「美」がすべてを狂わせていく…読み応え抜群の京都小説『異邦人』読書感想

元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!

今回ご紹介する本はこちら

異邦人   原田マハ  PHP文芸文庫

異邦人と書いて「いりびと」と読ませます。これは京都独自の読み方だそうです。

『異邦人』は京都を舞台にした小説で、 「美」がいかに魔性を秘めたものであるかということ、そしてその魔性にとりこになった一人の女性の変貌をえがいた作品です。

よく小説では主人公の「成長」をえがくものですが、本作でえがかれているのは決して成長ではありません。「変貌」もしくは「脱皮」とでも表現した方がしっくりきます。

いろいろな人間の運命を狂わせていく「美」の狂騒に、しびれたような余韻が残る作品でした。

それでは、あらすじと感想をまじえなかがらご紹介していきましょう

1.おおまかなあらすじ

『異邦人』は京都を舞台にした1組の夫婦が主人公のお話です。

東京の老舗画廊の跡取り息子である一輝。

美術愛好家であり私設美術館を持つ有吉家の娘である菜穂。

この2人の間に新しい命が授かった直後からお話が始まっています。

その頃、日本は未曽有の大災害に襲われた直後でした。東日本大震災。東京に在住していた一輝と菜穂は放射能の影響を心配して菜穂を京都へと避難させることにします。

京都に1週間、2週間、そして1カ月とホテル暮らしを続けるうちに、寂しさが募り不満タラタラの菜穂。彼女は京都の町に馴染めない自分を「異邦人」のようだと感じます。

閉じこもってばかりいてもしかたないと、菜穂は以前も作品を購入したことがある画廊に出かけます。

そこで菜穂は運命の一枚に出会ってしまいます。

応接間に飾ってあった小さな青竹をモチーフにした絵。

それに心を射抜かれた菜穂はその場で絵を購入することを決めてしまいます。菜穂は作者にも興味を持ち、画商に「この絵の作者は誰?」と尋ねます。

「まだ無名、それどころか画壇デビューもしていない新人の作品」だと教えられた菜穂。

その新人とは誰なのか? 彼女は強く惹きつけられていくのです……

2.すべてが危ういバランスの上に

運命の「美」に出会ってしまった菜穂。この後、物語は「無名の新人画家」の存在を巡って、少しずつ菜穂と一輝の運命が歪んでいく様子を克明にえがいていきます。

その様子は徐々に勢いを増す渦のごとし。気が付けば濁流にのみこまれそうになって息もつけない、そんな胸を締め付けられるような展開が待っていました。

しかし、後半の息苦しさを予感させる展開は序盤からしていました。そもそも物語開始の時点で一輝と菜穂を取り巻く環境は「不安定」の一言に尽きます。

まず、一輝たちが属する美術界そのものが揺らいでいます。東日本大震災直後ということで、日本は完全な自粛モード。私もそのころ、東京在住でしたが節電や様々な行事の中止・延期にと、心も町の雰囲気も沈んでいたことを思い出しました。高価で生活必需品でもない美術品は買い控えモードになり、海外からの投資も冷え切ってしまいます。一輝の家業である画商も売り上げが急減、菜穂が副館長を務める私設美術館も開店休業状態へと追いやられます。当然、このような状況は彼等2人の経済状況をあっという間に圧迫するようになり……

これがまた、物語の中盤以降で思わぬ火種を生むことになります。

火種といえば最初からくすぶりの黒煙を上げているのが菜穂とその母・克子の関係です。この2人、母娘ですしよく似たもの同士なんですが……それだけに波乱の予感しかしません。2人の性格は一言で言えば「自己中心的」。「地球は」とまでは言いませんが、「私の周囲は私を中心に回っている」と信じて疑わないタイプの女性たちです。さらに男性の好みも似ているのか、菜穂の夫である一輝を克子は結婚前から大層気に入っている……という少々気味の悪い設定がついています。一輝は克子の想いに気づいていますし、菜穂もまた克子の一輝への執着に勘づいているという、不穏すぎる状況です。

いつ転がってもおかしくないぐらぐら状態のコマ。『異邦人』はいつそのコマが止まってしまうのかをハラハラとしながら読むことになります。

正直、私はこういう作風が苦手なので序盤は読む手は止まりがちでした。しかし、後半に向かっていくと苦手意識を吹っ飛ばすほど、とある人物が勢いを増していくのです。

3.蝶となったか、蛾となったか……

後半に向かって勢いを増していくとある人物。それは菜穂です。

物語開始時点の菜穂の印象は「箱入り娘のお嬢さん」です。資産家の家に生まれ、何不自由なく育てられたために自己中心的で世間知らずなところがある女性で、これから母親になるというのに「お腹の中にもう一つ生き物がいるなんて少し気味が悪い」と思うような精神年齢の低さ。これからどう生きるにしろ、少し心配になってしまう女性です。

その菜穂が、運命のいたずらで単身、京都へ向かい、そこで無名の新人画家に出会ったことで、少しずつ様子が変わっていきます。

新人画家の才能と、画家自身のはなつ不思議な魅力のとりこになっていく菜穂。どうにかして新人画家の才能を自分の手で世に知らしめたい、そして自分のコレクションに彼女の作品を加えたい……新人画家への執着心が育っていく様子は「何らかの破滅」を予感させて、これもハラハラさせてくれます。

と、同時に私は菜穂のことを「悲しい女性」だなとも感じていました

菜穂が生まれ持った審美眼は確かなもので、彼女が才能に恵まれた優秀な女性でもあることはよく伝わってきます。しかし、菜穂がその才能を十分に発揮できる人生を歩んでいるかというと、それは違うのです。菜穂はあくまで「箱入り娘」、両親と夫の持つ金と権力が無ければ、彼女の大好きな美術品を買うことはできません。それどころか、明日食べるご飯にも実は困る立場なのではないか、と思わせるくらい、実は彼女の環境は両親と夫に支配されています。そしてそれは、菜穂が入れ込む新人画家の置かれた環境も同じで、2人は自由に羽ばたくことが出来ない才能豊かな人間、という点で一致しているのです。

なので中盤くらいまでは、菜穂と新人画家という立場も精神も似通った2人が悲しく共鳴し合う物語だと、そんな風に本作をとらえていたのです。

しかし。

後半に入ると物語は思わぬ方向に一気に加速しだします。

その中心にいるのが、菜穂なのです。

菜穂はこれまでの「箱入り娘」から大きな変化を遂げて、物語のスピード感をぐんぐん押し上げていくようになります。

小説は主人公の成長を表現するものだ、とよく言われますが、本作に関しては断じて「成長」ではないと私は思います。菜穂の変化は「変貌」、あるいは「脱皮」という言葉がふさわしい。元々、菜穂の中に秘めていた激しさ、情熱、怒り、したたかさ……そういったものが膨れ上がり一気に表に噴出したような印象を受けました。

本作のもう一人の主人公である一輝と、どちらに感情移入するかで作品から受け取る感情も、読後感も、まるで変わってくるかなと思います。

菜穂が「脱皮」して「蝶」となったか「蛾」となったか、読んで人次第だと思いますので、ぜひ、自分の答えを読んで探してみてほしいと思います。

ちなみに私は「蛾」になったと感じた方でした(笑)。菜穂ちゃん、けっこう毒々しいです。

4.美しくほの暗い、京都の美

本作のメインは菜穂と一輝の物語ですが、もう一つの主役といってもいいくらい、本作を美しく彩っていたのが「京都の美」です。

かくいう私、京都が大好きです! お寺や神社が元々好きだというのもありますが、あの美しく奥ゆかしさを感じさせる町の雰囲気に、彩り美しい数々のお土産やお菓子(笑) 何回訪れてもまた行きたくなる魔性の魅力を感じます。

これまでも京都を舞台にした小説はよく読んでいて、その代表格が森見登美彦さんや万城目学さんの作品です。夜の京都の町の怪しいきらめきや、どんな不可思議なことが起きてもおかしくなさそうな京都の懐深さを面白おかしく、時に馬鹿々々しく表現してあり、お2人の作品は大好きです。

しかし、『異邦人』を読むと、お2人の表現した京都の姿は「陽性」の部分だったんだなとわかりました。

よその土地からきた「観光客」でもわかりやすい京都の「美」が森見登美彦さんと万城目学さんの京都だとしたら『異邦人』で表現されたのは「陰性」の部分、京都の町に深く入り込んだものにしか見せない「美」の部分です

本文中にも度々出てきますが京都という町は「鍵」を持っていない人にはそう簡単に門を開きません、しかし「鍵」を持った人にはいとも簡単にその裏口を開く、という秘め事めいた一面があるようです。裏口から覗かなければ存在すらうかがい知ることのできない「京都の美」。本作はその少し後ろめたさも感じさせるような、京都の秘めた美も美しい表現と共にたぶんに紹介されていました

読んで「ああ! 京都にまた行きたい!」と思いました。が、いったところで「異邦人」の私には登場人物たちが経験するような京都の秘め事は見せてくれないんだろうな……そんなもどかしさすら感じます。

しかし、そんな風に思わせるほど、京都の魅力を伝えてくれる原田マハさんの文章力がすごいんでしょうね。


いかがでしたでしょうか?

「美」に翻弄される人々の悲喜こもごもを克明に表現した『異邦人』。読み応えのある作品だけに、元気がない時に読むのはあまりおススメできません^^; ガッツリ「読書したい!」モードの時が最適です。ぜひ手に取ってみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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