令和の松本清張、現る 絶望と戦う警察と家族のリアルをえがいた『雨に消えた向日葵』読書感想

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今回ご紹介する本はこちら

雨に消えた向日葵  吉川英梨  幻冬舎文庫

作者はこれまでも数多くの警察小説を書いてきた方だそうで、裏表紙の紹介文には「警察小説の新旗手、最高傑作」とまで書かれていました。

ほうほう、どれどれ……と偉そうに言える立場ではまるでないですが、読み始めて「なるほど!」と思わされました。

初読みの作家さんで他の作品と比べようがないので「最高」かはわかりませんが「傑作」であることは間違いありません。「傑作!」と強調してもいいくらいです。

警察小説にとって重要なリアルさもありながら、最後には鮮やかな幕引きも待っており、読みごたえも読後感も素晴らしかったです。

それでは、あらすじと感想をまじえながらご紹介していきましょう。

1.おおまかなあらすじ

まずは簡単なあらすじをご紹介しましょう。

事件は小学5年生の少女・葵が行方不明になるところから始まります。

葵は学校から帰る途中、こつぜんと姿を消してしまいます。最初に彼女の行方不明に気づいたのは仕事から帰った母親でした。

ただちに家族、学校、警察とが協力して葵を探し始めます。しかし、彼女は何日経っても見つかりません。

警察は葵が「なぜ」いなくなったのか、事件なのか事故なのか、それともただの家出なのか、葵の家庭環境や学校での様子などを調べ始めます。

すると、葵が取り巻く環境が怪しすぎることに気が付くのです。

葵は母の実家に暮らしており父親とは別居中という複雑な家庭環境。

実母に見え隠れする不倫未満の男の影。

2年間、葵と対面していなかったのに行方不明になったとたん、必死に捜索する父親。

親友の母親と葵の実母の間に起こっていた揉め事。

葵の傘になぜか指紋を残していた男性の担任教師。

姉の証言で判明した葵を付け回していたという不審人物。

事件、事故、家出……葵が行方不明になる原因はたくさんあったのです。

担当刑事となった奈良健市は必死で葵の行方を探すのですが……わずかな手がかりは次々に消えていき、いたずらに時間ばかりが経ち、警察はどんどん追い詰められていきます……

2.ほうふつとさせるのはあの”大文豪”

本書のジャンルは「警察小説」。物語は刑事・奈良の捜査の様子をメインに進んでいきます。

ところで、「警察小説」と銘打たれた作品にあなたはどんなことを期待するでしょうか?

私の答えは「リアルさ」です。実際に犯罪捜査をしている警察がどう犯人を追いつめていくのか。そこに興味があるわけです。何か事件が起こった時に、わざわざ警察OBがニュースにゲストとして登場するのも、そこに需要があるからだろうと思います。「こういった事件で、警察は具体的にどう動くのか?」プロの仕事が気になりますよね。

昔ながらの足を使った捜査や最新の科学捜査、そして警察という独特の組織に身を置く辛さ……現場の刑事の追体験を是非してみたい!

その期待に『雨に消えた向日葵』は見事に応えてくれました。

奈良は埼玉県警の捜査一課の班長を務めています。1年中、埼玉県内で起きた凶悪犯罪を解決するために動きまわり、まともな休みが取れたのは……1年前だっけ? という仕事の鬼のような人間です。

その奈良が、葵を探すために一つ一つの手掛かりを追っては空振りに終わり、別の手掛かりを追っては……という泥臭い捜査を繰り返す様子が、本作では丹念にえがかれています。その様子は懸命なという言葉では足りません、執念という言葉がよく似合います。作中「警察はそこまでするのか!?」と驚いたシーンもありました。葵へ繋がる痕跡がほとんどない中、やっと見つけた葵の所持品を見つけた時のことです。葵の痕跡はどうやってその場所に運ばれたのか? そのことを検証するために、わざわざ同じ物を買ってきて実際にどういう運搬方法が考えられるか、実際に試してみるんです。そのために警察が「コレ」を買うのか……と「コレ」の正体を知ると、きっとビックリすると思います。

私の中で警察小説と言えばこの作家、という人がいます。松本清張です。スマホも科学捜査もなかった時代の小説ですがいまだに臨場感を失わない傑作を数多く遺していってくれた作家だと思います。本作を読んでいて「これは松本清張によく似ている!」と感じました。松本清張の作品に登場する刑事たちの姿は、奈良の執念によく似通っています。令和の時代に松本清張が生きていたら、きっとこんな小説を書くんじゃないかな、と思わせるものがありました。

3.だけじゃない、魅力

本作は「警察小説」ではありますが、それだけじゃない魅力があります。

それが「家族小説」でもある、ということです。

物語のメインは奈良の執念の捜査ですが、行方不明になった葵の家族の姿も本作では多分に書き込まれています

行方不明になった当初の残された家族の様子は痛ましいの一言で、「家族が一人、ある日突然いなくなるというのはこういうことなんだ」という現実を突きつけてきます。

公開捜査になった時に起こる家族への誹謗中傷やマスコミの取材、地域社会からの孤立。自分たちは被害者のはずなのに、家族を追いつめる人々の言葉や視線が容赦なく襲い掛かかる様子に、「これからこの家族はどうなっていってしまうんだろう?」と、捜査の行方と共に気がかりでなりませんでした。

しかし正念場は事件直後だけではないことも、読んでいくうちにわかってきます。葵の行方不明から日が経って、周囲は事件のけん騒から日常へとあっさりと戻っていきます。それは葵の家族も同様です。家族も、ずっと葵のことばかり考えているわけにもいかないのです。仕事もあれば学校もある。日々の暮らしをしていかなければならない。特に葵の行方不明直後、姉の沙希は受験生です。本当なら毎日勉強のこと「だけ」考えてすごしたいはずなんです。……でも、葵と暮らした日々が罪悪感や焦燥感を投げかけるのです。

読んでいる私は冷静に日常を取り戻す必要もあるとわかるけれど、実際に事件に巻き込まれた家族はそんな風に思えるはずもない……読んでいて、その葛藤に息がつまるようでした。

葵の家庭環境は複雑です。両親は別居しているし、父親には2年間も会っていないし。最初から問題を含んだ家族が葵の行方不明を通してどう変わっていくのか? 事件直後から終結まで、実に丁寧に書き込まれています。

家族の戦いの様子を、ぜひ見届けてほしいと思います。

4.4分の3は「絶望」でできている

ここまでのあらすじや感想を読んでいただくと、本書の内容が暗く沈んだものであることがなんとなくお分かりいただけると思います。

子供が行方不明になったというだけで最悪な事態なのに、警察の懸命な捜査にもかかわらず手掛かりは途絶えまくり、被害家族には悲しみだけでなく世間の荒波までもが押し寄せる……

本書の4分の3は、「絶望」でできていると言っていいです。

この作品を読んでから、小学生の息子の帰りが少しでも遅くなると、ソワソワと落ち着かなくなってしまいました。

それくらいの絶望感ですし、さらにその絶望がリアルなことはここまで書いてきた通りです。

この絶望はいったいどこまで続くのだろうか……? 残りページは半分をとうに過ぎ、読んでいる私の心を代弁するかのように登場人物の一人がこう投げかけます。

「そこに希望はないんですか?」、と……

この作品がどのような結末を迎えるかは、ぜひ読んでみてください。

ただ一言いえるのは、作品の幕引きは非常に鮮やかです。「希望」があるかないかでいうと、「ある」という答えで終わっています。

あまり元気のない時や気分の落ち込んでいる時に読むのはおススメできない作品ではありますが、結末の悪さを恐れる必要まではありませんので安心してください。


いかがでしたでしょうか?

『雨に消えた向日葵』には他にも主人公である奈良の妹が過去に巻き込まれた事件を巡って、被害者家族の何年にもわたる戦いの様子が分かるように表現されています。奈良が葵を執念深く探す理由の一つに妹の存在があることは間違いありません。奈良と妹の物語の決着も、本書の最後にはえがかれているので応援してあげてほしいなと思います。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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