過酷な労働と人間ドラマをリアルに表現した名作『蟹工船』読書感想

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今回ご紹介する作品はこちら↓

蟹工船  小林多喜二  青空文庫で無料公開中

小林多喜二は戦前に活躍した作家ですが、

2008年に著書の『蟹工船』が大ブームとなり、

作家、作品名とも知っているという方が結構いらっしゃるのではないでしょうか?

『蟹工船』はカニ漁船・博光丸に乗り込む労働者たちと

彼等を監督する立場の浅川との攻防を書いた作品です。

Eテレの「にほんごであそぼう」では子供たちに向けて

「大人になったら読んでほしいお話の予告編」のコーナーで紹介されていましたが、

今の時代では信じられない劣悪な環境で働かされる労働者たちの悲劇を

真に迫る描写で表現しています。

今でも非正規雇用の問題やブラック企業・ブラックバイトなど、

『蟹工船』ほどではないにしろ、雇用主と労働者の関係は議論が絶えませんが、

今の労働環境を先人たちがどう勝ち取ってきたのか、

その戦いの一端を知れる作品になっています。

数あるプロレタリア文学の中でも、小説としての完成度が高い

屈指の名作だと思いますので、

いろいろな方に手に取っていただきたい作品です。

それでは内容をご紹介していきましょう。

目次   1.プロレタリア文学とは何か?
     2.おおまかなあらすじ
     3.作品を支える圧倒的リアルさ


1.プロレタリア文学とは何か?

まず、プロレタリア文学とは何か、から簡単にご説明しようと思います。

プロレタリア文学とは、雇用主からの搾取や横暴に苦しむ労働者たちの

困窮・苦しみを描写する作品です。

青空文庫の作品をランダムに読んでいると、

かなりの確率でプロレタリア文学に出会います。

ランダムに作品を選んでいるのに、プロレタリア文学によく出会うということは、

戦前や戦後直後には雇用主との関係に苦しむ人々が大勢いたということを示しているのでしょう。

プロレタリア文学の特徴は、前述の通り、労働者たちの厳しい現実を

書いていることにあり、作品を読んでいても

「とにかく今のこの苦しみを知ってほしい! なんとかしてほしい!」という

気持ちがダイレクトに作品に反映されているものが多く、

実は私は少々苦手であります。。。

ただ、この『蟹工船』だけは別です。

その理由は後述するとして、作者である小林多喜二についても少しご紹介しておきます。

小林多喜二は戦前に活躍した日本を代表するプロレタリア文学作家です。

『蟹工船』を始めとする作品が世の中の注目を集めたために、

戦前の共産主義取り締まりの網にひっかかり、

警察にもマークされ、入獄と出獄を繰り返し、

最期は逮捕後の過酷な取り調べが原因で亡くなったのでは……とされています。

彼自身は『蟹工船』に出てくるような劣悪な環境下で働いた経験はなさそうで

大学まで卒業し、銀行に就職したインテリ派だったようです。

ただ、小樽にあった実家の近くに漁師たちが寝泊まりするタコ部屋があり、

そこで労働者たちが過酷に使役される様子は身近で見ていたようです。

この経験が、『蟹工船』には色濃く反映されています。

2.おおまかなあらすじ

それでは『蟹工船』のおおまかなあらすじをご紹介します。

函館から出港しようとしているのはカニ漁の船・博光丸。

船には子供、百姓、元炭鉱夫、流れ者、農家で食い詰めた次男・三男坊たち……

実に種々雑多な経歴の男たちが乗り込みます。

共通しているのは、みな、過酷な労働が待っているとわかっていても

漁船に乗らなければ稼ぐ手段がないということ。

彼らを統率するのは、漁船をチャーターしている会社から派遣された浅川監督。

彼は、労働者たちよりも船の装備を守ることやカニの漁獲量の方が大事であり、

それらを守るためなら労働者の1人や2人、犠牲になっても構わないという

とんでもない考えの持ち主です。

監督は漁船が出港してすぐ、労働者たちの食事時に巡回に現れ

「大した働きもしてないくせに大飯食らうな!」と威張り散らし、

早くも労働者たちからの反感を買います。

監督の横暴はその後も止まりません。

あまりの労働の過酷さに身を隠した船員が見つければ、

飢死するか凍死するのを分かったうえで監禁し、

他船から「沈没寸前、SOS」の無線を傍受しても知らん顔。

船の主であるはずの船長ですら、監督には逆らえない事態です。

劣悪なのは労働時間に限りません。

食事も粗末で決まりきったものしか出ないので

栄養不足による脚気や便秘など、体調不良者が続出します。

その中、荒れ狂う海にむかって、「カニの漁獲量が目標に達していないから」と

無理矢理、小船で漁に出された何艘かが博光丸に戻ってこないという

緊急事態が発生します。

行方不明者が多数発生し、労働者たちは彼らはもう死んだものと思い、

残していった荷物を整理します。

出てくるのは家族の写真や手紙……

生き残っている皆も、陸には愛しい家族がいます。

それをまざまざと思い出させられ、労働者たちに監督への殺意が宿ります。

しかし、「誰が? どうやって?」という具体的な話にはなりません。

監督が憎いのは確かだけれど、実際に手を下すとなると、

自分は蚊帳の外にいたい、それがこの時点での大勢の本音でした。

このあと、行方不明になったと思われていた労働者たちの数人が

奇跡的に生還します。

彼らが持ち帰ったのは遭難中に助けてくれたロシア人たちの話。

共産主義のその国では、労働者の権利がとても強く、

雇用者が下手なことをすれば労働者たちはすぐに反抗する、と

遭難した船員たちに労働運動の大切さを説いていたのです。

ロシア人たちの話は危険思想なのだろうか、

それとも当たり前の権利なのだろうか、

労働者たちの心に、一石を投じる思想がもたらされました。

逆風が、ささやかではありますが吹き始めた船内、

しかし監督も負けてはいません。

仕事の出来に賞罰をもうけ皆の競争心を煽ったり、

「日本の国の労働者は働き者で偉い!」と愛国心に訴え

あの手この手で労働者たちを働かせます。

そんなころ、労働者たちの楽しみ、中積船がやってきました。

中積船には家族たちからの手紙や差し入れが積まれ、

サービスとして映画まで上映され、

労働者たちはほんの数時間とはいえ、苦しみを忘れて楽しみに没頭します。

この時、初めて労働者たちの中から監督に向かって

ヤジを飛ばしたり、監督室を襲ったりと具体的な行動に出る者が現れましたが

後に続くものはおらず、大きな騒動にはなりませんでした。

しかし、ついに船内で病死者がでます。

荷物を整理し、通夜を営むうちに、労働者たちに芽生えたのは

「彼はただ死んだのではない、殺されたのだ」という思いでした。

労働者たちは団結して動き出します。

仕事をばれないようにさぼり、小船で漁に出ればわざと遭難し、

ロシアから共産主義について書かれた本をもらってきたりして、

彼らは徐々に「自分達も監督に歯向かおうと思えばできるのではないか?」

という確信が募っていきます。

労働者たちの不穏な様子に監督もまた、ピストルまで持ち出し自衛し、

物語の緊張感は一気に高まります。

そしてついにストライキが実行されることとなるのですが――

果たして成功するのでしょうか?

意外な展開へとなだれ込んでいくので

続きはぜひ読んでみてください。

3.作品を支える圧倒的リアルさ

プロレタリア文学が苦手だが、『蟹工船』は別だと前述しました。

その理由は『蟹工船』の圧倒的リアルさにあります。

他の作品は「苦しい! 助けて!」という気持ちを書くことに

夢中になっていて、その背景にある労働の実態や、

雇用主の横暴さが抜け落ちている場合がすごく多いんです。

おそらく私がプロレタリア文学に苦手意識があるのはこのせいで、

背景が分からないままに恨み節だけを聞かされるので

共感しづらいからだと思います。

対して『蟹工船』にはこれら、他の作品では抜け落ちている

労働者の苦境が「これでもか!」というくらい詰め込まれています。

例えば、彼らの労働時間外の様子をピックアップしてみましょう。

彼等は何日も、何カ月も船の上で過ごすので、当然寝床が必要になるのですが、

その寝床の名前がなんと「糞壺」。

この言葉のチョイスだけで内装や環境が想像できますよね。

中盤辺りから登場するノミやシラミなどの描写も

清潔な空間に慣れきっている現代人には顔を歪めたくなる嫌悪感をもよおさせます。

もう船の上はすべてこんな感じで「きつい・汚い・危険」が

常につきまとっています。

彼等の境遇を読むと「気の毒」や「同情」などという言葉では不足するほどの憤りを感じます。

さらに、『蟹工船』が巧みだと思うのは、

労働者たちが「環境が悪すぎるから」と言って、

すぐに悪役である監督に歯向かい始めるかというと、

そういうわけではないところにあります。

監督の浅川は本当に酷い奴なので、

労働者たちは簡単に彼に殺意を持ちます。

でも、殺意があるからといって、簡単に行動にまで移さないのが、人間です。

「浅川は憎いけど、手を下すのは他の人に任せたい……」

という正直でまっとうな思いがしっかり書き込まれています。

それから殺意が本気に変わるまでの話の持っていき方が実にうまいんです。

あらすじにも欠かせない要素と思い、落とし込みましたが、

労働者たちの決起に至るまでの出来事を列挙すると

 ①行方不明者が多数発生。しかし目の前に死体はないため実感がわかない。

 ②行方不明者が戻りロシアから共産主義思想がもたらされ、監督への怒りに正当性がでてくる。

 ③船内でついに死者がでて、さらに監督への殺意が燃え上がる。

 ④サボタージュ作戦を決行し、さらに共産主義思想を学びクーデター成功への確信を強める。

 ⑤浅川、ピストルにより自衛する。

こうして抜き出してみると、船内の緊張感が階段をのぼるように

どんどんと高まっていく様子がよくわかります。

簡単には暴力的行為に打って出られない人間心理もリアルですし、

それでも仲間の死によって我慢の限界を超えるという説得力のある展開で

『蟹工船』はプロレタリア文学とかそういう枠を超えて、

圧倒的リアルさを備えた小説として名作だと思います。

終わりも皮肉がきいた「ありえそうな」終わり方でありながら、

労働者たちに感情移入して読んでいた側にも納得感のある最後で

スッキリとした気持ちで読み終えられました。


いかがでしたでしょうか?

『蟹工船』はEテレで紹介されるくらいなので教養を高めるためにも良い作品ですし、

他のプロレタリア文学からは群を抜いて物語性もリアリティもある面白い作品でもありますので

ぜひ読んでみてください。

青空文庫で全文無料公開中です。

それではここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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