地味な展開を面白く感じさせる工夫がいっぱい、松本清張ミステリの傑作!『眼の壁』読書感想

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今回ご紹介する本はこちら

眼の壁  松本清張  新潮文庫

時代をこえて愛される作家のひとり、松本清張の長編ミステリです。

松本清張のミステリといえば、何もかもお見通しの名探偵がでてくるわけではなく、地道な捜査により少しずつ犯人を追いつめていくリアリティある展開が面白さの本質になっています。

捜査の進展は遅いけれど、それを飽きさせずに読み進めさせる松本清張の筆力は本作にも十分発揮されています!

読みながら確信したのは「松本清張は面白い! 外れなし!」ということです。

それでは、松本清張の上質ミステリをあらすじと感想をまじえながらご紹介していきましょう。


1.おおまかなあらすじ

主人公は萩崎竜雄、昭和電業製作所の会計係次長です。

ある時、竜雄の上司が詐欺被害にあい、会社の金を3000万円も奪われてしまいます。責任を感じた上司は自殺し、竜雄に遺書を遺していました。

遺書には、白昼堂々、銀行の会議室で行われた詐欺の一部始終がすべて記されていたのです。

上司を恩人と尊敬していた竜雄は、詐欺の加害者がのうのうと生きて、奪った金を自由に使っていることが許せず、犯人を追うことを決意します。

竜雄はわずかな手掛かりから犯人に繋がる糸をたぐりよせますが……犯人、いや、犯人の一味は単なる詐欺犯罪のグループではなく、社会の闇とでも例えられる存在であることが判明します。

竜雄自身も危ない目にあい、そしてついに殺人事件まで発生してしまうのです。

2.どうして飽きないんだろう?

松本清張の作品を何作か読むと、他のミステリとは一味違った趣があることに気が付きます。それは犯罪捜査が徹底的に地道な努力によって行われるということです。

松本清張の目指したミステリの境地は「リアリティ」だったそうで、だからこそ金田一耕助も明智小五郎も松本清張のミステリには不要なんですね。「捜査は足で稼げ」なんて言葉が使われている作品がありますが、松本清張の世界観はまさにそれです。

とはいえ、リアリティを追及すると小説としては別の問題も出てきそうです。中だるみです。展開が間延びして文章量が増えてしまうと読んでいる方は飽きてしまうわけです。

しかし、松本清張のミステリを読んでいて「飽きる」という体験をしたことはありません。『眼の壁』を例にとって、面白さを考察してみましょう。

面白さ その① 誰が敵で、誰が味方か

『眼の壁』には多くの登場人物がでてきます。会社の弁護士、バーのマダム、バーテン、高利貸し、謎のベレー帽の男……

ここに挙げたのはほんの一例です。ただちょっとだけの登場で終わる人物もいれば、後になって超重要人物だったことが判明する人もいます。

登場人物の出し方で一番工夫を感じたのが、誰が敵で、誰が味方か、簡単にはわからなくなっているところです。竜雄は詐欺事件の犯人を追い始めますが、彼は普通のサラリーマン、捜査のド素人です。その彼なりに詐欺事件に関わりのありそうな人物に会いに行ったり、尾行の真似事をしてみたりと頑張るのです、が……竜雄は早々に「蜂の巣をつつくな」と言わんばかりの警告を受けることになります。その警告の受け方が犯人の、いえ犯人グループの危険性をよく表しています

「俺たちはどこにでもいる」「不用意に近づく奴は容赦しない」

犯人たちのメッセージは明らかで、それ以降、竜雄は行動する時には慎重にならねばならない、と肝に銘じることになります。だからこそ、竜雄はそれから近づいてくる人間に対して「敵か? 味方か?」と疑い深くなりそれがたとえ知っている人物でも容易に信じようとはしません。その疑心暗鬼が、読んでいるこっちにも伝染してしまうのです。

さらには話が進むにつれ、「最初は悪いヤツだと思ってたのに、もしかしていい人なの……?」と、立場を変える人物もいたりして……

誰か出てくるたびにいいドキドキ感になって、読書しているだけなのに心拍数あがっていたと思います。

面白さ その② 少しずつ明らかになっていく事実

竜雄が繰り返す地道な捜査。空振り承知でバーに通ってみたり、慣れない尾行をしてみたり……

想像がつく通り、たいてい大して情報は得られずに終わってしまうこともあります。

ところが、その大した情報じゃないや、と思っていたことがすぐ後に別の小さな情報と結びついたりして、少しずつですが竜雄の捜査は進展をみせていきます

この「少しずつ」というのが松本清張の目指した「リアリティ」と「小説としての面白さ」の両方を成立させる絶妙な分量で調節されています。

竜雄が空振りで終わる捜査については「そして1週間後」と大胆に時間をすっ飛ばしたりして、できるだけ重要なところのみを読者に読ませる工夫があります。

裏を返せば読者に提示されている情報はどんな小さな情報でも後々「伏線だったのか~!」と見抜けず悔しい思いを感じさせる部分でもあります。そういう意味でも気が抜けません。

面白さ その③ 謎の幕間

本作の視点はほとんど主人公の竜雄です。ほとんど、ということは全てではない、これも面白さを感じさせたポイントでした。

主人公の視点で語られる物語の間に、主人公ではない人物の視点が幕間のように入ります。その人物の行動は大概、意味不明……「なんでこの人はこんなことをしてるんだろう?」頭の上にずっと「?」を浮かばせながら読んでいくことになります。

しかしその直後に「そういうことだったのか!!」と急に視界が晴れるような物語の大きな転換点が訪れるんです。

竜雄の視点だけではわからなかった物語の裏側を垣間見えるワクワク感

さらに幕間で起きたことをきっかけにさらに大きな謎が生まれて……と幕間のシーンが出てくると「お!」と期待が高まります。

『眼の壁』はこれらの演出により、文庫本まるっと1冊、期待と緊張感たっぷりに読むことが出来ました。

3.主人公の葛藤

松本清張がミステリで大事にしていたのは「リアリティ」とあと一つ「動機」もあるそうです。

本格派と呼ばれるような作家さんたちが書く小説に多いのですが、トリックに凝りに凝って、「犯人がなぜこんなことをしでかしたのか?」という動機がほとんど練られてない、というケースがあります(それはそれで、目指す面白さが違っているだけのことで、私は決して悪いことではないと思っていますが)。

松本清張は人物の心の動きにも興味を持った作家だった、ということでしょう。

『眼の壁』においても犯人側の動機というか、心の移り変わりは「なるほど」と納得感のある人間味のあるものだったことが明かされます。

そして、松本清張が心の動きに気を配ったのは、何も犯行を犯した側だけでなく、本作で言うと主人公の竜雄の心の葛藤にかなりの文章が費やされていました。

今回は捜査する人間が会社員、言ってしまえば捜査・推理に関してはド素人です。竜雄自身もそれを強く自覚しており、学生時代の友人で新聞記者をしている田村を捜査に引きずり込むことでその弱点をカバーしようとします。それでも、やはり警察のほうが上手な部分もあり……悔しがったり虚しさを感じる竜雄の描写は同情を誘います。

でも、ただ心情を追うだけで終わらせないのが松本清張。

警察の捜査を引き合いにだすことで「竜雄と警察、どちらが先に犯人に辿り着くのか?」と競争しているような切迫した雰囲気を出しています。

普通に勝負したら勝ち目のないこの戦い(警察は竜雄のことなど知ったことではないけれど)、上司の無念を晴らすために危ない橋をも渡ろうという主人公に軍配が上がってほしい! と思ってしまうのが人情です。さらに相棒の田村も記者の本能なのか「警察を出し抜いてやる!」とわかりやすく息巻くので感情移入してしまいます。

『眼の壁』では竜雄の方が警察が知るはずもない「重要な情報」を持っていますので、捜査競争の行方も「もしかしたら?」と希望を感じさせます。

決着はなんだかんだ、最後の最後までもつれこみますのでそれにも注目です。

4.ファムファタル? 上崎絵津子

竜雄の感情描写の話が出たところでもう一つ、『眼の壁』に登場する一人の女性をご紹介しておきましょう。

その名前は上崎絵津子。竜雄は上司の遺書から上崎絵津子が詐欺事件の謎を解く鍵ではないかと思い、彼女に会いに行きます。そして実際に会ってみた絵津子はうら若き女性ですらりとした長身の美人……竜雄の記憶に彼女の姿は深く刻み込まれることになります。

竜雄が調べを進めていく間も上崎絵津子は度々、捜査線上に顔を出し、彼女が事件の重要人物だという最初の竜雄の勘は当たっていたのかもしれない、と私の記憶にも深く刻み込まれていくことになるのです、が……

ここからの竜雄の心理は正直理解しがたいものがあります。竜雄は直接対面したことわずか1回の上崎絵津子に感情移入しまくるんです。「彼女は犯罪にどこまで加担しているのだろう?」という疑問にも「きっと大丈夫じゃないだろうか」と軽く彼女のことをかばっていますし、「彼女のことは俺だけが知っていればいい」と考え相棒の田村にすらその存在を隠します。もう、その様子はまるで恋。

竜雄の上崎絵津子への感情を読んでいて思い出したのは映画『天空の城ラピュタ』です。パズーの心理も私にはけっこうよく分からないところがあるんです。だって、ある日突然空から落ちてきた少女を、彼はそれこそ命をかけて守ろうとするわけですよ。ちょっと前まで知りもしなかったくせに。シータはヤバすぎそうな連中に追われているというのに。もうちょっと冷静になりなさいよ、諭したくもなろうというものです。

パズーにはパズーの言い分もあるのでしょうが、話を『眼の壁』に戻しますと、竜雄自身も上崎絵津子になぜこんなにご執心なのかよく分かっていない御様子。竜雄のこの心理は、あるいは同性の方が共感できるのかもしれませんね。

ファムファタルとは、フランス語で「運命の女」という意味で言外に「男を破滅させる魔性の女」という意味も含まれています。

上崎絵津子は竜雄にとって「事件を解く鍵」となるのかあるいはその身を亡ぼすファムファタルとなるのか、彼女が本作でどんな役割を果たしているのかは真相にも関わってきますので、ぜひ注目してみてください。


いかがでしたでしょうか?

『眼の壁』はひと昔前のミステリではありますが、今読んでも十分に面白いです。

さらに『眼の壁』は2022年にドラマ化も決まっているそうです。原作はスマホも科学捜査もない時代のお話なので、その辺をアレンジするのか、原作に忠実にいくのか、気になるところです。個人的には松本清張の作品は昭和の雰囲気と昔の捜査の苦悩を忍ばせるものがあって、このままで十分面白いと思っています。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ、感想などコメントに残していってくださいね。

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