしまっていたとして。
さらに、あなたの顔は「個性的ですね」と誰からも言われるくらいの特徴を持っていたとして。
あなたは素顔のまま、表舞台に立つことが出来るでしょうか……?
誰しも承認欲求や名誉欲はあると思うのですが、過去の犯罪が明るみに出てしまう恐怖はそれらの欲を上回るものでしょうか?
私ならできるだけ目立たず一生を過ごそうと思いそうです(そもそも犯罪を犯すこともない)。
しかし、もし、表舞台への欲求が上回ってしまったら……?
『顔』はそんな主人公である若手俳優の葛藤、苦悩、そして残酷さを表現したスリリングな作品です。
ラストは意外性もある皮肉なものになっています。
この作品が表題作でもおかしくない、映像化されるのも納得の面白さです。
3.『声』
3作目は『声』。
これは今の時代には生まれそうもない、ひと昔ならではのミステリです。
お話は電話交換手として働く女性が夜中にかけた不思議な電話がきっかけで始まります。
と、本筋に入る前に補足をしますと、電話交換手というのは昔、スマホやガラケーどころか、各家庭に固定電話が普及する前にあった職業です。
今では技術の進歩で通話したい相手の電話番号さえわかっていれば、番号を入力するだけで通信システムが自動的に相手のスマホなり電話なりにつなげてくれます。
しかし、昔はなんと、手動で通信を繋ぐ必要があったらしく、そのために活躍していたのが電話交換手というわけです。
電話をかけたい人(Aとします)はまず、電話交換手に電話し、電話交換手に電話したい相手(Bとします)を伝えます。
電話交換手はその依頼を受け、手元にある電話帳をめくり、Bに電話をかけ「こちらはAですが、Bさんですね、電話を繋いでもいいですか?」と確認し、了承が得られればAとBの回線を繋ぐ、ということをしていました。
便利な技術が普及した現在から考えるととんでもなく回りくどい方法ですが、電話交換手は当時はとても重要な仕事であり、そして「声」のプロフェッショナルでもあったと言います。
毎日ひたすら電話越しに「声」を聞き続ける仕事と言ってもいい電話交換手は、ベテランにもなると数百人単位で「声」を聞き分けることができたとか……
そして、この特殊な技能を身に着けたベテラン電話交換手が、本作『声』の主人公の女性というわけです。
さて、あらすじに戻りますと、ある夜に電話交換手の女性が依頼を受け、大学教授の家に電話を繋ごうとします。
ところが、電話先の相手は「間違い電話だ」と言い張り、電話を切ってしまいます。
電話番号を間違えてなどいないのに、なぜ相手は電話を受けようとしなかったのだろうか?
そのささやかな疑問は、翌朝になって解消されます。
女性が電話をかけた大学教授の家では殺人事件が起きており、女性の電話相手はどうやらその犯人だったようなのです。
その後、女性は電話交換手を辞め、結婚をします。
そして事件の記憶も薄くなったころ、夫の会社の同僚たちが度々自宅にやってくるようになり、静かに事件はまた、動き出すのです。
『声』は短編ながら松本清張の長編ミステリでも取り扱えそうなトリックも登場し、なかなかの読み応えです。
長編を読むにはまだ自信がない、という方にはこちらを読んでみると松本清張の世界観がよくわかるのでおススメです。
4.『地方紙を買う女』
4作目『地方紙を買う女』は不思議な魅力を持つ作品です。
お話は、たぶん多くの人が頭の上に「?」を浮かべるような滑り出しになっています。
飲み屋で働く女性が地方紙の購読を始めます。
理由は「連載されている小説が面白いから」というもの。
これだけなら「そんなこともあるかもしれない」で終わるのですが、この女性、たったひと月で購読をやめてしまいます。
理由は「連載されている小説がつまらくなったから」。
なんだそりゃ、と読んでいるこっちは女性の行動の意図がわからず混乱します。
この混乱の糸を解いていくのが、地方紙で連載小説を掲載している小説家本人である、というのがこのお話のポイントです。
現在では信じられない話ですが、新聞社は「面白い」と「つまらなくなった」の両方の感想を小説家本人に伝えてしまうんですね。(面白いはともかく、つまらないは小説家のメンタルにも響くので伏せるのが普通かも…)
小説家は思います「ちぇっ、つまらなくて悪かったな!」
しかし、こうも思います「本当に、つまらなくなったというのが理由だろうか?」
ここからプロの小説家の想像力を発揮させ、小説家は女性がなぜ地方紙の購読を始めたのか、そして短期間でやめてしまったのは何故なのかを、読み解いていくのです。
警察や探偵が謎を解いていくミステリも面白いですが、個人的にはたまにある「小説家が探偵役」というミステリにとても魅力を感じます。
発想の飛躍や、もし自分がこの人だったらどういう心境なのか、といった人間洞察を持ち込んで行われる推理は、客観的な証拠や矛盾点をついていく推理とは違い、読んでいる人間の空想力も刺激してくれます。
小説家が辿り着く真実とは? ぜひ、手に取ってみてほしいと思います。
5.『鬼畜』
5作目のタイトルはなんだか嫌な言葉ですね。
しかも、お話の内容はこの言葉ピッタリです。
前もって断っておきますと、お子さんがいらっしゃる方にはこの作品、ものすごく胸糞です。
お話の内容はこうです。
1人の男が会社を起業し成功します。
そして調子に乗って不倫、挙句の果てに不倫相手との間に3人もの子どもをもうけます。
しかし、会社はその後傾いていき、不倫相手とその子供たちを養うお金を工面できなくなっていきます。
怒った不倫相手は男とその妻が暮らす家に乗り込み、子ども3人を置き去りにしていってしまうのです。
途方に暮れる男でしたが、男の妻は恐妻なんて言葉では済まないくらいの苛烈な女で、怒り狂うばかりで子どもの面倒をみようともしません。
男は働きながら子供たちの面倒をみて……と新たな日常が始まっていくのです、が。
一番下の子供の病気をきっかけに、男の妻と、そして男自信も鬼畜の道へと足を踏み入れていきます。
あまり多くは語りません(語りたくない)。
しかし、最後は少しスカッとする、因果応報・自業自得なラストになっています。
6.『一年半待て』
6作目の『一年半待て』は堕落していく男と、それに振り回されるあわれな妻の悲劇というミステリのあらすじとしてはありふれたストーリーが進行していきます。
保険勧誘員の妻は、努力と愛嬌で日々、ノルマをこなし子供たちの世話に家事にと働きます。
しかし、その夫は仕事がダメになったきり妻に生活を頼り通しになり、それでいて妻の稼ぎがあるのが気に入らないと酒と女に溺れるようになるという、ダメ男の典型のような運命をたどります。
そしてある夜、悲劇が起こります。
酔って帰った夫は、泣き暮らす妻に癇癪を起し暴力をふるい、自分と、そして子供たちを守るために妻はついに夫を殺してしまうのです。
さて、この妻の裁判の行方はいかに……
と、お話は進んでいくのですが、後半にはここまで読んできた前半部分の印象をガラリと変える仕掛けが待っています。
何よりもインパクトがあるのはタイトルの『一年半待て』です。
タイトルごと伏線を回収する展開は見事の一言でした。
7.『投影』
7作目の投影はザ・松本清張と言える作品です。
主人公が新聞記者というのも彼のミステリでよくあるパターンですが、主人公が挑む悪も政治家という、これまたよくあるパターンです。
お話のあらすじはこうです。
首都圏の新聞社で記者として働いていた主人公ですが上司と喧嘩をして辞職、田舎町に引越し新生活を始めざるを得なくなります。
主人公が再就職先に決めたのはやはり新聞社。しかし田舎町の小さい新聞社で、最初は主人公は「これも生活のためだ、やむを得まい……」くらいの気持ちで始めた仕事でした。
しかし、その新聞社の社長、同僚記者は町にはびこる不正を正そうという正義感に燃え、周りに馬鹿にされながらも毎日コツコツと取材を重ねているのでした。
その姿と情熱に主人公も徐々に感化されていたある日、田舎町を揺るがす事件が起きるのです。
事件の内容・トリックといったものに関しても「松本清張らしいな」といえる王道ものでした。
しかしこの作品の魅力は何と言っても、正義に燃える新聞社と、それに感化されて成長していく主人公のストーリーです。
読んでいるこちらも胸が熱くなってくる展開で短編とは思えない充実感を味わえる作品となっていました。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
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