過去の文明の崩壊は他人ごとではない、アカデミックな警鐘を鳴らす1冊『文明崩壊』読書感想

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文明崩壊  ジャレド・ダイアモンド  草思社文庫

著者は鳥類学や進化生物学などを専門にしているカルフォルニア大学の教授です。そしてノンフィクション作家としても大成功しています。世界的にベストセラーになった『銃・病原菌・鉄』、本屋で見かけたことのある方も多いのではないでしょうか? 著者は同じ人物です。現代の「知の巨人」たちのインタビュー記事をまとめた本『知の逆転』(NHK出版)にもそうそうたるメンバーと共に名を連ねていました。

「知の巨人」ジャレド・ダイアモンドが本書で挑んだテーマは「栄華を誇った文明はなぜ滅びるに至ったのか?」というものです。例えばイースター島。モアイ像があることで有名な島ですが、あれだけの巨大な石像を多く作った技術を持つ文明が何故滅んでしまったのか? 言われてみれば不思議です。

滅び去ってしまった過去の文明の痕跡を調査・研究し、その滅びの原因を突き止めること自体、知的好奇心をおおいに刺激されますが、本書の考察はそこでは終わりません。「滅んでしまった原因を分析することで、現代の社会が抱えている問題を克服するヒントが得られるのではないか?」 本書の真の目的はそこにあります。

本書は歴史、生物学、進化生物学、生態学、考古学、民俗学……複数の学問分野への深い造詣と敬意を持った著者が長年の研究成果を丁寧にまとめあげた「アカデミック」と称するに相応しい本です。

読み進めるのは活字に慣れている方でないと難しい分量と内容ではありますが、目からウロコが落ちるようないくつもの意外な発想に驚かされるでしょう。そしてその発想をきっと、誰かに話したくなることでしょう。

それでは、本書の内容を感想をまじえながらご紹介していきましょう。


1.アメリカに忍び寄る滅び

本書の始まりは著者の生国でもあるアメリカのモンタナ州のお話から始まっています。本書が主眼を置く「過去に滅んでしまった文明」を紹介する前に、「現在の大国アメリカでも滅びの兆候は始まっている」という恐ろしい現実を突きつけるのが目的です。

まずはモンタナ州と聞いて、その場所や特徴がぱっと思い浮かぶ方も少ないと思いますので補足しておきましょう。モンタナ州はアメリカの北西部に位置し、内陸でカナダと国境を接しています。モンタナの名前はラテン語で「山が多い」の意味の言葉から派生したものだそうで、その名の通り、起伏に富んだ大自然をウリにしている地域です。

そして著者が言うには、「モンタナはアメリカの中でも最も軽微な環境問題と人口問題を持つ州」だそうで、現状、どのような問題を抱えているのかが語られていきます。

かなりのページ数を割いて「モンタナの問題」を挙げ連ねていくんですが……読んでいて、かなり恐怖を感じるようになっていきました。

「これで、軽微なの?」と

どの問題を読んでも「これは早急に手を打たなければマズいのでは?」と思うものばかりです。しかし、モンタナの問題の根深いところは、これらの問題に住民たちが決して無関心ではないところにあると感じました。住民たちはみな、モンタナを愛しているんです。それでもモンタナの問題点は解決の兆しはありません。それが何より怖い。

モンタナで起こっていることは、日本でも、世界中の先進国と言われる国や地域でも起こっているに違いありません。それでいて、モンタナが一番アメリカで軽微な問題を抱えている、と分類されているんです。

私たちの社会の足元は果たして強固な岩盤と言えるのかどうか?

本書のトップを飾ったのがなぜ「現代」の「モンタナ」だったのか、著者の意図は明らかですね。「これから紹介する過去の事例や、ニュースで報じられているような問題は他人ごとではないのだ」ということをまず読者に知らせたかった、というわけです。

さあ、危機感が高まったところで、本書はいよいよ、過去の崩壊した文明へと目を向けていきます。

2.そして過去へ

ここから先はしばらく、本書のメインといえる「過去に栄えたけれど滅びの道を歩んだ文明」たちの崩壊の理由を考察していきます。

紹介されるのはモアイ像で有名なイースター島やマヤ文明、グリーンランドに移住したスウェーデン人など、さまざまな地域に及びます。滅びに至る理由も様々ですが、著者は「5つの要因」があると分析しています。どの文明も5つの要因のうちのどれか、もしくは複数の組み合わせで崩壊してしまったそうです。

例えばイースター島は「外界と遮断された環境にあったためにほろびに至った」とされています。イースター島の位置はどこにあるかというと、南米の太平洋側の細長い国、チリから西にずっと進んだ海の上にぽつん、と浮かんでいます。地図で調べるとよく分かるのですが、周りにはなんにもありません。小さな島一つない。イースター島に流れ着いた人々は、島にあるものだけが頼りの生活をせざるを得なかったわけです。しかし、かつての島民たちは大きな石像をいくつも作るくらいの余裕はあったわけで、島の文明はそれなりに栄えていたのでしょう。それがどうして誰もいなくなったのか……著者の豊富な知識と想像力で、その過程が鮮やかによみがえります。

そして、この後、この本はどんどんと私の頭の中に恐怖を積み上げていってくれることになりました。

滅びの理由を分析していくほどに、その理由は時間としては遠く離れているはずの現代の社会にも当てはまりそうな、起こり得そうな理由で崩壊していることが判明していくのです

例えばアメリカ南西部の文明。地域的に気候が農業に適してはおらず、元々人が住みづらい土地でしたが、短期間であれば人間が定住することも可能でした。そう人間はある程度は適応力があるんです。しかし、それにももちろん限界があります。短期的には上手く適応できても、長い目で見ればその方法は自分たちの首を絞めているだけ……なんてことがあるんです。

「いやいや、昔の話でしょ。文字もなく情報の蓄積も伝達もできなかった時代じゃしょうがない」

なんて反論も著者は見通しています。崩壊に至った例のなかにあるマヤ文明は文字もあれば、文明としてもその時代の最高の洗練を誇っていたのです。それでも滅びる時は滅びる。

今の時代が科学の最先端に守られていようが、言葉による情報の蓄積や伝達があろうが、それらが無意味に終わる可能性はある、と著者の分析はそう告げているようでした。

なんだか気が滅入ってきましたか?

安心してください。人間の知恵が勝つ場合もあるんです。

3.負けてしまうばかりではない

『平家物語』の冒頭ではないですが、栄えた文明も滅ぶときには滅ぶ、その例をずっと見てきました。しかし人類自体は滅ぶことなく生存し続けているわけで、文明の中には崩壊を回避した例もあることになります。

崩壊した例と比べると、人類の成功例はわずかに3つ、しかも文章量も滅んだ例に比べれば圧倒的に短い。「やはりこの世は盛者必衰なのか……」と暗い気持ちになりそうですが、ここで朗報です。

このページをご覧になっている方は圧倒的に日本人の方が多いのですが、成功例の中に日本の江戸時代が含まれているのです!

徳川家康が開き、約300年の平和を日本にもたらした江戸時代。このころの日本は外国との関係をごくわずかなものに限りほぼ遮断する「鎖国」政策をとっていました。だから日本の産業革命は後れを取ったのだ、というようなことが教科書だと後に続きますが、それよりももっと致命的なものが見過ごされています。私も本書で指摘されているのを読んで、初めて「確かに!」と意表をつかれました。

鎖国政策中、日本には外国からの物資はほぼ輸入されていなかったのです。

現代の日本は輸出量もすごいですが、輸入量だってすごいですよね。燃料、食料、木材、その他さまざま……国土が狭くその大半が山である日本は海外からの輸入に頼らなければすぐに生活必需品が枯渇してしまうでしょう。しかし、江戸時代は輸入なしに300年間も乗り切ったんです。

例えば木材。日本には樹が大量に生えているとはいえ、実は木材として使用可能な種類の樹はそこまで多くないそうです。それに、樹は切り倒してからすぐにニョキニョキ大きく育つ、というものではありません。切り倒した樹が復活するまでに、少なくとも年単位はかかるわけです。しかし樹は建材に燃料にと生活必需品の原料です。今ですら大事な原料なのですから、江戸時代のころはもっとその必要性は高かったことでしょう。

内容は前後しますが、崩壊した文明の例の中には、まさにこの木材が不足してしまったことが崩壊の原因になっている文明もあるのです。人間にとって樹はものすごく大切なモノなんですね。

江戸時代の日本は平和なこともあって人口が増えた時代でもありました。増える需要に対して、鎖国政策のために江戸幕府は日本国内にある木材をどうにか枯渇させることなく、次々と生えかわらせながら気を付けて使っていかなければならない、という現実に直面します。

さあ、こんな難問をどう乗り越えたのか!? ……その方法は今の日本には真似しづらいかもしれません。ヒントは「強い政府」です。

遠い昔とはいえ、日本にも成功例があったというのが誇らしい気持ちになりますね。

鎖国政策の新たな一面に気づかされたのも、著者ならではの視点のおかげでした。

4.現代の希望

ここからは現代の社会に目を向けていきます。中国、オーストラリアといった国家が代表例として登場します。それぞれ、どんな例として登場するか、ご紹介しておきましょう。

まずは中国。中国の近年の政策のなかでも「一人っ子政策」を特にとりあげています。賛否両論ある政策ですが、著者はどんな評価を下すのでしょうか?

意外にも、高評価です。

今でこそ、経済的な理由で一人っ子政策の弊害も出てきてはいますが、環境問題という面においては効果は認められる、という評価なんです。

一人っ子政策が環境面にどのような良い効果あったのか、その理由と、中国の一人っ子政策を高評価例として登場させた理由、それらが「目からウロコ」ものでした。

物事にはなにごとにも良い面があるということを改めて感じます。

次にオーストラリアです。高い教育水準と公正な政治経済の仕組みを持つ先進国家です。しかし、その裏では先進国家の中ではもっとも環境が貧弱で、先進国の中でまっさきに崩壊の危機に瀕している国でもあるそうです。

ではオーストラリアは何もせずに、崩壊するに任せているのでしょうか? ここで紹介されるからには、当然そうではありません。

オーストラリアは、環境問題への関心が高まり、改善への取り組みを始めています。その取り組み方が、中国とは正反対だとして、代表例として登場しています。

日本と国としての在り方は近いのはオーストラリアかなと思います。

自然環境は大きく違いますが、学べるところは多そうです。

5.「第15章」 特に面白かったのはこの章だ!

現代の話はまだ続きます。そして、この章が一番面白かったです!

この章で紹介されているのは「企業による環境問題への取り組み」です。最近、いろんな企業が「SDGs」への取り組みを発表してコマーシャルやキャンペーンとして宣伝しているのをよく見かけますよね。

なんであんなに大々的に宣伝しているのか、その理由がわかりますか? 私は本書を読むまで、そのこと自体を疑問にも感じたことがなかったです。

でもよく考えれば、本業に関係ない「環境への取り組み」をすること自体、企業にとっては「ただ費用がかかるだけで、取り組む意味ってあるんだろうか?」という問いにぶち当たります。企業の目的は「利益をあげる」ことなので余計な費用はかからない方が絶対にいいのに、なぜ?

しかし、「環境への取り組み」は企業にとって実はいいことだらけなんです!

簡単に思いつくのは「企業のイメージアップ」でしょうか。

他にも「さすがジャレド・ダイアモンド! 知の巨人!」という意外な発想のものまでその理由は多岐にわたっています。

理由を知ると、少し自分の行動も見直してみようかという気にもなりました。面倒だからと環境のことを考えない行動をとると、結局自分の首を絞めることになりそうです……


いかがでしたでしょうか?

本書の最終章を読み終わってすぐに感じたことは「世界は繋がってしまっている」ということです。ここが、過去に崩壊した文明たちと現代の一番の差であると思います。

イースター島は巨石だけを残して滅びるしかない運命をたどりましたが、その滅びはただイースター島にとどまるものでした。しかし、現代の社会はあらゆるところで繋がってしまっており(コロナ禍で思い知った方も多いのでは……)、滅ぶにしろ栄えるにしろ、ただ一つの島だけがどうにかなって終わるわけがない世界になっています。

本書はそういった危機感をあおる内容でもありますが、人間の知恵と善意を信じる内容でもあったと思います。著者であるジャレド・ダイアモンド自身が公正な精神の持ち主であることが本書の至る所から伝わってくるのと同様です。文章量もありますし、簡単に読みこなせる内容でもないですが、読書に慣れてきた方にはぜひ挑戦していただきたい本です。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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