設定は地味、しかしラストの衝撃はさすがの松本清張『ガラスの城』読書感想
こんにちは、活字中毒の元ライター、asanosatonokoです。
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ガラスの城 松本清張 講談社文庫
ミステリの名手、松本清張による長編ミステリです。
松本清張の作品はどれもレベルが高く、本作もとても面白く読み進められました。
徐々に犯人へと迫っていく主人公の執念深い、丁寧な捜査が松本清張の淡々とした、しかし丹念な日本語でつづられており、期待通りの高レベル作品です。
が、本作、私が今まで読んできた松本清張作品とは全く別の印象を与えてくれる作品でもありました。
こんな引き出しも持ってたんですね……!!
それでは『ガラスの城』の意外性や作品の魅力をあらすじと感想をまじえながらご紹介していきましょう。
1.簡単なあらすじ
まずは簡単なあらすじからご紹介していきましょう。
お話はとある会社に勤めるOL(死語かな?)三上田鶴子(みかみたつこ)のひとり語りから始まります。
田鶴子が勤める会社では近々社員旅行があり、その行き先を決めるために社内は少しざわついています。
そのざわついた様子をお話の主要登場人物たちでもある社員紹介もかねて、田鶴子の視線で読み進めていくのが冒頭になるんですが、田鶴子さん、かなりの毒舌です。
同僚の女子たちに厳しいのはもちろん、他の先輩社員たちも課長を始めとする上司たちもほぼ滅多切りです^^;
この舌鋒の鋭さには呆れると共に、自分が会社勤めをしていたころのことを思い出しました。
そういえばこんなふうに愚痴りあってたころもあったなあ……
松本清張といえばリアリティを重んじる作家さんだと思っていましたが、女子社員の気持ちにまで寄り添えるとは思わなかった。
それはさておき、田鶴子による社員紹介が終わるといよいよ社員旅行のシーンに入ります。
物語の視点はこの後もしばらくずっと田鶴子の視点に留まり、社員旅行の一部始終とその間に起きた「とある事件」の成り行きを追っていくことになります。
「とある事件」というのが田鶴子たちが所属する営業二課の上司である課長・杉岡の行方不明事件です。
彼は社員旅行の夜、部下の係長2名にだけ「先に帰る」と告げ、そのまま自宅にも戻らず行方がわからなくなってしまうのです。
杉岡は社内でも順調に出世の道をのぼり、持ち前の甘いマスクで女性にもモテており、それでいて家庭に荒波が立っている様子もない、つまり人生が順風満帆にいっていた人間で、自ら失踪したとは考えにくい状況です。
これはどこかで事故に巻き込まれたか、それとも……?
社内がピリつく中、田鶴子は一人冷静に杉岡がいなくなった夜からのことを思い出し、調べ始めます。
というのも、彼女には杉岡が事故ではなく、事件に遭遇したのではないか、という大きな心当たりがあったからでした。
そんな中、ついに発見されたのは杉岡の死体。
それも絞殺され、首と両腕を切断された明らかな他殺死体でした。
杉岡の死体発見により警察の捜査も本格化していきますが、警察と同じくらいに捜査にのめりこんでいく人物がいます。
そう、ここまでひとり語りを続けてきた田鶴子です。
殺害当夜と思われる社員旅行の夜に社員たちがどこで、何をしていたのか。
そして彼ら・彼女らが表に見せている以外にどんな素顔を隠しているのか。
田鶴子は念入りにその謎を紐解いていきます。
田鶴子は真相に辿り着けるのでしょうか……?
2.いつもと違う「地味さ」
とある会社の社員旅行で起きた殺人事件を紐解いていく『ガラスの城』、主人公による丁寧な捜査と謎解きにより徐々に真実が明るみになっていく松本清張ミステリの面白さは本作にも当てはまります。
しかし、読んでいて感じたのは「いつもと違うな」という違和感でした。
何が違っていたのか?
言葉にすると悪いイメージを与えてしまいそうですが、あえて言ってしまえば本作は「地味」です。
これまで読んできた松本清張の長編ミステリでは被害者、あるいは容疑者たちが世をときめくスターや権力者だったり、実際に現実で起きた事件の松本清張なりの再解釈だったりと、登場人物たちや題材選びに「華」を感じさせるものが選ばれていた印象です。
もちろん、私も松本清張の全作品を読んでいるわけではないので断言はできませんし、短編では1人の主婦が犯罪者と逃避行めいた密会をするだけの話もあったりします。
しかしあえて長編で「地味」なシチュエーションを持ってきたな、という気がするのは否めません。
では、これが大作家によるまれにみるミスチョイスだったのか、と言われれば、最後まで読んだ結論から言えば「それは大きな間違い」です。
「地味なものには地味なりの調理の仕方がある」のだと松本清張の小説家としての卓越した力量を再認識させられました。
本作を読み切った後に素直に「これはすごい」と感嘆するほどです。
それは本作の本当の最後の最後まで読むとビックリ箱のように飛び出してくるのですが、その辺りの感想は次の項に書くとして、ここでは地味な題材をリアリティ満載に表現しきった松本清張の人間観察力に焦点を当てたいと思います。
本作の事件の中心はとある会社の、その中でも一つの課というそこまで広くはない人間関係の中で発生します。
広くはないとはいえ、その中には被害者となってしまう課の長である杉岡を始め、その下に直属する2名の係長、そして男性社員が続き、最後に女性の事務員たちが列を連ねと、主要なところで10名前後は名前とちゃんとした設定と作品に登場する意味を持たされた登場人物たちがいます。
実際に小説なりシナリオを書いたり考えたりしたことのある方にはわかると思うのですが、10人もの登場人物を動かしていくのは大変な労力を伴います。
というか、彼ら・彼女らに別々の個性を与えていくだけでもけっこう一苦労です。
キャラ立ち命のライトノベルであれば、それこそ一人一人に強烈な個性を与えてしまうこともできますし、いっそのこと極端な個性を与えられる分簡単になると思うのですが、松本清張の世界観でそれはNG。
実際に「あ、こういう人いるよね」という範囲にとどめなければなりません。
さらに、個性を与えられた登場人物たちは、常に同じ顔を見せているわけではない、というのもリアルを生み出すうえで大切です。
Aという人はBに対しては明るい笑顔を見せますが、苦手なCさんには俯いて対応するかもしれません。
誰が、誰に対してどんな対応をするのか、という微妙な人間関係の機微を松本清張はきちんと表現しきって、実際の会社で日々起きているようなリアルな人間関係を生き生きと創出しています。
人間は接する相手の人数だけ、別の顔をもつ生き物だと言われたりするほど、時と場合によって様々に自分を演出するように生きている生き物だと、私は思っていますが、どうやら松本清張もそのような考えの持ち主だったようです。
地味な設定の中にも光る松本清張の洞察力、表現力はそれだけで凄みがあります。
が、さすが大作家の松本清張。
地味な設定にしたのにもちゃんとした意図があったと、最終盤まで読むと思い知らされるのです。
3.終盤に待ち受けるのは
『ガラスの城』は二部構成になっています。
前半はこれまで見てきた通り三上田鶴子が主人公となって杉岡殺人事件の謎を紐解いていきます。
そして後半は、田鶴子からバトンタッチするように、別人が主人公となり、その人物の視点で杉岡殺人事件を改めて検証していく、という内容です。
後半はいよいよ容疑者候補も絞られてきて、主人公となった人物にも具体的に危機感を感じさせるような不穏なシーンも増えてきて……ラストに向けてどんどん盛り上がっていく小説の醍醐味を十分に感じさせるクオリティです。
さすが松本清張だなあ、と楽しんで読んで本当の最終盤、あと数ページというところ。
ここで「ええ!!?」と声を上げるほどの驚きに襲われます。
それはそれはすごい衝撃で、ここまで、今まで読んできたものをひっくり返されるような、そんなインパクトのあるものでした。
松本清張ミステリに、こんな仕掛けがあるパターンもあったのか!
大作家の引き出しの多さに驚くと共に、思い浮かんだのは当初地味だと思っていた設定や主人公たちのことでした。
この地味さは、この衝撃を幾倍にも感じさせるために選ばれたものだったのではないか。
あまり書くとネタバレしてしまうので控えますが、いつも通り、きらびやかな世界の人間たちやセンセーショナルな事件を題材にした事件でこの最後の仕掛けをしてしまうと、実は驚きが薄れてしまうのではないか、とそんな気がします。
『ガラスの城』に登場する主人公たちはあくまで、あなたの隣にいてもおかしくない一般人です。
等身大で、自分でもその気持ちが推しはかれるほど身近な存在感の持ち主たちです。
だからこそ、主人公たちの心情、謎が、葛藤が明るみに出る最終盤、明るみに出たものたちに驚くとともに「わかって」しまう。
ああ、この気持ちは自分も感じたことがあるぞ、とすとんと心に落ちてくる。
だから驚きつつも松本清張ミステリが大事にしているリアリティは一切薄れないのです。
大体、ドンデン返しものは驚くけど「マジかよ!?」って、ちょっと疑ってしまうところがありますからね……
それはそれで面白いのですが、松本清張が自分の世界観を徹底的に守りつつ仕掛けた罠、ぜひ手に取って確かめてみてほしいと思います。
いかかでしたでしょうか?
松本清張ミステリはどれもあたりだらけでそもそも面白いのが前提ですが、『ガラスの城』では新たな魅力を発見できたように思えます。
ぜひ手に取ってみてくださいね。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。
ドラマ化・映画化されるけど、結末はやっぱり原作が凄いですね。そう来るか‼️と、あらためて清張の非凡さを実感します。
コメントありがとうございます!
ほんとに、そうくるか!というラストですね。読んでて全然気づかなかったです^^;