気軽に読めて面白い進化と研究者たちの生態『進化のからくり』読書感想
こんにちは、活字中毒の元ライター、asanosatonokoです。
今回ご紹介する本はこちら
進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語 千葉聡 講談社ブルーバックス
講談社ブルーバックスからまた1冊、傑作が世に出たようです。
講談社ブルーバックスは科学や歴史の面白さを、その道の専門家が専門知識のない人にも分かりやすく、面白く伝えているレーベルです。
その守備範囲は広く、宇宙や地球、最新医学といった「ザ・理系」な内容のものから日常的に私たちが口にするコーヒーやお酒を科学的に分析したトリビア的なモノまで、様々なものがとりあげられてきました。
その中において「進化」というのは、これまでも何度か同じテーマの本は出版されており、というか別に講談社ブルーバックスのレーベルでなくとも「進化」を扱った本は探せば既にかなりの数が出版されていることでしょう。実際、私も何冊か持っています。
しかし、そんな「進化」をテーマにした本の中でも、本書はずば抜けて面白い!!
それはもう、「進化なんて興味ないし」と思っていた人にも「進化には興味なかったけどこの本は面白かった」と思わせるくらいの力を持った1冊に仕上がっています。
ただ、その分「進化について詳しく知りたい」というニーズには応えられていない部分もあると思います。
単純に読み物として面白いので「小説以外にたまにはかたいテーマの本の読んでみたい」、「ついでに進化について興味も持てればいいな」というライトなニーズにはぴったりの本です。
それでは、内容をご紹介していきましょう。
1.本書の内容
そもそも「進化」とはなんなんでしょうか?
学校の理科の時間ではチャールズ・ダーウィンが「進化論」の始祖とされ、様々な動植物が共通の祖先から長い長い時間をかけて現在のような多種多様な生態系に分化してきた、というようなことが書いてあったかと思います。
じゃあ、具体的に進化ってどう起こるの?
人間でも動物でも、体の大きさの差や運動神経の差、髪や眼の色の違いなど、細かな個体差があるけれど、こういう違いも進化に入るの?
どういう変化がおきれば進化と呼べるのか?
……あれ? ツッコミ始めたらキリがないかもしれません。
知っているようで詳しくは知らない、それが「進化」です。
実は私も進化の正確な定義や実際に現在の生態系がどんな過程をたどって現在の形に辿り着いたのかは、教科書の知識だけでは不十分で、他の書物を読んでみるまでよく知りませんでした。
本書ではその「そもそも進化とは?」という根本的な問いから記述が始まっています。
多くの進化をテーマにした本では、「〇〇が△△に分化し」とか「□□の種のなかでも××という特徴の種が現れ~」とか、いきなり細かい進化の歴史を記述していきがちなのに対して、本書は「進化学」の歴史そのものから語り始めてくれるので親切です。
チャールズ・ダーウィンから始まったとされる「進化学」の歴史を紐解き、教科書では埋められなかったそもそもの問いを埋めていってくれるので、「進化学」の入門書としては最適です。
しかし、書いてある内容が親切だからといって、読み物として面白くなるかと言われれば「そうではない」というのが本の難しいところ。
懇切丁寧な入門書でも内容が面白くないためになかなか手に取ってもらえない、なんていう悲劇が起こってしまいます。
でもご安心ください。
本書は読み物としても抜群に面白く、そういう意味でも入門書としてピッタリなんです。
2.研究者たちの生態
本書が読み物として面白くなっている理由として、「進化を研究している研究者たちの生態そのものに迫っている」ことが挙げられます。
研究者というと、どんなイメージをお持ちでしょうか?
部屋に閉じこもって書物や実験器具とにらめっこ?
日がな一日PCとにらめっこ?
口を開けば難解な言葉が飛び出して会話が続かない?
……書いていて東野圭吾さんの『ガリレオ』シリーズ・湯川学や森博嗣さんの『S&M』シリーズ・犀川創平を思い出しました。
良くも悪くも、研究者のイメージは小説や漫画といった創作物の登場人物になってしまうようです。
作家さんたちのキャラクター造形の話は今回のテーマからはズレるので置いておいて、本書のお話に戻りましょう。
本書には自身も研究者として活躍する著者が、若かりし頃から(それこそ研究者として一人前になる前から)現在に至るまでに出会った多くの研究者たちが登場します。
登場する研究者たちが学界でどのような功績をあげているのかもさりげなく触れられているのですが、皆さん研究者として優秀な方ばかりが登場します(それは当然か)。
しかし、研究者として優秀な方々でも、人間は人間、読者である私たちと変わらない一面もあるわけです。
ある日突然、偉い学者になるわけでもなければ、人間関係や人生において不器用なところもあるんです。
著者はそんな「研究者たちの人間的な部分」を自分との関わり方から面白おかしく紹介してくれています。
例えば、私が一番印象に残っている大学院生のエピソードをちょっとだけご紹介しましょう。
その男子学生は研究者の卵として著者の研究室に入ってきました。
「一から頑張って育てるぞ!」と意気込む著者ですが、その出鼻は早々にくじかれます。
まず、研究室のエースともいえる留学生との相性が悪い。留学生に指導員を頼まれば断られてしまい、2人の中は半年経っても険悪なままという状態になってしまいます。
さらに男子学生自身も自分の思い描いていた研究内容と、実際の研究内容とのギャップに苦しみ、挙句の果てにインドへ逃避行に行ってしまうのです!
さあ、男子学生の運命は、そして彼を戦力としてあてにしていた著者の運命はどうなる!?
この男子学生(+著者)の運命の行く先はぜひ本書を手に取っていただくとして、本書にはこんな感じで進化学をテーマに選んだ研究者たちと著者との触れあいエピソードがたくさん収録されています。
時に微笑ましく、時にバチバチと火花を散らす研究者たちの生態が凝縮されているため、このエピソードたちがとっても面白いんです。
「世界的に活躍する研究者」なんて枕詞がついたら、どんな堅物なのか、話なんて合いそうもない、なんて思い込んでしまいそうですが、人間は人間、困った一面もあればくすりと笑って親近感を抱ける一面もあるということが伝わってきて、エピソードを読み終えるころには登場する研究者と「友達になってみたいな」と思わされるほどです。
講談社ブルーバックスというかための内容が売りのレーベルですが、小説並みに「人間」自体が書き込まれていて、ひきこまれるような魅力のある文章が並んでいます。
3.読んでいくうちに、いつの間にか
進化学の初歩から説明してくれること、進化学の研究者たちのエピソードが豊富で面白いことはわかりました。
しかし、あれあれ? 肝心の進化の中身はどうなっているのでしょう?
ご安心ください。ここまで本書の紹介文を読んでくださった方はなんとなくお察しだろうと思いますが、著者は研究者でありながら名文家でもあるんです。
研究者たちの面白エピソードを書きながら、さりげなくどんな研究をして、どんな成果を残しているのかも文章中にまぎれこませています。
だから読んでいくうちに、「進化ってこういうことなんだ」「進化学ってこうやって研究するんだ」という進化学の「いろは」がいつの間にか理解できるようになっているんですね。
これこそが、本書が他の進化学の本とは一線を画している部分です。
ただ説明的な文章を並べただけでは高すぎるハードルを、ぐっと低くして読みやすくしてくれている、著者が名文家たる所以です。
ちなみに、著者である千葉聡さんは第71回毎日出版文化賞の自然科学部門を『歌うカタツムリ』という本で受賞されています。
毎日出版文化賞とはその名の通り、毎日出版が主催して文化・芸術部門、自然科学部門などの4部門で優れた作品・著作を選出しています。
記念すべき第1回では谷崎潤一郎の代表作『細雪』が文化・芸術部門を受賞しています(『細雪』も面白いです! おススメ!)
著者の文章の魅力は受賞されるレベルとお墨付きだったんですね、どおりで面白いわけです。
いかかでしたでしょうか?
研究者の文章というのは極論すると2つに分けられる気がします。
一方は自身の研究について余すところなく書き込んだ専門書的な文章となるもの。
もう一方は自身の研究についてとにかく知ってもらおうと内容は深くなくてもいいから面白く読めるように徹したもの。
どちらがいいかは読者の知識や読書経験の差、知りたいことの内容・ニーズで異なってくるでしょう。
本書は
・「進化」の初歩から知りたい
・かための内容の文章がいいけど難しいのは嫌だ
・面白い教養書が読みたい
などのライトなニーズにバッチリお応えできる良書です。
ぜひ手に取ってみてくださいね。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。