辛口レビューでもけっこういい本ですよ『大御所徳川家康』読書感想
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今回ご紹介する本はこちら↓
大御所 徳川家康 三鬼清一郎 中公新書
徳川家康といえば江戸幕府初代将軍ですが、
彼が将軍の地位にいたのは案外短い期間だったことを、
ご存知でしょうか?
家康が将軍でいたのはたったの2年。
すぐに息子の秀忠にその地位を譲ってしまいました。
その後、隠居老人をやっていた……わけではありません。
家康は将軍を辞めてから「大御所」という地位につきました。
家康が「大御所」の地位にいたのは約11年間。
本書はその11年間に家康が何を成したのかを
メインテーマにしています。
本書はAmazonのレビュー評価も口コミも辛口に評価されていました。
実際に読んでみた感想としては
確かに辛口にコメントしたくなる気持ちもわからんでもないです^^;
でも「そんな言うほど悪い本ではない」と思います。
辛口評価の理由は、おそらく、読者が本書に期待していた内容と、
本書の内容がズレてしまっていることが大きな理由だと思います。
このミスマッチは本を書いた側にとっても、読む側にとっても大変不幸なことです。
書いた側には正当な評価を受けられないデメリットがありますし、
読む側はお金や時間、期待感を無駄に使ったような思いをしてしまいます。
この記事では「本書を読めば何がわかるのか」をご紹介することで、
読者の期待と本の内容のミスマッチを少しでも減らすことを目標にしています。
少しでもあなたのお役に立てれば嬉しいです。
目次 1.そもそも「大御所」とは
2.本書を読むとわかること
3.なぜ辛口評価を招いたか
①副タイトルが誤解されやすい
②脱線が多い
1.そもそも「大御所」とは
本書の内容に踏み入る前に、「大御所」とはなにか、を
簡単にご説明しておきましょう。
冒頭にも書きましたが、家康が将軍職についていた期間は短く、
なんとたったの2年。
家康は息子であり2代目将軍となる秀忠に将軍職を譲り、
「大御所」という地位に立ちます。
江戸城の主は将軍である秀忠になったので、
家康は「大御所」として住む駿府城を築造しそこに移り住みます。
新しい城で大好きな鷹狩りざんまいの悠々自適な生活を送った……
というわけではありません。
家康は駿府城から秀忠をはじめとする幕府の要職者たちに働きかけ、
まだ産声をあげたての江戸幕府の基礎を築いていくのです。
将軍職を辞してから死ぬまで、この間約11年。
この時代を「大御所時代」と言ったりするそうです。
家康が将軍職を辞したのは1605年のこと。
豊臣秀吉はすでに亡く、関ヶ原の戦いに勝利し、
日本統一を成し遂げた後ではありますが、
まだ大阪城には秀吉の子ども秀頼が踏ん張っており、
西方は油断がならないし、
幕府の諸制度もまだ整っていない時期でした。
江戸時代の基礎固めは家康の存命中には終わらず、
秀忠、家光と続く3代でやっと形になります。
本書の内容を簡単に言ってしまえば、
家康は江戸幕府の基礎固めという大事業で何をしたのか、
を書いているわけです。
2.本書を読むとわかること
さて、いよいよ本書の内容に触れていきましょう。
本書は全部で10章からなっており、
それぞれの章で家康が江戸幕府の基礎固めのために成したことを
説明しています。
第1章は例外的に「家康が征夷大将軍になる」辺りの記述になるので、
第2章を例にしてみましょう。
第2章のテーマは「城普請」です。
江戸城と駿府城、そして二条城の建築の裏側を紐解いています。
それぞれの城には徳川一族の住まいを整える以上の目的が
ちゃんと存在するのです。
例えば江戸城であれば「徳川家こそが日本を治めていく一族になるのだ」という
ことを天下(特に各国大名たち)に知らしめる意味がありました。
そのため、ただ建築するだけでなく、
家康は「誰に」建築させるのかに頭を使うのですが、
これ以降はどうぞ本書をお読みください。
「城普請」以外にも
・御三家を作った理由
・外交政策(キリシタン対策や鎖国への道)
・外交の中でも特に朝鮮(秀吉が攻め入ったために特別の計らいが必要だった)
・大阪にいる豊臣家対策
・そして死の前後、徳川家存続のための布石を敷く
こう言ったことが本書ではとりあげられています。
3.なぜ辛口評価を招いたか
ここまで読むと、私が「そんなに悪い本でもない」と思った理由が
お分かりいただけたかもしれませんね。
ちゃんと「大御所時代」に家康が何をしていたのか、
本書には記述してあります。
それでも、本書が辛口に評価されてしまった理由は2つあると思います。
①副タイトルが誤解されやすい
本書の副タイトルは『幕藩体制はいかに確立したか』です。
これだけ読むと、読む側としては「参勤交代」とか
「譜代、外様大名の配置換え」とかを期待してしまうのではないでしょうか?
現に私自身がそうでした。
これは私の認識不足で実は参勤交代がきちんと制度化されたのは
家光の時代からなんですね^^;
ただ、家康の時代から似たようなことは既にしていたようです。
この「参勤交代」制度の前段階や、大名たちの配置換えなどの話は
本書ではあまり触れられておらず、
読者によっては「タイトルと違うじゃん」という誤解を
招きやすくなってしまっていると思います。
②脱線が多い
1つ目はともかく、2つ目の方が理由としては大きそうです。
本書はとにかく脱線が多い^^;
例えば、第3章で書かれている「御三家を作った理由」を読むと、
どれくらい脱線しているかがよくわかります。
御三家の始祖は家康の子どもたちなのですが、
それぞれの子どもたちの性格や、御三家創立当初の様子を
書くのはわかります。
御三家が暴走しないように、付家老と呼ばれるお目付け役をつけたという
エピソードも本書の主旨には沿う内容でしょう。
しかし、家康の死後、その付家老制度が形骸化し、
付家老の子孫一族は気の毒な立場に追いやられてしまった、と
付家老の制度について、ここまで踏み込んでくると、
少し雲行きが危うくなってきます。
そして本書では、ここからさらに話を広げて
「なんとか付家老の一族たちは権威を挽回したいと頑張る」
辺りまで書いてしまうので、
これはもう「家康関係ないじゃん」と読者に思われても仕方ない、かな……
他にも、家康の死後のことまで話を広げてしまっている箇所が
たくさんあります。
死の直後ならともかく、もう完全に世代交代が何代も後の話まで
踏み込んでいたりするので、読む側からすると、
・テーマからずれていると感じてしまう
・年代が一気に先に進んだ話をされて頭が混乱する
となり、辛口評価に繋がったのでは、と思います。
確かに「読みづらいなあ」と私も感じた部分ではありました。
でも、いろいろとテーマからずれていることを熱心に書かれているのは、
裏を返せば著者のサービス精神だとも言えるのです。
家康の晩年を知りたい、江戸幕府の基礎固めについて知りたいという
動機で読み始めたけれども、
同時に江戸時代全般の雑学も読めたと思えば、
なかなか充実した読書体験だったと思えるのではないでしょうか。
少なくとも、この記事で前知識を入れてから読まれた方は
免疫もできていて、「あ、脱線した」と、暖かい気持ちで
読めるのではないかなと思います。
そして、そう思ってもらうことが、この記事の目的でもあります。
いかがでしたでしょうか?
これは本書の内容には関係ない、私個人の見解ですが、
私、「おっさんのぼやき」みたいな文章がけっこう好きなんですね。
飲み屋で、呂律が少し怪しくなりながら「俺はこう思うわけよ……」と
語っているおじさんを思い浮かべてください。
そしてその人の話を文章に書き起こしてください。
それが「おっさんのぼやき」みたいな文章です。
これを言うと100%「変わってますね……」とドン引きされるのですが
飲んだくれのおじさんにも歴史があるわけです。
その歴史がどんなものか推理しながら、おじさんの話を聞くと、
なんとも味わい深い気がしてくるではありませんか。
文章も同じです。
脱線した先に、著者が何を真に伝えたかったのか。
そこにはきっと、著者にとって重要な何らかの要素が見つかると思っています。
それを考えながら読むのも、これもまた読書の楽しみです。
あ、もちろんぼやくのは男性以外でも大丈夫ですよ。
大事なものを抱えているのは人間なら誰しもがそうです。
以上、脱線した文章のちょっとした味わい方でした。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。