八十八の恋路に決着! そして浮雲の運命にも岐路が……『浮雲心霊奇譚 血縁の理』読書感想
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浮雲心霊奇譚 血縁の理 神永学 集英社文庫
同作者による超人気シリーズ『心霊探偵八雲』のルーツをえがく作品、『浮雲心霊奇譚』シリーズの6作目です。
お人好しで怖がりだけど優しい絵師見習いの八十八(やそはち)と、赤い目を持ち幽霊をその目に写すことができる謎多き男、浮雲のコンビで江戸の町に起きる怪異を解決していくのですが……
『血縁の理』は衝撃の展開でした。八十八にも、浮雲にも、今後の運命を大きく変える事件が待っていました。
あらすじと感想をまじえながら内容をご紹介していきましょう。
1.おおまかなあらすじ
まずは簡単なあらすじからご紹介しましょう。『血縁の理』には3つの短編が収録されていました。
御霊の理
浮雲のもとに八十八と土方の2人から別々の怪奇現象の依頼が持ち込まれる。
八十八の依頼は小間物屋の息子に起きている異変、土方の依頼は長屋に住む浪人に憑りついた女の霊というもの。
八十八はいつも通り、怪奇現象に怯え、どう解決したらいいのかまるでわかっていないが、何やら心当たりのついたらしい浮雲に命じられ、調査を始める……
コトリの理
八十八が密かに思いを寄せる伊織が怪奇現象に悩まされていた。夜中に部屋の隅から眼球が転がるわ、大量の雀が湧き出るわ……何が原因なのだか、伊織には見当もつかない。
八十八は伊織のために浮雲と共に話を聞きに行くのだが……そこで衝撃の事実を聞かされる。
血縁の理
有名な狩野派の絵師の一人と知り合いになった八十八。八十八は絵師の家を訪れ、お互いの描いた絵を見せ合い楽しい時間を過ごしていたのだが、そこに絵師の息子が帰ってきて、親子喧嘩を始めてしまう。
息子は父の背中を追い、絵師を志しているのだが、その行動には鬼気迫る異様なものがあった。
心配になった八十八は浮雲のもとに相談に行くのだが……調査を開始した浮雲は「下手をすれば死人が出る」と不吉な予言をする。
2.主役2人を待ち受ける衝撃の展開
冒頭にもちらりと書きました通り、『血縁の理』では八十八、浮雲ともに運命を大きく変える衝撃の展開が待ち受けています。
八十八の方はあらすじを読むとなんとなくわかりましたかね? そう、八十八の想い人、伊織に関することで八十八の身に衝撃の展開が起こります。
同作者による『心霊探偵八雲』シリーズも読んでいらっしゃる方は、よくご存じでしょう。神永学さんという作家は、恋愛面は焦らしに焦らす作家だということを……!
『心霊探偵八雲』シリーズでは主人公の八雲とヒロインの春香の間に友達以上恋人未満の微妙な関係が築かれたまま、シリーズはなんと20冊目を迎えてまだ! 2人の間は決着がついておりません!
だからこそ、シリーズたったの6作目で八十八と伊織の仲に衝撃を走らせるような展開はメチャクチャ驚きました^^;
しかも、お話の舞台は江戸時代。八十八は商売人の家ですが、伊織は武家の家。この時代は身分制度がガッチガチの時代だったので、武家の娘と町人の息子が結ばれる、なんてことは普通なら「身分違いで無理」の一言で即終了となっていた時代です。八十八も作中で良く言っていましたが「どうにもならないんです」で終わりです。
だからこそ、この2人がどうなるのか、私は気をもんで、これから散々もまされるんだろうなーと覚悟して読んでいたのですが、けっこうあっさり決着がつきました。
結局どういう決着がついたのかは、ぜひ本書を手に取ってほしいのですが、作者が恋の結末を急いだのは、もう一人の主人公、浮雲の身に起きる衝撃の展開のせいかもしれません。
これまで浮雲は酒が大好き、女も大好き、お金ももちろん大好き……と遊び人風な人間として書かれてきました。しかし、何やら浮雲には生い立ちに秘密がありそうなことをほのめかすシーンがちらほら登場していました。謎多き男の素性が明かされる日を楽しみにしていた方も多いことでしょう。
『血縁の理』で浮雲覆う謎の霧が少しだけ晴れることになります。知れば納得、それは秘密でなければならない理由でした。
そして、素性が少し知られたせいで、というわけでもないでしょうが次巻からは新展開に入るようです。浮雲は自分の運命と、シリーズに登場している悪役たちの陰謀が待ち受けているであろう運命に飛び込んでいくようです。
正直、八十八の恋の急展開があっただけに、シリーズ終わっちゃうんじゃないかと思いましたがそんなことはありませんでした。次作からも楽しめそうでなによりです。
3.作家・神永学が考える才能とは
せっかくなので、『血縁の理』を読んでの感想をもう一つ。
「才能」とは何か? これを考えたことのない人間はいないんじゃないでしょうか? 「自分には何の才能があるのか」と悩む場合もあれば、「この分野で才能があったらなあ!」と溜息をつく場合もあるでしょう。私の場合、圧倒的に後者を考えることが多いのですが、どうでしょう?
本書の表題作である『血縁の理』の話は、まさに「才能があったらなあ!」をテーマにしたお話でした。
作中に表現されるのは「努力してもままならない」「何かきっかけさえあれば花開くのではないか」「心に感じていることを作品にそのまま落とし込めればいいのに」「独力でこれ以上上達することは無理なのか」といった、才能への渇望がむき出しになった感情です。
「才能があったらなあ!」と考えてしまう私は、この渇望に共感しまくりだったのですが、これ、ふと考えると作者である神永学さんの本音かもしれないな、と思いました。
神永学さんの作家デビューは、かなり異例です。公募に出した作品を自費出版し、それが思いがけない好評を得たために作家デビューが決定されたそうです。今でこそ、ネットやアプリで公開した作品がバンバン商業出版されている時代ですが、神永学さんがデビューされた当時では相当なレアケースではなかったかと思います。
作品をどう作り上げていくべきか、独力で頑張られたことでしょうし、小説家として「何かきっかけがほしい、心をそのまま落とし込めたら」というのは普遍的な悩みでしょう。
神永学さんは今ではもう超人気作家の仲間入りを果たされていますが、デビュー前後の時期を思い出して書かれたのか、いや、もしかしたら現在進行形で尽きぬ悩みと戦われているのかもしれませんが、そんな作者の生の感情を作品として形作られたのかなあ、と感じました。
だからこそ、私の心にも響いたのかなあと。次元が違い過ぎるのは置いておくとして^^;
いかがでしたでしょうか?
八十八と浮雲の江戸を舞台にした怪奇譚はここでいったん幕引きのようです。八十八の恋の行方に浮雲の生い立ちはシリーズファンならぜひ知っておきたいポイントですので、ぜひ手に取ってみてくださいね。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。