鳥海連志選手のファンじゃなくても一読の価値あり『 異なれ』読書感想
元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!
今回ご紹介する本はこちら
異なれ 鳥海連志 ワニブックス
本書の著者、鳥海連志さんをご存知でしょうか? このページに辿り着いてくださった方のほとんどはもしかしたらご存知かもしれませんね。この方はとある競技で日本トップクラスの方なんです。
その競技とは、「車椅子バスケットボール」、通称「椅子バス」です。
2020東京パラリンピック(実際には2021年に延期)で日本チームは初の銀メダルを獲得しています。
鳥海連志選手は5年前のリオパラの時から椅子バスの日本代表選手であり、2020東京パラリンピック大会で大会MVPを獲得したすごい選手なんです!
優勝チームのアメリカをさしおいての大会MVP獲得……この情報だけで、どれだけの大活躍をみせたのか、見ていなかった人にもわかっていただけるでしょう。
大会期間中に多くのファンを獲得した鳥海選手が、自身の障害やパラリンピックでみせた最高のパフォーマンスの裏側を自ら語った本が『異なれ』になります。
私も東京パラで大活躍する鳥海選手に魅せられてファンになった一人で、大会後の雑誌やTVのインタビューや特集は欠かさずチェックしております^^
『異なれ』も発売前から予約し、手に入った瞬間に他の積読本を横に、さっそく読み始めました。
そして知ったのは「この本は単なるファンブックではない」ということです。
もちろん、鳥海選手や椅子バスのファンの方にも大満足の一冊ですが、それ以上に「読んでよかった!」と思える要素がありました。
その良さを端的にまとめると
- 銀メダリストの強いメンタルの秘訣を知ることができる
これに尽きると思います。下手な自己啓発本よりよほど参考になりました。
せっかくなので私が感じている「椅子バス」や鳥海選手の魅力とともに、『異なれ』の内容を感想をまじえながらご紹介していきましょう。
目次
1.「椅子バス」とはどんな競技か?
冒頭にも書きました通り、「椅子バス」とは「車いすバスケットボール」の通称です。椅子バスはその名前の通り、選手全員が車いすに乗った状態でバスケットボールをプレーします。
車いすに乗っているので、通常のバスケットボールでよくする動作「ジャンプ」は一切使えません。パスもシュートもすべて上半身の力のみで行います。
そしてここからが驚きのポイントですが、椅子バスのコートは通常のバスケットボールコートと広さは全く同じ! さらにシュートリングの高さも同じなんです!
ジャンプしてやっとシュートリングにボールが届くレベルの私には、上半身のみの力であの高さまでボールが届くこと自体信じられません。パラリンピック代表選手ともなると、さらに3Pまでバシバシと決めてくるから驚きです(もちろん3Pラインも通常のバスケットボールと同じ)。
さらに椅子バスには車いすに乗ってプレーしているために選手たちの移動スピードが速く、そのスピード感は一度見たら病みつきになる魅力があります。日本ではマイナー競技ですが、椅子バスは世界的には人気のスポーツで海外にはプロリーグもあるほどなんですよ。
ルールもコートと同じく通常のバスケットボールとほぼ一緒です。ただ、ドリブルのルールが車いすでの移動に合わせて変えてあることと、選手が障害の程度に応じてポイント分されていることくらいです。
椅子バスは主に下半身に障害がある方の競技ですが、その障害の程度で選手は0.5~4.5までのポイントを割り振られています。コートに出る5人の選手の合計は常に14ポイント以下にしなければなりません。
この辺は「車いすラグビー」ともよく似ていますよね。このルールがあるおかげで、障害の重い選手も、軽い選手も、プレー時間を同じくらい持つことが出来るわけです。
障害の重い選手がいかに障害の軽い選手の足止めをするか、車いすが移動手段でもあり、相手を妨害するための「盾」としても機能するのが椅子バスの面白いところです。東京パラの日本チームは車いすによる「盾」を十分に生かし切り、シュートリング近くまで相手チームを寄せ付けない鉄壁のディフェンスを機能させ、決勝戦まで勝ち上がっていきました。
他にも車いす同士の接触プレーが迫力満点だったり(パンクや故障はしょっちゅう)、転んでしまった選手を敵味方関係なく助け合う精神だったりと、椅子バスの魅力はまだまだ語りつくせませんが、本ページの主旨からは既にそれまくっていますので、ここの辺りにして次の話題に行きましょう。
2.鳥海選手はここがすごい
東京パラで椅子バスの魅力にすっかりハマってしまった私は、大会期間中の約2週間の間テレビにかじりついて試合を見まくり、日本チーム全12名の名前はもちろん、他の国の主だった選手の顔と名前も覚えてしまったくらいでした。
そして選手の中でも特にファンになってしまったのが鳥海連志選手です。
彼の魅力をここにご紹介したいと思います。
①速い、うまい、車いす操作
コートにでている鳥海選手を見て、まず気づくのはその卓越した車いす操作だと思います。
ゴール下でこぼれたボールをめぐる争いに絡んだかと思いきや、そのすぐ後に真反対のゴール下で速攻のパスを受けている……これは試合中でよく見られた光景の一つです。
「もしかして、鳥海選手は2人いるんじゃないか?」
そんな有り得もしないことを思わせるほど、コートのどこにでも一瞬で現れるのが鳥海選手です。
彼だけに注目していると、その車いす操作のスピードが他の選手と比べてずば抜けて速く、うまいことが分かります。
私が特にすごいと思ったのは、敵のシュートがはずれ、その瞬間に速攻に飛び出しパスを受け、追い付いてきた敵のディフェンスを腕の一振りで車いすの軌道をそらして避け、そのままシュートまで持ち込んだプレーです。体幹と呼ばれる腹筋や背筋コントロールが抜群にうまいため、そんな離れ業ができるのです。
他にも車いすを巧みにバックさせて敵の動きについていく鉄壁のディフェンス、シュート後に勢い余って転ぶか……と思いきやその場でクルクル回って勢いを逃がしたり(これも体幹がすごくないと絶対にできない動き)と、彼の車いす操作スキルは、乗ったことが1回もない私でもわかるほど超越していました。
②超強気なプレー
鳥海選手の魅力はスピードだけではなく、超強気なプレーにもあります。
ゴール下で相手ディフェンスにガッツリとつかれて既にバランスを崩しかけている中、味方にパスを要求しそれを受け取るだけでもすごいのに、そこからバッチリシュートを決めてみせました!
他にも相手選手の進路をふさぐために車いすをがっちりぶつけて絶対に動けないように封じ込めるようなプレーも多かったです。このプレーは下手をすると反則をとられかねませんが、これも車いす操作の巧みさと絶対的なスピードがあるために試合中に数多く出せるプレーなのだと思います。
1番印象に残っているのはスペイン戦の後半でしょうか。この試合、鳥海選手は前半はベンチにさがり、後半からの出場でした。この試合、前半で日本はかなりの点差をつけられてしまっていました。そこに元気に飛び出してきたのが鳥海選手、出場わずか10数秒であっという間にシュートを決め、そこからも速攻をバンバン決めコート上で暴れまくり。シュートを立て続けに決めた後にあげた雄たけびに、心打ちぬかれた人は多いんじゃないでしょうか?
③持ち点2.5、だけど4点選手並みのフィジカル
鳥海選手の持ち点は2.5点。これは分類上、障害の重い選手の方に入ります。鳥海選手は下半身だけでなく、両手にも障害をもっているためにこの点数になったようです。
しかし、前述した通り鳥海選手の体幹はものすごいレベルの高さです。だからラフなプレーもできるし、ティルティングという椅子バスならではのプレーもお手の物。
このティルティング、東京パラのあとに一気に知名度があがった単語ですがご存知でしょうか? ティルティングとは、車いすの片輪をあげて、もう片方の車輪だけでバランスをとるプレーです。これができると試合ではかなり有利です。例えばゴール下で敵のディフェンスよりもボールを高い位置にあげられるので、シュート成功率があがります。逆もまたしかりで、相手のシュートを防ぐにもティルティングで高さを稼げた方が絶対に有利です。
ただ、このティルティング、超難しいらしいのです。日本代表選手でも「試合で使用できるレベルにするには相当難しい」というコメントをしていたくらいです。それを鳥海選手は試合中にガンガン使っています。
このティルティングが素晴らしい体幹を使って、鳥海選手は持ち点2.5点の選手ながら、持ち点が高い4.0点といった相手選手の主力のディフェンスにもつくことができるのです。
これは逆に言えば自分のチームの高い持ち点の主力選手が、自由に動き回れる余裕を作り出しているということでもあります。椅子バスでは持ち点差のミスマッチをいかに作り出すかも重要な戦術の一つなんです。
鳥海選手がコートに入ることで、相手チームの余裕を奪い、自分チームの余裕を生むプレーが出来るという、これは相当な強みです。
そして冒頭にも書きましたが鳥海選手、東京パラで大会MVPを取得しています。持ち点2.5の選手が国際大会でMVPをとるってすごいことです。MVPの選出は国際車いすバスケットボール連盟のネット上でのファン投票で決まります。日本からの票が多かったであろうことは想像できますが、他国からの票も多く集めたということは間違いないでしょう。大会優勝チームの選手をさしおいての選出、鳥海選手のプレーが世界中から大注目されていたことの証ですね。
④自分の活躍よりチームの活躍
ここまで、選手としての鳥海選手の魅力を述べてきましたが、ここでコートの外の鳥海選手の魅力を語ってみましょう。
東京パラの日本チームの初戦、コロンビア戦。この試合で鳥海選手は「トリプルダブル」という偉業を達成しています。トリプルダブルとは、シュート、アシスト、リバウンドのプレーを、1試合中に1選手がすべて2ケタ台をマークすることを言います。容易に想像がつく通り、簡単に飛び出すようなしろものではありません。特にパラリンピックのような大舞台では。
しかしこれを大事な初戦で達成した鳥海選手。思う存分のパフォーマンスにさぞかし気持ちよかっただろう……と思いきや、試合後のインタビューで「トリプルダブル達成おめでとうございます」と言われたときに、一瞬きょとん、として視線を頭上にさ迷わせ「あ……、す、ごいですねえ」という他人事のようなリアクション。まさか、言われるまで気づいてなかったのか!? インタビューを聞いていた人間のほとんどにビックリマークが浮かんだ瞬間だと思われます。
そして続くインタビューの中で鳥海選手は「自分の活躍もチームのみんなの活躍があってこそ。チームに貢献できてうれしい」といった内容のコメントを出していました。
椅子バスはチームスポーツ。他のチームを見ていても思うのは、チームにスターが一人いただけでは全然有利でもなんでもなく、チームとしてレベルが高い方が勝つスポーツだということでした。鳥海選手を始め、日本チームはこのことをしっかりと理解して試合に臨んでいたようです。
それにしても、トリプルダブル達成した後くらい、「がんばりました!」くらい言っても許されると思うんですよね。それを言わないしトリプルダブルというスコア自体をあまり気にしないのがすごいところです。
他にも、別のテレビに出演していた時に、車いすに乗っているチームメイトが前に進む時にさりげなく車輪を押してあげたりと、ちょっとしたところで優しい人柄が垣間見えます。
コートの中ではラフなプレーもどんとこい、コートの外では優しい青年、そのギャップが魅力です。
⑤イケメン
もうこれは完全に好みの問題です。私的にはドストライクです。
もちろん、プレーの素晴らしさやチームメイトへの思いやりがあってこそ、この要素は光るのだと思います。
3.『異なれ』はここがすごい
いよいよ本題の『異なれ』です。
まず『異なれ』に書かれている内容をざっと書き出しておきましょう。
- 生まれ育った環境
- 椅子バスとの出会い
- 日本代表選手として練習、試合で何を考えているか
- チームメイトへの想い
- 家族、友人への想い
中でも1番重きをおかれていたのは「日本代表選手として練習、試合で何を考えているか」というものです。
鳥海選手は高校生の時から日本代表選手に選出され、今や銀メダリストです。練習や試合の取り組み方、興味ありますよね。
多くのスポーツ選手に共通して言えると思うのですが、とにかくプレッシャーのかかる状況で、どうしてあんなに素晴らしいパフォーマンスを出せるのか。そしてそのパフォーマンスを出すための厳しい練習をどうやって継続できるのか。日常でちょっとしたことでくよくよしたり諦めが顔を出してしまう私なんかは特に知りたいと思うわけです。
鳥海選手は自分自身のメンタルについて「強いし、マイペース」と告げた上で、どうやってメンタルを整えているのか、その具体的な内容を惜しげもなく披露してくれています。
その内容は他のアスリートのインタビューではあまり聞いたことのない内容が並んでいました。正直、これをそのままマネすることは多くの人にとって難しいのではないかな、という「鳥海選手ならでは」のメンタル管理方法でした。
しかし、鳥海選手がその「ならでは」のメンタル管理方法に辿り着いた過程も書いてくれているので、こちらは大いに参考になりそうです。誰しも自分は1人だけ、誰かのマネがそのまま通用するわけはないんです。鳥海選手の文章を読んでいると、自分との向き合い方を徹底的に考え抜くということの大切さこそが伝わってきました。
世の中には多くの自己啓発本があり「こうしなさい」「あれがいいですよ」といろいろと情報を教えてくれます。しかし、「まずは自分がどんな人間なのか」を見極めることがそもそも重要ですよね。それに気づかせてくれたのは、下手な自己啓発本よりも良い刺激になりました。
『異なれ』は鳥海選手のファンはもちろん、そうでない方にも大いに刺激的な本だと思います。
また、本の帯には「ただ感動したいという人には、この本をお薦めしません」とあらかじめ断り書きがされています。確かに、内容としては鳥海選手のメンタル管理方法が主で、メダリストとしての成功物語という面は薄いです。
しかし、本の中には鳥海選手のお母さんからの手紙が添えられています。産んでからこれまで、障害をもった息子に寄り添い続けてきた母の偽らざる素直な愛情表現は、感動的です。鳥海選手の育ってきた環境が想像できて、素晴らしいご家族なんだな、とますますファンになりました。
いかがでしたでしょうか?
最後になりましたが、本書を読んで率直な感想は「銀メダリストはやはりすごい。でも案外ふつう」というものです。メンタル管理方法などは独特なすごさがありますが、決して完璧な人間ではないんだよ、という面も書かれていて、「この人のファンになってよかったなあ」と思える内容でした。
この本がきっかけで鳥海連志選手の、椅子バスのファンが増えればいいなと思いますし、なによりまず試合を見てほしいです! 絶対に面白いです。太鼓判を押せます。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ、感想などコメントに残していってくださいね。