読書感想|尾崎紅葉門下の小説家、徳田秋声の私小説『仮装人物』
青空文庫をご存じでしょうか?
日本の著作権は作者の死後、50年後にきれますが、著作権のきれた作品をWeb上で無料公開しているのが青空文庫です。
中身を覗いてみると、あるわあるわ……名作がそろっています。
夏目漱石「こころ」「それから」「ぼっちゃん」、芥川竜之介「羅生門」「地獄変」、太宰治「人間失格」「走れメロス」……数年前には江戸川乱歩と谷崎潤一郎のビッグネーム2人がそろって著作権切れになり、青空文庫に登場し、ファンの間で話題になりました。
掲載作品は全部、無料です!
ボランティアさんたちの手によって、日々名作がアップされていますので、ぜひのぞいてみてください。
さて、その中で今回、徳田秋声の『仮装人物』を読みましたので感想を書いていきます。
目次
1.徳田秋声ってどんなひと?
2.自然主義とは?
3.作品詳細
4.『仮装人物』の見どころ
※3以降は軽微なネタバレがありますので嫌な方はご注意ください。
1.徳田秋声ってどんな人?
徳田秋声は20世紀前半に活躍した小説家です。
若いころはぶらぶらしていたようですが、泉鏡花の勧めで尾崎紅葉門下に入り創作を始め、その才能を開花させていきます。
泉鏡花らと並んで小説家として出世を果たしますが、作風が地味だったこともあり、このころは目立たない存在でした。
しかし、尾崎紅葉が死に、日本がロシア戦争に勝利すると、日本文学界は「自然主義」が盛んになり、質実な徳田秋声の文才と流行が一致して、一躍大作家となっていきます。
島崎藤村、田山花袋の名前は聞いたことがある方も多いと思います。
彼らに徳田秋声を加えた3人が、日本の三大自然主義小説家、らしいです。
私は徳田秋声のことは青空文庫でたまたま適当に選んで読むまで知りませんでした^^;
実はすごい人だったんですね!
(こういう偶然による出会いがあるところも青空文庫のおもしろいところです)
有名になった徳田秋声は作品依頼に恵まれ、自然主義文学というよりは通俗小説を多く発表していくことになりますが、徐々に文学界はプロレタリア文学、モダニズム文学が流行し、仕事は下火になっていきます。
しかしプロレタリア文学が衰退していくと、晩年の円熟期を迎えた秋声は再び多くの作品を世に送り出します。
中でも、今回ご紹介する『仮装人物』は「順子もの」と呼ばれる私小説シリーズの集大成であり、第1回菊池寛賞を受賞し、代表作となりました。
(青空文庫で適当に選んで読み終わってから知りました。
こういう偶然による出会い、以下略)
より詳しく徳田秋声について知りたい方はこちらから←Wikipediaに飛びます。
2.自然主義とは?
文学は読んだその人がどう捉えるかが大切で、文学史上の位置づけって2の次、というのが私の意見です。
が、作品を理解するうえで知っておいて損はないので、簡単に纏めてみました。
自然主義とは、元々フランスで起こった文学運動で、日本では20世紀前半、まさに徳田秋声が作家として活躍していた最中に流行します。
本家フランスでの定義は「人間の行動を、遺伝、環境から科学的、客観的に把握しよう」 とする試みのことを指すようで、エミール・ゾラの『ナナ』『居酒屋』が代表作らしいです。
※エミール・ゾラの作品は青空文庫にはなかったです(2019年9月現在)、残念!
日本では島崎藤村、田山花袋、そして徳田秋声が三大自然文学小説家として出世します。
しかし、日本の自然主義文学は田山花袋の『蒲団』に代表されるように、赤裸々に現実を描くものとされ、フランス文学とは異なった道を歩むことになります。
最終的にはそこまで円熟しきることなく、プロレタリア文学等に流行をとってかわられてしまった、というのが終息の原因のようです。
※ちなみに田山花袋の『蒲団』は青空文庫にあります!
※これ以降は軽微なネタバレがありますので嫌な方はご注意ください。
3.作品詳細
それでは、『仮装人物』がどんな作品なのか見ていきましょう。
内容としては、老小説家である庸三が、妻の死後、すぐに若く美しい小説家志望である葉子が庸三の家に住み着くようになり、庸三はその恋に溺れます。
世間には好奇の目を向けられ、子供たちとの関係もぎくしゃくしますが、庸三は葉子との関係に溺れ、また葉子は自身が小説家として世に出るために庸三の元を去ろうとしません。
しかし、葉子の娘との同居が始まったり、葉子の浮気の虫が騒ぎ、他の男との浮名が流れ始めると、徐々に庸三と葉子の仲も冷えていき、同居と別居を繰り返すようになります。
しかし、なんだかんだと葉子との縁を切り切れない庸三は、呼び出されてはほいほいと出ていき、お金を無心されれば手切れ金だとばかりに何度も払い、ずるずるとその関係を続けていく……
こう書くと、なんだかろくでもない話みたいですね。
たぶん、内容はろくでもない話で合ってると思います^^;
しかし、『仮装人物』は徳田秋声が実際に体験した話をかなり忠実にモデルにしてあります。
私小説、というやつですね。
事実はこうです。
徳田秋声の妻の死後、秋声の家にすぐに転がり込んできたのが山田順子という女性で、世間はスキャンダラスな関係に沸き立ちます。
正式な結婚は秋声自身がこばみ、順子はやがて知人男性たちと浮名を流すようになります。
怒れる秋声と何度も修羅場を演じ、ついに順子は家を追い出され、立会人が間に入ってやっと別れますが、その後もちょいちょいと関係は続いていたらしいです。
『仮装人物』の舞台設定、筋書きそのままですよね。
秋声は『仮装人物』以外にも順子との関係をモデルにした作品群を書いており、「順子もの」と名前までついています。
実体験をモデルにし、作品にまで仕上げるところが、自然主義の大家と言われる所以なんでしょうね。
4.『仮装人物』のみどころ
かなり昔の作品なので、現在の創作の手法に則った話をしても仕方がないと思いますので、今回は感想のみです。
作品の売りはリアルだと感じました。
そもそも私小説なので当然かもしれませんが、庸三と葉子のどうしようもないずるずるとした関係が赤裸々に描かれています。
しかし、ただ男女のただれた恋だの愛だのを描いているわけではなく、もっと多くの人間の「欲」が描かれているという印象を受けました。
この作品で描かれる欲は性に関する欲、独占欲、にとどまりません。
庸三は老いていく自分に嫌気がさしながらも、若い葉子にしがみついています。
ただ恋しい気持ちだけで葉子にすがっているわけではない、移り行く時代に置いていかれたくない、老境の若さを求める気持ちがうかがえます。
葉子は葉子で庸三を足掛かりになんとか小説家として出世したい、と最後はあからさまに庸三が審査員を務める賞に応募したりします。
さらに、お金に困っては庸三を呼び出し、何度も何度もお金の無心をし、そのたびに散財する、を繰り返します。
出世欲と金銭欲、葉子はとんでもない妖婦のように描かれています。
しかし、これは秋声の脚色もちょっとあるのではないか?と疑っています。
年若い恋人に振り回された仕返しを、作品上で悪し様に書くことで果たしたと考えるのは考えすぎでしょうか?
まあ、妖婦といっても、谷崎潤一郎の『痴人の愛』にでてくるナオミさんほどではありません。
また、人間の欲を赤裸々に描くだけでもリアルさを感じますが、そこに家族の問題も絡んできます。
庸三と葉子にはそれぞれ子供がおり、一緒に暮らした時期もありますが、子供同士の仲は縮まらない。
葉子の子供は庸三には懐かない、庸三の長男が葉子に恋情を抱いたかのような描写もありました。
こうした家族を巻き込んだ心情描写は時代が変わっても通じるものがありますね。
今読んでも十分にその心情を理解できました。
私小説であり、自然主義の大家である徳田秋声の筆致により、人間の狡さや狡猾さがリアルに語られている作品でした。
いかがでしたでしょうか?
青空文庫ではたまたま選んだ作品が教科書では学ばない大作だった、ということもよくあります。
それが全部無料! 図書館に行くことなく、ネットを見ればすぐに読めるというのもうれしいですね。
スマホ向けアプリも何種類もありますので、試してみてくださいね。
注! アプリではインストール時に課金があるものや、アプリ内課金があるものもあります。
青空文庫自体は無料でも、アプリ開発者が課金していることはあるので、利用する際は
注意してくださいね。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
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