傷ついた心を手当てするのは、水墨画。繊細かつ大胆な魅力にハマる『線は、僕を描く』読書感想

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線は、僕を描く  砥上裕將  講談社文庫

第59回メフィスト賞受賞作です。他にも本屋大賞第3位(2020年)ブランチBOOK大賞(2019年)を受賞するなど、輝かしい受賞歴を持った作品です。メフィスト賞は固定ファンがついているので受賞作品は一定数の読者を確保したも同然ですが、それを超えて幅広い読者層に支持された作品、とも言い換えることができるでしょう。

メフィスト賞の過去の受賞作を見るとミステリ、あるいはファンタジックな世界観の作品が多いのですが『線は、僕を描く』はそのどちらでもありません。傷つき、疲れ果てた青年が再び生きようという立ち上がるまでの過程を表現した青春小説に近いと思います。

本書がモチーフに選んだのは「水墨画」という実に珍しいジャンルで小説に限らず、漫画・映画を含めても水墨画を真正面からとりあげた作品というのは寡聞にして他に知りません。しかし、本書を読んでいくと「水墨画」を鑑賞したくなるし、なんなら「自分で始めてみようかな」と思うこと間違いなしです。

水墨画というあまり良く知られていない芸術の世界をこんなにも魅力的に表現してくれる作品があるとは! メフィスト賞に限らず、ジャンルフリーの文学賞ならどれでも大賞を射止めていたことでしょう。

他にもいろいろと魅力を語りたくて仕方ありません。あらすじと感想をまじえながら、内容をご紹介していきましょう。

1.おおまかなあらすじ

まずは簡単なあらすじからご紹介しましょう。

主人公の青山霜介は大学生。霜介が大学の友人から紹介されたアルバイト先に行ってみると、それは水墨画の展示会場の設営のバイトでした。必死に働き、設営が終わったころ、霜介は偶然、水墨画の大家である篠田湖山と知り合いになります。

湖山と一緒に展示会場を見て回ることになった霜介。問われるがままに展示されている作品の感想を湖山に伝えます。すると、湖山はなぜか霜介のことをたいそう気に入り、直々に水墨画を伝授したいと言い出すのです。

面白くないのはその場に居合わせた湖山の孫であり、若き水墨画家である千瑛です。彼女は「自分こそが湖山の指導が受けたくてたまらないのに、なぜこんな水墨画を今日初めてみたような奴に……」と霜介に敵意をむき出しにします。

悔しさが募った千瑛から霜介は「1年後、水墨画展に互いに作品を提出し、そこで勝負を付けましょう」と勝手に約束を取り付けられてしまいます。

こうして霜介は、流されるように水墨画の世界へと身を投じていくことになるのです。

2.変化する文章

この後、霜介の目線で、湖山から水墨画のイロハを知っていくことになります。この記事の最初から本作を褒めた推していますが、実は冒頭、何とも言えない違和感を文章から感じてしまい、すぐには作品の世界観へはいっていくことはできませんでした

感覚的なもので申し訳ないのですが、文章がざらついている、そんな風に感じました

これは霜介の心理も影響しているのかもしれません。物語が開始してしばらく、霜介の様子が少しおかしいことに、気が付くと思います。ご飯の味を感じない、だとか、肉体労働直後なのに空腹を感じない、など……20歳前後の男子大学生とは思えない感覚の持ち主です。理由はわからないけど「霜介は何かにひどく傷ついて、疲れているのではないか……」と気づかされることになるのです

その理由はすぐに明らかになります。彼のそう古くない過去には深い喪失の記憶があり、失意のどん底から立ち直ることができていないという状況がわかってくるのです。

しかしざらついたような文章の感じは、水墨画のシーンになると消えていきます

湖山がお手本として霜介に描いてみせたような、実に美しい曲線のような滑らかな印象の文章へと変わっていくのです。

そうなると、ぐいぐいと作品の世界観へと深く潜っていけるようになりました。文章が滑らかになって読みやすく感じたのも作品に没頭できるようになった理由の一つですが、もう一つの理由が水墨画の魅力を文章で活き活きと表現することに成功していることです。霜介もそうなのですが、水墨画の繊細さや、そうかと思えば大胆さを求められる美学にハマっていきます。水墨画って、描き始めたらすぐに作品が完成するものだということを、初めて知りました。油絵や水彩のように、一筆塗るごとに「うーん……」と悩むようなためらいは一切許されません。描き始めたら最後まで一気に描き上げる、それが水墨画だそうです。

他にも、紙の白と墨の黒しかない世界に、どう花の鮮やかな色を感じさせるだとか、生きている葉っぱに見せるにはどういう筆さばきが必要かなど、これまで知らなかった水墨画の世界がどんどんひらけていきます。

最初に感じた文章のざらつきはもうほとんど感じず、滑らかな文章をすいすいと読み進めていくのは快感ですらありました。

作者は本作がデビュー作、新人の作家さんです。冒頭で感じた文章のざらつきはまだ新人ゆえなのか。そこまでは読み取れませんでしたが、もし霜介の心理状態を考えて文章の印象まで操作しているとしたら、トンデモナイ作家さんが世に出てきた……! ということなのかもしれません。

また、霜介は水墨画にハマることで、少しずつですが自分の傷ついた感情と向き合えるようになっていきます。霜介の大きな傷も細かな傷もたくさんついた心の手当てを表現するのに、水墨画という繊細かつ大胆なモチーフはぴったりだったと思います。

モチーフも、テーマも、変化する文章も、全てが作者さんの表現したいことにピタッと当てはまったような作品です

3.奇妙なタイトル

ところでこの作品のタイトル、少しおかしいですよね『線は、僕を描く』ですが、普通の文章なら「僕は、線を描く」となるところでしょう。

本屋さんで本書の平積みを見かけた時も、気になったのはその言葉の配置でした。眼の中にちょっとした違和感が入りこむ感じで、本書はものすごく目立って見えたものです。

この言葉の配置の意味は読み始めてもすぐにはわかりません。このタイトルの意味がわかるのは作品の終盤、もうあと少しで読み終える、という辺りです。主人公の霜介の言葉を借りて、『線は、僕を描く』の意味がしっかりと書き込まれています。

しかし、そこまで読んで、あるいは読み終えてからこの作品の中身を振り返ってみると、作品を通して何度もこのタイトルの意味を表現するシーンがあったことに気が付きました。

本書は水墨画をモチーフとしています。白い紙の上に黒い墨で線を描いていくシーンがたくさんあるのです。線を描くシーンが圧倒的に多いのはもちろん主人公である霜介です。他にも巨匠・湖山にその孫の千瑛。湖山の2人の弟子や湖山と並ぶ巨匠の翠山。こういったプロの描き手以外のキャラクターも水墨画に挑戦していたりします。

誰が描いた水墨画であっても霜介の目を通してその素晴らしさや絵から受ける細かな印象を目の前に作品があるかのように巧妙に表現してみせるだけの文章力が作者・砥上裕將さんにはあります彼らの絵がその人なりの個性と努力をもって描かれたことが存分に伝わってくるのです。

……と、これ以上のタイトルに込められた思いは作品に譲りましょう。ただ、もしこの記事を読んで作品を読んでみようと思われたあなたには、作中に登場する白黒だけど鮮やかな水墨画の数々の印象を心に留めながら読んでいただきたいと思います。タイトルの意味が分かった時に、思い返すと楽しくなるはずです。

4.心に残る名言

本書の中には数々の名言が登場します。その多くは霜介の師匠になる湖山のセリフです

水墨画を学び始めたばかりの霜介に、湖山は堅苦しいことも小難しい理論も何も言わず、自分が描いてみせ、それを霜介に真似させるという方法をとります。そこに言葉はほとんど存在しません。ただ、練習の終わりに霜介に向けて柔らかな口調で「今日君に感じてほしかったことは…」といった練習の狙いを説きます。その言葉がことごとく、心に刺さる名言ばかりといって過言ではありません。

私が特に印象に残っているのは霜介が湖山に初めて指導を受けた時の言葉です。

湖山はさらさらっと1枚、お手本に水墨画を描いてみせ、霜介はそれを何枚も何枚も……紙も墨も惜しまずに真似し続けます。霜介は持ち前の生真面目な性格もあってか、必死に湖山の水墨画のすべてを吸収しようと頑張るのですが当然、初回からそんな簡単に上手くなりはしません。おそらく、子どもの落書きのようなものを何枚も積み重ねていたと思われます。しかし霜介はそれが嫌だとも面倒だとも思わず「思いのほか楽しい」と感じます。

練習が終わった後に湖山に感想を求められた霜介は、素直にそう話します。それを受けての湖山のセリフが名言でした。

「おもしろいのは当然。どんなに失敗してもいいんだ。失敗も許されるなら楽しくないかい?」だいたいこんな主旨のセリフです。このセリフを受けて、霜介は衝撃を受けるのですが、それは私も同様でした。

失敗してもいいよ、なんて大人になってから言われたことは皆無といっていいでしょう。言われなくとも、本能的に失敗しないようにしてしまうのが大人だと思います。あるいは、コーチングなどを学ばれた方は「失敗を恐れるな」と説明を受けたことがあるかもしれませんね。しかし実践してみる勇気があるかどうかは、多くの人が「NO」と答えるのではないかな……と私は思っています。

湖山の、何も伝えずにまずは失敗を実践させてみせるという方法も新鮮でしたし、それを押しつけがましくもなく、そっと寄り添うように許容する姿勢にも感銘を受けました。

実はこの後に続く湖山と霜介のやり取りの方がより心にぐっときます。このシーン以外にも湖山が霜介に伝える言葉の数々は神様のように慈愛に満ちていて、それでいてピリッとした電撃が走るように衝撃的な印象を与えるものばかりです。湖山のような師匠に出会えて、霜介は幸運だと少しうらやましくなるほど。

湖山の教えは水墨画にまつわるものですが、読んでいる私には水墨画を超えて日常における勇気を与えてくれました。霜介を通じて、温かい言葉の数々に触れてみてほしいです。

5.あの作家に似てる

本作を読むうちに、セリフの文章が特徴的だな、とふと思いました

地の文はそうでもないのに、セリフの文章になると言い回しや単語のチョイスが、どことなく古風なものを感じさせる……

それも、湖山や千瑛と話している時ではなく、大学の友人の中でも親友・古前(こまえ)くんと話しているときにほぼ限定です。

そしてこの少し現実から遊離したようなセリフのやり取り、どこか別の作品でも同じような印象を受けたような記憶がある……と、記憶の中から引っぱり出してきたのは森見登美彦さんの文章でした。

今ではそうでもないですが、森見登美彦さんの初期の作品は男子大学生を主人公にしたものが多く、彼らの目線で語られるセリフも地の文も、どこか古風な言い回しと単語のチョイスで、堅苦しいくせにどこかユーモラスな雰囲気をかもしだしていました。

霜介が古前くんと話す時のセリフからは森見登美彦さんの文章とよく似た雰囲気を感じます。さらに古前くんは「大学内の権力トップに立ちたい」なんて野望も語るのですが、これも森見登美彦さんの代表作『夜は短し歩けよ乙女』に出てきた学園祭実行委員長を思い出させたり……

大学の友人同士での会話限定での印象で、もしかしたら作者の砥上裕將さんは森見登美彦さんのファンなのかも……そして意識して文章の調子をそこだけ変えているのかも……なんてことを妄想していました。

真相は一生わかることはないでしょう。しかし森見登美彦さん初期の作風が好みの方には『線は、僕を描く』、そういう意味でも刺さるかもしれません。


いかがでしたでしょうか?

『線は、僕を描く』は霜介とともに水墨画の魅力にハマっていきながら、傷ついた心から少しずつ立ち直っていく優しいストーリーの作品です。

のんびりとした休日や、仕事帰りの疲れた帰り道にピッタリの作品だと思います。ぜひ手に取ってみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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