横溝正史による、男女の愛憎劇と骨太ミステリの融合『魔女の暦』読書感想

元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!

今回ご紹介する本はこちら↓

魔女の暦  横溝正史  角川文庫

本書には表題作である『魔女の暦』と『火の十字架』という中編2作が収録されており、

どちらも金田一耕助が登場します。

2作とも東京をのショービジネス業界を舞台にした作品で

男女の愛憎劇が前面に押し出された内容です。

横溝正史といえば、そういう男女や家族間の愛憎劇を

得意とする作家ですよね。

しかしさすがの大作家、それだけでは終わらずに、

しっかりと骨太なミステリになるように

細部に読者への挑戦状のような仕掛けが施してあります。

しかも、「どうやって犯罪をやりとげたのか?」はもちろん、

2作それぞれに別のミステリ要素も追加した意欲作です。

横溝作品の世界観を味わいながら、ミステリとしても傑作な

作品を堪能出来て、幸せな読書体験でした。

それでは、あらすじと感想をご紹介していきましょう。

目次  1.『魔女の暦』 あらすじ
        動機がわからず翻弄される警察と読者 (感想)
    2.『火の十字架』 あらすじ
        「顔のない死体」に惑わされてはいけない! (感想)


1.『魔女の暦』 あらすじ

まずは表題作である『魔女の暦』のおおまかなあらすじからご紹介します。

舞台は浅草の三流劇団。

5人の男と5人の女が劇団員のメンバーとして登場しますが、

狭い人間関係の中にいくつもの恋愛関係を作っています。

ダンサーの京子、ハルミ、美沙緒はそれぞれ

支配人、音楽担当、作家とパトロンや内縁関係を持っています。

ところが、ダンサー3人娘は期待の新人俳優にも

色目を使っており、それぞれ既に関係を持っている様子。

さらに、その新人俳優は最若手の女優を本命として狙っているという

人物相関図を作ったら矢印だらけになるであろう、ややこしい人間関係になっています。

男女の愛憎関係とは無関係なのは哲学者とあだ名される看板俳優と

最古参のスター女優ばかり。

いつ嫉妬の嵐が吹き荒れてもおかしくない劇団の新しい劇を見に、

やってきたのが我らが名探偵、金田一耕助です。

彼は「魔女の暦」を名乗る人物から劇団で事件を起こすとの

犯行予告を受け取って、念のために見に来ていたのです。

そして、事件はその金田一の目の前で起こります。

ダンサー3人娘が舞台上で踊りを披露している時、

京子の胸に吹き矢がささり、そのまま絶命してしまうのです。

逃げまどう客、呆然とする劇団員をしり目に、

金田一だけは冷静に舞台に近寄り、

観客席から吹き矢の筒を発見します。

やがて警察が到着し、吹き矢の筒なんか持ってウロウロしていた金田一が

犯人にされかけていたところを救い出されるという小ネタを間に挟み、

金田一は捜査陣に加わります。

始まった事情聴取に、警察は呆れます。

そりゃそうでしょう、前述したような乱れた人間関係を知れば、

「ようやるわ……」というのが部外者の率直な感想だと思います。

アリバイを調べたり、動機を推測したりするうちに、

警察は「京子は自殺だったのでは?」との意見に傾きます。

そんなわけはない、と知るのは金田一と読者だけです。

警察をあざ笑うように第2の事件が発生し、

これに驚いた警察はやっと本腰をいれて捜査を開始します。

ところが、事件を調べれば調べるほど、

容疑者すら絞れない事態に追い込まれていくのです。

動機がわからず翻弄される警察と読者 (感想)

このお話の肝は「動機不明の殺人」というところにあると思います。

と言っても、これだけ愛憎うず巻く人間関係なので、

動機なんて探す間でもなくゴロゴロ転がっているように思えます。

ところが、それこそが作者の狙いのようなんです。

第1の事件だけを考えれば、被害者の京子のパトロンである支配人、

もしくは若いツバメである新人俳優が犯人のようにも思えます。

しかし、第2の事件まで含めると、

支配人が今度は動機がなくなってしまいますし、

新人俳優には鉄壁のアリバイが成立してしまう……

こんなふうに、アリバイと動機、両方を視野に入れて推理していくと

あっという間に思考の袋小路に入り込んでしまうんです。

作中の警察のように「難しいぞ、この事件……」と読者も頭を

悩ませることになるんですね。

とはいえ、読者は警察ではないので、理論から推理を

進めなくてもいいわけです。

私も他のミステリで鍛えられた入れ知恵をもとに

「一見事件に関係なさそうな哲学者やスター女優が案外怪しいんじゃない?」

とか、得意気に読み進めていたのですが、あら、びっくり。

第3の事件で完全に足元をすくわれる事態に。

「あれ!? 本気で誰が犯人かわからないぞ!?」

すべての事件を繋ぐ動機がどうしても見えず、

読者ならではのうがった見立ても成立せず、

この事件を解決できるのは金田一だけ、という構図が

最後に見事に浮かび上がるようになっています。

「すごいよ、金田一耕助」な事件が読みたい方は

ぜひ、こちらをどうぞ。

2.『火の十字架』 あらすじ

2作目『火の十字架』もまずはあらすじからご紹介しましょう。

この事件でも『魔女の暦』と同様に、金田一のもとに

犯行予告状が届きます。

内容をかいつまむと「これから恐ろしい犯罪が起こる。

被害者たちには火の十字架の入れ墨があるだろう」と書かれ、

さらに最初の事件が起きる場所と時刻まで記してあります。

金田一は半信半疑ながらも、手紙に従って、

犯行予告現場に張り込むことにします。

時刻は早朝、場所は新宿のとあるショー劇場前。

そこに運び込まれようとしているトランクの中から、

ショーの女王、星影冴子が発見されるのです。

彼女は多量の睡眠薬により昏睡状態、幸いにも命には別状ありませんでした。

冴子の腕には予告状通り、火の十字架が刻み込まれていることを確認した金田一は

さっそく、警察と共に捜査を開始します。

そこで知ることになるのは冴子の驚きの生活です。

彼女はショー劇場を新宿も含め3か所持っているのですが、

それぞれに恋人に支配人を勤めさせ、1週間ごとに

各劇場を渡り歩く生活をしているのです。

警察の捜査は当然、恋人たちに向かいます。

特に、冴子が入れられたトランクの発送元である

浅草の劇場の支配人・立花が怪しい……

というわけで、彼に話を聞こうと現地へ赴くと、

なんとそこには硫酸により顔や体、体の中まで

焼かれた無残な死体が残されていました。

警察は事件の他の関係者から事情聴取を行い、

再び、重要な容疑者が浮上します。

小栗という男で、戦前、彼は冴子や3人の支配人らが

所属していた移動劇団のメンバーでした。

しかし小栗は、とある理由から冴子たちをひどく憎んでおり、

戦地から帰国した後、冴子たちを脅していたらしいのです。

小栗が犯人なのでしょうか?

いや、しかし浅草で発見された死体は顔も火の十字架も焼かれてしまい、

立花とは判別できそうもありません。

もしや、立花が自分の死を偽装しているのでは?

警察の捜査は堂々巡りに陥ってしまいます。

「顔のない死体」に惑わされてはいけない! (感想)

『火の十字架』はミステリの中でも「顔のない死体もの」と

いわれるジャンルを取り扱っています。

顔をつぶされたり、被害者が誰かわからない状態で死体が発見されるのですが、

その多くは犯人が自分が死んだと思わせ、

身軽に動けるようになった状態で犯罪を重ねていく、

というトリックになります。

もちろん、裏をかくために、被害者は想定された通り、

被害者本人だったというケースも中にはあるでしょう。

このお話でも、

論点は「顔のない死体は立花か? それとも小栗か?」

に絞られて展開します。

ところが!

警察が被害者の特定に頭を悩ませている最中に、

金田一が事情聴取で関係者に聞いた意表を突く質問がこれです↓

「冴子と支配人が使っていたベッドはシングル? それともダブル?」

いやいや、下世話すぎるでしょ、金田一さん。

さすがの警察も赤面する間も、怒り出す間もなく、あっけらかんと

大口を開いて金田一の顔を見るしかない始末です。

しかし、金田一が事件と無関係な質問をするはずもなく、

これが重要な事件解決のヒントになります。

ただ、このヒントはいささか読者には不親切です。

というのも、作品は当然文章で書かれていますから、

現場がどうなっているのか、事情聴取で訪れた部屋の間取りや様子は、

作者が書いてくれなければ分からないわけです。

ただ、この作品にはもっとわかりやすい形でヒントが

堂々と記されている箇所があります。

金田一の推理を読んでから確認し直しましたが

本当、どうして違和感を感じなかったのか、と思いました。

『火の十字架』は「顔のない死体」ものではありますが、

作品そのものはさらに巧妙に作り上げられていますので、

細かいところまで読んで、金田一に挑戦してみてください。


いかがでしたでしょうか?

『魔女の暦』も『火の十字架』も骨太なミステリで

読後感は満足感を得られる内容でした。

しかし、この2作とも、横溝作品の中での評価は高くないようなんですね。

正直、『八つ墓村』といった代名詞のような作品より、

ミステリとしての出来は上のような気がするんですが……

作品としての出来と、読者に受けるかどうかは別問題という、

作家を悩ませる問題の一端をここに見た気がします。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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