衝撃の『紅蓮館の殺人』の精神的続編も傑作だった!『蒼海館の殺人』読書感想

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今回ご紹介する本はこちら

蒼海館の殺人  阿津川辰海  講談社タイガ

『蒼海館の殺人』をご紹介する前に一言、あなたは『紅蓮館の殺人』をもうお読みになった後でしょうか?

もしまだなのであれば、まずは『紅蓮館の殺人』からお読みになることを強くおススメします。

『紅蓮館の殺人』は『蒼海館の殺人』から遡ること数カ月前に、主人公たちが遭遇した別の事件の一部始終をえがいた作品です。どちらの作品も起きる事件はまったくの別物で、ちゃんと独立した作品として成立しています

しかし、主人公たちの精神状態という意味では2部作と言ってもいいくらい、密接に繋がっています。

『紅蓮館の殺人』で主人公たちが何を思い、どう動き、その結果どうなったのか? これを踏まえて読むことで『蒼海館の殺人』の面白さは何倍増しにもなることでしょう。

ミステリとしての面白さはどちらの作品も「傑作」レベルです。ぜひ2冊とも手に取ってみてほしいなと思います。

当ブログの『紅蓮館の殺人』の記事はこちらからどうぞ↓

それでは、あらすじと感想をまじえながら『蒼海館の殺人』をご紹介していきましょう。

1.簡単なあらすじ

まずは簡単なあらすじをご紹介しましょう。

お話は前巻、『紅蓮館の殺人』から数か月後たったころから始まっています。

『紅蓮館の殺人』で名探偵の葛城、その助手の田所の主人公コンビは、謎こそは解けたものの、精神的に大ダメージを負ってしまいました。そのためか、葛城はいまだに高校に登校もせず、遠く離れた別荘に引きこもっている始末。居ても立っても居られなくなった田所は、同じ高校に通う友人・三谷と共に葛城の元を訪ねます。

そこで待っていたのはエリートかつ美形揃いの葛城の親族たちと、癖の強い葛城家の関係者たち。

そして、豪雨。

当初日帰りの予定でいた田所と三谷は、雨によって葛城家に泊ることになるのですが……

一夜が明ける前に、一つの死体が発見されてしまいます。

これはいよいよ名探偵・葛城の出番か!? ……しかし、田所(+読者)の期待に反して葛城は探偵として事件を捜査することを頑なに拒否するのです。

2.まずは『紅蓮館の殺人』を読んでほしい

本編の4分の1を費やしたところで読者待望の(?)死体発見ですミステリとしてはちょっと展開が遅いかな……と焦らされましたが、本作ではさらに焦らします。探偵役が、仕事をしない^^;

お話はここから助手の田所がどうにか葛城にやる気を出させようと試みたり、そんなこんなをしているうちに犯人の魔の手が着実に伸びたりするのですが、残念ながら、名探偵が本腰をいれて捜査に乗り出すのはかなり後半です。

この辺の葛城の苦悩や、強引に探偵を引っぱり出そうとしない田所のやり取りは、読む人によってはもどかしさや場冗長さを感じさせる部分かもしれません。

しかし! この主人公コンビの苦悩や葛藤こそが、本作の醍醐味と言っても過言ではありません。

前作『紅蓮館の殺人』でもそうでしたが、作者さんは名探偵と助手の人間ドラマを非常に大事に表現しようとしています。今までのミステリ、なかでも本格派と言われるトリック重視の作品には見られなかった試みだと思います。

『紅蓮館の殺人』では名探偵と助手の限界をえがき、本作では「名探偵とは何か? 助手は何ができるのか?」という存在意義を問うことをテーマに、主人公コンビの心の揺れ動きが書き込まれています。本格ミステリ小説の中に「青春ドラマ」まで隠れていた、という感じです。

この「青春ドラマ」がまた、繊細でいまにも崩れそうなほどもろそうで……ミステリじゃなくてそっち路線の作品も作者さんは書けるんじゃないかな、ってくらいにしっかりと作りこまれています。私なんかはくすぐったくなっちゃう年齢になってしまいましたが、作者さんが27歳とまだ若いことを考えると、若い子の心情もかなりリアルに迫って書かれているんだろうなと思います。

そしてこの「青春ドラマ」を堪能するために、冒頭の繰り返しになりますが、前作『紅蓮館の殺人』を先に読んでから本作に挑戦されることを熱く、熱くおススメします!

多少、『蒼海館の殺人』のなかでも補足されているとはいえ、前作のネタバレにもなるためか作者さんの筆も肝心なところには触れないように用心してまどろっこしい表現になってしまっていますし、主人公コンビが受けた精神的ダメージの深さを知らないと「この子たちは何をこんなにうじうじしてるの?」と不思議に感じてしまうだろうな……と読みながら(前作を知っている私でさえ)もどかしく思っていました。

前作で主人公たちの受けた心の傷の深さを理解することが、『蒼海館の殺人』を本当に楽しむ上で重要なポイントです。

『紅蓮館の殺人』も本格的なトリックに主人公たちの人間ドラマにと、骨太な内容でここ最近のミステリの中でも傑作中の傑作です、決して読んで損はしない作品ですので、手に取ってみてくださいね。

ちなみにですが『紅蓮館の殺人』で傷ついたまま手当もせず放っておかれた感のある主人公コンビの心の傷は、本作で大きく変貌をとげます。続編が作られて本当によかった……そう思えるラストになっていましたので、前作の終わり方がちょっとトラウマだった、という方にも安心です。というか、むしろ読んだ方がいいです。

3.レトロな世界観の魅力

前作との関連はこのくらいにしておいて、『蒼海館の殺人』の面白さもいくつかご紹介しておきましょう。

まず、私がぐっと心を掴まれたのは物語の設定です。

今回主人公コンビが事件に遭遇するのは都会から遠く離れた村の中の大きなお屋敷、まずは村に辿り着くまでにけっこうな道のりを越えていかなければなりません。村に辿り着いたら着いたで、田所が出会った第一村人たちとの一幕が印象的です。まず出会ったのが村に住む子供たちだったのですが、一人は普通の村の子、もう一人は葛城の従弟でした。彼らは自分たちの住んでいるところをそれぞれ「坂の下」「坂の上」と区別して呼び合っています。後からそこにやってきた「坂の下」の子のお母さんが、「坂の上」の家の子と遊んではいけないと厳しく叱責して子供を無理矢理連れ帰ってしまいます……

差別的な意味を感じる言葉の響きといい、子どもたちの交遊に過剰に反応する母親と言い……古くて懐かしい、古典ミステリの世界観を思い出して嬉しくなりました。これは、横溝正史っぽい!

さらにこの後、政治家、教授、弁護士、モデルなどの華やかな職業に就いている葛城家の人々が登場したり、家族だんらんを凍りつかせる子供の無邪気爆弾が落ちたりと、イマドキ珍しい古風な設定や展開が続きます。

私は横溝正史が大好きなのですが、江戸川乱歩や青空文庫で見かけるミステリ小説が好きな方にはたまらん設定になっています。

作者さんはこれまでのミステリの限界を破ろうと人間ドラマや青春ドラマも気合を入れて書いていますが、こういう昔からのミステリ作品へのリスペクトを感じさせる仕掛けやネタをさりげなく組み入れてくれるところも素敵です。作者さんの深いミステリ愛を感じます……!

ちなみに物語も後半に入ってからですが、イギリスの超有名な名探偵が手掛けた事件とそっくりな状況の小さな事件が発覚します。こちらもミステリ好きならニヤリと笑ってしまうネタなのでぜひ探してみてください。

4.何度でも騙される……

ミステリに限らず、小説の面白さの一つに「伏線の回収」というものがあると思っています。前半のまだお話が盛り上がり切らない頃に「一見本編とは何の関係もなさそうな些細なこと」や「見逃してしまうほどのちょっとした違和感」が後半に大きな意味を持っていたことがわかって「やられたー!!」と思う、アレです(笑)

普通、伏線はさらーっと、できるだけ目に留まらないように隠すように書かれるものなのですが、『蒼海館の殺人』はその点、かなり挑戦的です。

伏線が、はっきりと目立つように書かれていることが多いのです。

これ絶対に後で伏線回収するやつ!!

……そうわかっちゃいるんですが……そう簡単には見抜けません

重要な意味があることだけわかって、しかし何を意味しているのかまではわからないという……(笑)本当に、作者さんの頭の良さには脱帽です。

お話の後半は伏線の回収ラッシュです。「騙されてたなあ」と思ったそばから「また騙されてた!」、次のページをめくると「まだ騙されてたのか!!」と衝撃が畳みかけてきます。感情が追い付かない^^;

読んでいるとサンドバッグにでもなった気分になるんですが(笑)いっそのこと爽快感すら感じるほどの騙されっぷりです。絶対に騙されるものか、と自信のある方は挑戦してみてください。作者が張り巡らせた伏線の嵐を全部見破れたらすごいです。

5.新登場、お兄ちゃんキャラ

『蒼海館の殺人』では1人、他の登場人物たちとは一線を画すトリッキーな魅力を見せている人物がいましたので、最後にご紹介しておきたいと思います。

それが主人公・田所信哉の兄、丹葉梓月です。苗字が違うのは既に結婚して婿入りしたためで、下の名前は「しづき」と読ませるそうです。珍しい名前ですよね。

このお兄ちゃん、完璧な人間です。容姿端麗、頭脳明晰。職業は医者で、猜疑心が高くクセの強い性格揃いの葛城家でも一家そろって「梓月先生はすごい」と手放しで褒めて信頼しています。それもそのはず、性格も物腰穏やかで誠実、医者としての腕も確かなのですから。

ミスターパーフェクトな梓月。……表向きは、です。

裏では、特に弟の田所の前では「良い人」の仮面を脱ぎ去り、「腹黒い人」の一面が出てきます(笑)

自分の利益に貪欲というのか、彼の言動の大半は「自分に利益があるかどうか。利益が見込めそうならどう動くのが一番効果が高いのか」を計算して演技されているものです。

だから葛城家のような権力もお金もある一族にとっては梓月はとても良い人物に見えるのでしょうね(笑)

仮面の表と裏の差が激しい梓月ですが、二面性を器用に使い分けているということは頭が本当にいいのでしょう。頭のいい男性は私は好みです(笑)

しかし、これが実の弟の立場となると話が変わってきます。田所はこの兄と共に暮らし、その気はなくても両親や先生、友人たちから比べられて育ってきたのでしょう。優秀過ぎる兄を持った弟というだけでも辛いのに、兄がかぶっている良い子のお面は弟に対してははずれていたようで、幼少期から兄にはいいようにあしらわれていたというのが弟の実感のようです。お話の中に具体的なエピソードは出てきませんでしたが、意地悪もされてたのかもしれませんね。田所の梓月に対する評価は地の底をはいずっています(笑)

でも、弟は気づいていないようですが、梓月は弟のことを気にかけているような描写もちょいちょい見受けられます。弟の自分は兄の損得に関係ないから気にもかけてもらえなかった、と田所は根に持っているようですが、お兄ちゃん、少しツンデレが入っているというか、ちゃんと弟のことを見守っている一面もあると思うんだけどなあ、どうなんでしょう? 

『紅蓮館の殺人』と2作合わせて、個性という意味でも好みという意味でもひと際輝いていたキャラクターです。女性は梓月のようなキャラクター、好きな方が多いんじゃないかな?

お話の後半の方では「いいようにやられてきた弟」VS「いいようにやってきた兄」の兄弟対決もあります。どちらに軍配があがるのか……これはかなり見ものでしたよ^^


いかがでしたでしょうか?

本格ミステリであり、主人公たちの青春ドラマも盛り込んだ『蒼海館の殺人』、今回は家族愛もテーマに含まれていたりして、読み応えバッチリの傑作です。

ぜひ手に取ってみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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