人質は……全東京都民。前代未聞の警視庁脅迫事件が起こります『虚空の糸』読書感想
元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!
今回ご紹介する本はこちら
虚空の糸 麻見和史 講談社
個性豊かな刑事5人組が猟奇的難事件に挑む『警視庁殺人分析班』シリーズ4作目です。
今回は全東京都民を人質にとった警視庁脅迫事件が起こります。
主人公が警視庁(東京都を管轄にしている)に属しているので仕方のないことではありますが、このシリーズを読んでいると東京って怖いところだなーと思います(笑)
それだけ、作者が緊張感のある事件を考え抜いているということの証拠ですね。
今回の見どころは
- 前代未聞の警視庁脅迫事件
- 遺体にほどこされた幼稚な偽装の謎
- 塔子、モテモテ?
- ギリギリを攻める鷹野
こんな感じです。
それでは、あらすじと感想とともにご紹介していきましょう。
1.おおまかなあらすじ
まずはおおまかなあらすじからご紹介しましょう。
事件は団地内で男性の遺体が発見されるところから始まります。
現場へ急行したのは塔子が所属する捜査一課第11係です。
塔子は被害者の知人交友関係を調査する通称「鑑取り」班に割り振られます。
ところが、捜査の途中、塔子と鷹野は呼び戻されます。
そこで聞かされたのは前代未聞の警視庁脅迫事件の発生でした。
団地で起きた殺人事件の犯人を名乗る者からメールで「これから毎日都民を1日につき1人、殺害する」と宣告、さらには「止めたければ2億円をよこせ」と要求してきたのです……
2.2つの事件の謎
警視庁脅迫事件、犯人の狙いは何か?
警視庁が都民を人質にとられて大金を要求されるという、大事件が塔子たちを悩ませることになります。
この脅迫は殺害予告つきだけれど、具体的にどんな人間を狙うという情報を犯人は一切出しません。
怖いですよね、犯人が何かの基準で被害者を選んでいるのか、それとも全くの無差別なのか、わからないから警察はパトロールを強化する、くらいしか防衛手段がないわけです。
しかもこの犯人、逆探知に必要な時間を計算して電話をかけてきたり、連絡をとる場所を毎回散らしたりと、なかなか手強い相手のようです。
脅迫犯を相手に交渉するのは1作目にも登場していたSITの樫村です。
彼はシリーズにレギュラーとして登場している鷹野たち他の男性キャラクターとは違って、エリートっぽい印象を受けます。
インテリ男性が好きな方には朗報ですね。
塔子と鷹野は脅迫事件の捜査会議にも出席しながら殺人事件も追っていきますが、殺人事件の方も謎めいているんです。
殺人事件の謎その① 稚拙な偽装
これは本書を買った時に帯にも書いてあって、読む前から「どういう意味?」と気になっていた要素でした。
お話の冒頭に起きた団地内の殺人事件を例にどんな偽装か少しだけご紹介します。
男性は刺殺されていたのですが、発見されたとき、胸にナイフが刺さったままの状態でした。
そして被害者の男性の手は、そのナイフを握っていたんです。
そう、まるで自分で自分の身体にナイフを突き立てたかのように……
今の科学捜査は進んでいるそうで、傷が一か所でも、何回刺されたのか、刺した凶器が同じものなのか、それとも違うものなのかも、調べればちゃんとわかるそうです。
だから、明らかに他殺体なのに、表面だけ自殺っぽく見せかけるのには、偽装という意味では何の意味もないことになります。
犯人は何故、調べればすぐにわかるような偽装をしたのでしょうか?
そんなことわかるはずがないと高をくくっていた? もちろん、そんな理由ではありません。
ちゃんと犯人にはなにかの意図があるようです。塔子たちを悩ませる要素の一つとなります。
殺人事件の謎その② 被害者の仕事
塔子と鷹野は殺人事件の捜査で被害者の知人に聞き込みに行きますが、誰に聞いても分からない謎が一つ。
それが「被害者がなんの仕事をしていたのか?」ということです。
被害者はパソコンに詳しく、フリーランスでパソコンを使った何らかの仕事をしていたようだ、ということまでは判明します。
しかし、具体的に何をしていたのかが、誰に聞いてもさっぱり掴めないのです。
現実の事件なら、被害者の仕事が事件解決に重要な要素かどうか、真相がわかってみるまで不明となるところでしょう。しかしこれはフィクション、小説です。
作家が頭をひねり出して考えた文章ですので、無駄な情報はほとんどないはず。
この被害者の仕事も重要な事件のヒントに違いない! ……と、そこまでは私も勘づいたのですが、だからといって謎が解けるわけではないんですよね^^;
この謎、実は謎その①と関連があったりします。推理する時は2つセットで考えてみてくださいね。
3.塔子、モテモテ?
事件の話はここまでで、少し横道にそれて本作のお遊び要素に注目してみましょう。
お遊びとは言いつつ、作家が読者に「面白い、気持ちいと思ってもらいたい!」とひねり出した文章なので、小説を読む大事な要素ですよね。
今回は塔子にモテ期の到来を予感させてくれました。
これまでの前3作でも、塔子はおじいちゃんや上司に目をかけられたりと、人に好かれる人物としてえがかれてきました。
塔子は良い子なので(後輩として、いてほしいくらい)それも当然とは思いますが、やはり恋愛という意味での「好き」の要素もそろそろほしい!と個人的に思っていました。
それが今回、満を持して(?)解禁になりました。
塔子本人はまったく気づいてないようでしたが、読者と鷹野は気づきます(笑)
小説は感情移入して読む人が多いでしょうし、感情移入する相手は圧倒的に主人公が多いのではないかと思います。
そうなれば「塔子がモテる=読者も嬉しい!」という、作家から読者へののサービスなんですよね。
しかし、ここで気になるのは鷹野の存在です。
1作目から塔子の横にずっといてコンビを組んできた鷹野の存在は、恋愛面でも無視できません。
3作目のあとがきに作者自身は「鷹野があの性格だから……」と2人の関係がどうなっていくかは不明と書かれていましたが、本作ではなにか変化があったんでしょうか?
4.攻める鷹野
シリーズを通して、少しずつ絆を深めてきたようにみえる塔子と鷹野。
本作ではその絆を、かなり踏み込んだかたちで表現してありました。
ただ、踏み込み方が恋愛面だったり、コンビとしてのより深い絆という意味だったかというと、期待している方には申し訳ないのですが、少し違うかもしれません^^;
ここでいう「踏み込んだ」は、塔子と鷹野が性別が違っており、さらに階級にも差があることから生まれる可能性のある問題に踏み込んだ、という意味です。
まどろっこしい言い方ですみません、つまりハラスメント的な意味ですね。
○○ハラスメント、という言葉が最近ではいろいろ登場していますが、性別の違いや上司と部下の関係の差などの、「差」や「違い」があると生じやすい気がします。
本作の中ではその「差」や「違い」があるがゆえに、他の登場人物たちを使って「それはちょっとひどいんじゃないの?」と眉をひそめたくなる描写もあえて取り入れてありました。
そういった描写と、塔子と鷹野の関係を比較することで、2人の間にある信頼や絆が浮かび上がる仕組みになっています。
本作でクローズアップされたので、これまでの鷹野の塔子への態度の移り変わりを思い返してみると、どんどん遠慮がなくなっていってるんですよね^^;
背の低さをからかったり、気の進まなそうな塔子に「やって」と圧をかけたり……もし塔子と鷹野の性格の相性が悪かったら「アウト!」だな、と思われるシーンが本作にはけっこうありました。攻めてます、鷹野。
でも、よく言われることかもしれませんが、「差」や「違い」のある関係でも、お互いの好意や信頼の有無で、同じことをしたりされても、ハラスメントになるかそうでないかは変化するものだと思います。
塔子と鷹野の間に育った絆がどれほどのものか、繊細な視点から書いてみた、ある意味チャレンジングな取り組みだったと思います。
そういう意味では攻めてるのは鷹野ではなく、作者さんかもしれないですね^^;
いかがでしたでしょうか?
本筋の殺人事件、警視庁脅迫事件ももちろん面白いですが、塔子を取り巻く人間関係も賑やかになってきて、次作以降にどんな変化があるのか、楽しみな内容になっています。
特に塔子ファンの方には、最後に幸せそうな塔子の様子が感じられて、一緒にほんわかした気分になれる一冊でした!
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ、感想などコメントに残していってくださいね。
『警視庁殺人分析班』シリーズの登場人物紹介はこちらからどうぞ↓
『警視庁殺人分析班』シリーズの3作目『水晶の鼓動』、5作目『聖者の凶数』の記事はこちらからどうぞ↓
“人質は……全東京都民。前代未聞の警視庁脅迫事件が起こります『虚空の糸』読書感想” に対して2件のコメントがあります。