理屈の通じない相手に感じる絶望感…生きている人間が一番怖い系ホラー『黒い家』読書感想

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今回ご紹介する本はこちら

黒い家  貴志祐介  角川ホラー文庫

貴志祐介さんと言えば『鍵のかかった部屋』や『新世界より』など、ミステリやSFなど多数のジャンルにわたって傑作を生みだしている人気作家さんです。

作品のレベルはいずれも高く、私にとっては定期的に読みたくなってしまう作家さんの一人。

今回ご紹介する『黒い家』は貴志祐介さんの初期作品であり、日本ホラー小説大賞で大賞を受賞した作品でもあります。

ホラーといっても化け物や幽霊がでてくるわけではなく、「生きている人間が一番怖い」系の作品なのですが……

怖い。

文句なしに怖い。

なかなか大賞を出さないことで有名な日本ホラー小説大賞ですが、大賞を授与されたのも納得の怖さでした。

それでは、あらすじと感想をまじえながら作品をご紹介していきましょう。

1.簡単なあらすじ

まずは簡単なあらすじからご紹介しましょう。

主人公・若槻は生命保険会社で働いています。仕事の内容は保険金支払いの有無を決めるというもの。顧客からの保険金請求に応じて、死亡時に不自然なことはなかったかを確認するのが主な仕事です。

生命保険会社は大きな金額が動く仕事です。必然的に、詐欺や事件に巻き込まれる可能性も高く、保険金を支払う時には、事件性がないか確認するのはとても重要な仕事です。

ある日、若槻は顧客に呼び出されその自宅に赴きます。そこで待ち受けていたのは首を吊った子供の死体でした。

若槻は子供の父親と共に死体の第一発見者になってしまうのですが、問題はその時の父親の反応でした。

父親は子供の死にショックを受けるふりをしつつ、若槻の様子をじっとうかがっていたのです……

子供の死に際して、父親の行動に解せないものを感じた若槻は、もしかしたら、と疑いを持ちます。

その疑いを警察にも話しますが、警察はのらりくらりと熱心に調べようとしている様子が見えません。

そこで若槻は決心します。

「あの子供を殺したのは、父親なのでないか」

この疑いの成否を確かめるために、独自に調査に乗り出しました。

しかし、この決心が若槻の運命を大きな恐怖へと巻き込んでいくのです……

2.結局、生きている人間が一番怖い

小説『黒い家』は初版の発売日は1997年とそんなに新しい作品ではありません。しかし、いまだに夏の暑い時期になると、本棚に平積みされることもある、ロングセラー作品です。

読んでみて「それも納得の怖さ」でした。

これは読んでいるとヒヤッとするというか、嫌な汗をかくというか、少し体温が下がる感覚がよくわかります。

『黒い家』が受賞した日本ホラー小説大賞はなかなか大賞受賞作品を出さないことで有名なのですが、逆を言えば大賞受賞作品のレベルは相当に高いということです。そして大賞受賞作は必ず「怖い」。『黒い家』も大賞の名に恥じぬ恐怖感でした。

何がそんなに怖いのか? 本作最大の魅力であるその「恐怖」についてご紹介しましょう。

まずは本の中身の前に表紙を見てみましょう。皆さんは『黒い家』の表紙をご覧になったことはありますか? この本は表紙からして居心地の悪さを覚えます。

私が読んだ角川ホラー文庫版では家の中から外を障子越しに眺めてる構図の表紙なのですが、これがなんともいえず、不気味。

障子には外にあるものの影がうつっており、ブランコで遊ぶ子供と、洗濯物のツナギの服と靴下が干してあることがわかります。そしておそらく天気は晴れ。

これだけなら普通のご家庭から見える景色と変わらないでしょう。

それがどうしてこんなにも不気味な印象にできるのか。

障子から光が差す部分以外は黒く塗りつぶされ、屋内の廊下と思える場所にはなぜか椅子が逆さになったまま放置。「この家はどこか変だ」という直感をビシバシと伝えてきます。障子の向こうには平和な光景が広がっていそうだけど、本当にそうなのだろうか? 子供は笑顔で遊んでいるのだろうか? 洗濯物のように見えるツナギは、本当にただのツナギなのだろうか? もしかして「中身も入ったまま」干されているのでは……?

不吉な連想が止まらない表紙です。

この表紙から受けるイメージのせいもあって、私は長い間ずっと勘違いしていました。

小説『黒い家』は「幽霊やお化けが登場するガチのホラー」作品だ、と。

しかし、それは違います。

本作には幽霊もお化けも1ミリも登場しません。

本作の怖さは「生きている人間」にあります。

数年前くらいから「サイコパス」なる言葉が有名になってきました。正確な定義や診断は専門書に譲るとして、作者の貴志祐介さんはどうもこの「サイコパス」的人間がお好みのようで、別作品の『悪の経典』や『鍵のかかった部屋』シリーズの中にも「どう見てもサイコパス」な犯人像が登場します。

本作は貴志祐介さんの初期作品ですが、既に作者の「サイコパス」好きが滲み出た内容です。

主人公である若槻は自殺した子供の生命保険金を巡ってトラブルに巻き込まれていくわけですが、まず子供の父親の様子がおかしすぎるんです。

どうおかしいのかはあまりに言い過ぎるとネタバレになってしまうので控えますが、理屈が通じないと言いましょうか、世の中にある常識を無視した言動は何をしでかすかわからない「恐怖」があります。この記事を書いている現在、本を読み終えて1カ月近くたとうとしていますが、それでもこの父親に関しては一生忘れられないほど印象的なシーンが2、3あるほどです。絶対に現実では関わり合いになりたくない人物像です。

そして主人公は、そこまでする必要はないのに、保険金支払いをしたくないがために父親、そしてその妻のことも調べ始めてしまうのですが……

調査していくうちにどんどん謎が深まる感じも、たまらなく「怖い」です。

出てくる情報同士がどうにも噛み合わないというか、なにか大きな齟齬があるんじゃないか、大きな勘違いをしているんじゃないか、そんな印象が膨らんでいくんですね。

自殺した子供の事件だけでなく、夫妻の経歴も真っ黒な闇に覆われており、その闇が取り払われた時、見えてきたのは……

人間の底知れぬ悪意。

真相が見えてきた瞬間のゾワーっとした感覚。

想像の世界の話で良かった、本当に良かった、という思いでした。

お化けや幽霊は1ミリも出てきませんが、結局は「生きている人間が一番怖い」という格言を身に染みて感じる恐怖でした。

3.日本ホラー小説大賞を狙っている方へ

『黒い家』は日本ホラー小説大賞受賞作で、大賞受賞作がなかなか出ないことで有名、と前述しました。

受賞作はどれもレベルが高く「本当に新人作家さんが書いたのかな?」と疑問がわくレベルです。

もし日本ホラー小説大賞を狙っている方がいらっしゃるなら、相当に恐怖を感じさせる設定・構成を練り上げて臨んでいただきたいと思います。

しかし、『黒い家』等、過去の受賞作を読んでいて感じるのは「文章力そのものはそこまで問われていないのかもしれない」ということです。

主人公の言動がやや飛躍していると感じる部分があったり、ラストのまとめ方に少々強引さを感じたり……他の部分がよくできているだけに、雑なところが目立ちやすいのかもしれません。

しかし、逆に言えば大賞受賞作であっても「これくらいは許容範囲」とされる部分があるともいうことです。

おそらく、重視されているのは第一に「恐怖」、そしてストーリー展開・構成力。

人物造形や文章力・表現力は二の次という印象を受けます。

『黒い家』は大賞に求められるレベル感を探るには適した作品だと思います。

人気作家に成長した小説家の初期作品を読み込んで大賞までの一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

ちなみに、日本ホラー小説大賞は現在、横溝正史ミステリ大賞と合体して「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」となっています。詳しくは募集元のKADOKAWAの新人賞募集要項をご覧ください。

4.この作品が好きな方へ

最後に、『黒い家』が気に入ったという方へ、別作品をおススメしたいと思います。

『黒い家』の恐怖は「生きている人間が一番怖い」「理屈・常識が通じない相手とトラブった時の絶望感」が強いと思います。

この両方に当てはまる作品が『リカ』(五十嵐貴久、幻冬舎)です。

既婚者のサラリーマンがほんの遊びのつもりで手を出した出会い系サイトで知り合った「リカ」と名乗る女性。最初は楽しくメールや電話をするだけだったのですが、徐々に「リカ」の行動はストーキングじみていき、遂には……とエスカレートしていく「リカ」の化け物っぷりが面白い(?)作品です。

こちらはシリーズ化もされており、コミカライズ、ドラマ化とメディアミックスも近年さかんにされております。

「リカ」の強烈すぎる個性はこれまた一生忘れられないレベルの怖さです。

『黒い家』の恐怖がお気に召した方は『リカ』もぜひ手に取ってみてくださいね。


いかがでしたでしょうか?

『黒い家』は「生きている人間が一番怖い」ホラー作品です。

『黒い家』は

  • 怖い小説が好きな方
  • たまにはホラーも読んでみたい方
  • 一風変わったミステリが読んでみたい方

などにおススメの作品です。

ぜひ手に取ってみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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