凶悪犯VS普通の女の子?『石の繭』面白い警察小説の読書感想

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今回ご紹介する作品はこちら↓

石の繭  麻見和史  講談社文庫

捜査一課の刑事たちが難事件に挑む『警視庁殺人分析班』シリーズの第1作目です。

2021年11月までにシリーズは10作以上発表されており、ドラマ化もされ、

スピンオフシリーズ『警視庁公安分析班』も2作品出版されています。

実は私はスピンオフ作品の方から読んだ人で、

そちらが面白かったので元ネタの方にまで手を伸ばしてきた次第です。

『警視庁公安分析班』シリーズの主人公は男性刑事でしたが、

本シリーズの主人公は女性刑事、しかも、かなり刑事としては

珍しい個性の持ち主という設定です。

その個性のために読み始めは

「この子に刑事が務まるんだろうか……」と

少し不安になるんですが、読み進めるうちに

どんどん応援したい気持ちになってきて、

読み終わったころには

「アリ! 全然アリだわ! きっといい刑事になる!」と

すっかり彼女のファンになっていました。

あらすじと感想をご紹介しつつ、

主人公の魅力にも触れていきたいと思います。

目次   1.おおまかなあらすじ
     2.インパクト大な犯人・トレミー
     3.主人公は「すごく」普通の女の子
     


1.おおまかなあらすじ

あらすじの前に、簡単な登場人物紹介をしておきましょう。

『警視庁殺人分析班』シリーズは捜査一課の殺人犯捜査11係に

所属する10人の刑事のうち、5人の活躍がメインにえがかれます。

この5人は行きつけの飲み屋で、「殺人分析班」という非公式な打ち合わせを

開いており、そこで事件についての推理や分析を議論しています。

その打ち合わせで練られた推理が当たることもあり、

幹部からも一目置かれている……という設定です。

「殺人分析班」のメンバーは以下の通りです。

  ①主人公・如月塔子(きさらぎとうこ)

  ②塔子の相棒・鷹野秀昭(たかのひであき)

  ③分析班リーダー・門脇仁志(かどわきひとし)

  ④最年長・徳重英次(とくしげえいじ)

  ⑤自称イケメン・尾留川圭介(びるかわけいすけ)

5人ともなかなかに個性豊かなんですよ。

それはまたのちほどご紹介するとして、

お待たせしました、『石の繭』のあらすじです。

※ネタバレ防止のためところどころわざとぼかしたり、飛ばして書いています。

新橋で殺人事件が起き、塔子は現場へ急行する。

死体は男性で、ビルの床下にモルタルで固められた中に埋まっており、

暴行を受けた上に、毒殺されていることが分かった。

現場近くの愛宕署に特別捜査本部が置かれ、さっそく捜査会議が

開かれている最中に、犯人を名乗る人物から電話が入る。

犯人が女を出すように要求したため、塔子が話し相手に指名される。

犯人は「トレミー」と名乗った。

トレミーは、最初、クレーマーのように警察をなじってくる。

塔子は機嫌を損ねないように、慎重に電話に応対する。

塔子はトレミーの機嫌を取ることに成功し、安心したのも束の間、

トレミーは警官を自分のペースにはめる会話術や警察の裏をかく行動力も見せ、

油断ならない相手だと大きなインパクトを捜査本部に与える。

塔子はコンビを組む鷹野と共に昼間は捜査に勤しみ、

捜査が終った後の夜は、「殺人分析班」のメンバーで

行きつけの飲み屋・大辺屋(おおべや)に集まり

今回の事件についての意見交換を行う。

とはいえ、「殺人分析班」は非公式の集まり、

メンバーは好き勝手に飲み食いしたり、趣味に興じたりと

マイペースに過ごしている。

呑気そうに見える先輩刑事たちを見渡しながら塔子は

「わたしがしっかりしなくちゃ」とこっそり呟いたりする。

捜査一課に異動して日が浅い塔子の武器は論理的思考よりも直感的ひらめき。

自分の直感を頼りに、思いついた推論を述べて、

「それ、当たってるかもな」と門脇に褒められたりして

捜査漬けの日々を過ごしていく。

トレミーは最初の電話から、度々捜査会議中に電話をかけてきて、

警察に事件の情報をマスコミに流すよう求めるようになる。

しかも塔子はどうやらトレミーに気に入られてしまったようだ。

塔子はそれを逆手にとって、トレミーから事件解決のヒントをもらう。

トレミーに振り回され、後手に回る警察の捜査だが、

ヒントを元に第2の犯行現場を発見する。

そしてこの2件目の事件が過去の未解決事件をあぶりだすことになった。

それは17年前、母子が誘拐され身代金を要求されるという事件で、

警察のミスにより犠牲者が出た上、迷宮入りになるという後味の悪い事件だった。

さらにこの誘拐事件には、塔子にとって個人的にショッキングな事実も隠されており、

彼女は大きく動揺する。

しかし、相棒の鷹野や上司のフォローもあり、今の事件を解決するために、

トレミーの窓口役として情報を引き出そうと奮起する。

捜査本部は17年前の誘拐事件と、今回の2件のトレミーが起こした事件を結び付け、

容疑者を推定する。

塔子たちは容疑を固めるために容疑者の身辺調査を行い、

疑いを確信に変えていく。

そしてもはや恒例となったトレミーからの電話で、

トレミーが第3の事件を引き起こそうとしていることを知る。

塔子はこれまでの捜査情報からトレミーに揺さぶりをかけ、

多くの情報を引き出そうと気合をいれる。

そしてトレミーからのヒントで塔子達捜査員は第3の犯行現場を特定するが、

そこには思いがけないトレミーの意図が隠されていた。

トレミーと電話で会話するうち、いつしか同情がわいていた塔子だったが、

トレミーにとってはそれすらも作戦のうちだったのだ。

トレミーの凶暴かつ狡猾な本性に、必ず捕まえなけらばならないと

決意を新たにする。

しかし、トレミーの異常性と執念深さは塔子の予想をはるかに

超えていたのだった……

2.インパクト大な犯人・トレミー

本作『石の繭』はシリーズ第1作目なので、

通常、主人公だったり、これからのシリーズの中心になるであろう

「殺人分析班」のメンバーの個性を読者に伝えるのが

作者の第1の目的になると思います。

しかし、『石の繭』では、塔子たちの印象と同レベルで

敵役にあたる「トレミー」の存在が

ものすごいインパクトを残します。

本文は大部分が塔子の目線で話が進んでいきますが、

一部、トレミー目線のシーンも混じっています。

その部分を読むとトレミーの凡人には理解できないレベルの

攻撃性や異常性がよくわかります。

笑って人を殺せる人間、それがトレミーです。

しかしトレミーのヤバさはそれだけじゃないんですね。

ものすごく頭がきれるんです。

しかも、それに加えて、絶対に犯行を最後まで完遂してやるという

執念深さと実行力まで伴っているから手に負えません。

作品中には、本事件以外にも様々な情報が書き込まれていますが、

その中にはトレミーが仕掛けた罠のような伏線が散りばめられています。

読み進めていき、後半にはいると「これもお前の仕業かよ!」と

ツッコミたくなること間違いなしです。

麻見和史という作家さんは、他の作品を読んでもそうなんですが、

情報の密度が濃~い文章を書く人なんですね。

数多い情報のなかで、どれが伏線でどれがミスリードなのか、

見破るのは困難必至です。

私もミステリ大好きなので、いろんな作品を多く読んできましたが、

それでもこの作者さんの作品は毎度、後半でかなり驚かされますよ。

麻見和史こと、彼が生み出した犯罪モンスター・トレミーの活躍(?)も

『石の繭』の大きな魅力の一つです。

トレミーは捜査一課に来て日が浅い塔子が一人で太刀打ちできるような

相手ではそもそもないわけなんですが、

彼女には一見呑気そうに見えるけど、

実は頼りになるプロの先輩刑事たちがついています。

塔子も含め、彼らの個性もご紹介しましょう。

3.主人公は「すごく」普通の女の子

まずは主人公の如月塔子からご紹介します。

この記事の冒頭で「刑事らしからぬ個性の持ち主」と述べてから以降、

極力、彼女のある部分については触れずに来ました。

それは彼女の容姿です。

といっても美人だとかそうじゃないとかいうことではないです。

彼女、身長が152.8センチなんですね。

よく知りませんでしたが、この身長は警察の採用基準を

若干、下回っているのだとか。

身長が高けりゃいいってもんじゃないので、

塔子は他の面が評価されて採用されたということなんでしょうが、

確かに、他のドラマや小説を読んでいても、

刑事って小柄なイメージはないですよね。

そして塔子は小柄なだけではなく、

その性格もいたって普通の女の子であることが

ちょいちょい、描写されています。

事件発生時に、自宅に帰れなくなるほど忙しくなることを見越して、

事件現場に大きな旅行鞄をひっさげて現れ先輩刑事にからかわれたり、

上にあるものを無理に取ろうとしてバランスを崩して「きゃっ」と言ったり……

学校や会社にもいるいる、こういう女の子、という感じです。

かといって、塔子はそれを補うように強気だったり

ものすごい負けず嫌いだったりするのかというと、

そういうわけではないんですよね。

先輩であり相棒の鷹野は身長180センチ超えで

彼と歩いていると塔子は小走りになってしまうのですが、

「ちょっとは気を遣ってください!」とも言わず、

「絶対負けるか~!」とも思わず、

心の中で少しだけ文句を言いながら

ふうふう息を少し切らせて黙ってついていくんですね。

なんだか想像してみると可愛らしい絵じゃないですか?

本当に、普通の女の子、それが如月塔子です。

それ故に、最初の方は「この子、大丈夫なのかしら?」と

少し頼りなく思うんですが、

でも、その普通さが彼女のすごいところだと

段々とわかってきます。

話も後半に入ると、塔子はかなり危ない目に遭います。

危ない目というか、わりと命の危機だったというか、

私が塔子の立場だったら、ひどく取り乱すか

呆然となるか……刑事としても人間としても

数日間くらい使い物にならない状態に陥る自信があります。

しかし塔子はそんな恐ろしい目に遭った直後、

鷹野に冗談めいたことを言ったり、

その後の捜査会議にもしっかりと参加してと

いつも通りの如月塔子の姿を周りに見せています。

本文中に塔子自身が「普通であれ」「これくらい平気」と

自分に言い聞かせるような描写もありません。

彼女は命の危険の直後でも、ごく自然に自分の普段の性格通りに

振舞えているのです。

気丈、という言葉では少し物足りないくらいのタフさを感じます。

彼女の外見は小柄で刑事っぽくはないけれど、

その中身は刑事としての資質が備わった

ものすごくレベルの高い「普通の女の子」だとわかり、

彼女のことを応援したい!と思うようになりました。

そんな塔子のまわりを固める先輩刑事たちはなかなかの個性は揃いです。

「殺人分析班」の打ち合わせが行われる飲み屋でも、

各々、超マイペースに趣味に没頭して過ごしています。

塔子の相棒の鷹野はスピンオフ作品の方でも詳しく取り上げているので、

「殺人分析班」のリーダー・門脇仁志にモデルになってもらいましょう。

彼は熱心に足を使った捜査を日々繰り返し、

折り合いの悪い上司には面と向かって文句を言い、

時に強引な捜査も行う、いかにも刑事ドラマに一人は

できてきそうな性格をしています。

そんな彼の趣味は、テレビ。

飲み屋では携帯のワンセグ放送を見て忙しくチャンネルを変え、

いろいろな番組をチェックし、

刑事ドラマに「ありえねえ!」と突っ込んだりしています。

息抜きがテレビなんて案外普通なんですねー、と

読み流していたんですが、

後々、門脇がテレビをチェックしている理由が

ちゃんと出てくるんです。

これ、聞き込み調査中に、時間確認に使えるらしいんですね。

例えば、「この辺で不審な車見かけませんでした?」と

聞き込みしていたとしましょう。

住人A「あ、見ました! うちの窓から……でも、いつだったかしら?」

そんな時に門脇だったらすかさず

「その時、どんなテレビ番組やってました?」

と聞くわけです。

具体的な時間を覚えてなくても、見ていたテレビなら覚えてる可能性は高い!

なるほどなあ、と思いました。

そして、門脇はわざわざそのためにテレビガイドまで持ち歩いてるんですね。すごい。

こんな感じで、塔子の周りには、

一見、マイペース人間に見えて、その実、捜査のプロフェッショナルが

顔を揃えているんです。

今回は第1作目ということで、それぞれのメンバーの活躍は

控えめでしたが、続くシリーズでもっと彼らが

プロとして活躍する姿を見てみたいなと思いました。

「殺人分析班」の他のメンバーや、塔子の詳細な情報は別ページで

紹介しておりますので、そちらもご覧ください。


いかがでしたでしょうか?

『石の繭』で(ある意味)大活躍するトレミーは、

ドラマ版でも人気がでたらしく、

ドラマオリジナルでトレミーを主人公にしたスピンオフ作品があるのだとか!

すごいなトレミー。

でも、なんかわかる気がします。

魅力ある悪役にも期待して読んでみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

シリーズ2作目の『蟻の階段』のあらすじと感想はこちら↓

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