青空文庫で読む日本一を目指した作品『大菩薩峠』読書感想

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大菩薩峠  中里介山  青空文庫で無料公開中

大菩薩峠というのは実在する地名でもあります。山梨県の甲州市にあり、標高は1897m、江戸時代の頃は街道の一部として使用されており、難所の一つであった……とされています。

小説『大菩薩峠』の冒頭は、この峠で起きる一つの殺人事件から始まっています

『大菩薩峠』は作者・中里介山によれば当時、世界一長い小説を目指して執筆されており、その目標通り、長い長い…… 一応調べてみたところ、『大菩薩峠』は世界一長い小説だというのは当てはまらないようなんですが(そもそも言語の違いとか、どう比較するんだ??)、読破するのはそうとう骨が折れることは確かです。

私の読書記録によれば、読み始めてから読み終わるまで、3カ月と10日をかけていました。いやあ、大変でした。

このなっっっがい小説、途中嫌気がさしたときもぶっちゃけありましたが(!)、なんだかんだ読み続けられたということは面白さもあったというのも事実です。

この記事では、その魅力を語らせていただこうと思います。

1.簡単なあらすじ

物語の舞台は江戸時代末期、もう少しで明治維新が起こるという動乱の時代です。お話は大菩薩峠で起きた殺人事件から始まります。

犯人は机竜之助。近所の村にある剣道場の跡取りの青年です。この机竜之助、剣術のほうは天才肌で近隣はもちろん、日本中を探しても彼以上の使い手を見つけるのは難しいというくらい強い剣士です。

しかし取柄はほぼ剣術だけで、辻斬り癖はあるし女の人に頼り切りで生活能力皆無だし……とおよそ主人公らしくない性格・性質の人です。

作品冒頭で起こした大菩薩峠での殺人事件も「その場に斬れそうな人間が一人で立っていたから」程度の理由で斬りつけたらしく、作中でもこの殺人事件の動機などを深堀りすることはありません。

お話は竜之助の村で行われる剣術大会の話へと移ります。普通にやれば竜之助がぶっちぎりで優勝するであろうこの大会。しかし、竜之助と同じ道場で腕に磨きをかけた宇津木家の若き当主・文之丞にとってはそれでは済まされません。優勝できなければ家名の名折れ、と内縁の妻・お浜が竜之助に「文之丞に負けてやってくれ」とお願いをしに来ます。

しかしそんな周囲のことはお構いなしの竜之助、剣術大会当日、竜之助 VS 文之丞の試合は荒れに荒れ、しまいには竜之助は文之丞を殺してしまいます。

それから竜之助は実家の道場を出て、文之丞の内縁の妻であったお浜と一緒になり子供までもうけます。

一方、若き当主を失った宇津木家では文之丞の弟の兵馬が実家にもどり、兄の仇である竜之助を討ち取ることを宿願に旅に出る……

と、序盤は竜之助・お浜一家の暮らしと兵馬の敵討ちが主軸となってお話が進んでいきます。

敵討ちができるかどうか、普通の作品であればそこが焦点となるのでしょう。ところが、この後、『大菩薩峠』はどんどんお話が横道にそれまくり、登場人物もどんどん増えていき、お話自体が成長を続ける巨大な迷路のようにふくれあがっていきます。登場人物たちが江戸近辺で動きまわり、偶然に出会ったりをしているうちはまだいいのですが、最終的に竜之助は生死不明、登場人物たちは互いに干渉もできないほど遠くの地で思いのまま生き、中には広い海へと飛び出す人々も出てくる始末。これではもう群像劇とも呼べません。

『大菩薩峠』にあらすじはない!

そう言い切れるほど、行き当たりばったりにお話は進んでいくのです。

2.『大菩薩峠』の魅力とは

あらすじを知ると「『大菩薩峠』って本当に面白いのか」と疑問を持たれた方もいらっしゃるでしょう。

しかしこの『大菩薩峠』は新聞連載でスタートし、途中休載を挟みつつもなんと30年も続く人気ぶり、当時はベストセラー小説だったのです。

さらに『大菩薩峠』を愛読していたとされるのが谷崎潤一郎、芥川龍之介、菊池寛といったそうそうたる顔ぶれ……

どうでしょう? 少し興味を持っていただけたでしょうか?

ここからは、私が感じた『大菩薩峠』の魅力をご紹介します。

魅力その① 読みやすい文章

『大菩薩峠』は全41編の超大作。青空文庫では1~41まで全文無料で読めるのですが、中編くらいの長さのものもあれば、長編ほどあるものもあり「さすが世界一長い小説を目指しただけはある……」というボリュームです。

しかし、読み始めると、けっこうサクサクと読めるのです。

『大菩薩峠』と同時代の作家は前述した通り芥川龍之介や谷崎潤一郎で、教科書に載るような硬派な文章が多く生み出されていた時代です。その中にあって『大菩薩峠』が目指したのは大衆小説、今でいうエンタメ小説ですね。

難しい表現や読み解くのに骨の折れそうな文章ではなく、とにかく読者に楽しんでもらおう!

そんな作者の思いが軽快な文章となって表れています。

古典と呼ばれる作品と違って、気軽に読めるような文章と内容なのでボリュームはありますがとっつきやすい作品です。

魅力その② 個性豊かな登場人物

『大菩薩峠』は主人公の机竜之助を中心としたお話から始まるのですが、その後、どんどん登場人物が増えていき群像劇へと変化していきます(編によっては竜之助がほとんど出てこないこともよくある)。

登場人物が増えていくと心配なのが「これ、誰だっけ?」という現象です。時代も違うと人々の名前の響きも現代とは違ってしまってなじみがなく、さらに覚えにくさをつのらせる羽目になるのですが、『大菩薩峠』にはその点は心配いりません。

登場人物たちの個性が色濃く、今風に言えばキャラ立ちしている人ばかりだからです。

例えば米友という青年をご紹介しましょう。彼は中盤から登場し、最後まで活躍し続けるのですが、身長は小さいながら槍の名人で、それでいてある程度の読み書きもできる頭のいい人物でもあります。ただ、彼の欠点は喧嘩っ早いこと。ちょっとでも癇に障ることを言われると、江戸っ子顔負けの啖呵を切って、なまじ腕っぷしがあるだけに相手をとっちめてしまいます。そのおかげで何度無用のトラブルに巻き込まれたことか……

米友という青年と縁が深い江戸の町医者・道庵先生という人もキャラが濃いんです。医師としての腕前は確かで、絶対に18文以上の金はとらない、庶民の味方のような先生です。しかし大のお酒好きで、医師のくせに朝から迎え酒をするほど。隣に住んでいる金持ちが気に入らないと嫌がらせをしようとしたり、弟子をこき使ったりとちょっと困った人でもあるんです。

この2人の紹介文は読書メモを見返すことなく書いています。読了から約1カ月たっても、まだこれだけの情報を覚えていられるのだから、登場人物たちのあくの濃さがわかろうというものです。

今回はたまたま男性ばかりご紹介しましたが、登場人物の中には艶っぽい美女もいれば、凛とした可愛らしい女の子もいます。きっと誰かはお気に入りになるはずです。

魅力その③ ちょっと勉強になる

『大菩薩峠』はそのタイトル通り、大菩薩峠からお話が始まります。しかし、その後お話は江戸へ移り京都へ移りと、日本の各所へと登場人物たちは散っていきます。

温泉へ湯治にいったり、お寺に寄宿してみたり……とちょっと旅心を刺激されて羨ましくなるほどなのですが、そういった旅先で巡り合う遺跡旧跡の解説なんかも『大菩薩峠』には記されています。なので少し、地理と歴史の豆知識も仕入れられるのです。

ただ、ちょっと気を付けていただきたいのは、『大菩薩峠』自体はフィクションだということ。作品の開始は江戸時代末期で世の中が明治へと向かって荒れていくころを舞台にしています。しかし、『大菩薩峠』では明治維新が起こりません! これは読んでいてびっくりしました。新選組に坂本龍馬や岩倉具視、黒船なんかも作中に登場するんですが、気が付けばとっくに年号が「明治」に改まっていけない年を過ぎ、まだ江戸時代でござい! とパラレルワールドへと迷い込むことになります

その辺は実際の歴史とは異なるということは頭に入れておいてください。

関連して、ちょっと面白いのが歴史上の人物の名前です。『大菩薩峠』には新選組の近藤勇や土方歳三などの実在した人物が登場します。でも、中には一文字違いのよく似た人物が登場したりもしているのです。仏頂寺弥助がその一人で、剣豪のひとりとして登場します。実在していたのは仏生寺弥助で、この人も剣豪ですが明治を待たずに死んでいます。本物はとっくに亡くなっているころに、作中の仏頂寺弥助はピンピンして悪党ぶりを発揮していたりするのも気が付くと面白いところです。

魅力その④ なんでもあり!

長い長いお話なので、『大菩薩峠』の世界観は途中、どんどんと変化を遂げます。

物語開始当初は「竜之助の剣の道」と「兄の敵討ち」がお話のメインです。しかし、お話が進むにつれて剣の道も敵討ちも遠くかすんでいきます。

群像劇になったり、男女の愛憎劇になったり、ミステリ風味になってみたり……とにかく「なんでもあり!」です。

様々なジャンルが1作で楽しめます。

個人的には話の中盤から終盤にかけて、ホラーテイストというのか、ファンタジックというのか、目に見えちゃいけないものが登場する辺りが好きでした。いや、ほんと何でもありもここまでいくと、いっそすごいです。

魅力その⑤ 読み切った時の達成感!

これが一番理由としては大きいかもしれません。読み切った時の達成感はものすごかったです!

3カ月かかってますからね。以前、大長編は北方健三の『水滸伝』『楊令伝』に挑戦しましたが、あの時以上にかかった時間も達成感も大きかったです。

読書好きとして、妙な自信がつきました(笑)

『大菩薩峠』を読み切ったんだから、どんな本でも読み切れるぞ!

腕試しと言っちゃあ変ですが、『大菩薩峠』を読み切れたら人に自慢できるレベルではあります。我こそはと思う方はぜひ挑戦してみてください。


いかがでしたでしょうか?

『大菩薩峠』という大長編、長いですが面白い作品でした。ぜひ挑戦してみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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