読書感想|わかりそうでわからないもどかしさこそウリ、夜行(森見登美彦)
元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!
夜行 森見登美彦 小学館文庫
私の大好きな作家をご紹介できる時が来ました!
森見登美彦作品と私の出会いは今から約10年前、本屋に並んでいた数多くの本の中から『夜は短し歩けよ乙女』を手に取ったことから始まりました。
かわいらしい乙女と恋に臆病な先輩が京都の街で繰り広げる恋のすれ違い模様は、難解な単語で彩られているにも関わらず面白おかしく、現実の世界を描いていたはずなのに、気が付けば別世界、モリミーワールドへ連れていかれてしまう、そんな独特のユーモアな世界観に惹きこまれました。
今でも年に一回は本棚から取り出して読んでいます。
今回ご紹介する『夜行』は『夜は短し~』とはまた異なったジャンルの本です。
めくるめくモリミーワールドに連れていかれるのはこの作品も同様ですが、連れていかれるのは面白おかしい世界ではなく、霧がかった長い長い夜の世界です。
もうすぐ夜明けだと信じ歩き続けるも、なかなか曙光はささず、すぐそばの角からは今にも「何か」が顔をのぞかせそう……
ホラー作品は数多くありますが、『夜行』は王道のホラーからはずれた、現代を舞台にした怪談といった趣きの作品です。
それでは、紹介していきますね。
目次
1.おおまかなあらすじ
2.『夜行』はわかりづらい
3.『夜行』はそれでも面白い
1.おおまかなあらすじ
大橋は鞍馬の火祭を見に京都へ出かけた。
大学の時に通っていた英会話スクールの仲間たちとの旅行である。
10年前も同じように鞍馬の火祭を見に出かけた、その時のメンバーが集まるのだ。
ただ一人、その火祭の最中に行方不明になってしまった女性、長谷川さんをのぞいて……
火祭に出かける前に旅館で夕飯を食べる一行。
夕飯を食べながら、皆が語る不思議な体験の共通点は「岸田道生」という画家の描いた「夜行」という連作絵画。
尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡と異なった場所に現れるその作品群はどれも夜の街に顔のない女性が佇み、こちらに手を振っているように描かれている。
薄暗い絵に誘い込まれるように、一人、また一人と人がいなくなっていく…
いなくなった人はどこに行ってしまうのか?
いつかこの夜が明けるときが来るのだろうか?
2.『夜行』はわかりづらい
『夜行』は5つの短編で成り立っています。
サークル仲間が、過去に旅先で「夜行」という連作絵画に出会い、不思議で得体のしれない恐怖と焦燥を感じさせた体験を語る、という趣向です。
このブログを訪ねてくださる方のほとんどが、ツイッターあるいは読書メーターから来てくださった方ばかりだと思うのですが、ちらほら見る本書の感想に「わかりづらい」というものがあります。
「何かが起こっているはずなのに、その全体像がつかめない」
「最後までいけば何かわかるかと思ったけど、結局よくわからなかった」
ごもっともな感想だと思います。
そう、『夜行』はわかりづらい小説なのです。
森見登美彦先生は、主にファンタジックな作風の恋愛ものをよく書かれますが、たまに、『夜行』テイストの「もう少しで何かがわかりそうなのに結局最後までよくわからないままだった!」という雰囲気の作品を発表します。
これまでも『きつねのはなし』(新潮文庫)、『宵山万華鏡』(集英社文庫)の2作品が発表されています。(単行本・文庫本未収録の短編も合わせればもっとあります)
私も最初に『きつねのはなし』を読んだとき「よくわからないなあ」とぼやいた記憶があります。
『きつねのはなし』も短編集なのですが、一つ一つの話に出てくるモチーフや人物が少しずつ繋がっていて、全体を通すともやもやとした設定が浮かび上がりそうになるのですが、実態はつかめないという作品です。
『夜行』によく似ていますね。
作品を理解できないのは読み込みが足りないのかしら?
そう思われた読者さんもいると思うのですが、安心してください。
「わからない」、その感覚が大切な作品なのです。
森見登美彦先生曰く、「確かに現実の世界とは異なるシステムがそこに存在するはずなのに、それがなんなのかはわからない、つかめない。そこに僕は怖さを感じる」
このような主旨のことをおっしゃっていました。
『夜行』はジャンルで言えばホラーに属すると思います。
しかし、角川ホラー文庫に代表されるような、恐ろしいものがわかりやすく襲ってくるタイプの恐怖を描いているわけではありません。
正体も目的もわからないまま、巻き込まれてしまい、いつの間にか通り過ぎ去ってしまう、何か。
後に残るのは確かに体験したという実感と、それにしてもあれはなんだったんだ?という疑問ばかり……
その不可解さこそが、森見先生の描きたかったものなんだと思います。
人は不思議なものに本能的な恐怖を感じます。
だからこそ、あの手この手でその不思議に理由を与えて理解可能なものにしようとします。
昔の妖怪なんかが典型的な例ですね。
そして、森見登美彦先生のホラー作品に対しても、読者はどうにか理解しようと読後、あーでもないこーでもないと、作品の裏にある設定をこね繰り上げようとしてしまうことでしょう。
それこそ、作者の狙い通り、かもしれませんね。
真相は作者の頭の中にあるのみ……
3.『夜行』はそれでも面白い
よくわからない、という感想こそあれ、 直木賞候補にもなった作品だけあって、 どこか惹きこまれる魅力を持っているのが『夜行』の不思議なところです。
面白さを感じさせる本には、いくつかのルールに則って書かれていることが多いですが、わたしなりに考えた面白い本の共通点を紹介したいと思います。
その共通点とは、本の最後まで事件が起こり続けること、です。
なんだー、そんなことかーと思われるかもしれませんが、多くの作品を読んでいると、中だるみを起こしたり、後半に息切れになってしまったような作品が存在します。
そういう本の共通点は、その本の中で説明すべきことを、事件に絡めずに淡々と書いてしまっていること、だと思います。
『夜行』の 第一夜、尾道の章を見てみましょう。
途中に、尾道の章の主人公である中井さんと、行方不明になる前の長谷川さんが尾道を探索するシーンがあります。
このシーンは、数少ない生身の長谷川さんが登場する貴重なシーンでもありますし、と、同時に読者に中井さんの性格を示唆する重要な役目を持っています。
二人が会話を交わしている中で、長谷川さんの口から、中井さんの性格に対する感想(指摘と言ってもいいかもしれない)がもたらされます。
仲のいいはずの二人の会話としては妙に辛辣なセリフで、この会話自体が小さな事件と言ってもいいほどの印象を読者に与えます。
そして、これまで”良い人”の印象が与えられてきた中井さんの、影の部分が色濃く残るのです。
このシーン自体はとても短いものですし、実はカットして、中井さんと長谷川さんは尾道に来たことっがあった、くらいの記述で済ましても問題ないといえばないです。
でも、敢えて小さな事件に仕立てて効果的に使うことで、中井さんの性格がすっと読者に染みこむのです。
こうして、ちょっとした記述のために大小さまざまな事件を起こして物語を構成していく、すると、物語を通して先が気になり、続きを読みたくなる感覚、”面白い”という感想につながるのだと思います。
いかがでしたでしょうか?
『夜行』は正体が掴みづらく、何度読んでも違った解釈が生まれそうな味のある作品だと思います。
一読してよくわからなかったな、という感想の方も、解釈を組み立てた方も、再読を重ねて楽しんでいってくださいね。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!