しゃばけシリーズ初期の魅力が復活する外伝『またあおう』読書感想
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今回ご紹介する本はこちら↓
またあおう 畑中恵 新潮文庫
本書は大人気・しゃばけシリーズの外伝です。
しゃばけシリーズの主人公である若旦那が
江戸の街中の悩み事や困り事を解決する物語がシリーズ本編ではメインですが、
外伝ということもあり、若旦那は完全に脇役です。
作品を紹介する裏表紙の紹介文や、帯には
「若旦那がついに長崎屋を継いだ!?」とか書かれているので、
うっかり、長崎屋を継げるくらい病弱体質も少しはマシになって、
たくましく成長した若旦那が読めるのか!? ……と早とちりすると
期待とは全然違う話ばかりなのでご用心を。
若旦那にかわって、誰が主役なのかというと、
しゃばけシリーズではお馴染みの ”彼ら” です。
1つのプロローグと4つの短編が収録されていましたので、
それぞれのあらすじと感想をご紹介していきたいと思います。
目次 1.『長崎屋あれこれ』 外伝の主役は ”彼ら”
2.『はじめての使い』
3.『またあおう』
4.『一つ足りない』
5.『かたみわけ』
1.『長崎屋あれこれ』 外伝の主役は ”彼ら”
冒頭にも書きました通り、本作の主役は若旦那ではありません。
そのかわりに誰が主役を務めるかというと、
長崎屋に縁のある妖怪たちです。
長崎屋の妖怪たちというと、真っ先に思い浮かぶのは
若旦那の兄貴分である仁吉と佐助の2人ですが、
今回は2人の兄やも登場はわずかです。
主役に躍り出るのは長崎屋に住んでいる鳴家(やなり)、
屏風のぞきや、貧乏神の金次、鈴彦姫、猫又のおしろなどなど、
いつも賑やかに若旦那のまわりに集っている妖怪たちです。
しゃばけシリーズも20周年を迎え(2021年12月現在)、
若旦那も含め、人間の登場人物たちは少しずつ成長した姿をみせる
お話が多くなってきています。
キャラクターが成長を見せるのは嬉しくある反面、
シリーズの魅力が最初の頃とは変わってしまって少し寂しいような
気がしていました。
しかし、妖怪たちが主役になった本作はシリーズ初期に戻ったような
懐かしさを感じさせる作風になっています。
困り事や相談事を解決するために、妖怪たちがわいわいしゃべりながら力を合わせて
少しの偶然にも助けられて無事、めでたしめでたしとなるあの感じ。
シリーズファンには嬉しい「原点回帰」です。
もし、しゃばけシリーズは初めて読むという方でもご安心ください。
最初に『長崎屋あれこれ』という超短編があり、
そこで長崎屋とは、若旦那とは、そこに住まう妖怪たちとは……と
シリーズにお馴染みのキャラクターや雰囲気がわかるようになっています。
それでは、本作の特徴がつかめたところで、
それぞれのお話のあらすじと感想をご紹介していきます。
2.『はじめての使い』
(あらすじ)
主人公は戸塚に住む猫又のとら次とくま蔵の2匹。
長崎屋に縁のある戸塚の猫又たちは、若旦那に良く効くと評判の
キツネの薬を届けようと、とら次たちをお使いに出します。
初めての旅にドキドキの2匹は、
江戸に着くまでに何を食べよう? などと話し合いながら先を進んでいきます。
しかし、初めての旅には危険がいっぱい。
さっそく財布をすられてしまいます。
これはさっさと長崎屋に向かうに限る、と決心した2匹ですが、
思ったそばから決意が揺らぎます。
たまたま三毛猫が怪しい男たちに追い掛け回されているのを見かけてしまったのです。
男たちの目的は猫を三味線の材料として売りさばくこと。
そんな悪党たちの正体は大阿倍屋という表向きは人材派遣業だけど、
裏では強盗や猫さらいなどをやるゴロツキ。
とら次たちは悪党たちに戦いを挑みますが……
そこから物語は何をどう転んでそうなったか、
とら次たちは長崎屋へ盗みに入る手伝いをさせられる羽目になり……!?
(感想)
この話のテーマはおそらく、「とかくこの世は生きづらい」です。
猫又が2匹、ちょっとお使いに出ただけで大変な目にあう世の中ですからね、
江戸の時代の旅は危険だったようです。
しかし、大変なのは普通の旅人だけではないようで、
意外に悪党たちも苦労が多い……というのがこの話の面白いところです。
猫又たちなら潔く「ヘルプ!」と言えば助けてもらえますが、
人間はそこまで開き直るのも難しく、なにより何をするにも金が要る、
という難しさもあって……と
思いのほか人間の世の無情さや切なさを考えさせられる作品でした。
ただ、とら次たちの「大変だあ」と言いつつもどこか余裕のある
呑気な様子がユーモラスで可愛らしく、
読後感は楽しかったという思いの方が強く残る
心に優しい作品でもありました。
3.『またあおう』
(あらすじ)
貧乏神の金次と屏風のぞきが長崎屋で奉公人として働きだした、
という設定のお話です。
主人の藤兵衛に連れられてお出かけした先で、
竜巻に襲われ、皆で鑑賞していた珍しい掛け軸や
草双紙などがびしょ濡れになってしまいます。
中には付喪神という妖怪になって命が宿っていた品もあり、
「若旦那ならきっと放っておかない!」と思った
金次たちはそれらの品を修理するために長崎屋に持って帰ります。
長崎屋に住む妖怪たちが総出で修理に励み、
無事、直し終わります。
しかし、その時とある1冊の草双紙から手が伸び、
屏風のぞきが捕まって、それを助けようとした他の妖怪たちも
皆、揃って草双紙の中に取り込まれてしまいます。
草双紙のタイトルは「桃太郎」。
でも、どこか普通の「桃太郎」とは違っているようです。
妖怪たちは元の長崎屋に戻るため、
手掛かりを探しに主役の桃太郎を探しにいきますが、
どうやら桃太郎、真剣な悩みを抱えているようでして……
(感想)
子供の頃はよく読んだ絵本でも、大きくなるにつれ、
本棚や押し入れの奥に押し込まれて忘れ去られてしまいがちです。
そんな絵本の中で、登場人物たちが自由に動いていたとしたら……?
という本好きなら一度は考えたことがありそうな
楽しい空想から話を膨らませた物語です。
屏風のぞきなど、長崎屋に住まう妖怪たちの
人間とはちょっとズレた考え方や行動が
笑いを誘う楽しい作品でした。
このお話には若旦那が暮らす長崎屋の離れも出てきますが、
若旦那は熱を出して始終布団にくるまっていて
一言もしゃべりません^^;
しかし、絵本世界の困り事に直面した妖怪たちは、
「若旦那ならきっと見捨てない!」
「若旦那ならこうするに違いない!」と奮闘する様子をみせて、
若旦那との厚い絆を感じさせて暖かい気持ちをもらえました。
4.『一つ足りない』
(あらすじ)
中国から日本に一族を引き連れて海を泳いで渡ってきた河童の親分、
九千坊が主役のお話です。
九州に着いた九千坊は西日本の河童の親分になりますが、
彼には一つ、悩みがあります。
それは名前です。
九千、という一万にあと少し足りない中途半端な名前が
自分が親分として何か欠けていると言われているようで、
どうしても気になってしまうのです。
名前の悩み以外は平和に暮らしていた九千坊ですが、
そこに猿の軍団が押し寄せます。
河童は猿が大の苦手、戦っても勝ち目はないと
九千坊は噂に聞こえる東日本の大親分、寧々子河童の元へ
一族を引き連れて避難しに向かいます。
ところが、寧々子は寧々子でピンチに陥っていて……
どうする九千坊!?
(感想)
おそらく、本作のテーマは「親分、自信をもって!」です。
九千坊河童、西日本の河童の大親分という立派な身分のわりに
悩みが己の名前という、ちょっと器の小ささを感じさせる
面白い河童として登場します。
しかし、物語が進んでいくにつれて九千坊の意外な(?)一面が明らかになり、
イケメンならぬ「イケ河童」に変身します。
女性読者にはたまらない変貌ぶりなので期待して読んでみてください。
なんでこのスペックで名前の「九」なんて気にしてたの?と
ギャップにやられて、可愛い系の後輩男子を愛でる気分にひたれました。
5.『かたみわけ』
(あらすじ)
長崎屋を若旦那が継いだずっと先の未来。
いつも長崎屋の良き相談相手だった広徳寺の寛朝という
妖怪が見えるお坊さんも亡くなり、弟子の秋英が後を継いでいます。
その寛朝の持ち物をかたみわけしていた時、事件は起きました。
生前、妖怪封じで名高かった寛朝の元には、多くの怪異な品々が預けられており、
間違ってそれらがかたみわけされてしまったというのです。
亡くなった怪異な品は全部で6つ。
秋英は後を継いですぐの大仕事に、プレッシャーに押しつぶされそうになり、
長崎屋を頼ってきたのです。
若旦那は不在のため、屏風のぞきなどの妖怪たちが手助けすることに。
いろいろ探し回るうちに、怪異のうち一つが広徳寺に戻っており、
秋英の弟弟子である寛春をさらったから、さあ大変です。
秋英と妖怪たちは、無事怪異を集めなおし寛春を助けることが
出来るのでしょうか……
(感想)
ホラーテイストなちょっと怖いお話です。
妖怪が常に出まくっているしゃばけシリーズで
ホラーもなにもないもんだ、とは思うのですが、
たまに出てくる「本気でやばいやつ」が
本作にも登場します。
その本気でヤバい奴をちゃんと抑え込んでいたんだから
寛朝って実はすごいお坊さんだったんですね。
生きている間は「金に汚い」とか「坊さんらしくない」と
欲にまみれたお坊さんキャラを確立していた寛朝。
この話のテーマは「人は支え合って生きている」ですが、
寛朝亡き後になって、いかに寛朝に支えられていたか、
広徳寺のみんながようやく気付くという展開です(笑)
笑ったらいいのか切ないと思えばいいのか微妙なところではありますが
寛朝ファンの方(いるのかしら?)は彼のすごさが
よく分かるお話なのでお楽しみに。
いかがでしたでしょうか?
初期のしゃばけシリーズが持っていた妖怪たちのドタバタ劇の
魅力がたっぷり詰まった1冊でした。
徐々に成長していく若旦那たちは頼もしくもあるけれど、
たまにはこういうゆるいお話も楽しめるのは嬉しい限りです。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。