読書感想|ずっと読み継がれていってほしい名作、『破戒』(島崎藤村)

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『破戒』 島崎藤村 青空文庫

三大・自然主義文学の一人、島崎藤村の代表作であり、その内容から何度も絶版となった『破戒』をご紹介します。

島崎藤村の名は教科書などでみかけ、知っている方も多いと思います。

作品の内容も素晴らしく、特に『破戒』は人間の世が続く限り、なくならないであろう、差別の問題を採り上げた普遍的なテーマの作品です。

青空文庫で全文無料で読めますので、ぜひご一読いただきたいなと思います。

それでは、島崎藤村の生涯とともに、ご紹介していきますね。

目次
 1.島崎藤村の生涯
 2.『破戒』のおおまかなあらすじ
 3.一筋の希望


1.島崎藤村の生涯

島崎藤村は1872年、現在の岐阜県中津川市に生まれます。

父・正樹、母・縫の四男で末っ子でした。

父は平田派国学者で後に精神を病みそれがもとで死去しますが、藤村に多大なる影響を与え、『夜明け前』の主人公・青山半蔵のモデルともいわれています。

学校に通い始めた藤村は父や伯父にも手ほどきを受けながら進学し、現在の明治学院大学に第一期生として入学します。

このことが縁で、後に同校の校歌の作詞もしています。

卒業後は教師をしながら雑誌に詩や随筆を投稿したりして過ごしますが、教え子との恋や、兄の収賄疑惑による収監、母の死、教師としての職も就いたり辞したりと、慌ただしい日々を過ごしていたようです。

藤村はこのころに詩作に没頭し、詩集を出しますが、やがて離れていきます。

長野県にて再び教職に就き、秦冬子と結婚し、7人もの子供に恵まれますが、後に栄養失調で3人夭折してしまいます。

結婚をきっかけに現実問題へと目が向いた藤村は小説の執筆をはじめ、『破戒』を自費出版します。

これより藤村は自然主義文学の第一人者として文壇にも認められていきます。

  ※藤村とともに三大自然主義文学者となった徳田秋声についてはこちら、少し自然主義文学についての記述もあります。

しかし、妻が死去すると、藤村の私生活は荒れていきます。

家庭の手伝いに来ていた姪のこま子と関係を持ってしまい、その上妊娠させてしまいます。

逃げるように藤村は渡仏しますが、この時、こま子がどうしていたのかはよくわかりません。

8年後、こま子との関係を清算しようとしたため、こま子は台湾に渡航する羽目になります。

そしてその10年後に藤村は再婚。

これ以降は作家としても名誉に恵まれていたようで、日本ペンクラブの初代会長などを務めることになりました。

1943年、脳溢血のため死去、最期の言葉は「涼しい風だね」だったとか。

藤村の私生活は随分とスキャンダラスですね。

三大自然主義文学の一角をなす藤村の作品には、激動の私生活を下敷きにした『春』や『家』なども存在します。


2.『破戒』のおおまかなあらすじ

小学校の教員をしている瀬川丑松は部落集落の生まれだが、父の教えによりその身分を隠して生きていた。

同じ部落の出身で、その出自を隠さずに執筆・思想家運動を行っている猪子蓮太郎に傾倒しており、自分の身分を彼にだけは打ち明けようかと何度も試みるが、踏ん切りがつかず、タイミングを逃してしまう。

やがて、自分の身分を知る者が現れ、徐々に真綿で首を締めるように追い詰められていく丑松。

そんな折に、丑松の住む町に蓮太郎がやってきたことを知り、会いに行こうとする丑松だが、その前に蓮太郎は暴漢の襲撃で死去してしまう。

これに衝撃を受けた丑松は、生徒や学校に自分の身分を打ち明ける決心をつけ、生徒たちの前で土下座をしながら出生の秘密を明かす。

生徒たちや親友である銀之助に見送られながら丑松は町を離れ、アメリカはテキサスを目指すことになる。

3.一筋の希望

誰しも秘密というのは抱えて生きているものですが、それが人にバレれば身の破滅を招くような類のものだったら……?

そういった種類の秘密を抱えて生きることの息苦しさが、『破戒』には克明に描かれています。

あらすじからはあえて外した、丑松とお志保の恋物語から見てみましょう。

丑松が下宿している寺に、養女として住んでいるのがお志保です。

お志保は丑松の同僚である老教諭の娘なのですが、生みの母は死んでしまい、後添いの母の苛烈な性格と貧乏のために家を出ざるを得なくなった薄幸な娘として描かれています。

丑松はお志保のことが気になりますが、自分の出生を思うと踏み込んだ行動がとれず、父である老教諭や、お志保の弟であり生徒でもある省吾をわずかに手助けして自分の気持ちを誤魔化しています。

老教諭は教職を辞し、ますます生活は困窮していくばかり、それなのにお志保には大問題が発生します。

養女先の寺の住職がお志保に懸想してしまったのです。

このままでは住職夫妻は離婚の危機、お志保は寺を出るしかなくなってしまいます。

しかしお志保の実家は反りの合わない継母がいるばかりか、貧乏にあえいでいる状態、お志保は簡単に実家にも戻れないのです。

ここでも、本当は手を差し伸べてお志保を救ってやりたい丑松ですが、やはり秘密が邪魔をしてお金や物を省吾たちに与えることで、気持ちを押しとどめます。

やがて自分の秘密がばれてしまい学校にも町にもいられなくなった丑松と、ついに寺から実家へと移り住んだお志保。

丑松はお志保のもとを訪ね、自分の気持ちと出生を打ち明け、泣いたのです。

丑松は、父の戒めを破り、出生の秘密を明かした後で、やっとお志保に恋情を伝えることができました。

丑松は何故、恋愛に臆病になっていたのでしょう?

自身の秘密を抱えている状態では、もしバレたときにお志保の身まで危険や差別に晒してしまう。

丑松はただひたすら、己の出生からくる身の破滅にお志保を巻き込んではならないと、恐れていたのです。

『破戒』の時代、結婚は当人たちの気持ちよりもむしろ、親の意向が優先された時代だったのではないかと思います。

夏目漱石の『こころ』でも、プロポーズを当人ではなく、その娘さんの母にまず告げていますよね。

丑松は秘密がばれるまでは小学校の教員として、生徒にも慕われる立派な青年だと思われていました。

お志保の老父にしてみると、丑松からお志保と結婚したいと言われれば、すぐにでも合意したことでしょう。

丑松もそれを理解していながら、やはり秘密のために自分の気持ちを押し殺したのです。

人を好きになる気持ちというのは本能みたいなもので、殺そうとして殺しきれるものではないと私は思っています。

故に、お志保を思い、自分の気持ちを押し殺した丑松の辛さが、強く伝わってくるのです。

お志保に気持ちを伝え、泣いたときの丑松の心中を思うとやり切れません。

しかし、幸いにもこの二人の恋は、希望の光をもって終わっています。

丑松の気持ちを知ったお志保は、秘密のことなど気にもせず、受け入れ、いずれは一緒になりたいという望みます。

丑松の秘密を、とんでもないことだと非難する人もいれば、お志保のようになんでもないことだと受け入れる人もいる。

丑松が行った破戒は、拒絶と受容の両者の反応がある故にリアルで、こういった差別の問題に対しての姿勢を、より強調して読者に示している気がします。


いかがでしたでしょうか?

『破戒』は道徳の教科書にでも載せたらいいんじゃないかと思うくらい、正面から差別の問題に取り組んだ作品でした。

藤村は『破戒』を過去の物語だとして書いたそうですが、こういった問題は人間が生きている限り、対象を変えていくだけでなくならない普遍的なものだと思います。

表現力もテーマも、全く色褪せないずっと読み継がれていってほしい作品でした。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!

よろしければ感想など、コメントを残していってくださいね。

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