異世界で枝豆を頼んだらどうなるか? 新感覚・飯テロ小説『異世界居酒屋のぶ』読書感想

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異世界居酒屋のぶ  蝉川夏哉  宝島社文庫

現代日本の居酒屋が異世界に出店したらどうなるか? そんなもしもを書いたのが『異世界居酒屋のぶ』シリーズです。

居酒屋と言えばおいしいお酒とおつまみ、そして楽しいおしゃべりですよね。

『異世界居酒屋のぶ』では異世界の人の目を通して普通の居酒屋メニューの魅力を再発見したりお店にくるお客同士や店員との交流に心がほっこりしたり……読んでおいしく楽しい、「トリアエズナマ」が飲みたくなる上機嫌な気分にしてくれるシリーズです。

このページではシリーズ1作目の魅力をご紹介していきましょう。

シリーズの登場人物紹介はこちらの記事をどうぞ

1.おおまかなあらすじ

『異世界居酒屋のぶ』は短編集です。1話1話がごく短く、内容も1話ごとに完結していますのであらすじとしてご紹介できるストーリーは実はありません。

ですので、ここでは大体の舞台設定だけご説明しておきましょう。

居酒屋「のぶ」が店を出しているのは古都(アイテ―リアと読む)の中心部からはちょっと離れた場所です。古都は中世ドイツをモデルにしたような石造りの町並みで、人々の名前の響きや文化・気候も地球上のドイツとよく似ています。でも月が2つあったり、一角獣といったファンタジックな生き物が生息していたりと、異世界要素もきちんと存在しています。

古都での食事は材料、調理法が決まり切っており、定番中の定番・馬鈴薯(じゃがいものこと)には皆、飽き飽き……酔っ払うにも酸っぱい味のエールしかないし……と、古都の人々の舌は少々寂しがっている様子です。

そこに、現代日本の居酒屋「のぶ」が開店します。瓦屋根など、明らかに古都の町並みからは浮いた存在の「のぶ」ですが、町の人々の中でも事情通と言われる人が「いい店ができたって知ってる?」と話のネタにするくらいに名前が広まってきている、そんな状況から物語はスタートしています。

2.のぶの魅力その① 居酒屋の良さ、再発見

異世界で開店している居酒屋「のぶ」ですが、その異常事態ともいえる設定以外は日本でよくみかける普通の居酒屋です。

メニューには「生ビール」「唐揚げ」「枝豆」などの定番や「本日のおススメ」があり、店に入るとまず提供されるのは「お通し」です。

居酒屋のメニューの美味しさはよく知っているし、食欲も刺激されますがこれだと他のいわゆる「飯テロ」作品と何が違うのかわかりませんよね。しかし、『異世界居酒屋のぶ』は実に独特の魅力を持っています

それが「普通の居酒屋を異世界の人の視線で語らせたところ」にあります

例えば、普通の「枝豆」。夏になると食卓にもよく並びますし、なんなら今は冷凍で一年中おいしい枝豆が食べられます。居酒屋でも当然、定番メニューです。

日本に住んでいる私たちの目からすれば「普通の枝豆」でも、異世界の人の目から見るとどうでしょうか? 彼らは枝豆なんて見たことも聞いたことも、まして食べたことなんてないわけです。海外旅行へ行って、ご当地の珍しい食材や調理法を目の前に「期待半分、不安半分」の気持ちでじっと皿に目を落としている……あの気持ちが彼らの心情に近いのではないでしょうか。つまり、興味津々

まずは枝豆の緑色、きれいな色をしていますよね。

そして食べ方も、口元にそっと房を当てて手でプチっと潰すあの感触。他の食べ物にはない独自の趣向です。

そして房ごと口元に持っていくという、ちょっとお行儀が悪いかな、と思える食べ方にもちゃんと「皮についた塩でちょうどよい味かつく」という絶妙な意味があります。

さらに口の中では豆にしてはプチプチとして少しかための面白い食感……

枝豆も「今日が初めて食べる」人の目にはこれだけ豊かな魅力をもって映るわけです!

私は枝豆を表現しつくす文章を読んで「枝豆って実はすごいじゃん!」と魅力を再発見しましたし、「枝豆食べたいなあ……」と真剣にお腹がすきました。。。

こんなふうに、ちょっとした居酒屋のメニューの魅力を再発見できるのが『異世界居酒屋のぶ』が持つ「飯テロ」の魅力です。

他にも「トリアエズナマ」「カラアゲ」「ユドウフ」などなど、他にも今すぐ居酒屋にいって食べたくなる飲みたくなるメニューが目白押しです。

3.のぶの魅力その② 常連になる楽しみ

行きつけの店って、作ったことはありますか? 残念ながら私はお酒は体質的に舐める程度にしか飲めないので、行きつけの居酒屋さんを持てたことはありません。しかし、だからこそなのですが、ものすごく「行きつけの店」といういものに憧れがあります。

「いつもの」といえば「はいよ!」と大将が応えてくれてさっと自分の好物がでてくる。他にも「今日はこんなのが入ったよ」と新メニューをおススメしてくれたりして……

新メニューの紹介くらいは初めて来た客にもしてくれそうですが、こういうのはやはりお店に何度も通って、互いに顔見知りになってからが一番楽しいのではないかなと思います。

異世界で開店した「のぶ」は物語開始時点で開店から半年経った、という設定です。町の人の中でも食通、事情通と言われる人々の口に評判がささやかれだした……そんな状況です。

そして、物語の第1話目に登場するのがハンスという若い衛兵です。彼は同僚であり、町の噂に詳しいとレッテルが張られているニコラウスから「のぶ」のことを聞いて連れてきてもらいます。ハンスがどんな食体験をするかは……作品を読んでみてください。彼の「トリアエズナマ」との出会いは酒好きだけに衝撃だったようです。

物語の1話1話はごく短く、ハンスが主人公の話が終わると次はハンスの上司・ベルトホルトが主人公の話が始まります。美味しい店があると聞き、ハンスに無理矢理案内させてやってきたようです。ベルトホルトも「トリアエズナマ」の洗礼を受けるのですが、そのベルトホルトが「のぶ」に真剣に惚れ込むきっかけになる料理はまた別にあります。

とまあ、こんな感じで1話ごとに主人公を変えて、店で提供されているいろいろな料理やお酒がどんどん登場していきます。中にはあまり普通の居酒屋では提供されないようなメニューも登場したりしますが、季節や気温を考えたた日替わりメニューの提供もしているようです。お客さんのことを考えたメニューの数々に「いい店だなあ……」としみじみ思います。

他にも居酒屋に欠かせないのがお店を開く側の人間ですよね。料理を作る大将・信之と明るい給仕役・しのぶ。異世界で店を開いて平然と働いている彼らがどんな人間なのか。それも少しずつわかってきて、信之の料理人としての腕は確かだけどうっかりした一面や、しのぶもただの明るいお嬢さんではなくちゃっかりとしていて細かいことにこだわらない性格だとか……友人と親しくなっていくように情報が増えていきます

読めば読むほどに「のぶ」について詳しくなって事情通になっていく……つまり『異世界居酒屋のぶ』では「通う」のではなく「読む」ことで「のぶ」の常連気分を味わうことが出来るんです。

「そんなこと言ったらしのぶちゃん、怒るんじゃないかなあ」とか「秋にはこの食材、食べたくなるよね、わかってるなあ」とか、そんな思いを巡らせながら読む楽しみが味わえます。

4.のぶの魅力その③ 招かれざる客

基本的に『異世界居酒屋のぶ』に波乱のストーリーはありません。1話はごく短いですし、その内容も食レポが中心。ほのぼのとしたお話が楽しめるのも特徴です。

しかし、中には「招かれざる客」が訪れることもあります。その招かれざる客が本書の残りページもかなり少なくなった辺りで不穏をまき散らすのですが……それが本作のクライマックスになります。

内容はけっこうシャレにならないほどのピンチで、果たして「のぶ」は自力で解決できるのか? できるとしたらどうやって?? と気をもたされます。

しかし「のぶ」が無事に営業を続けられるかどうかのピンチに頭を抱えているのは何も店員の信之としのぶだけではありません。

「のぶ」が作ってきたのは何もメニューだけではなかった、というのがわかって、小気味の良いラストになっています。

とはいえ、このピンチが訪れる一幕はラストほんの少し。

『異世界居酒屋のぶ』はのんびり、頭の中も心の中も空っぽにして優しくおいしい世界観を堪能するためにある作品だと思います。

疲れている時、気が滅入っている時でも安心して読める貴重な作品です。


いかがでしたでしょうか?

私は居酒屋って言ったことのあるのはチェーンが多く、個人で営業している店舗というのはあまりなじみがありません。しかしこの作品を読んで「もったいないことをしてたなあ」と家の周りを少し開拓してみようという気持ちになりました。

「トリアエズナマ」を片手に楽しんでもいい作品かもしれないですね!

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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