理想の生命保険の経営者とはどんな人物かを問う作品:命の値段(渡辺房男)読書感想

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今回ご紹介する本はこちら↓

命の値段  渡辺房男  実業之日本社文庫

突然ですが質問です。

生命保険には加入されていますか?

就職、結婚、出産、マイホームの購入など、

人生の大きな節目で加入を検討された方、

ものすごく多いんじゃないかと思います。

生命保険がもし、無かったとしたら?

我が家は主人が大黒柱で一家の稼ぎのほとんどを

彼の収入に頼っています。

もし、彼が働けなくなったら、我が家の家計はヤバいの一言です。

息子もまだ小さいのにどうしよう……

もちろん、いきなり一家の大黒柱が働けなくなる可能性は

病気が原因にしろ、事故が原因にしろ、

かなり低いでしょう。

しかし、けっしてゼロではありません。

この、「もしかしたら……」の不安を軽くしてくれるのが、生命保険ですよね。

今では当たり前のように存在している生命保険ですが、

日本において生命保険が始まったのは明治初め頃なんです。

その明治初期を舞台にして、今の生命保険とは少し違う、

作中の言葉を借りれば「人命保険」を作った人々の奮闘が

えがかれたのが今回ご紹介する『命の値段』です。

近年では保険金の未払いや強制勧誘など、

生命保険にまつわる黒い話題もよくニュースになっていますよね。

この本には作者が考える理想の生命保険の在り方が語られています。

それでは、本書の内容をあらすじと感想と共にご紹介していきます。

目次   1.おおまかなあらすじ
     2.考えが甘すぎる主人公、でも……


1.おおまかなあらすじ

まずはおおまかなあらすじからご紹介しましょう。

主人公の小太郎は質屋を営んでいる。

商いは小さいが、生来のお人好しでお節介な性格のために、

町内の顔のような存在になっている。

その小太郎の家へ、ある夜、知り合いの巡査が逃げ込んでくる。

強盗に刺され重傷を負った巡査は、そのまま亡き人となってしまった。

残された妻と子供は、夫が公務員であったために、

遺族給付金をわずかだが受け取ることが出来た。

小太郎は残された妻子が新しい生活を営めるようにと

骨を折るが、妻子は別の街へと引っ越してしまう。

この事件をきっかけに小太郎は

「人間の未来には何が起きるか分からない」ことを痛感し、

「もし自分が突然死んだら妻のおさきはどうやって生きていくのか?」

不安にかられる。

そこに、起業家の安田善次郎が互助会のようなものを

作っていると耳にする。

その互助会は加入する時に入会金を払い、

加入者が死亡した時に他の加入者がお金を支払うことで、

死亡した加入者の遺族に給付金を渡す

今の生命保険によく似た考えの新しい商売だった。

小太郎はこれで不安が消えると安田に会いに行くが、

安田の求める加入者は大金持ちばかりで、

小太郎は門前払いを喰ってしまう。

当然悔しがる小太郎だが、

妻のおさきは「安田に入ってくれと言われるくらいの商売人になれ」

と励まします。

この言葉に、小太郎は奮起し、

貧乏人でも簡単に入れる互助会、

その名も「人命保険」の会社を起業しようと思いつく。

会計が得意な太吉、事務仕事が得意な酒井を巻き込み、

小太郎は会社をおこすが、その前途は多難なことばかりだった。

続々と生まれる人命保険の類似企業に、

欧米の統計学に基づいたより優れたビジネスモデルに基づく

「生命保険」会社も発足し、小太郎たちの顧客を奪っていく。

さらに、生命保険ならではの苦労も小太郎たちに次々に襲い掛かる。

死ぬことを前提にした話など縁起が悪いと怒鳴られたり、

宵越しの金を持つのはかっこわるいという江戸っ子ならではの理由や、

「人命保険」の考え方がそもそも詐欺っぽいと警戒されたり、

コレラの大流行による保険金請求の多発に会社の金は底をつきかけ、

果ては保険金目当ての殺人事件まで起こってしまう。

失意に沈む小太郎だが、

彼は生来のお人好しでお節介な性格ならではの

「人命保険」に似た、しかし全く新しいアイディアを生み出すのだった。

2.考えが甘すぎる主人公、でも……

本作の内容について、正直にお伝えしておきますと

「様々な危機を乗り越えて一発逆転を狙う爽快感あるストーリー」は

期待しないでください。

主人公は最初から最後まで、小さな商いを営む

小市民としてえがかれています。

さらにぶっちゃけてしまいますと、

主人公は社長になるには考えが甘すぎ、感情的過ぎ、頭が固すぎな

「起業、向いてないよー!」と言ってしまいたくなるタイプの人なんですね^^;

なので読んでいる間、主人公の思考についていけず、

すこーしイラっとしてしまう時もありました。

しかし、主人公にも、もちろんいい面があります。

それは「どんな時でも、加入してくれた人の人生を最優先する」精神です。

たとえ、会社の台所が火の車だろうと、

たとえ、詐欺防止に社員に「保険金の支払いをすぐにするのはやめろ」といさめられても、

小太郎の考えは決してぶれることはありませんでした。

人命保険を通して、加入者を安心させてやることこそが、

会社の価値であると、言い続けます。

自分が損をする可能性もあるのに、なんでそこまで……と感情が動く部分でした。

感情を揺さぶる部分には、作者の譲れない考えが宿っていることが多いものです。

作者が主人公に何を託したかったのかな、という視点で読むと、

その答えが見えてくる気がします。

作者が主人公を通して書きたかったのは理想の生命保険の経営者だったのだと思います。

生命保険というのは会社側が金集めの道具として利用しやすい面があります。

加入させてお金だけ払わせておいて、いざという時に保険金を払わないとか、

何か他の商品を手に入れるためには生命保険に加入しないといけない強制勧誘とか……

本作中にもでてきますし、現実のニュースでも似たような事件を見かけますよね。

これらは、本来、生活の安心を提供するはずの生命保険で許されざる犯罪行為です。

しかし、実際には保険金を支払う場面では、

会社側にも不審な点はないか、確認すべき事項が大量にあると、

言い分もあるのでしょう。

そして、小太郎の「加入者の死亡時は保険金をすぐ支払うことのみが最優先」という

考えはあまりに人間の良心を信じすぎていて、会社を経営するには向いていません。

しかし、フィクションの世界にくらい、

加入者の突然の不幸を全力で悼み、遺族の幸せだけを祈る、

そんな経営者がいたっていいじゃないか!

そんな作者の理想を盛り込んだのが、主人公・小太郎の存在だったのだと思います。


いかがでしたでしょうか?

ここでご紹介しておきながらなんですが、

『命の値段』で検索をすると、

同じタイトルの全く別の本ばかりヒットして、

本書はちゃんと作者名まで入れて検索しないとヒットしないんですよね。

果たして、私以外にこの本を手に取っている方が

出版から5年以上経った現在、

いらっしゃるのかどうか……

しかし、もしいらっしゃって、

このページに辿り着いていただけたなら、

それだけで嬉しいことですし、

内容について、どんな感想をお持ちになったのか

ぜひ聞いてみたいなという思いで書きました。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ、感想など、コメントに残していってくださいね。

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