ミステリ好きなら押さえておきたい戦前の本格探偵小説(殺人鬼、浜尾四郎)読書感想
元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!
今回ご紹介する本はこちら↓
殺人鬼 浜尾四郎 青空文庫で無料公開中
著作権切れになった作品を無料でネット上で公開している青空文庫、
私も愛読していますが、なかなか面白い作品に出会えるかというと、
これが結構難しいんです。
太宰治や芥川龍之介みたいなビッグネームもあれば、
手がけた作品もほんの数作で、ほとんど文学史に埋もれかけた作家まで
カバーしてあるため、「これは面白いぞ!」と思える作品にヒットする確率は
そんなに高くありません。
しかし、今回ご紹介する『殺人鬼』(浜尾四郎)はミステリ好きな方には、
ぜひ! とお薦めできる作品です!
頭脳明晰な名探偵あり、親しみやすいワトソン君役あり、
美女あり、名家の謎あり、論理的な推理あり……と
今の時代に読んでも十分面白い推理小説でした。
浜尾四郎を読んだきっかけは当ブログ内でもご紹介しました
『碆霊の如き祀るもの』(はえだまのごときまつるもの、三津田信三作)の作中に
浜尾四郎の名が登場したからです。
調べてみると、この方、推理小説家として珍しい経歴と、
短いキャリアながらも良質な作品を遺したことで知られる、
ミステリ好きなら押さえておきたくなる逸材だったことがわかりました!
今回読んだ『殺人鬼』とともに、彼の生涯や、超有名推理小説家とのエピソードも
ご紹介していきます。
目次 1.『殺人鬼』のあらすじや感想
2.高貴、かつ秀才な小説家
3.横溝正史との関係
1.『殺人鬼』のあらすじや感想
まずは作品『殺人鬼』をご紹介しましょう。
登場人物、あらすじ、そしておススメポイントのわかる感想を
書いておきました。
<登場人物>
小川……主人公
藤枝……主人公の友人で、元検事の探偵
林田……藤枝と同じくらい有名な探偵
秋川駿三……秋川家当主
徳子……駿三の妻
ひろ子……駿三の長女
さだ子……駿三の次女
伊達……さだ子の婚約者
初江……駿三の三女
駿太郎……駿三の長男で末っ子
佐田やす子……秋川家のメイド
早川……やす子の元カレ
木沢……秋川家のかかりつけ医
高橋……警部
<あらすじ>
藤枝のもとにひろ子が依頼を持ちこむ。
父・駿三と妹・さだ子の元に脅迫状が届いたという。
調査に乗り出した藤枝が小川を伴い秋川家を訪れると、
その日の夜、母・徳子が毒を飲んで死んでしまった。
現場は密室状態であり、徳子が飲んだものはさだ子用に処方された薬だった。
いつの間に毒にすり替えられたのか、誰ならすり替える機会があったのか。
警察の高橋警部も現場に乗り込み、また駿三が自ら依頼した探偵・林田も
やってきて、秋川家は騒然となる。
しかし、警察と探偵2人の目を掻い潜り、2回目の悲劇が起こる。
今度死んだのはメイドのやす子と、長男・駿太郎。
特にやす子は徳子が死亡した際に飲んだ薬を薬局まで取りに行った本人であり、
死亡が悔やまれた。
警察は伊達を疑い、彼を尋問したり、捜査線上に浮かんだやす子の元カレ・早川を
拘留するも、成果は出ない。
そんな中、藤枝は熱を出し寝込んでしまい、残された秋川家の人々を守るために、
自分の代わりに秋川家に小川を張り付ける。
しかし、ある夕方にまた悲劇が起こってしまう。
今度殺されたのは三女・初江。お風呂で溺死したのである。
熱から復活した藤枝は推理を巡らせ、必要な情報を得るために旅に出てしまう。
今度は警察はひろ子を疑い、彼女を尋問にかける。
数日が経ち、藤枝が旅から戻り、ひろ子の疑いも一応は解け、
秋川家に戻ってきていた。
藤枝は一連の事件の動機が駿三の過去にあるとみて、彼を問い詰める。
しかし、駿三が過去の事件を告白する前に、一人になったわずかな時間に
彼は死んでしまう。
犯人は果たして誰なのか。
一人確信を得た藤枝は、ある人物に揺さぶりをかけるのだった……
<感想>
小説は小川が銀座を歩いている時に偶然、藤枝に会うところから始まります。
この後2人は、コーヒーを飲みに行くのですが、この冒頭の短いシーンで、
「これは面白そうだな」とまず思わされます。
探偵・藤枝は元検事という経歴の持ち主で、作者である浜岡四郎の経歴と
かぶっています。
その藤枝に、作者が言わせたのが、「生来的に殺人狂で、そうしてすばらしく
知恵のある奴というのはなかなかいない。だから殺人事件で探偵の出番が
くることは滅多にない」という内容です。
藤枝いわく、「元々殺人狂であれば、すぐに捕まるくらいの頭しかない。
そして、知恵がある人間はそもそも殺人なんてしない。これは僕の検事時代の
経験からも明らかだ」
なるほど、これは確かに一理ある、と思わず読みながら頷いてしまいました。
しかし藤枝はこうも言うのです「殺人狂で知恵がある犯人との一騎打ちを
やってみたいものだ」
冒頭から、この作品の重要なテーマ「知恵ある殺人狂 VS 名探偵」という
図式を、見事に浮かび上がらせて、これから始まる小説に期待が高まりました。
その後、シーンは藤枝が小川と共に依頼人であるひろ子に会う場面へ
移っていくのですが、ひろ子宛に脅迫電話が来たりして、
緊張感あるシーンを演出していて、飽きないどころか、
変な話ですが「早く殺人事件が起きないかな……この犯人はとんでもない
惨劇を起こしてくれそうだ」と不謹慎な欲求すらわいてきました。
そして、あらすじにもある通り、この後、藤枝と小川は次から次へと
起こる事件に私の期待通り、翻弄されていったのです。
浜尾四郎の理想の探偵像は、理論的に推理を行う人物としていたそうで、
藤枝にもその思想が色濃く反映されています。
彼は犯人の行動だけでなく、被害者の行動心理にも深く注意を払い、
推理を進めていきます。
「なぜ、被害者は悲鳴をあげなかったのか」
「なぜ、被害者はこんなところにいたのか」
戦前に書かれた探偵小説としては、画期的なクオリティの高さを
誇っていると思います。
戦前から活躍し、今も多くの人に愛されている探偵小説家に
江戸川乱歩と横溝正史の2人の偉人がいますが、
その2人に劣らない作品です。
そして、最後には名探偵・藤枝が見事、全ての事実を見抜き、
事件は解決へと向かうのですが……
本編開始当初から、ミスリードされていたと気づかされる、
「あんたが犯人かい!」という驚きを感じる真相でした。
2.高貴、かつ秀才な小説家
ここからは作者・浜尾四郎自身をご紹介していきます。
浜尾四郎は1896年、男爵で医学博士でもあった父の四男として生まれます。
生まれからして立派な家庭に恵まれているわけですが、その後の浜尾四郎自身の
経歴もすごいんです。
現在の筑波大学付属小学校・中学校を卒業後、第一高等学校、そして東京帝国大学へ進学するという
当時の学歴エリート街道のど真ん中を歩きます。
在学中に婿養子に入るのですが、婿養子先のおうちも半端ではありません。
元東大総長で、時の文部大臣かつ枢密院議長であり、子爵の位を持つ浜尾新の家に入るのです。
大学で法学を修めてからは検事として働くかたわら、
落語や犯罪心理についてのエッセイを発表し始めます。
子爵を襲名してからしばらくして、検事から弁護士に転身、
その翌年から、横溝正史に誘われ探偵小説『彼が殺したか』を発表、
それから毎年新作小説を世に出していきます。
優秀なだけでなく、活動的なタイプの人だったのかもしれませんね。
浜尾四郎の小説は、上流階級の司法の専門家が著した良質な本格的探偵小説として
評判を得るようになります。
浜尾四郎本人はヴァン・ダインに心酔しており、特に『殺人鬼』はヴァン・ダインの影響を
強く受けた作品とされています。
いろいろと多趣味な人だったようで、落語、演劇、麻雀……江戸川乱歩とは衆道に関する
研究で親交が深かったというエピソードも残されています。
小説家として、順調な道を歩んでいるかに見えた浜尾四郎ですが、元々の体質が弱かったせいか、
1935年、わずか40歳の若さで脳溢血で亡くなってしまいます。
彼の執筆期間は6年間しかなく……遺された作品も多くありません。
なんとも惜しまれるものです。
3.横溝正史との関係
横溝正史は誰もが知る超大御所ですよね。
彼が編集長を務めた雑誌『新青年』は、江戸川乱歩をはじめとする
日本の推理小説家を数多く輩出した、当時大人気の雑誌でした。
その『新青年』で浜尾四郎も探偵小説家デビューを果たしています。
デビューさせたのは、もちろん横溝正史。
横溝が注目したのは彼の経歴でした。
身分も高く、教養もあり、そして現役で法曹界で活躍している人物。
こんな人が探偵小説を書いてくれれば、きっと世の中の探偵小説を
見る目も変わるに違いない!
この頃、日本の探偵小説はまだうぶごえをあげたばかりで、
世間からは低俗なものとみなされていたのです。
横溝の思惑はあたり、浜尾四郎は自身の法律の知識も活用した
質の高い探偵小説を世に送り出し、世間の評判を得ていきます。
浜尾四郎の『殺人鬼』を私が読めたのも、横溝正史のおかげというわけです。
浜尾四郎と横溝正史が直接会ったのは原稿依頼に浜尾家の向かった1回きりだったようですが、
その時の横溝正史の浜尾評は良好で、身分や経歴によらずお高いところのない
話しやすい紳士というものだったようです。
余談ですが、横溝正史は新しい才能を発掘する才能も持ち合わせていたようで、
日本三大奇書の一角、『黒死館殺人事件』の作者・小栗虫太郎も
横溝正史が発掘した作家でした。
そして、小栗虫太郎も若くして亡くなっています。
偶然だとは思いますが、横溝正史が見出した偉大なる才能が
2人も若くして消えてしまうとは。
……なんとなく因縁めいていて、ゾクッとしますね。
いかがでしたでしょうか?
『殺人鬼』は短くはないですが、全文無料でWeb上、もしくはアプリで
読めますので、これを機会に青空文庫を活用してみてください。
埋もれていた名作を掘り当てた時は、ガッツポーズものですよ笑。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ、感想など、コメントに残していってくださいね。