読書感想|加速する悲劇の連鎖に惹きこまれます、魔性の子(小野不由美)
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魔性の子(十二国記、エピソード0) 小野不由美 新潮文庫
シリーズ累計1000万部超えの十二国記、そのエピソード0にあたる『魔性の子』をご紹介します。
ファンタジーと思い込んで読み始めましたが、けっこうホラー要素も強いです。
人間の心の負の部分を徐々にクローズアップしていくような話の流れになっていますので、読後の爽快さには期待しないほうがいいです。
深く考えさせる奥行のある作品なので、読後にもふと思い出して考えたり、何度も再読して楽しむことができると思います。
そして、わたしとしてはここが一番素晴らしさを感じたところなのですが、
文章を紡ぐその技術がすごいの一言です!
最初の一章の時点で感動モノでした。
そう思った理由など、書いていこうと思います。
目次
1.おおまかなあらすじ
2.1章の役割とは
3.ちょっとした工夫
1.おおまかなあらすじ
母校の高校に教育実習にきた広瀬は、担当クラスで不思議な男子生徒に出会う。
高里という名のその生徒は、物静かで本人自身は何の問題もないが、どこか周囲の生徒たちとは違う雰囲気があった。
高里は幼いころに神隠しにあったと言われ、自身も臨死体験を経験していた広瀬は高里に興味を持つ。
しかし、高里には不穏な噂、高里を虐めると祟りにあう、が付きまとっていた。
そしてちょっとした出来事から、高里の周りには事故や事件が連鎖して起こるようになっていく。
広瀬は高里を守ろうとするが、悲劇が連鎖し、加速していくばかり。
高里を取り巻く謎や怪異に広瀬は強く惹かれていくことになる。
2.1章の役割とは
1章、つまり物語の冒頭、導入部のことですね。
厳密にいえば、『魔性の子』には1章の前にプロローグがあるので、1章から物語が始まっているわけではないのですが、
『魔性の子』のプロローグはフックと言われる、読者の興味をひくための簡単な事件を描写してありますので、本格的な物語の始まりは1章から、ということになります。
物語の始まり、書き出しの部分というのは作家にとってかなり悩ましい部分です。
ここが決まらないと続きが書けない!というくらい、こだわりをもって書かれていることが多いはずです。
その物語の冒頭部で必ず書かなければならないことはなんだと思いますか?
答えはとても簡単です。
それは物語の舞台と、主人公及びメインとなる登場人物の基本的性格です。
当然の答えですよね。
どんな物語が始まるのか、読者は知りたがっています。
できるだけ早くその欲求に答えないと、読者は安心して物語に入り込めないものです。
『魔性の子』であれば舞台は高校。
主人公は母校に戻ってきた教育実習生で、学生時代は何かの理由で少し問題児だったらしい。
彼の指導教官は恩師の後藤で、ぶっきらぼうで適当そうだが、生徒とよい関係を築けそうな先生のようだ。
そして、彼の担当するクラスにいる、おそらくこの物語の核心となる存在になるだろう高里は、どこか異質な存在感をはなっている。
これだけの情報を1章に詰め込んでいます。
詰め込むだけなら誰にでもできるかもしれません。
小野不由美先生のすごいところは、これを説明するのではなく、全部話の流れの中で説明しきった、というところにあります。
後藤の性格、主人公との距離感を示すためにわざわざ、主人公を実習開始前に後藤がよくいる科学準備室に立ち寄らせたところなど、よく思いついたな、としばし読む手が止まったほどです。
3.ちょっとした工夫
1章から圧倒されるほどの文章力を見せられる『魔性の子』ですが、他にもなるほどな、と思った部分があります。
2章、3章、4章の最後に怪談のような、話の本筋とは絡まないちょっとしたエピソードが記載されています。
どれも、夜に独りでいた人が不思議な女に出会い、怪奇現象を体験する、というものです。
この部分の面白いところに、この後再登場するわけでもないのに、おおざっぱではありますが、怪奇現象を体験した人物の性格がうっすらとわかる描写がなされているところにあります。
中年の妻の尻にひかれがちな酔っ払ったサラリーマン、車を乗り回しながら彼女が欲しいなと思う若い男性、塾通いに忙しい疲弊した小学生男子。
性別が男であるという以外は共通点がありませんね。
本当に書きたいコアな情報は、「何かを探している様子の不思議な女が目の前から消えてしまった」という、これだけです。
別に怪奇現象を体験したのは誰でもいいわけです。
実際に、5章では不思議な女と怪奇現象について、何人もの体験談が羅列してあるだけで、体験した人の属性は必要最低限しか書かれていません。
なんで人物描写をあえて3人分入れたのか?
人物描写がなく、最初から必要最低限の属性しか書かれていなかったらどう感じるか?
ちょっと考えてみました。
まず、人物描写がある3人の属性の内、最初のサラリーマンと、若い男性は、典型的な怪談話の犠牲者のイメージに近いな、と気づきます。
夜道を千鳥足で歩くサラリーマンに声をかける女。
夜に車を乗り回して、頭の中は女のことを考えている若い男に、夜道で独りいる女が声をかけ、男は下心もありつつ親切に応じる。
都市伝説によく出てくるシチュエーションですよね。
人には、こうした 〇〇といえば●●、というイメージが蓄積されています。
使い古されたと言えば悪い印象ですが、こうしたイメージをうまく使うと、読者に抜群にニュアンスが伝わりやすくなります。
何か怪談的なことが起こってるぞ、と読者はすぐに感づけるわけです。
そして、3人目の小学生で、少しそのイメージを壊します。
特に悪いことをしたわけでもない子供が怖い目に遭うのは、おそらく嫌な気分になる方が多いと思います。
ここで、あれ?この怪奇現象はイメージしている怪談から少しずれるようだ、と読者は気づくわけです。
そして怪奇現象は、男女、年齢、場所問わず、無差別に起こるのが特徴のようだと、5章の羅列で核心になります。
体験する人の中には老婆やら3歳の子供までいます。
怪談の犠牲者になるにはちょっと良心が痛みますよね。
この怪奇現象はそうとうヤバいのではないか、と読者は受け入れるようになります。
わかりやすいイメージから入って、そのイメージを少し壊してから、読者にヤバい状況を受け止めやすくする。
こんな効果を狙って書かれたのかな? と考えてみました。
……ちょっと考えすぎかとも思います。
単にエスカレートする状況を書いたらこうなっただけかも。
しかし、人には蓄積されているイメージがあって、うまく利用するとニュアンスが伝わりやすい、は事実です。
比喩表現はその一例です。
ちょっとした工夫を文章の中から探してみるのも面白いですね。
いかがでしたでしょうか?
小野不由美先生の作品は『屍鬼』を読んだことがありますが、人間って本当にどうしようもなく残忍だ、というのが根底にあるテーマの作品でした。
『魔性の子』にもそのテーマは続いているところがありますね。
十二国記シリーズはこの後も少しずつ読み進めていこうと思います。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!
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