目指せ『ドグラ・マグラ』完全読破・理解への道!読むべきシーンを解説します

元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!

今回ご紹介する作品はこちら

ドグラ・マグラ   夢野久作  青空文庫で無料公開中

読めば頭がおかしくなーる……

というまことしやかな噂で良く知られる作品です。

『虚無への供物(中井英夫)』、『黒死館殺人事件(小栗虫太郎)』と並んで「日本三大奇書」の一角をになっている作品でもあります。

『虚無への供物』も『黒死館殺人事件』も読んでいると頭が混乱してくるへんてこりんな作品ですが、個人的にはこの『ドグラ・マグラ』が1番ヤバいです。

というのも、『ドグラ・マグラ』には苦い思い出がありまして、最初の2、3回は読み切ることが出来ず、途中で挫折しております。「もうだめだ、何言ってるかわかんない、ついていけない……」というのがその理由で、4回目くらいのチャレンジでやっと通して読むことはできた、というレベルでした。正直、作品の面白さとかは全然わからずじまいで「最後まで読めた!」という謎の達成感だけを味わった記憶があります^^;

そこから数年修行を積み、今回なんとかブログで感想らしきものを述べられるくらいに読み込むことが出来ました。

とはいえ、『ドグラ・マグラ』はやはり読書慣れしている人でも超がつく難解な作品だなとつくづく思い知らされました。

この作品を難しくしている要素は、文章全体から感じられる薄気味の悪い表現だったり、重要な登場人物である正木教授の奇人変人っぷりが気になりすぎて文章が頭に入ってこないことなどいろいろとあると思うのですが、

  • 話の本筋には関係ない文章が多いこと
  • 頭を混乱させるような酩酊感のあるエピソードの中に、実は大事な伏線がさらっと書かれていて読み流しがち & 覚えていられない

この2点に集約されるのではないかと思います。

そこで、この記事では、少しでも『ドグラ・マグラ』を読みやすくするため、話を少しずつ区切りながら、

「これはじっくり読むべし!」

「ここは読み飛ばしてOK!」

などの解説を加えながら作品をご紹介していこうと思います。

解説は私なりに考察したものですので、その点はご了解くださいね。

一緒に『ドグラ・マグラ』を読みながら、少しずつ読み解いていきましょう!

この記事まで辿り着いてくださったあなたの助けになれば幸いです。

一気に書くのは大変すぎるので、毎週水曜日に更新していきます。

あと、これは私からのお願いですが、まだ『ドグラ・マグラ』に挑んだことがない、という方は、ぜひ一度、挑戦してみてからこの記事を読んでください。

『ドグラ・マグラ』の真髄は、初めて読んだ時に感じる「意味不明さ」や「頭がおかしくなりそうな感じ」にこそあると思います。

読み切れなくても大丈夫! そういう人はたぶんたくさんいます!(笑)

『ドグラ・マグラ』の解説を読むのは、前知識なしで挑んで真髄を堪能してからでも遅くはありません。

それでは、前置きが長くなりましたが、あらすじと感想と解説をご紹介していきましょう。

1.主人公の目覚め~再び意識を失うまで

『ドグラ・マグラ』の冒頭は不思議で不気味な数行の歌から始まっています。

この歌は後ほど本文でも出てきますので、ここでは物語の始まる前の食前酒として『ドグラ・マグラ』の狂気をほんの少し垣間見ておいてください。

そして、本編は主人公の目覚めから始まります。

いきなり 「ブウウーーーンン」という独特な擬音語で始まっています。

これは主人公によればどこかで動いている時計の音らしいです。

こんな音を発する時計にはお目にかかったことはないですがこの音、ぜひ覚えておいてください。

最後まで読み切った時に「この音は……!」とハッとするものがあると思います。

さて、この独特な時計の音で目を覚ました主人公ですが、読み進めるとどうにも様子がおかしいことがわかってきます。

  • 自分の名前が思い出せない
  • 自分の顔すら思い出せない
  • 自分の今いるところがどこかわからない
  • それどころか以前の記憶が全くない
  • 体は垢にまみれて汚い
  • ひげも生え放題、髪もぼさぼさ

主人公が自分の心身を観察すると、これだけの異常が発見されます。

当然、主人公は混乱に陥ります。

記憶がないだけでも異常なのに、自分の身体を点検してみてもろくな環境に置かれていなかったであろうことが明白ですからね。

おまけに目覚めた部屋は鉄格子のハマった窓と簡易なベッドがあるだけの殺風景極まりない小部屋です。

自分は監禁されているのか? それとも精神病棟にでも入院しているのか?

混乱しながらも主人公は意外と冷静にまっとうな推理を巡らせます。

そしてこの後、主人公をさらなる混乱に突き落とす「声」が聞こえてきます。

それはどうやら、隣室から聞こえてくるようです。

聞こえてきたのは若い女の声。

しかし、それは喉が枯れてしゃがれていました。

彼女は一心に呼びかけています。

呼びかけている相手は、主人公のようです。

「お兄様」と主人公を呼び、驚くべき内容を聞かせるのです。

  • 女性は主人公の婚約者であること
  • 女性は主人公に結婚式の前夜に殺されたこと
  • しかし生き返って閉じ込められていること
  • 彼女の名前は「モヨコ」ということ

これらのことを聞かされても主人公の記憶は何にも刺激されることなく、記憶が始まるのは「ブウーン」という時計の音で目覚めた瞬間からのみです。

主人公の混乱はさらに深まり、彼女になんのリアクションもできません。

しかし、執拗に主人公の返事を求める彼女の声から、分かることもあります。

主人公がいる場所はどうやら精神病棟らしい、ということです。

主人公はその後、脱出を試みたり、自分の記憶を取り戻そうと思索にふけったりしますが、やがて眠りについてしまいます。

ここまでが冒頭です。

まだ長い物語は始まったばかりですが、それでも『ドグラ・マグラ』の前評判を裏付けるような、頭を直接揺さぶってくるようなインパクトのある内容になっています。

主人公の置かれている状況、そして隣室にいるらしい女性の様子は物語を理解していくうえで重要な情報になってくるのでここもぜひ記憶に留めておいてください。

そしてもう一つ、読者にだけわかる事実があります。

それが、主人公は賢くまっとうな判断力の持ち主だということです。

主人公は混乱した心理にはありますが、隣室から聞こえてくる女性の呼びかけに安易に応じるような真似はしません。

彼女の言うように自分が婚約者だったとしても、自分にはその記憶がないため、夫として応える資格がないこと。

もし、婚約者じゃなかったとしたら、彼女の精神に取り返しのつかない混乱を与えてしまうかもしれないこと。

他にもいろいろな可能性を瞬時に考え、「返事をしてはならない」と自分を戒めます。

ものすごい自制心ですね。

混乱に乗じて、自分の素性を聞こうとか、ここから出してもらえる可能性に賭けて返答してみよう、と思いつくけど実行しないんです。

この事実から読み取れる主人公の性格の誠実さも今後、彼の正体が何者であるかについてヒントになると思います。

2.再びの目覚め(朝)~若林の名を知るまで

主人公が眠りに落ちて、次に目覚めたのは朝でした。

爽やかな朝の気配が独房のような部屋にも入り込んでいます。

その爽やかさを壊すように主人公は部屋の中の異変に気が付きます。

部屋にあるたった一つの扉から、食事が差し入れられようとしている!

これは扉に猫用の出入り口がついているような感じを想像してください。

部屋の中に入らずとも、部屋の中とモノの受け渡しくらいはできるようになっているわけです。

主人公はたまらず、食事を差し入れている女性の手を掴みます。

「僕の名前は……何というのですか?」

この問いが、今後起きるすべての出来事のスタートの合図であり、物語を通して最も重要になる「問い」です。

主人公がここで自分の名前を問いかけたこと、記憶にとどめておいてください。

このあと、女性はその問いに応えることなく、主人公の手を振り払い逃げてしまうのですが、ここからしばらく、特に注目すべき描写はありません。

ただ、主人公の精神状態がかなり不安定であることがよく表現されていて、とても『ドグラ・マグラ』っぽいです。

いろいろな表現をじっくりと読むとけっこう面白いと思います。

朝食の食べ方に使われる独特の擬音であったり(ぐしゃぐしゃ)、妙に詳細なうたた寝の描写など、よくぞここまで気色悪い雰囲気を出せるもんです。

主人公がうたた寝をしていると、気が付けば一人の男性が部屋の中に入ってきていたことに気が付きます。

ここで出会うこの男性は、『ドグラ・マグラ』において超重要人物です。

名前を若林鏡太郎。

九州帝国大学法医学教授であり医学部長でもあるという、大層立派な肩書の持ち主です。

名前、肩書ともによく覚えておいてください。

できれば、主人公から見た若林の印象も。

主人公は若林を端的に言うと「異様な人物」と、好意的とは正反対な受け止め方をしています。

ただ、読み進めていくとこの時の若林の心理状態は実は「極度の緊張状態」であり、そのため異様に見えてしまったのではないか、とも思えるのです。

なぜ若林が極度に緊張しているのかは、後々判明します。

3.若林の話その1(名刺から若林が椅子に座る前まで)

若林の素性が判明した後、若林は主人公に問いただします。

「名前は思い出したか?」

若林は、この質問をするために、朝早くに車を走らせて急いでやってきたのです。

主人公は当然、戸惑います。

ただの精神病患者の自分が、記憶を取り戻すことがなぜそんなに重要なのか、と……

しかし、この「主人公の名前は何か?」という問いは、『ドグラ・マグラ』において、最重要のテーマです。

ここまで、しつこく主人公は自分の名前につきまとわれてきましたが、若林はその理由を、語りだすのです。

若林の話は長く、馬鹿丁寧な口調で話すため、読んでいると疲れてきます^^;

それでいて物語の核心に迫るための重要な情報が詰め込まれています。

なのでここでは、若林の話の要点をかいつまんで、列挙してみました。

最初に言っておきます、かなり量があります。

それだけ、ここの若林の語りは重要ということです。

  • 主人公の担当医は正木敬之(まさきけいし)。
  • 正木は九大の精神病課研究室の主任教授だった。
  • 正木は画期的な精神病の治療法「解放治療」を編み出し、新しく作った治療場で運用を始めていた。主人公はその患者の一人であり、最重要患者だった。
  • 彼は「7号室」に入院している。
  • 正木は2月に九大に赴任、同年の7月に治療場を開始、解放治療は約4カ月続き、今から1ヵ月前の10月20日に正木の死と共に閉鎖された
  • 正木の死後、後任が決まらず、若林は正木から個人的に依頼されたこともあって、主人公の治療を引き継いでいる。
  • 生前の正木は主人公の回復を信じており、その名前を思い出すことこそが、回復の証である。
  • 主人公は記憶を失う前、奇々怪々な事件を2つ体験しており、記憶の中に2つの事件の犯人と目的という真相が詰まっているはずである。
  • 1件目の事件はとある富裕な一族が、殺し合い発狂し、一族のほとんどが一夜にして死に絶えたというもの。
  • 2件目の事件はその一族の生き残りの青年が従妹と結婚する前夜に、その従妹を絞殺しその死体を写生していたというもの。
  • 2件の事件には正木と若林が極秘で研究していた「精神科学応用の犯罪」に出てくる手法が用いられていたと思われる。
  • 「精神科学応用の犯罪」の研究の中身は、ごく簡単な方法で、人間の意識を別人のものに変えたり、先祖との入れ替わりを実現するというもの。
  • さらに若林は自身の論文「精神科学応用の犯罪とその証拠」の重要な事例としても主人公の記憶の回復に期待している。

ざっとこれだけの情報が詰まっていました。

若林が主人公の部屋に入ってきた時に、極度の緊張した様子を見せていた理由も見えてきましたね。

主人公が記憶を取り戻せるか否かは、主人公本人だけの問題にとどまらないわけです。

ここまで読んで一番驚いたのは「2件目の事件の概要」ではないでしょうか。

「結婚式前夜に絞殺された花嫁」という事件、お隣にいるモヨコさんが話していた内容そっくりですよね。

主人公の正体はもしかして……?

……と疑惑に囚われたことでしょう。

この疑惑こそ、『ドグラ・マグラ』でずっと追い続ける最大の謎になるわけです。

やっと、話が繋がってきて面白くなってきました!

ここで、若林は咳の発作に襲われいったん話を切ります。

4.若林の話その2(若林が椅子に座ってから実験の提案まで)

若林は病気らしく、椅子に弱々しく座り込み、咳き込みながらも主人公へ話を続けます。

ですが、ここで話される内容は椅子に座る前に話していたことと重複も多く、特に目新しい情報はありません。

強いて言えば、

  • 主人公が目覚めるまでの数カ月間、先祖の記憶が表層に現れていたこと。
  • 主人公の記憶が戻ったら法的権利を回復させ、幸せな家庭生活に戻らせるよう正木から若林に依頼していたこと。

この2点くらいでしょうか。

この後の展開で再び出てくる内容ですので、忘れてしまっても大丈夫です^^

ただ、目新しい情報はないのですが、話の中にでてくる「人間の精神のサイクル」についての理論がなかなか興味深いので、『ドグラ・マグラ』の世界観にひたりたい方は読み流さずじっくりと読んでみてください。

「人間の精神サイクル」とは……

かいつまむと、人間の精神には「夢中遊行」「自我忘失」「自我覚醒」の3段階があるそうです。

「夢中遊行」…… 外からの刺激に笑ったり怒ったりする反応

「自我忘失」…… 精神の緊張から古い記憶が思い出せずに一番新しい記憶のみを持ち、思い出したいと焦っている状態

「自我覚醒」…… 記憶を取り戻した状態

このサイクルを普通の人間もごく短い間にクルクルと繰り返している……らしいです。

この精神サイクル理論は正木が考案したもので、主人公はちょうど、「自我忘失」の状態にあるということになります。

なんとなく、爆笑した後に「あれ? なんで笑ってるんだったっけ? あ、そうだった!」と我に返る時なんか、この精神サイクル理論にぴったり当てはまる感じですよね。

リアルに思い当たるふしがあるので、創作とわかっていてもゾクッとします。

どこかに本当にこんな学説があったらどうしましょう……^^;

さて、若林は話の終わりに、主人公の記憶を取り戻す手伝いをしに来た、と主人公に明言するのですが、この言葉をきっかけに主人公の中である疑惑が生まれます。

 「犯人と動機が不明の事件の犯人は、自分ではないのか?」

ちょっと気づくのが遅いでしょ!とツッコミたくなりますが、ここで主人公と読者の気持ちが一致するわけです。

主人公の名前、ぜひとも知りたい! と。

そして若林は主人公にある提案をします。

それが、名前を取り戻すための実験です。

実験といっても内容は簡単です。

主人公の過去に関わる様々なものを見て、記憶に刺激を与えようというものです。

主人公はわかりました、と頷きます。

さあ、物語が具体的に動き出しました。

長い長い、記憶の旅の始まりです。

5.主人公の散髪~6号室の少女の目覚めまで

前回で主人公の記憶を取り戻す実験をすることになりました。

ところが、若林が主人公にさせたのは散髪、そしてお風呂でした。

されるがままに髪を刈られ、お風呂でごしごしと洗われる主人公。

面食らいながらもさっぱりした主人公は、用意されていた洋服に着替えます。

先ほどまで着ていた患者着とは違う、大学生の制服や制帽、他にも腕時計などの学生風の衣装が用意されていました。

着替え終わると若林が現れ、何の予告もなく主人公に鏡を見せてこう言います「見覚えはありませんか?」と……

なるほど、これは既に記憶を取り戻す実験が始まっていたのかと納得する主人公ですが、同時にがっかりもします。

なぜって、自分の想像していた容姿と、鏡に映る姿が全くかけ離れていたからです。

想像では30歳前後の人相の悪い男だと思っていたのに、鏡に映ったのは20歳前後のむしろ美青年

まあ戸惑うのも無理はないイメージの差ですね^^;

その後、若林が主人公を連れていったのは6号室、物語開始早々に「お兄様……」と壁の向こうから呼びかけた女性のいる部屋です。

そこには17歳くらいの美少女がベッドの上で良く眠っていました。

若林から、彼女は主人公の婚約者であり、主人公が記憶を取り戻し次第、彼女との幸せな結婚生活に戻れるように正木が若林に託したお相手その人だと教えられます。

ここで、前項「 4.若林の話その2(若林が椅子に座ってから実験の提案まで) 」で正木が生前若林に依頼した主人公の法的権利うんぬんの具体的内容がわかりましたね。

さらに、彼女が壁の向こうから訴えていたことは事実だったらしいこともわかります。

「彼女に見覚えはありませんか?」

若林の問いに、主人公の答えはまたしても「NO」です。

これには若林と同じく、読んでるこっちもちょっとがっかり^^;

主人公の記憶を取り戻す旅は出だしからつまずいています。

ここの部分で記憶にとどめておいてほしいことは、

  • 床屋の「一カ月前と同じ髪型でいいんですか?」という言葉
  • 眠る少女が見ている夢の内容

この2点です。

床屋の言葉から主人公は一カ月前にも同じように散髪されていたことがうかがえますね。この「一カ月前」というのが案外重要なキーワードです。

さらに、眠る少女が呟く「お姉様、すみません、私はお兄様を慕っていたのです」という寝言と、その間に彼女の容姿が22歳前後に大人びて見えるようになったこと

これを覚えておくと、かなり後半の方で「ああ! このことだったのか!」と点と点が繋がってスッキリします。

このシーンのラストは、目覚めた少女と主人公の間にひと悶着あった後に、若林の衝撃発言で終わります。

若林が少女にこう尋ねるのです。

「この方(主人公)の名前、そして貴女(少女)の名前を思い出しましたか?」

ここに、もう一人、記憶を失っている人物がいたのです。

6.6号室の少女との別れ~教授室に入るまで

前回で6号室の少女も記憶喪失であることが判明しました。

少女も自分と、声を枯らすまで呼びかけ続けるほど愛しく想っているお兄様(主人公)の名前を思い出せないのです。

それなのにあの執念のみせよう……ゾワっとしますよね~……

怖い。

ただ、彼女は主人公が自分の婚約者であることだけは覚えているようです。

少女をなだめてかえあ元の主人公のいた7号室に戻ってきた主人公は若林からあの少女や彼女の奇妙な症状についての説明があるかと期待しましたが、若林は急に自分の脈拍を測り始め、冷徹さすら感じさせる様子です。

気をもたせますよねえ……少女の奇妙な症状の理由は、後ほどわかるシーンがちゃんときますので、そこまでお預けです。

さて、脈拍を測り終えた若林は、記憶を取り戻すための実験を続行するため、とある部屋に案内します。

それが、亡き正木教授の教授室です。

病棟と同じ九州帝国大学の敷地内にある教授室は、中に入ると数々の文献や患者たちの残した手記などがあって、ちょっとした資料室や図書室のような雰囲気です。

それもそのはず、元々この部屋は図書室 兼 標本室であり、正木教授が無許可で自分の部屋に改造してしまったのです。

当然、大学側は慌てたわけですが、ここで正木が言い放った言い訳に彼の強烈な個性の一端が見られます。

要約すると「自分も変人だから標本としてこの部屋にあってもおかしくない」ということになります。

……この言い訳を「偉大」ととるか「小馬鹿にしている」ととるかは受け取り手次第といったところでしょう^^;

相当ひねくれた人物であることだけは確かですね。

『ドグラ・マグラ』を怪奇小説にしている大きな要因の正木教授ですが、彼の強烈さはこれでもまだ「ジャブ」程度です。

この教授室で若林が行う実験というのが、数多い資料の中から潜在記憶だけを頼りに主人公の過去に関連するものを選び取るというもの。

この潜在記憶を刺激する実験は、正木がバルカン半島辺りを旅していた頃に現地で学んできた方法だそうです。

こういう細かい描写が『ドグラ・マグラ』の現実離れしながらも妙な生々しさを支えているところだと思います。

主人公は頼りなく教授室を見渡しながら心を揺らします。

自分は若林に騙されて全く別の実験に使われているのではないか。

それとも本当にこの中に自分やあの少女の記憶に関わる資料があるのだろうか。

読んでいる方としても、どんな事実が飛び出してくるかもしれないと、ワクワクするところです!

今回はあまりこれぞ!という情報はありませんでしたが、強いて言えば教授室に入った時、足跡が残るほど埃が溜まっていた、という点でしょうか。

名探偵なら「この部屋にはしばらく誰も入っていなかったようですね」とこんなセリフを訳知り顔で言い出しそうな感じですが、この部屋が使われていない様子だったことは覚えておく価値があります。

7.教授室を見回す主人公~油絵を見つけるまで

正木教授の部屋で自分の記憶に関する ”何か” 探しを始めることになった主人公。一緒に、室内の様子を眺めていってみましょう。

部屋の中には標本だなや本棚が並んでいます。主人公が注目したのは部屋に置いてある机です。部屋の中央には羅紗(毛織物のこと)がテーブルクロスのようにかけてある机があり、表面には薄く埃が溜まっています。

その机の上には数冊の書類のファイルと、風呂敷包みが置いてあり、これも同様に埃をかぶっています。

この机の上においてある品々は、後に重要アイテムとなりますがここでは「そんなものもあったなあ」程度で大丈夫です。

むしろ、覚えておくべきは「溜まった埃」の方です。

前回で部屋の床に埃が溜まっていたことを指摘しましたが、これだけしつこく「埃、埃、埃……」と繰り返しているのはちゃんと理由があります

しかしその理由は、それが重要になってきたところまでお預けです……

あと、細かいところをつけば「カレンダー」があることに主人公は気が付いていますが、このカレンダーも後ほど出てきます。『ドグラ・マグラ』では日付がキーポイントになったりします。ここまで読んで、作中の ”今日” が何日なのかは正確にはまだ分かっていませんが、この記事の「3.若林の話その1(名刺から若林が椅子に座る前まで)」の中のメモによると、だいたい11月の20日前後であることがわかっています。

さて、主人公の視点に戻って部屋の探検の続きをしましょう。

これから主人公は、室内にある患者たちが残した様々な作品(?)を見ていくことになります。

思わずざっと読み流してしまいたくなるような内容のものばかりなのですが、ここに『ドグラ・マグラ』を楽しむための大切な要素があります。

それが、教授室内に存在する、『ドグラ・マグラ』という作品です。

満を持して(?)作中に『ドグラ・マグラ』自身が登場しました!

こういう作品の中にまた別の作品が登場することを「作中作」と言ったりします。作中作を売りにした他の作品には『千夜一夜物語』や『熱帯(森見登美彦作)』があって、特に『熱帯』は手が込んでいて面白いので機会があれば読んでみてください。

話がそれましたが、この『ドグラ・マグラ』、原稿用紙にして厚さ五寸、センチメートルに換算すると約15センチの厚さにもなる超大作、これについては、若林がいろいろと語ってくれています。

実は作中で『ドグラ・マグラ』について言及するのは、ここが最初で最後なんです。

つまり、作品を読み解く上でそこまで重要な要素ではなかったりもするんです^^;

しかし、ここで若林が教えてくれる『ドグラ・マグラ』の内容は、もはやこの先のネタバレというか、目次というか、この先にどんな内容の文章が登場するのかを、先にばらしちゃってるんですね。『ドグラ・マグラ』という言葉の由来も、本作を象徴している当て字になっているので一字一字、ちゃんとどんな漢字が使われているか、よく見ると面白いですよ。

これぞ、本作の毒気のある文章にもめげずに、2周、3周と読み直してくれた読者へのサービスという気がします。

「実はこんな仕掛けをしておいたんだぞ! 気づいた!?」という作者の遊び心でしょうか。

しかも、若林の口を通して、自分の作品をコケ落としているようなところが面白いなあと思いますね。読者としては、若林が『ドグラ・マグラ』に対して抱いた感想に、共感しまくりではないでしょうか。

標題から内容に至るまで、徹頭徹尾、人を迷わせるように仕組まれているものとしか考えられませぬ。

『ドグラ・マグラ』若林のセリフより引用

『ドグラ・マグラ』の毒気や酩酊感のある文章は、作者である夢野久作も狙って書いてたんですね!

確かに夢野久作の他の作品も、『ドグラ・マグラ』まで際だってはないですが、似たようなテイストの作品がありました。私の読んだ中では『笑う啞女』『死後の恋』『少女地獄』なんかがそうでした。興味のある方はぜひ、全部青空文庫で無料公開中です。

主人公は『ドグラ・マグラ』から興味を部屋の中に戻し、次に油絵に引き寄せられます。

8.油絵を見つけてから正木の論文を読む直前まで

主人公が見つけた油絵には火あぶりにされている人々が描かれていました。詳細は残酷なものなのでここでは省略します。しかし、この絵に対する若林の感想「……いや……必ずしもそうでないのです。或はと思いに…(以下略)」は、『ドグラ・マグラ』を最後まで読むと、単なる絵に対する感想ではなく、体験を伴った実感だったのではないか、とも思えます。

最後まで読んでからまたここに戻って読み直すのも面白いかもしれませんね。

さて、この油絵と、その横に飾ってある一枚の写真からこの後しばらくは若林が語る過去の物語に耳を傾けることになります。

それは若き日の正木と若林、そして2人の恩師であり正木の前任教授でもあった斎藤先生のお話です。

まずは正木と若林の共通する過去が語られます。

  • 正木と若林は同じ千葉県出身
  • 2人は大学の入学と卒業が一緒、つまり同期
  • 2人とも精神病医学の先駆けだった斎藤先生に師事していた
  • 2人とも独身で研究に生涯を賭けてきた

こうしてみると共通点がたくさんある正木と若林ですが、ここから正木の変人(あるいは天才肌)っぷりを示すエピソードがてんこ盛りです。

例えば在学中のエピソードを挙げてみましょう。若林をはじめとする他の学生は苦労して学問と格闘している間に、彼ははたから見ると道楽半分にこんなことに取り組んでいたようです。

  • 古生物の化石をさがしていた
  • 神社仏閣の縁起を調べていた
  • 主人公が生まれる前から現在の治療法について努力を重ねてきた
  • 奇想天外、破天荒な卒業論文「胎児の夢」の執筆

③、④はともかく、①と②は道楽と思われても仕方のない内容です。しかし、この2つ、案外後半になってくると「ちゃんと重要な意味を持った行動だったのではないか」と思えるようになるのです(若林も少しだけその可能性を示唆しています)。③についても驚きの内容ですが、後に①、②と関連して詳細が分かるようになります。

そして④の卒論についてのエピソードは、斎藤先生の誠実な人柄と、正木は変人だけど人並はずれた才能の持ち主であったことを示すために、長い尺を使って説明されますが、本筋には関係ないので流し読みで十分です。

正木の卒論が受理されたこと、そのくせ正木は卒業式を欠席してそのまま諸外国の旅に出てしまったことを知っておけば十分です。

正木は外国で学びを得た後、日本に帰り、今度は日本国内をあちこち旅します。そして大正14年2月、突然ふらっと斎藤先生と若林のもとを訪れ1本の論文を提出し、またも行方不明になります。

この後が本筋にも関わってくる部分です。文章で書くよりも何が起きたのか、時系列で箇条書きにした方が頭にはいりやすいと思います。

  • 大正14年10月19日 斎藤先生、変死。
  • 大正15年 2月    正木、斎藤先生の後釜として教授になる。
  • 大正15年10月19日 正木、自殺。
  • 大正15年11月20日 現在。

最初に読んだ時は驚きました。斎藤先生も正木も、同じ場所で1年違いに亡くなっていたんです。

斎藤先生の変死の概要

その日、斎藤先生はいつも通り大学から自宅へと帰ったはずが、結局家には帰らなかった。翌朝、防波堤から落ちて溺死した姿で発見される。斎藤先生は泥酔状態で水中に落ちたと思われるが、外では決して一人で飲む人ではなかったことから、その夜、誰かが一緒にいたことは間違いないが、誰がともにいたのかは、いまだにわかっていない

正木の自殺の概要

正木の自殺は斎藤先生と同じ場所で行われた。彼の自殺の原因は不明とされているが、若林はその死の前日になんらかの「事件」があったことをほのめかしている。さらに、正木は遺書をのこしている

主人公の記憶の中には、この2人の死についての真相も隠されていると若林は考えているようです。

その前の資産家一族の2つの事件といい、主人公の記憶は血塗られていますね……私なら正直、あまり記憶を取り戻したくないかもしれません。

さて、ここからしばらくは正木ののこした論文などを主人公と一緒に読みふけることになります。

本文の表記そのままにタイトルを羅列しておきます。今では使用されることのない言葉もありますが、本文をそのまま転記しておりますのでご了承ください。

  • キチガイ地獄外道祭文
  • 地球表面上は狂人の一大解放治療場
  • 絶対探偵小説 脳髄は物を考える処に非ず
  • 胎児の夢
  • 空前絶後の遺言書
  • 心理遺伝論附録

これら一つ一つがかなりの長さと頭を混乱させる内容で、いよいよ『ドグラ・マグラ』の本領発揮!というところです。

9.正木の手記その①

ここからは主人公と一緒に正木の手記を読んでいくことになります。

そのひとつ目が「キチガイ地獄外道祭文」です。(以下、祭文と略します)

もしかしたら長い『ドグラ・マグラ』の中でも読者に最もインパクトを与える文章がこれかもしれません。

大人気ライトノベル作家の成田良悟先生の代表作『デュラララ!!』にも、祭文から引用した表現が使われていて驚いたことがあります。

繰り返し出てくる「チャカポコチャカポコ」「スカラカ」などの読んで目に残る、想像して耳に残るこのフレーズ、たぶん一生忘れられません

そって、誰かの耳元で「チャカポコ」言ってみましょう、もし「それは……!」と反応が返ってきたら、その人は『ドグラ・マグラ』の洗礼にあったことのある人です。

チャカポコに邪魔されるし奇妙な節回しがついてるしで非常に読みづらい上に内容も頭に入りづらいこの祭文、肝心の中身ですが、実は全部すっ飛ばしても構いません!

言われなくとも半目になって流し読みしてしまう人が大多数かもしれませんが、祭文の内容は本筋にはほとんど無関係だからです。

一応、どんなことが書かれているか簡単にまとめておきました。

祭文の要約

正木が諸外国を旅した時に目撃した精神病患者の現状と、それを批判する内容です。

  • 精神病の研究・臨床は当てずっぽうで診断法も治療法も確立していない
  • 患者は家族からも見捨てられたも同然
  • 家族も世間からの偏見に苦しむ
  • 中には商売敵などをわざと患者にしたてあげるケースもある

精神病患者にとってはこの世は地獄である、という正木の主張が繰り返されます。

そして正木は自分が理想な治療法「解放治療」を思いついたこと、それを実現するための寄付や、宣伝を依頼して祭文は終わります。

あと、正木が異常にお金にこだわっていたことも祭文からは伺えます。

特に本筋とは関係ない祭文ですが、読み返して少しひっかかったのは、祭文の最初の方に書かれている輪廻転生思想について触れられている部分です。

作者の夢野久作は出家したこともあるくらいなので、仏教の教えである輪廻転生思想については当然知っていたものと思われます。

輪廻転生思想とは、簡単に言えば、この世で死んでも別の世界で生き返り、その世界で死んでもまた別の世界で生き返り……と、死後の魂は転生を繰り返すのだ、というものです。転生先は生きていた間の行いで決まり、良いことをうすれば天国に、悪いことをすれば地獄などに落ちます。

さても地獄をどこぞと問えば。娑婆しゃばというのがここいらあたりじゃ。ここで作った吾が身の因果が。やがて迎えに来るクル、クルリと。

本文より引用

単にこの世は地獄も同然、と言っているだけにも思えますが、『ドグラ・マグラ』を最後まで読むと、かなり意味深です。正木にはこの世で作った因果に心当たりでもあったんでしょうか……?

10.正木の手記その②

主人公が2つ目に目を通したのは「地球表面は狂人の一大解放治療場」とタイトルがついています。これは正木の手記ではなく、九州帝国大学敷地内に準備が進められている治療場について正木がインタビューに応じたものを書き起こした内容です。

特に目新しい情報もないので、このインタビュー記事もまるっと読み飛ばしても構いません

簡単にインタビューの内容を簡単にまとめてみました。

  • 全ての人間はどこか欠けたり余剰なところがあり、不完全な生き物である
  • 人間が不完全な生き物であることは、自分でも抑えきれない衝動があったりすることで証明されている
  • タイトルは不完全な人間が地球上でこれまでも生きてきたことを指している
  • 解放治療場では正木の学説を証明するために患者を選りすぐる予定
  • その学説とは、脳髄はものを考えるところではない、精神の遺伝作用、新しい精神病の治療法などについてである

ちなみに、ここで夢野久作の『ドグラ・マグラ』創作に関するエピソードをご紹介しておきましょう。

夢野久作が『ドグラ・マグラ』の執筆を開始したのは1926年。ただし、その時のタイトルは全く違って「狂人の解放治療」と名付けられていたそうです。この正木のインタビューのタイトルとよく似ていますよね。

その後10年をかけて『ドグラ・マグラ』は完成し、彼の代表作となります。

ところが、その翌年1936年に夢野久作は脳溢血で急死してしまうのです。

この頃の夢野久作は前年におなじく急死した父の遺した借金問題などにかなり苦労していたようですから、その心労や無理がたたったのかなと思います。

が、なんだか『ドグラ・マグラ』に魂を吸い取られたような因縁めいたものを感じてしまいますね……

11.正木の手記その③

主人公が3つ目に目を通したのは「絶対探偵小説 脳髄は物を考える処に非ず」とタイトルがついています。正木の学位論文について記者がインタビューした内容が記事としてまとめられたものです。正木の口調をそのままに書き起こした文体になっていて、インタビュー当時の正木の様子が目に浮かぶようですね……私の想像では椅子にふんぞり返ってリラックスした様子で、マイペースで傍若無人な性格そのままの受け答えをしている、と想像しました。

書いてある内容についてはタイトル通りで、正木のご高説を拝聴している気分になります^^;

ただ、内容を真面目に考えて読もうとするのはやめておいた方がよさそうです。

タイトルにもある「物を考える」という表現に対して「感情」や「魂」、「感覚(味覚、視覚などの五感)」、「精神病」「痴ほう」など様々な概念をごちゃ混ぜに当てはめてしまっていたり、論理に飛躍はあるし……

さらにインタビューの最後には『ドグラ・マグラ』お得意の堂々巡りの議論を展開していて、真剣に読んでいると肩透かしを食らう上に、考え詰めるとそれこそ頭がおかしくなりそうです

ただ、マルっと読み飛ばしてしまうのは、少々もったいない内容ではあります。

なぜなら、このインタビュー記事内に正木が治療場で受け入れたとある青年のお話が出てくるからです。

その青年患者がどのような人物なのか、と共に、せっかくなので正木の「脳髄についてのご高説」も簡単にまとめてみました。

正木の持論 「脳髄は物を考える処ではない」

・物を考えているのは体中の一つ一つの細胞だ

・脳髄は細胞が考えたことを体の別の場所に素早く繋ぐ電話交換局のような場所である
 (例「痛い」と細胞が感じ、それを脳髄が足につないで「飛び上がる」という反応が起きる)

・脳髄には3つのお約束がある

  お約束① 脳髄が反射交換した情報は事実でなくとも真実だと信じること

  お約束② 逆に脳髄が反射交換しなかったことは事実ではないと認識すること

  お約束③ 脳髄が異常をきたした場合、各細胞にて感覚、判断、活動すること

・このお約束③があることでいろいろな精神病は起きる。例えば、笑いの発作を持つ人がいる。その人の脳髄では「笑い」に関する反射交換が機能しなくなっている。それゆえ、全身の細胞が独断で「笑って」しまっている。

・脳髄が物を考える処だと信じ、最近の人間は脳髄を酷使しすぎる。そのため、オーバーワークになって、精神に異常をきたすようになるのだ。

・脳髄が疲れ切って眠ってしまった後でも、眠りに落ちていない体の細胞はお約束③があるために勝手に動く。そして脳髄が目覚めたころには何の記憶もない……ということが起こり得るのだ。

正木の患者 とある青年について

・彼は「7号室」に入院している20歳前後の美青年である

・九大の入試もパスするような優秀な青年

・しかし入試後すぐに遺伝的精神発作を起こし、結婚式の前夜に婚約者を絞殺

・その前の16歳の時に実母を絞殺している

・青年は正木の語る彼の論説をそっくり暗記してしまっている

・正木は青年を「アンポンタン・ポカン君」と名付けている

<青年の日課>

起きるとすべての記憶を失っていることに気づき部屋の中をぐるぐると歩き回る。そして、頭の後ろ辺りから何かを引き出すような仕草をして、その「目に見えない何か」を床にたたきつける。そして、前述の正木の持論を街頭演説のように語り、最後には「見えない何か」を踏みつぶして気絶する……これを繰り返している。

前にもどこかで読んだような情報が踊ってますね。この青年の正体はやはり……

いや、早とちりは禁物です。でも……我らが主人公が「7号室」の患者で、年頃もあってるし、彼のまともな思考能力も青年のプロフィールに当てはまるし……

いえいえ世の中に偶然はつきもの。たまたま似たような青年が、正木の死後に部屋の移動で「7号室」に入ってきただけかもしれませんよ……

12.正木の手記その④

主人公が4つ目に目を通したのは「胎児の夢」です。これは正木が卒論として提出したもので、受理をめぐって物議をかもしだしたというエピソードを若林が語っていました。

若林や、正木の恩師である斎藤先生には絶賛されたという「胎児の夢」論文ですが、これもまた真面目に読み解こうと思うと頭がおかしくなりそう文章です。しかも、論理は飛躍があったり独断があったりとめちゃくちゃなのに、妙にツジツマが合っているというか説得力はあるというか、「なるほど」と思わせてしまう部分があるのでたちが悪いです^^;

しかしへんてこりんな文章だからといって、「胎児の夢」は丸っと読み飛ばしてもいいかという言われると、判断に迷います。

正木がこの論文の内容を信じていたとしたら……『ドグラ・マグラ』の真相にも関わってくる重要な概念を説明している文章だと言えるからです。

「胎児の夢」の内容をざっとまとめておくことには意味がありそうです。「胎児の夢」では冒頭に論文の結論が簡潔に語られています。結論を要約すると「胎児は進化と先祖の歴史を映画のように見てから生まれてくる。しかもその映画はあたかも自分の実体験のように感じられるものなのだ」となります。そして以降の文章で、その詳細な意味の解説と論証が続きます。

胎児の夢 要旨

論証等を始める前に、まずは「胎児の不思議」と「夢の不思議」が示されます。

<胎児の不思議>

  • 胎児は1個の細胞から分裂を開始し、魚類、両生類……などの生物進化の歴史をなぞるように変化をして、人間の形へと成長をとげる。この現象がなぜ起きるのかはまだわかっていない。
  • 大多数の胎児が同じ成長過程を経て生まれてくるが、なぜほとんどの胎児が同じように成長するかもわかっていない。
  • さらに、高等生物になればなるほど、胎児期の期間が長くなるがその理由もわかっていない。

<夢の不思議>

  • 夢は突拍子もない出来事の連続だが、夢見ている間はそれを不思議に思うことはない
  • 夢の中の出来事は、どんなことでも現実感があるように感じられる
  • 夢の中で何年という時間が経過しようが、実際に経過している時間はごく短時間だったりする

これらの不思議を解明するにはこれまでの学者が「人体細胞の考え方を間違えていた」「時間の考え方を間違えていた」とうことになるらしい。正木の主張は以下の3つにまとめられます。

細胞はすごい

身体を構成している細胞の1つ1つは小さいからといって、その能力までが些細なものだと考えてていたのは間違えである。細胞には進化の歴史も先祖の記憶も全てが刻み込まれている。そして人間を作り上げる上で、その記憶をよみがえらせながら、進化の歴史をなぞったり父母からの遺伝を再現したりしている。細胞は小さいけれど、創造力・記憶力が優れているものなのだ。

細胞と夢の関係

「絶対探偵小説 脳髄は物を考える処に非ず」(正木の手記その③を参照)で細胞の1つ1つが意識を持っているということを正木は主張していたが、夢を見ているのもまた1つ1つの細胞である。夢というのは、寝ている間にも体のどこかで起きている細胞があり、その細胞の意識が脳髄に反射して記憶に残っているものをさす。

さらに夢というのは、細胞が持つ先祖の記憶を呼び覚ましているものである。

例えば、食べ過ぎて苦しい時に胃の細胞が夢を見ると、細胞の記憶の中の苦しい記憶(先祖が刑務所にいれられていた時とか、大きなものの下敷きになっていた時とか)を探して再現する。

夢はその時の気分に沿って、細胞の中の記憶を読み込んでいくので、突拍子もない出来事の連続になるし、それでいて現実感を伴っているものにもなる。

夢と時間間隔

そもそも、時間の感覚というのはその時の気分で変化する。楽しい時は一瞬だし、苦しい時は長く感じるものなのだ。生物によっても寿命の長短があるが、短い寿命の生き物であっても主観的には長い時を生きているのだ。このように時計や地球の自転で定義されているような人工の時間の長さと、主観で感じる時間の長さというものは元々異なっている。夢の中の50年が一瞬であっても、驚くに値しない。

これらのことを踏まえ、「胎児の夢」とは何か? を最後にまとめています。

胎児の夢、とは

胎児は外界から遮断され、ずっとまどろんでいる状態にある。細胞はまどろみながら成長していくが、その間、ずっと夢を見ている。

胎児が夢に見ているものは細胞の記憶である。進化と先祖の記憶であるため、大体どの胎児でも同じくらいの長さになり、見終わってから生まれてくる。だから胎内にいる時間は大多数の胎児が同じくらいになる。

高等生物になればなるほど、胎児期が長いのも、細胞が蓄えている記憶量が大きくなるからである。

そして、胎児の夢の中身というのは、おそらく「悪夢」であろうと正木は想像している。生物の進化と記憶とは、弱肉強食の世界を生きのびる苦難と恐怖の連続だったであろうと思われるからだ。

だいたい、「胎児の不思議」、「夢の不思議」への解答も与えつつ、冒頭の結論「胎児は進化と先祖の歴史を映画のように見てから生まれてくる。しかもその映画はあたかも自分の実体験のように感じられるものなのだ」がなぜ起こるのかという疑問にも答えた内容になっているかと思います。

まとめながら、「机上の空論、砂の城、といった言葉がぴったりくるな」と思っていました。

それなのに筋は通っているから、頭がいいんだかおかしいんだか……混乱してフラフラです。

この「胎児の夢」の論旨をくみ取ったうえで、読み返してほしいのは『ドグラ・マグラ』冒頭の短い詩のような文章です。あの詩も「なんだこりゃ?意味不明」と思った方がほとんどだと思うのですが、ここまで読んでやっと、意味がわかるようになります。日常生活ではまったく役に立ちませんが、ちょっとした「アハ体験」になりますよ。

そして余談ですが、「胎児の夢」を読んでいて思い出した本が2冊ありましたのでご紹介しておきます。

1冊目が『新・大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学』(D・サダヴァ、講談社ブルーバックス)。細胞1つ1つの中で、どんな活動が行われているのか詳細に解説されています。大学で使用されている教科書を一般向けに改訂したものなので、正木の「なんちゃって論文」とは違い最新の研究内容に基づいています。難しい内容ですが、理解できると「ごく小さな世界でこんなにもダイナミックな活動が起きているとは!」と感動を覚えますので、メモを取りながらじっくり読んでみてください。

もう1冊が『ゾウの時間 ネズミの時間』(本川達雄、中公新書)です。1992年出版とかなり前ですが、ベストセラーになった本です。読んだのはずっと前なので正直内容はうろ覚えなのですが……生物によって時間の感じ方は違う、ということが書かれていたと記憶しています。

2冊とも『ドグラ・マグラ』を読み解く上では無関係ですが、面白い本ですよ、興味のある方はぜひ手に取ってみてくださいね。

13.正木の手記その⑤

主人公が5つ目に目を通したのは「空前絶後の遺言書」です。書いた人の名前は「キチガイ博士」となっていますが、正木敬之その人です。

遺書には日付も記されており、大正15年10月19日夜、となっています。これは正木が自殺したその当夜です。つまり自殺の直前に書かれた遺書ということになります。

一体どんなことが書かれているのか? 正木が謎めいた怪人物だけに野次馬根性が出てしまうのですが、その内容は遺書とは思えない軽薄な語り口、内容です。例えるなら街角で「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」と口上している客引きのようです。

とはいえ、この軽口の中には本筋に関わる重要な情報が含まれており、これまで読んできた手記の中でも重要度が高いです。

ここに遺書の内容を順にまとめていきたいと思います。

まず、遺書らしく正木の口から「自殺の動機」が記されており、「自殺の動機は一人の美少女」にあるとされています。美少女といえば、思い出すのは6号室の主人公に「思い出して」と懇願するあの美少女ですよね。そしてその美少女には紅顔の美少年の婚約者がいるというのですから、これは主人公たちのことを指していると考えて間違いないのでは、と思えますね。

若林も再三繰り返している「2人が結ばれることで正木の研究は成就する」を、正木本人も遺書の中で触れています。

ここからいよいよ主人公の記憶うんぬんについてもっと情報が飛び出てくるのでは? と期待したいところですが、この後、正木は「自説を受け入れない世間や教授たちへの恨み節」を長々と書き連ね、話題は自身の「狂人の解放治療」と「心理遺伝」の話へと移っていきます。

「解放治療」と「心理遺伝」の関係

九大に作られた「解放治療」場で行われていた実験は、卒論で書いた「胎児の夢」を証明するために行われていた。

「胎児の夢」では人類一般についての心理遺伝を記述したが、「解放治療」場で行われていたのは、個人に特有の奇抜な「心理遺伝」である。

これまで読んできた正木の手記とこの遺書を読めば、美少年と美少女を材料とする実験が空前の成功と絶後の失敗に終わったことがわかる。

その空前絶後の成功と失敗が起こったのは「大正15年10月19日の正午」である。

前に若林も言っていた、「治療場で起きた大事件」とはこの実験中に起きた何かを指しているのだろうとピンときたところで、内容は映像へと移り変わります。遺書なのに映像? と不思議に思いますが、主人公がただ映像に合わせて作られた発表原稿を読んでいるのか、映像も見ているのかはここでは不明です。映像は教授室や病室のある建物の外観を映してから、屋外の解放治療場へと焦点を当てます。その映像の日付は遺書と同日の9時、つまり大事件の起こる数時間前のものです。映像では解放治療場には10人の患者たちがいます。

これから三時間後……大正十五年十月十九日の正午となりまして、海向うのお台場から、轟然ごうぜんたる一発の午砲ごほうが響き渡りますと、それを合図にこの十人の狂人たちの中から、思いもかけぬスバラシイ心理遺伝の大惨劇が爆発致しまして、天下の耳目を聳動させると同時に、正木先生を自殺の決心にまで逐おい詰める事に相成る

本文より引用

そして正木は丁寧に10人の患者たちを紹介していきます。この中に、我らが主人公もいるはずです。この時点で誰が主人公だか、なんとなくわかると思いますが、9時の時点では治療場は平和そのものです。

「いったい治療場で何が起きたのか?」 気になるところですが、この問いが解けるまで実はもう少しかかります。

この後、映像の中に正木自身が登場し、「心理遺伝」とは何かを説明し始めます。この辺りの文章は心理遺伝の実例への繋ぎの文章で、そんなに有益な情報もないので次の「呉一郎」が登場するシーンまでさらりと流しても大丈夫です。一応、簡単に要点だけまとめておきました。

心理遺伝とは

心理遺伝とは精神病者に限らず、全ての人間に発現しているものである。止めようと思っても止められない癖や衝動、疲れた時などにふとよぎる妄想など、すべて心理遺伝のせいなのだ。

遺伝している先祖の記憶は、天候や時節などの刺激でしょっちゅう呼び起こされている。呼び起こすにはごく簡単な刺激でいいのだ。そしてもし、これを犯罪に応用しようと思えば、いとも簡単に完全犯罪の出来上がりである。残忍な先祖の記憶を思い起こさせる刺激を与えれば、その人物は法を犯すような暴力を発現するだろう。しかし万一心理遺伝を刺激した者がいるとバレたところで証拠など何も残っていないに違いないからだ。さらに、予防することの非常に難しい犯罪でもある。

若林の論文「精神科学応用の犯罪とその証跡」にも心理遺伝を悪用した犯罪の増加への懸念が記されており、若林は予防・捜査法の確立のため、実例をさがしていた……と正木は申します。

そして、いよいよ実例の登場です。

とある美少年の姿が大写しにされます。字幕には

実母と許嫁いいなずけと、二人の婦人を絞殺した怪事件の嫌疑者、呉一郎くれいちろう(明治四十年十一月二十日生)大正十五年十月十九日、九州帝国大学、精神病科教室附属、狂人解放治療場に於て撮影――

本文より

と説明書きがされています。呉一郎。ついに超重要な単語(名前)が登場しました!

ここまで読んできた情報と、字幕の内容を読むと、「呉一郎とは、主人公のことなのではないか!?」と思われるでしょう。

「呉一郎=主人公?」こそが、『ドグラ・マグラ』最大にして最奥の謎になるのです。

呉一郎についての情報を読んでいきましょう。まず、彼はこの写真を撮られた当時、20歳です。ちなみに撮影された日付は「正木の自殺の当日」です。

ここから正木は「骨相学」なるものを使って呉一郎の性格を解説していきます。

呉一郎の性格

年齢の割に落ち着いた物静かな性格、これが表面的に出ている性格。

その裏には、凶暴性や気の変わりやすさが隠れている。

なんとも物語にとって都合のいい性格に仕立て上げられていますね。

ちなみに、ここで正木が使用している「骨相学」ですが、簡単に言うと「頭蓋の形や大きさからその人の性格や精神を読み解く」というものです。例えば「後頭部が大きいから落ち着いてる」とか、こんな感じですね。当然ながら、現在では完全に否定されている学問です。19世紀に流行ったものですが、パッと派手に咲いてすぐに消える花火のように、流行したかと思いきやすぐに下火になっています。『ドグラ・マグラ』の執筆当時、学問の世界ではもはや相手にするものはいない状態でしたが、民間では話のネタとしては好まれていたようです。血液型占いとよく似ていますね。夢野久作がどこまで「骨相学」の踏み込んだ知識を持っていたか、今となってはよくわからないのが少し惜しいな……と思います。

「骨相学」を使用して呉一郎の性格を診断するにあたり、偏見に満ちた描写が連続しまして、読むのが正直辛い部分です。「呉一郎」の名前だけ知っておけばよいようなものなので、次の「九州帝国大学、法医学教室、屍体したい解剖室」のシーンまで飛ばしてしまって大丈夫です。

そして次に映し出されるのが「九州帝国大学、法医学教室、屍体解剖室内の奇怪事……大正十五年四月二十六日夜撮影」というものです。死体解剖室の天井に空いている穴から、室内の様子を正木が盗み撮りしたものです。大正15年4月26日に一体何が起きたというのでしょう? 盗み撮りが行われた時間からさかのぼること20時間前、呉一郎による婚約者殺害事件が発生しているのです。死体解剖室に置かれているのはうら若き女性の死体です。死体の正体は「呉モヨコ」、呉一郎が殺してしまった婚約者その人です。

死体解剖室の本来の役割から言えば、ここから正木の仕掛けたカメラが映し出すのは、モヨコの死体の解剖シーンという、スプラッタなものになりそうなものですが、ここから先、それ以上に奇怪なものが映し出されることになります。

登場するのはモヨコと、若林です。

若林はモヨコの死体とたった一人向き合い、何事かを画策しているようです。それが、モヨコの蘇生です。どうやらモヨコは呉一郎の魔の手を間一髪逃れ、仮死状態となっていました。若林は法医学者としてそれを見抜き、一人でこそこそと蘇生措置を施します。さらに、若林は別の若い女性の死体を安置所から盗み出し、モヨコの死体に仕立て上げ、モヨコを法的には死者とするように偽装までしてしまうのです。

若林の手によって、モヨコは本当は生きているのに、死んだことにされてしまいました。物語の冒頭で、壁越しに主人公に訴えてきたモヨコの声は、事実だったことが、この映像を見るとわかるわけです。このシーンは、モヨコが若林のてによって生きながら死んだことにされた、ということさえわかれば十分です。読み飛ばしても構いません。ただ何とも言えぬ不気味さや若林の常軌を逸した様子を克明に描写してみせた文章は『ドグラ・マグラ』のなかでも屈指のインパクトです。『ドグラ・マグラ』を堪能したい方はぜひ読み通してほしいシーンでもあります。

それにしても若林はなぜこんなことをしたのでしょう? いうまでもなく、彼がしたことは犯罪行為です。モヨコが生きていることがわかると都合の悪いことがあるのでしょうか? ここではその理由については多くは語られず、正木により「犯人を追いつめるための一つの手口だろう」と推測されるにとどまります。

次に映し出されたのは「正木若林両博士の会見」です。場所は主人公が現在いる教授室で、若林がモヨコの死をでっちあげたちょうど1週間後のことです。このシーンは若林が正木を訪ねてくるところから始まり、文章のほとんどが2人の会話で成立しています。会話の中には、重要な情報が多く含まれていますので、ここにまとめておきましょう。

正木と若林の会話に含まれた重要な情報

  • 若林はモヨコ殺人事件の捜査に関わっていること。
  • モヨコ殺人事件の2年前、呉一郎による実母殺人事件が発生しており、若林はそのころから事件捜査に関与していること。
  • 2年前の実母殺人事件では、若林は「呉一郎以外に真犯人がいる」という説を唱え、これが受け入れられたために、呉一郎は無罪放免となっていた。ただし、実母殺人事件とモヨコ殺人事件の手口は同じため、若林の説は説得力を失っている。
  • 呉一郎の実母の姉であり、モヨコの母である女性の名前は八代子。
  • 呉一郎の犯罪は精神的に刺激を受けたために起きた精神発作によるもので、その刺激を与えたものというのが、一つの絵巻物である
  • 若林が正木のもとを訪れた理由は、表向きは信用を失った自分の代わりに呉一郎の精神鑑定を依頼しにきたというもの。
  • 裏の目的は、呉一郎の記憶を取り戻し、彼に絵巻物を与えた真犯人を捕まえるためである。

会見自体はそう長くはないですが、情報量がかなり多いです。さらに、本文中でも指摘していますが、正木と若林の会見は表面上は穏やかに見えますが、お互いに毒のある言葉の応酬をしており、2人の関係が波乱含みであることをうかがわせています。少なくとも、若林が主人公に語ってきたような「私は正木を尊敬していたんでござい」というのは事実とは異なるようです。

この2人の間にいかなる過去が存在するのかもだいぶ後にはなりますが、ちゃんと語られますので、正木と若林の関係は複雑そうだ、ということだけ覚えておいてください。

この会見で若林は実母殺人事件、モヨコ殺人事件の捜査資料を持参しています。この後、正木がその内容を抜粋して紹介するシーンが続きます。

最初に紹介されるのは実母殺人事件についてです。第一容疑者であった呉一郎による事件当日の様子が語られます。この事件の話の中には「ん?」とひっかかる箇所もチラホラ……

その他にも、呉親子の詳しいプロフィールも語られていたので順にまとめていきましょう。

呉親子のプロフィール

・呉一郎は18歳の時、実母の姉の八代子は37歳とされている。一郎は千世子が10代後半の若い時にできた子共であることがわかる。

・千世子は福岡県早良郡姪の浜の出身。17歳(明治40年の1月ごろ)で家を出るまでその土地で生まれ育った。

・千世子は絵と刺繍を得意としており、特に刺繍は「縫い潰し」といわれる昔の技術を習得しており、生計をたてるほどの腕前となる。

・一郎を生んだのは明治40年ごろ。一郎の記憶によれば東京の駒沢村近辺に住んでいたらしいが、若林の調査の結果、これは彼の記憶違いであることが判明している。

・千世子が上京したのは一郎の父を探すためだったと思われる。幼い彼を連れ、栃木や千葉の辺りを巡っていたらしい。

・東京から現在の住居である福岡県鞍手郡直方町に引っ越したのは一郎が8歳の時。引っ越しの理由は「母が傾倒していた占い師に引っ越すよう告げられたから」と一郎は語っている。

・占い師には「千世子は尋ね人との相性がすこぶる悪く、忘れるように」と忠告されたためらしい。この尋ね人とは一郎の父であろうと思われる。

・千世子は福岡へ引っ越したのちも、一郎の名前が新聞に掲載されるのを嫌がるなど、極端に怯えた様子をみせていた。

呉一郎が語る事件当夜の様子

・千世子殺人事件の発生は大正13年3月の末頃、夜中の1時過ぎから翌朝8時までの間である。

・呉一郎は当時18歳である。

・事件のあった夜、一郎は「ごとーん」という大きな音がして目を覚ました。その時間は真夜中の1時5分。

・一郎は起きたついでにトイレへ行くが、この時母の様子を見ており、トイレへ行く前と後で寝返りをしていたことを確認しているため、この時は千世子は存命だったと思われる。

・その後一郎は悪夢にさいなまれ続け、起きたのは朝であった。

・一郎は起き上がれないほどの頭の痛みと口臭のひどさに気づき、病気になったと思いそのまま二度寝、今度は熟睡であった。

・一郎はその後、事件発覚により駆け付けた警察官により寝ているところを無理矢理引っ立てられ、訳も分からないうちに「千世子が殺された」ことと「容疑者はお前だ」と告げられ取り調べを受けることになる。

・事件が発覚したのは朝の8時ごろ、千世子が当時運営していた塾(自宅を塾として開放していた)に通ってきた子供が表も裏も戸が閉まっており中に入れず、相談を受けた大家が勝手口の隙間からのぞきこんだところ、千世子の遺体の一部が見えたため通報された。

警察が駆けつけた時、勝手口のつっかえ棒ははずされていた

・千世子は絞殺された後、家の中につるされており自殺と見せかけたのではないか、と結論付けれらている。

警察が一郎を疑った理由は2つ。①外部から侵入した形跡がないこと ②絞殺時に千世子は抵抗をみせており、隣で気づかずに寝ていられたはずがないこと

読んでいくと、警察がいい加減に扱っている情報がいくつかあることに気が付きます。

  • 千世子には自分たちに危害を加えに来る人間に心当たりがあった
  • 一郎が真夜中に聞いた音の正体
  • 一郎の急な不調
  • 8時ころには閉まっていた勝手口が、警察官が到着時には開くようになっていたこと

このうち、一郎の急な不調の正体は麻酔をかがされたためであろうことが、ちらりと仄めかされています。

警察が何をもって「外部から侵入の形跡なし」と判断したかはわかりませんが、少なくとも夜間に誰かが忍び込んだのち、警察が来る前に立ち去ったのでは? という推論は成立しそうです。

しかし警察は「一郎がやったに違いない」と断定し、若林、そして伯母の八代子が駆けつけるまで厳しい取り調べを受けることになります。

2人の到着後、一郎の無罪はすぐに受け入れられ、実母の初七日に無事に参加できています。無罪を受け入れられるきっかけとなったのが一郎に向かって問われた「どんな夢を見ていた?」という質問です。この質問をしたのはもちろん若林。彼は一郎のケースが精神発作に関係していることを即座に見抜いていたようです。

さて、この後は完全に余談ですが、一郎が好きだと若林に答えている3人の作家とその代表作をご紹介しておきましょう。

1人目はエドガー・アラン・ポー。史上初のミステリ小説とされている『モルグ街の殺人』を書いた作家です。他にも『ウィリアム・ウィルソン』や『アッシャー家の崩壊』が有名でしょうか。

2人目がロバート・ルイス・スティーブンソン、冒険小説『宝島』やサイコホラー『ジキル博士とハイド氏』が有名です。

3人目がナサニエル・ホーソーン(ホーソンとも言われる)、宗教的テーマの『緋文字』が代表作です。

ここで紹介させていただいた作品は『緋文字』以外、全て青空文庫で無料公開中でした。ホーソーンも別作品は公開中です。手軽に名作が楽しめますので読んでみてくださいね。

話を本題に戻しまして、一郎の談話の次は伯母の八代子の談話です。彼女の話からはぱっとわかる重要な情報はありません。しかし、この後にどんな展開が続くか知っていると、メモしておくべき内容がいくつかあります。

  • 千世子は家を出る前にとある寺に立ち入っていた
  • 家を出たその年の暮れまでには一郎を出産していた

特に気になるのはこの2点でしょうか。寺のお話はまた、関連したお話がでてきますので今は置いておいて、一郎の出産について、触れておきましょう。一郎が生まれたのは明治40年の末ごろとなっていますが、その誕生日は不明です。末ごろというのも、千世子が八代子に子供が生まれたことを手紙で知らせてきたタイミングの話なので、一郎の誕生日はもっと早い時期だった可能性もあるわけです。ここで問題になるのが、千世子は一郎をいつ妊娠したのか、です。家を出た後のこととも、この時点では断定しきれません。実家を出る前に、千世子は一郎の父と出会っていた可能性もあるわけです……

同じことを考える人はいるもので、次の松村マツ子女子の談話ではそれがあたかも事実かのように語られていますこの松村マツ子さんは千世子が福岡の実家にいる時に通っていた塾の塾長さんで、千世子殺害の事件の背景を調べる新聞記者のインタビューに応じたものです。

記事の中では「千世子が実家に出る前に一郎の父と出会っていた」ことが記されていますが、これは松村女史が新聞記者からインタビューの中で聞き知った情報です。では、その新聞記者にこれが事実かのように刷り込んだ人物は誰なんでしょう?

記事を最後まで読み、その後に付記されている正木のメモを読むとその正体がわかります。

それは、若林です。

若林は捜査協力もしていますし、一郎、八代子の聞き取りも自分でしていますので一郎の父について実家に出る前に出会っていたのでは? という可能性にも気づいて当然でしょう。

しかし、松村女史の談話を読むと、若林の考えがそれよりも一歩進んだところにあることにも気づくのです。

それが、千世子殺人事件の真犯人は一郎の父親だ、というものです。

確かに、若林は一郎は犯人ではない説を推していました。となれば、他に真犯人がいるはずなのです。でもそこでなぜ、音信不通どころか行方不明であるはずの一郎の父親が犯人候補として浮上したのでしょうか……? 『ドグラ・マグラ』は小説なので、父親が関係してこないわけがない、という予想はできますが、現実の事件の捜査を考えれば、一郎が10代後半の歳になるまで姿を見せなかった父親が容疑者候補の筆頭にあがるのはいかにも不自然です。ここで、若林は読者がまだ知り得ない情報を持っていそうだな、とわかるわけです。

そして、次に現れる文章が若林の事件への見解です。事件の最初から捜査に加わった若林によると、警察の捜査がやはりずさんなものであることがわかります。事件現場に外部から入れる者はいなかったという理由にしていたつっかえ棒は外からちょっと力を加えれば開くようなしろものだし、一郎は麻酔をかがされていたことがわかり殺人が横で行われていても容易に目覚める状態ではなかったことも判明します。

そして若林による真犯人のプロファイリングも書かれていたので、メモしておきましょう。

若林の千世子殺人事件・真犯人のプロファイリング

  • 相当な学識の持ち主
  • 麻酔の扱いに習熟している
  • たくましい人ではない
  • 一郎に危害を及ぼすのを嫌う者

なるほど、こうしてみると4番目の項目のために若林は一郎の父が真犯人説を思いついたようにも考えられます……しかし、ここでは若林の真意はまだまだ明らかになりません。若林の推理する真犯人像を記憶に刻み、読み進めましょう。

ここまでの若林の事件に関する記録を読んで正木が心理科学者として考察した内容を記したのが次に出てくる「右に関する精神科学的考察」という文章です。全部で11項目もありますので順番に要約していきます。

「右に関する精神科学的観察」の要約

1.呉一郎の性格と性的生活

  一郎(事件当時16歳4か月)は大人になる途中の純情な青年だった。

  また、これは余談ですが、千世子殺人事件の日付と一郎の月齢、そして千世子が実家を飛び出した時期の3つを合わせて考えると、千世子が一郎を妊娠したのは彼女が実家を出る直前だとしてもギリギリ間に合う計算になります。この辺りは昔の作品とは言え、きちんと計算されていますね。

2.夢遊状態を誘発せし暗示

  事件当夜は異性による刺激を強く受けたことが一郎の談話からわかる。この刺激が心理遺伝発作起こし、夢中遊行状態を誘発する原因となった。

3.呉一郎の第一回覚醒と夢中遊行の関係

  一郎が事件当夜、まだ千世子が存命の時に「何かの物音」を聞いて覚醒しているが、これはつっかえ棒が落ちた音を聞いたのではないか? との推測が成立する。しかし正木はその判断には否定的。また、事件当夜に外部から侵入者がきて、一郎に麻酔を施したという推測も速断すぎるとこれまた否定。夢の中で聞いた音は、現実に聞こえていたものでも時間にずれが生じたりするものだからとしている。

  では、一郎の夢の中で聞こえた音とはなんだったのか? 正木は、極度の興奮状態や気分の急変などの精神状態が夢の中で音として表出されることがあると説いてから、事件当夜の一郎はひどく興奮状態にあった、と断言する。

  つっかえ棒が落ちていたのすら、外部犯の可能性を残すために、一郎が夢中遊行状態の時にわざと落としたのかもしれない、と推測している。

4.夢遊状態発作当初の行動……絞殺……

  3までを読んでもわかる通り、ここで正木は「千世子殺害は一郎によるもの」と断定します。ただ、本ページの「正木の手記その③」でまとめた内容を理由に、一郎に犯行当時の記憶はないことは認めている。なお、一郎がどのような心理遺伝を持っているかがわかるのは、事件当夜の中の行動では「絞殺」のみとしている。

5.絞首に引続く第二段の夢中遊行……屍体飜弄……

  千世子の殺害現場には ①千世子が絞殺されたときに暴れた跡があること ②自殺に見せかけるように偽装がされていたこと 以上2点の形跡が残されていた。これら2点についても正木は夢中遊行状態にはよくあることとして片付けている。②については項目3で夢中遊行状態でも稚拙な偽装はするもの…と推測していましたが、偽装ではなく他の解釈があるとしている。

  その解釈というのが夢中遊行状態では死体を動かして回る例がある、というのだ。正木は子供の人形遊びに例えているが、これも人類の先祖が大昔の狩りや戦いの記憶の名残と説明できる。だから千世子殺害後に一郎がその死体を動かして回ってもなんらおかしいことはないと結論している。

  ちなみにこの項では動く死体(ゾンビやキョンシーのようなもの)、死体のそばに刃物を置いておく風習、通夜が行われるのも夢中遊行状態の人間が死体を動かして回るという現象を肯定すれば合理的な説明がつくと正木は解説しています。なんでもつじつまを合わせようとすれば合うものだと感心さえしてしまいますね。

6.屍体飜弄に引続く第三段の夢中遊行…… 自己虐殺の幻覚と自己の屍体幻視……

  前項で一郎の千世子殺害後の行動の理由を解説した正木だが、まだ他にも考えられ得る理由はあるとしている。一郎には自虐癖があったのではないか、というのだ。正木いわく、自虐癖というのは恋愛感情の極致にあるもので、恋愛感情の自己愛的な部分が過剰に発露したものと言えるらしい。日本の武士階級の美学ともいえる切腹、義死はこれにあたるものであるとしている。

  一郎は母の死に顔に自分に似ているところを見つけ、自虐癖を刺激されて千世子の死体を自己に見立てて翻弄を繰り返したのではないか……と推測している。

7.呉一郎の悪夢、口臭、その他が表わす夢中遊行症の特徴

  呉一郎が事件後、めまいや口臭といった不快感を感じていることから、警察は一郎は麻酔剤を使用された可能性を考えていた。しかし正木はこれも夢中遊行の特徴だという。夢中遊行中は精力的に活動してまわるがピークを過ぎると疲労感や喉の渇きを感じ始めるという。そしてその辺りにあった液体状のもの(油、下水など)を飲んでしまい、それが覚醒時に口臭や消化不良による体調不良となって表出する。

8.夢中遊行の行われたる時間、その他

  千世子の死亡推定時刻から逆算すれば、一郎が夢中遊行の発作を起こしたのは夜中に彼が目覚め再び寝いった後の30分から1時間の後と思われる。

9.夢中遊行に関する覚醒後の自覚、および二重人格に関する考察

  これまで、正木はさまざまな証拠を示し、呉一郎が事件当夜に夢中遊行の発作を起こしていたことを確信しているかのような書きぶりであった。しかし、「立証できるほどのものはない」とここで自分の意見をひっくり返すようなことを言い出す。

このような小ドンデン返しは『ドグラ・マグラ』にはよくあることで、ここまででも何度か「事実かと思わせておいて否定する」という展開がありました。この小ドンデン返しが頻発するのも『ドグラ・マグラ』が読者の脳を狙って攻撃してきているのではないか……と思わせる理由の一つになっていると思います。

10.呉家の血統に関する謎語

  正木は一郎たちの談話から呉家に夢中遊行の遺伝要素があった状況証拠をいくつか見つけている。①~⑥の理由により、八代子・千世子の姉妹は呉家の遺伝に関する何らかの事実を知っていたと推測される。

①千世子は聡明な女性だったにもかかわらず、母子の運命については迷信深く、何かに強い不安を感じていたらしいこと。

②千世子がハマっていた占い師も千世子の不安に気づいたため、「何者かに呪われている」と宣告したのではないか。

③八代子が千世子の事件の後、一郎に「何か夢をみなかったか?」と尋ねているのは唐突で違和感がある。八代子もまた、夢中遊行に関する前知識があったのではないか。

④呉家は親戚が少ない家系だが、遺伝的に忌避される悪評があったのではないか。

⑤千世子が実家を飛び出したかのように言われているが、④の理由から八代子とも相談の上、呉家の血統を残すために千世子は遠く離れた土地へと向かったのではないか。

⑥千世子が男好きという噂も⑤のことを考えれば矛盾しないのである。

11.残るところは、この事件に於ける呉一郎の夢中遊行の発作が「如何なる種類の心理遺伝の、如何なる程度の発露に依りて行われたるものなりや」という問題なり

  長ったらしい見出しですが、本項で言いたいことは呉一郎の持つ夢中遊行発作の詳細は2回目のモヨコ殺人事件の方がわかりやすい、ということです。

そしてここから正木の手記は2回目のモヨコ殺人事件へと話題が移ります。ちなみにこの事件、「姪之浜の花嫁殺し事件」と通称されているようです。

第一の事件、千世子殺人事件の時と同様に、若林が事件関係者に行ったインタビューで事件の概要を掴めるようになっています。最初に証言者となったのは仙五郎という名前の農夫です。彼は八代子の家に雇われており、事件当夜も八代子宅に泊まり込むほど信頼を置かれていた人物のようです。彼の証言は事件の核心にも触れる衝撃的なものです。内容を以下にまとめておきました。

仙五郎の談話

インタビューが行われたのは事件当日の午後1時ごろ。仙五郎は一郎に異変の起こり始めた事件前日から時系列に沿って証言しています。

事件発生は大正15年4月26日この日は一郎とモヨコの祝言が予定されており、前日から八代子宅は準備で忙しくしていた。モヨコは在宅し準備を手伝っていたが、一郎はスピーチを任されたと言って外出。しかし帰宅予定を大幅に過ぎても帰らない一郎を心配して仙五郎が迎えにいったところから証言をまとめていきましょう。

・仙五郎が一郎を見つけた時、一郎は一心不乱に巻物を読んでいる様子だった。

・巻物は白紙ばかりで何も書いていなかった。

呉家には呪いの巻物が伝わっているという噂があった

・仙五郎が一郎に巻物について尋ねると「僕がこれから仕上げるべきもので、とても面白いお話と怖い絵が描いてある」と応えた。

・一郎は巻物を「祝言の前に読まねばならない」と言って誰かからもらったと証言。さらに、その人物は「死んだ母(千世子のこと)の知人である」と言い、自ら名乗ることはしなかったが、一郎には見当がついているとも話していた。

ここまでが主な事件前日の様子です。既に一郎がおかしな言動をみせています……それでは、後半の事件発覚時の様子をまとめていきます。

・夜中、目が覚めた仙五郎は一郎とモヨコが揃って寝所にいないことを発見。

・心配になった仙五郎は八代子と共に2人を探しに行き、敷地内にある蔵の2階で2人発見

モヨコは発見時死亡。死亡推定時刻は発見時間の数時間前。

一郎はモヨコの死体を前に絵具を広げており、何をしているのかと尋ねた八代子に「腐るのを待っている」と回答。

・一郎はこの時、「巻物を完成させるのは天子様のため、人民のため」といったことも話している。

・一郎の異変はまだ続き、八代子と揉めて彼女に暴力をふるう姿が目撃されている。

・夜が明けて警察が来る頃には一郎はひと眠りしていつもの穏やかな青年に戻り、きょとんとしていた。

……仙五郎の語る事件の様子、猟奇的なものを感じて普通に怖いです。この薄気味悪さも『ドグラ・マグラ』の魅力の一つかと思いますが、後々、一郎が見せた奇妙な言動の原因はちゃんと明らかになります。

これまでに何度も登場した「心理遺伝」によって一郎に何が起こっていたのか伏線が回収されますので記憶に残しておきましょう。

また、仙五郎の証言によって、八代子が一郎が持っていた巻物に心当たりがあることも判明します。心当たりがあるというよりも「巻物の脅威を知っておりその効用を恐れていた」とさえ言えるかもしれません。ここまで読んできて抱いていた八代子に対する疑惑がこれで白黒つきました。やはり八代子は呉家の秘密についてガッツリ知っていたんですね。

巻物の詳細についてはこの後に続くインタビューで詳細が明らかになっていきます。仙五郎が知っていたのは、

 ・巻物が呉家近くにある如月寺の本尊に収められていたこと

 ・呉家の男を狂わせ女を殺させるもの

 ・如月寺には巻物の由来を記したものが伝わっていること

の3点です。

そして次に登場するのが如月寺に伝わる由来を記した文章だと思われます。書いたのは如月寺の開祖、つまりお坊さんですね。その人の手記によれば如月寺は呉家の祖先が建立したものだとか。この「第二参考 青黛山如月寺縁起」という文章群は古語調の文体で読みづらく、ざっと読み飛ばしてしまっても構いません。ただ、1点だけを押さえておいてほしいポイントはあるので、内容をまとめながらそのポイントにも触れておきましょう。

青黛山如月寺縁起

1600年代中頃、京都の大店の嫡男として生まれた坪太郎という青年は、家を継ぐ気もなく、親族からの結婚しろという説教も聞き飽きて家を飛び出し、ついには肥前唐津へとたどり着きます(現在の佐賀県)。虹汀と名前を改め旅を続けていたところ、ある夜一人の女性が入水自殺をしようとしているところを助けます。この人が呉六美。呉一郎たちの祖先であり、その当時呉家唯一の生き残りでありました。

六美が言うには「呉家は乱心の家系で、その発端は絵巻物である」らしいのです。その絵巻物は中身は美人の裸婦像なのだが、作者の最愛の妻の死体を写し取ったもの。しかし描いている途中にもその死体はみるみる腐っていき、描き終わる前には白骨になっていたというのです。残された夫は気も狂わんばかりの状態に陥り、妻の妹の介抱もむなしく後を追うように死んでしまいます。そして、その時妊娠中だった妹から生まれたのが呉家の祖というわけです。妹は絵巻物を供養してもらい、弥勒菩薩像の中に納めます。

しかし、ここから呉家の不幸は後を絶ちません。なぜか呉家の男子は妻を早くに亡くすものが多く、その度に精神に異常をきたし、大変暴力的な人間になってしまうのです。元々資産家ではありましたが、これでは呉家と縁を結ぼうというものもいなくなり、ついには六美を残すのみ。六美には唐津藩の重臣・雲井家から喜三郎を縁づかせようと申し出があったものの、この喜三郎は根っからの道楽者のワル。この夜も六美をふいに訪れて酒の勢いで暴れに暴れたので逃げてきた……というのが自殺未遂の真相でありました。

虹汀は喜三郎を討ち呉家の不幸の元、絵巻物を菩薩像から取り出し焼いてしまいますその灰を菩薩像に納め、六美と呉家の家系図とともに旅にでて呉家の現住所・姪浜にたどりつきます。そして弥勒菩薩像を奉納するための如月寺を建立することとなったのでした。

ざっくりまとめましたが、如月寺と呉家は切っても切れない因縁があるようです。しかし気になるのは最後、「絵巻物は焼いてしまった」というくだりです。

呪いの絵巻物はすでに存在しないの?

じゃあ呉一郎がじっと見ていたという絵巻物の正体は?

なんとも不思議でややこしい雰囲気が漂ってきました。これぞ『ドグラ・マグラ』! 

次はこの絵巻物を巡って現在の如月寺住職・野見山法倫のインタビューが始まります。インタビュアーは若林ですが、本来なら呉家の跡を継ぐ夫妻にしか明かせない絵巻物の話を「殺人事件の捜査だから」という理由で前述の由来も含め、若林に語ってくれたそうです。

如月寺の現住職・野見山法倫の話

絵巻物の由来にある通り、既に虹汀の手によって灰になったと思われた絵巻物。しかし、絵巻物が現在までに原型をとどめたまま残っていたことを住職は感づいていました。さらに絵巻物を一郎に見せて悪用を企む人物にも心当たりがあるというのです。

その心当たりが一郎の母、千世子でした。

千世子14、5歳の頃、如月寺にやってきた千世子が絵巻物を見せてほしいと言い出したのです。住職は千世子が帰った後、灰が納められているという弥勒菩薩像を振ってみると、確かに中から音がします! どうやら、虹汀は絵巻物を焼くと見せかけ実際はそのまま菩薩像の中に封じたのではないか……と住職は推理しました。

そして一昨年、八代子、一郎、モヨコの3人が如月寺を訪れたその夜、住職は弥勒菩薩像の中から絵巻物が消えており、何者かが盗んだ後だということがわかったのです。

以上が住職の語ったおおよその内容ですが、絵巻物が現在まで残っていた謎は簡単に説明がつきましたね。ただ、その後「いつ」「誰が」絵巻物を盗んだのか? という疑問は残ったままになりました。ちなみに、モヨコ殺害後、絵巻物の行方は再びわからなくなっているそうです。

消えては現れまた消えて……と幽霊や呪いのような絵巻物ですが、『ドグラ・マグラ』の世界観では「呪い」や「幽霊」といった存在で説明をつけようとはしません。あくまで理論的に説明がつくように、この絵巻物の存在や殺人事件の真相を追っていきます。といっても、その理論がハチャメチャだったりするのが『ドグラ・マグラ』の頭を混乱させる怪奇さだったり、魅力だったりするのです。

姪之浜の花嫁殺し事件、最後の参考人は一郎の叔母でありモヨコの母、八代子が登場します。事件後、彼女は精神を病んでしまったようですが、若林が彼女のインタビューを取り付けたのは事件当日の午後、八代子は事件の興奮冷めやらぬままではありますが若林との会話は成立しています。

八代子の談話 概要

事件後、行方がわからなくなっていた絵巻物は八代子が確保していました。八代子はそれを若林に託し、一郎にこれを見せた人間を捕まえてほしい、そしてなぜこんなことをしたのか問い詰めてほしい、と懇請します。

そう言えば、ずっと前に正木と若林が会談した際に若林が絵巻物を持参していたシーンがありました。若林は八代子から絵巻物をもらい受けていたんですね。

八代子の談話にはいくつか備考もついており、殺害現場の詳細なんかもわかるようになっています。中でも私が「んんん!!?」と思った点が一つ……それはモヨコの解剖結果を記した部分です。殺人事件なので遺体が解剖されるのは当然、執刀医が若林なのもいいとして、そこに立会人として第三者がいたと記されているんですね。いや、解剖には何人も立会人や助手がいるのが当たり前なのは当たり前なのですが、モヨコがその後生き返ったとすると……彼女の顔や体にはいくつものメスの入った跡が残っていたのでは……? 想像してみるにフランケンシュタインのような状態になっていたのではなかろうか……。ゾッとしますね。しかし作中に登場するモヨコの顔には跡はなく美しかったということなので、きれいに治ったのかな……それとも……。なんて、空想を膨らませてみるのも楽しいかもしれません。

さて、ここまで息をつめて2つの殺人事件の概要を追ってきたわけですが、閑話休題的に正木の独白が入ります(そういえば正木の遺書を読んでいる途中だった)。事件の経緯を踏まえたうえで、正木と若林、両博士の事件の見解をまとめてくれています。

若林⇒事件には現在の科学では立証できない超科学的なものがあり、それを操った真犯人がいるはずである。

正木⇒事件は心理遺伝の発作によるもので捕まえるべき犯人などいない。

お気づきでしょうか? 2人とも超科学的な心理遺伝とやらの存在を前提に事件をとらえてはいますが、真犯人の有無については真逆の見解を述べています。事件の真相やいかに……


現在はここまでです。現在更新中の「空前絶後の遺言書(正木の遺書)」は長いので分割してまとめていきます。

次回更新は10月5日を予定しています。

また覗きに来てくださいね。

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