人間ってこんなことできるんだ…脱獄王をモデルにした急行な作品『破獄』読書感想

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今回ご紹介する本はこちら

破獄  吉村昭  新潮文庫

昭和の時代、日本に一人の脱獄王がいたことはご存知でしょうか?

その脱獄王の名前は白鳥由栄(しらとりよしえ)。彼の脱獄回数はなんと4回。うち一つは無事故歴27年を誇り、日本国内の長期刑囚を一手に集めていた網走刑務所です。彼の遺した数々の偉業(?)は伝説のように語り継がれ、作品のネタになっていたりします。今回ご紹介する『破獄』も彼をモデルにした作品の一つです。

『破獄』自体は小説でフィクションではありますが、主人公のモデルとなった白鳥由栄の残したエピソードをふんだんに盛り込んでいます。さらに激動の昭和の時代背景と脱獄の動機を密接につなげ、単なるビックリ人間のお話では終わらせない重厚さも感じさせる内容になっています

それでは、あらすじと感想をまじえながらご紹介していきましょう。

1.おおまかなあらすじ

物語は、東京駅から1人の囚人が電車に乗せられるところから始まっています。

囚人1人の護送に5人の看守がついています。これが当時としては多い方なのか、その辺りはよくわかりませんが、常に囚人の周りを囲いながらの移動で、十分に緊張感を感じさせる描写になっています。

看守たちの緊張は電車に乗ってからも一切緩みません。徹夜での見張りはもちろんのこと、電車が止まると逃亡の機会を与えることになるため移送先の天候に気を配るほど。

彼等が向かう先は北海道の最北、網走刑務所。27年間無事故を誇り、長期刑囚のみを集めた(つまり凶悪犯ばかり)日本国内で最も厳重に警備されている監獄です。

送られている囚人の名前は佐久間清太郎。準強盗致死罪により無期懲役の刑を受けている。

そして、彼には既に2回も脱獄の前科がついていた……

2.チートすぎる主人公

お話はそこから過去に戻り、佐久間が最初に収監された青森刑務所での脱獄のお話になります。

そして時系列に沿って、青森刑務所の次に収監された秋田刑務所、冒頭にも登場した網走刑務所、札幌刑務所と計4回にも及ぶ脱獄模様が語られることになります。

当時の刑務所には現在備えられているようなセンサー、防犯カメラなどの装備はありません。だからといって、脱獄が簡単だったかというと、全然そんなことはないことがわかります。

例えば、2回目の脱獄を犯すことになる秋田刑務所では、佐久間が収監されたのは独居房で出入り口は扉と高さ3メートルの壁の上部に取り付けられた小さな明り取り用の窓もみ。扉の前には当然、24時間看守がつき、10分刻みの間隔で佐久間の様子を確認する徹底ぶり。

「こんなところから本当に脱出したの??」と疑いたくもなる状況です。秋田刑務所なんかは実はまだましな方で、作品の中にはこれ以上に厳重な警戒をしいた刑務所も登場します。しかし、佐久間は見事に脱獄をやってのけますどうやって? それはぜひ本書を読んでいただきたいのですが、ここでは数々の脱獄を可能にした佐久間のすごすぎる能力をご紹介しておきましょう

まず、佐久間は超がつく怪力の持ち主です。鉄の鎖くらい、楽に引きちぎることができます。他にも全体的に身体能力が高く、運動神経が抜群にいいため、他の囚人が出来ないようなアクロバティックなことも佐久間だったらできてしまうため、看守たちの盲点を突くことになります。

看守たちの盲点を突くと言えば、佐久間は頭も非常にいい人物です。脱獄するために「鍵」が必要だったとして、そしてさらにそれに手を触れる機会があったとして、あなたならどうやってそこから合鍵を作り出すでしょうか? 何かで型を取らなくてはなりません。そして型から合鍵をつくる作業をすることになりますが、まずは材料が必要です。できれば薄手の金属板でもあれば万々歳でしょうが、残念ながら刑務所内ではそんな都合よく合鍵になりそうな材料は手に入れられません。万一手に入ったとして、今度はそれを加工する道具も必要です……

これらの気の遠くなりそうな困難な過程を、佐久間は見事やり抜けるのですが……この方法がまたすごく独創的。「よく思いついたな!」と感心さえしてしまいます。メチャクチャ頭いいじゃん、と。

そして佐久間の頭の良さは、対看守にむけても発揮されます。いかに身体能力が高かろうと、脱獄の道具を首尾よく手に入れられようと、10分刻みで様子を確認されてしまうと脱獄はほぼ不可能に思えます。なんとかして看守の目をくらませなければなりませんそのために佐久間は、看守たちに心理戦を仕掛けるのですが……この辺りも実に人間の自己保身の弱点を的確についていて、「自分が看守の立場でも逃げられちゃうかもな……」と思ってしまいました。

このように、佐久間は現代風にいえば「チートすぎる」能力の持ち主です。作中でも看守の誰かがぼやいていましたが「他のことにその才能をむけていれば……」と言いたくもなります。

佐久間がチート能力を駆使するのを全力で防ごうとする看守たち、本作はその息つまるような攻防戦が面白さの一つとなっています

3.なぜ脱獄するのか?

本作を読んでいくとこんな疑問も生まれます。「佐久間はなぜ、こうまで脱獄にこだわるのだろうか?」 

脱獄を繰り返すあまりに、彼の刑務所での暮らしは、およそ人間が耐えられるようなものではない、非人間的なものへと変わっていきます。その様子は坂を転がり落ちるボールのように、過酷な方へ過酷な方へどんどん加速していってしまいます……読んでて「そりゃさすがに酷すぎやしないかい?」と同情を感じるほどです。

実は、この佐久間への苛烈な仕打ちと『破獄』という作品の時代背景は、巧妙にリンクしています。

佐久間の最初の脱獄は昭和11年。時代は第二次世界大戦直前のころです。佐久間の最後の脱獄は昭和22年、終戦の2年後です。つまり、佐久間が脱獄を繰り返した時期は、ちょうど日本国内がどんどん荒廃していった時期と重なっているわけです。作中にも、囚人に食べさせる食料の確保の困難さや、労働力として囚人たちまで駆り出されるほど追い詰められた国内の様子がつぶさにえがかれています。

佐久間の扱いが非人間的に落ちていく様子と、時代が暗い方へ向かって行く時期が重なっています

荒廃していく世間に、看守たちの心も荒んでいき、結果、佐久間という一人の脱獄王を生んだのかもしれません。。。

しかし本作でさらに巧妙だったのは終戦後の展開です。

昭和22年を最後に、佐久間の脱獄は止まっています。なぜか?

佐久間は府中刑務所へと移管されることになるのですが、そこで運命ともいえる出会いが待っています当時の府中刑務所の所長です。その他のすべての看守たちが、脱獄を繰り返す佐久間にどんどんと苛烈な仕打ちを加えていったのに反して、この所長だけは考えるのです。「どうして、佐久間は脱獄を繰り返すのだろうか?」と

これはハッとさせられる思考の転換でした。これまでの看守たちは「どうやって佐久間は脱獄をするのか?」とその方法や防止ばかり気を向けていて、佐久間がどんな心境で脱獄に及んでいるのか、真剣に向き合おうとした者はいませんでした。

ある意味、佐久間をちゃんとした一人の人間として初めて扱ってくれたのが、府中刑務所の所長だったのです。

府中刑務所に移管されたのは戦後、日本の社会が復興していく最中のことです。人々の命への意識が様変わりしつつあった時代だったのではないか、と思います。

佐久間が脱獄を繰り返す理由、そして5回目以降の脱獄がなかった理由は、はっきりとしたものは作品のなかでは記されません。しかし、そこに時代背景による人権や命の考え方の変化と照らし合わせて、象徴的に表現していたことは、とても印象的でした。

チートな佐久間によるビックリ人間の脱獄王の話にとどまらず、重厚なテーマの作品に仕立て上げられた作品でした。

4.他にもある「脱獄王」をモデルにした作品

さて、『破獄』の主人公・佐久間清太郎のモデルとなった脱獄王・白鳥由栄ですが、この人、他の作品にもモデルとして使われています。

それが、漫画『ゴールデンカムイ』(野田サトル・集英社)です。『ゴールデンカムイ』は網走監獄に収監されていた囚人たちの身体に施された入れ墨の暗号を解き、莫大な金塊を手に入れるための男たちの戦いが描かれた作品です。その入れ墨が入った囚人の一人に白石由竹という人物が登場します。坊主頭の調子のいい男で、戦闘能力は皆無ですがその脱獄の腕だけは天下一品という、愉快なキャラクターに仕上がっています。

金塊の在処を探るという謎解き要素と、男たちの命がけのバトルといったメインのお話が謎めいていて面白いのはもちろん、自然への尊敬と愛を誇りにするアイヌ文化の誇り高さやアイヌ飯の「飯テロ」要素なども加わり、読み応えのある面白い作品です。ぜひこちらも手に取ってみてください。


いかがでしたでしょうか?

この作品は死刑囚が脱獄した後の様子をえがいた『正体(染井為人・光文社)』をきっかけに読みました。こちらは現代のシステムでガチガチにかためられた刑務所から意表を突いた方法で脱獄しています。お話のメインはそこではないものの、「なぜ脱獄する必要があったのか?」を追い求めるミステリアスな作品でとても面白いです。こちらも手に取ってみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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