ある意味『十角館の殺人』越え、人間ドラマも光る極上ミステリ『紅蓮館の殺人』読書感想

元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!

今回ご紹介する本はこちら

紅蓮館の殺人  阿津川辰海  講談社タイガ

これはすごい本に出会ってしまった。それが本書を読んだ第一感想です。

かなり話題になった作品なのでタイトル、あるいは表紙をご存知の方は多いのではないでしょうか。表紙絵は大きな洋館が燃え盛る炎に包まれた印象的なもので、まさに「紅蓮館」の名にふさわしいインパクトです。

さらに帯には「東大ミス研出身の作者」であるとかランクインしたミステリランキング名がずらりと並んでいたりして、とにかく期待感を煽ってきます。

でもまあ、これ、本にはよくあることです。煽りに煽って、結果中身は「そこまでかなあ……」と思ってしまうこと、読書あるあるだと思います。

しかし安心してください。本作は違う。

本格ミステリとしてガッツリと館に仕掛けられたトリックや登場人物たちとの心理戦がえがかれており、ここ最近読んだ中でも飛びぬけて骨太なミステリです。

さらに、ミステリとして優秀なだけでなく、ミステリというジャンルそのものが抱えていた「とある弱点」も克服した超傑作です!

ミステリとして王道を歩みつつの唯一無二の異彩を放った作品を、あらすじと感想をまじえながらご紹介していきましょう。

1.あらすじ、その前に

いつもならすぐに簡単なあらすじをご紹介するところなのですが、少しだけ補足させてください。

本作はタイトルに「館」の文字が入っています。ジャンルは本格ミステリ、しかも「館」の名前を前面に押し出している通りトリックには館の仕組みそれ自体が大きく関わってきます

と、ここまでくればミステリ好きには「とあるシリーズ」を思い出す方も多いのではないでしょうか。

ミステリ界の重鎮、綾辻行人先生と、その代表作『館シリーズ』ですね。

『館シリーズ』はトリックに館の仕組み自体がからんでくる本格ミステリです。全10作になる予定で現在(2022年10月)9作まで出版されています。つい先日、10作目のタイトルだけは発表になりました。

正直、私も『紅蓮館の殺人』を本屋で見かけた時は最初「綾辻行人先生、ついに10作目を……!」と思ってしまいました^^; 私が運営しているTwitterでも「綾辻行人さんと本作は関係あるんですか?」という主旨の質問がきました。それだけ『館シリーズ』の最終巻を心待ちにしている読者が多いんですよね。

しかし、本作は綾辻行人先生の『館シリーズ』とは無関係です。

ただ、作者さんは東大のミス研出身ですし、デビューからずっとミステリを書き続けているようなのでこれはもう生粋のミステリ大好き人間なのだと思います。実際、作品の途中途中に、数々の名作ミステリから本文を抜粋されていますし、本文のちょっとしたところにも、ミステリ好きなら記憶を刺激される小ネタのようなものが見られたりします。

以上のことを鑑みると、本作は綾辻行人先生の『館シリーズ』と無関係とは言え、傑作ミステリを世に送り出した大先生への尊敬の念がタイトルに込められているのかなあ、と勝手に推測しています。

2.簡単なあらすじ

それでは、『紅蓮館の殺人』のご紹介をはじめましょう。まずは簡単なあらすじからです。

主人公は田所という名前の男子高校生です。ミステリが大好きで、一時は自分でも探偵を志していましたが、そちらは諦めて現在は小説家を目指すべく執筆に勤しんでいる、という設定です。目指していると言っても、ひたすらに新人賞への応募を繰り返しているわけではなく、応募した作品が選考には漏れたものの編集者の目にはとまり、デビューを目指して個別指導を受けている、という将来有望な青年という設定です。

田所には同じ歳で同じ高校に通う友人、葛城がいます。彼は生まれ育ってきた環境のせいで「人の嘘を見抜くのが異常に上手い」という特技を持っています。その特技と、生まれついた優秀な頭脳や鋭い観察眼を駆使して高校生ながら、数々の事件を解決してきた「名探偵」という一面を持っています。本作のもう一人の主人公と言って過言ではないですね。

名探偵の葛城、その助手であり小説家(の卵)の田所。

この組み合わせ、思い出しますよね、あの世界的ミステリシリーズを……! そう、ホームズとワトソンにそっくりです。作者さんはミステリ大好き人間なので、このように作品の随所に「これはあのミステリ名作を意識して書かれているな」という小ネタが見られます。それを見つけていくのも楽しいですね。

さて、この主人公2人組はもうすぐ夏休みを迎えようとしています。高校2年生ともなると夏休みも受験を意識しだすころ。2人の通う高校でも夏休みに入ると泊まり込みの勉強合宿があるようです。山奥での缶詰合宿、本来なら全然楽しみでもなんでもないでしょう。しかし彼らは「とある計画」を思いつきます。それが合宿所からの脱走です。脱走後の目的地は文豪の家。ミステリ界の大御所であり、加齢に伴い山奥に隠棲しているのですがその家が偶然、合宿所の近くだったのです。合宿の自習時間を利用した大胆な計画です。近いと言っても山道の探索必須なわけで、おいおい無茶するなあ、何かあったらどうするんだと心配になります。

そして、案の定、2人は山道を歩いている途中で落雷にあい、トンデモナイ災難に巻き込まれてしまうのですが……

人はこれを「主人公力」(トンデモナイ災難や事件にあっさり巡り合うこと)と呼んだりします。

災難に巻き込まれてしまい、田所たちは逃げ場を求めて文豪の家へと避難します。そこには何人かの男女が集まっていました。文豪の親族と名乗る者たち、近くに住んでいて田所たちと同じく災難から避難してきた者、今日この時間、たまたま山に入っていた者……それぞれ事情は違いますが、どこか胡散臭いメンバーがそろってしまいます。

そしてここまでくればもうあとはミステリのド定番、閉じ込められた屋敷の中で人が死ぬ事件が発生します。

このままだとミステリでよくあるクローズドサークルもの、外部からの侵入者が存在せず、必ず同じ空間に閉じ込められた人間の中に犯人がいるという状況で、名探偵・葛城と助手・田所が徐々に真犯人に迫っていく……になるのですが、『紅蓮館の殺人』はここからが本領発揮です!

『紅蓮館の殺人』が他のミステリとは一線を画す存在になり得た本作ならではの「異彩を放つ設定・展開」の数々を、ご紹介していきましょう。

3.異彩その1 作者の個性

ミステリはかつてはリアリティも大事な要素だったようですが、近年では現実離れしたミステリも受け入れられつつあると思います。

その最たる例が『屍人荘の殺人』(今村昌弘、創元推理文庫)でしょう。こちらも『紅蓮館の殺人』と同じようにクローズドサークルもののミステリですが、何によって一つの建物に閉じ込められてしまうのか、ってところが最高に個性的です。建物が奴らに取り囲まれるシーンなんかミステリを読んでいるんだかパニックホラーを読んでいるんだか……一瞬見失いました(笑) 読んだ時は設定の奇抜さにぶっ飛びましたが、これはこれで「アリ」でした。思いっきり斬新でしたし、しっかりミステリの根幹の部分を大事にしている作品だと思います。

脱線しましたが、『紅蓮館の殺人』に話を戻しますと、こちらも『屍人荘の殺人』に比べればぶっ飛び度には劣るものの、序盤は「特殊設定」ミステリだと言えます

まず名探偵役の葛城のチート能力がありますね。「人の嘘を見抜ける」というものです。作中では葛城は超能力の持ち主というわけではなく、生まれ育った環境のために人の嘘に敏感になってしまった……という少々気の毒な設定もくっつけられています^^; ただ、この能力も人が嘘をついていることはわかるけど、どんな内容の嘘をついているのかまでは見抜けません。さらに、事実と異なることを話していても、話している当人が嘘だと認識していなければ葛城の嘘発見器にはひっかからないという弱点もあります。こう書いてみると、そこまで便利な能力ってわけでもなさそうです。

そしてもう一つの特殊設定が「山火事」ですね。これは犯人が仕組んだわけでもなんでもなく、全くの偶然に発生します。これが主人公たちや殺人犯、他にも腹に一物もった人たちが山に入り込んでいる時に起こるんだから運が悪いとしか言いようがありません(笑) 台風や吹雪などで一つの建物に閉じ込められるのはクローズドサークルのお約束ですが、山火事パターンは初めて読みました。

序盤はこの2つの特殊設定により、穏やかに、しかし確実に、殺人犯が待つ超危険な状況へと追い込まれていきます。

実は、序盤の盛り上げ方も、かなりの個性を感じさせてくれた部分です。普通、伏線ってわからないように、目立たないように、さらーっと配置しておくものじゃないですか。だからこそ後で解決編を読んで「アレか―!!」と天を仰ぐことになるわけです。ところが、本作は違います。もう、それは堂々と「ここが伏線だぞ」と分かるように、あえて目立つように書いてあるんです。「オイオイ、下手くそか?」なんて思っていたらとんでもない。伏線と分かっていてもそれが何を意味しているか分かるのは無理、天を仰ぐことになるのは変わりませんでした(笑)

特殊設定や作者ならではの挑戦的な文章で彩られ、特に事件が発生しているわけでもない序盤も静かに嵐を待つ気分で緊張感がありワクワクした気分で読み進められます。

これだけでも十分、面白さが際立っているところですが、作者の本領はまだまだ、発揮される前だったことが中盤以降、判明します。

4.異彩その2 謎解きか、それとも

特殊設定として登場した山火事。実はこの山火事、ただクローズドサークルを成立させるためだけに起きたわけではありません。

私は幸いにして山火事に遭遇したことは一度もありませんが、ニュースで何日も何日も、消火活動むなしく燃え広がり続ける映像を見ていると山火事の恐ろしさがわかりますよね。そう、山火事は広がるんです。

徐々に広がっていく山火事がどこを目指すかというと、これはもうお約束ですよね、主人公たちが避難している館へ向かうわけです。

どんな立派な家でも火に取り囲まれればひとたまりもありません。不安な気持ちを抱えて山火事の一夜を過ごすと、そこで発生するのが人が死ぬという緊急事態。それも事故死なのか殺人なのか、判断に困る状況だからさらにマズい。

死体に唖然としてる間にも山火事は迫ります。主人公たちは脱出経路がないか探したり、少しでも延焼を押さえようと工夫するのですが、頭をよぎるのは避けられません。「どうしてあの人は死んでしまったのか?」と。

事故死ならある意味仕方ない。しかし、もし殺人だったとしたら……? 今、自分の横で懸命に延焼を防ぐ作業をしている人間が、凶器を、狂気を、振りかざしてくるかもしれないと考えたら、とても怖い。

事故死なのか、殺人なのか、はっきりさせた方がいいのかもしれない。田所と葛城はそう考えます。次なる犯行を防ぐためにも、山火事から生きのびた後に殺人犯を逃さないためにも、その方がいいのかもしれない。

しかし一方でこんな極限状況で疑心暗鬼を表面化させてしまっていいのか、ひとまず人命優先で脱出経路を探った方がいいのではないか、という意見もあります。

どちらの言い分にも理もあれば非もあります。これぞまさに究極の選択。

謎解きかそれとも人命優先か。こんな2択を迫ってくるミステリがこれまであったでしょうか?

クローズドサークルもので謎解きが歓迎されるのは「誰が殺人犯か分かった方が対策がとれるから」です。しかし、山火事に取り囲まれて少しでも人手が欲しく、疑心暗鬼は生存確率を下げるだけという状況……果たして謎解きを優先すべきでしょうか?

「うわーどっちだろう?」読みながら考えていましたが、答えは出ないままお話はどんどん進んでいきました^^;

この辺の人間心理の読みあいやジレンマは、他のミステリにはない面白さです。

5.異彩その3 ミステリの弱点を克服

ジレンマに悩まされながらお話はどんどん進み、終盤に入っても本作の勢いは衰えません。

そしてついにミステリの弱点を克服する展開へとなだれ込んでいきます。

ところで、ミステリの弱点、ってなんだと思いますか? この弱点は多くの傑作と言われているミステリでも克服しきれておりません。

その弱点というのが「人間ドラマがない」ということ。

ミステリの金字塔『十角館の殺人』ですら「トリックやお話の構成は見事だけど犯人の動機、探偵が謎解きする意義が薄い」などという感想が見受けられます。これについては「まあ、確かに」と思います。

ただ、他のミステリ作品を読んでいると「犯人の動機」は重視されていることが多い、とは思います。名探偵が事件を解決した後に、犯人がその動機を独白しだす、というのはミステリのお決まりでもあります。一方で探偵側はどうでしょうか? 探偵がなんで謎解きをするのか? その動機が深堀されているケースは思ったより少ないと言う気がします。主人公が警察や私立探偵だから、自分の身に危険が及ぶ前に犯人を見つけたいから、そんなやむを得ない事情が付与されて終わりというパターンが最も多いですね。たまに、何の動機もないのにいきなり謎解きに首を突っ込んで驚かされるケースもありますが……

つまり、正確に言えばミステリの弱点は「名探偵側の人間ドラマ」がないことなんです。

『紅蓮館の殺人』では、その弱点を見事に克服していたと思います。

正確にいえば、名探偵がなぜ謎解きをするのか? の動機は次作『蒼海館の殺人』までお預けになります。『紅蓮館の殺人』で深堀された名探偵のドラマは「名探偵とその助手の限界」です。

ミステリでは名探偵が謎を解いて、そこで大体ハッピーエンドで終わります。本作は謎を解いたその先に待ち受けているものまでしっかりと踏み込んできています。

謎を解くこと、真相を突き止めることは本当にハッピーエンドに繋がっているのか? 謎を解くことで事件で傷ついた人間の心は癒されるのか? ……むしろ、知ることですべてをぶち壊すことになってしまう可能性だってあるのではないか?

『紅蓮館の殺人』のラストは謎解きによる衝撃もさることながら、名探偵とその助手の人間ドラマという意味でもかなりの衝撃を受ける作品です。

謎解きがもたらす崩壊、名探偵の限界、そしてそばに寄り添うべき助手の限界……

これまでのミステリの定石をぶっ壊しに来るお話は、ミステリ大好き人間の作者だからこその勇気あるチャレンジだと思いました。

6.続編『蒼海館の殺人』も読もう

決して読後感のいいとは言えない『紅蓮館の殺人』、続編もすでに発表済で、これまた嬉しいことにすでに文庫化もされています。タイトルは『蒼海館の殺人』こちらも『紅蓮館の殺人』と同じく、とある館にとある理由で閉じ込められてしまうお話になっています。

この2作は発生する事件という意味では全くの別物ですが、名探偵とその助手の物語としては2作で1つと言っても過言ではないです。

最初、私はそれに気づかずに『蒼海館の殺人』から買ってしまったのですが、冒頭の数ページを読んだだけですぐに『紅蓮館の殺人』をAmazonさんにお願いしました(笑) そして、『紅蓮館の殺人』⇒『蒼海館の殺人』の順で読んでよかった、と心から思いました。

『紅蓮館の殺人』では事件に勝って真相に負けた感のある名探偵とその助手。彼らが『蒼海館の殺人』ではどうやって事件に向き合っていくのか、そこまでぜひ見届けてあげてほしいなと思います。

ちなみに、ミステリとしてのレベルは『蒼海館の殺人』もめっちゃレベル高い、どころか『紅蓮館の殺人』を越えてきてるかもしれないです。こんなクオリティを2作連続でだしてくるなんて作者さん「天才」です……


いかがでしたでしょうか?

『紅蓮館の殺人』はミステリとしても人間ドラマとしても骨太な面白さをもった傑作です。ぜひ手に取ってみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

ある意味『十角館の殺人』越え、人間ドラマも光る極上ミステリ『紅蓮館の殺人』読書感想” に対して1件のコメントがあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です