もしこれが現実になったら……?究極のもしもをえがいた作品『半島を出よ』読書感想

元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!

今回ご紹介する本はこちら

半島を出よ  村上龍  幻冬舎文庫

「もしも」を書くのが小説です。

「もしも賢い三毛猫がいて飼い主の刑事の推理を手伝っていたら?」

「もしもレオナルド・ダ・ヴィンチが名画の中に暗号を残していたら?」

こんなワクワクするテーマを見つけるのが小説家の仕事といえます。

では本書は……?

本書が選んだテーマは究極の「もしも」です。しかも、決してワクワクはできません。

現実にはこんなことが起きませんように、しかし頭と心の中ではこんな残酷な現実もあり得るのだと、刻んでおくべきかもしれません。

それでは、本書がどんな「もしも」を書いたのか、あらすじや感想をまじえながらご紹介していきましょう。


1.おおまかなあらすじ

小説の舞台は2007年、経済大国の地位から転落した仮想・日本が舞台です。

日本海を挟んだ隣国・北朝鮮ではとある作戦が産声をあげていました。

北朝鮮の工作員たちが福岡市内に潜入し、市民を人質にとって占拠するというもの。

作戦名は「半島を出よ」。

そして作戦は実行され、本当に福岡の一部が北朝鮮軍によって占拠されてしまいます。

日本政府の対応は後手にまわり、マスコミは的外れな危機感をあおるばかり。

福岡市民は突然の恐怖に怯え、北朝鮮軍との共存をはかるか、もしくはただひたすら恐怖を押し隠して日常をおくるしかありません。

しかし、北朝鮮軍の占拠地のほど近くに、不思議な集団がいました。

名前はリーダー格の男の名前をとって「イシハラグループ」。

社会からはみ出してしまった凶悪な過去を持つ少年たちが寄り集まって暮らしているイシハラグループは、北朝鮮軍に対して興味津々。

福岡の、そして日本の運命は、知らぬ間にイシハラグループにゆだねられることになるのです……

2.逃げられない現実

『半島を出よ』は2005年に発表された作品ですが、今読んでもなお、古臭さを感じさせない、むしろ「起こりうるかもしれない未来」を予言しているようで、不気味なリアリティを持つ作品だと思います。

数多くの小説を読んで、いろいろな「もしも」を見てきましたが、こんなに危機感をあおる「もしも」は珍しいと思います。

この記事を書く少し前に、読んだ絵本の影響もあったため、この作品の持つ怖さがより引き立って感じられたせいもあると思います。

その絵本は『にげて、さがして』(ヨシタケシンスケ、赤ちゃんとママ社)です。

Twitterでも評判になっている作品で、「嫌な人からは逃げて、自分の好きな人・好きなものを探そう」というシンプルだけど、人生において大事な教訓を示した内容になっています。

そう、大体の現実は「逃げる」ことが選択肢の中に入るんです。

ところが、『半島を出よ』にえがかれたのは逃げようもない理不尽な現実です。

しかも、この記事を書いている現在(2022年2月)は、新型コロナウイルスが世界中で大流行の真っ最中です。

そのおかげ(?)もあって、「本当に逃げられない現実」というのはあるのだ、と身に染みて実感している最中でもあり、「本当に『半島を出よ』のような事態が起こったら、どうなるんだろう?」と真剣に考えさせられました。

そして、『半島を出よ』では、「北朝鮮軍が日本の一部を占拠したら?」という「もしも」に対して、さまざまな立場の人間が見せる反応を書いていくことで、物語が進んでいくようになっています。

3.主人公不在の物語

『半島を出よ』には主人公が存在しません。

いわゆる「群像劇」という演出方法をとっています。

本を開くとまず目に入るのが巻頭の「登場人物紹介」なのですが、そこに書いてある人物名の多いこと多いこと……そして実に種々雑多な肩書をもった人々がひしめいています。

総理大臣に閣僚、霞が関の官僚たち、マスコミ、一般人、そして北朝鮮軍の兵士たち……

誰が誰だかわからなくなりそうですが、本文中では登場人物たちそれぞれの過去がや個性が書き込まれ、「どんな人物なのか」がきちんとイメージできるので、そこまでの混乱はありません。

多くの登場人物たちに交代でスポットライトを当てながら、『半島を出よ』で起きた「もしも」に対してみせる様々な反応を書くことで物語は進んでいきます。

そして読んでいくうちに、奇妙な感覚を味わうことになりました。

「この人の考え方に自分は近い」「自分が慌てた時の反応がこの人に似てるかも……」と共感を覚える人物が数人、見つかるんです。

つまり、小説世界の「もしも」が現実になったら、「自分がとるであろう反応」が既に小説の中に存在している! という……

村上龍の人物描写がすごすぎるというか、

すごすぎて逆に怖いというか……

言葉では表現しにくい居心地の悪さのようなものを感じました。

おそらくそれは、恐怖の「もしも」を書いた小説の中に自分と似た人がいるという気味の悪さと、あとは登場人物たちの置かれている状況の切迫度が高いせいかと思います。

登場人物たちは実に様々な反応を見せてはいるんですが、それは選択肢が豊富にある、ということではないんです。

むしろ登場人物たちのとれる選択肢は多くて2つ、ほとんどが1つしかない、という状況に陥っていることが多いんです。

命がかかっている状況で、とれる選択肢はそう多くはない、どころか、極端に限られてしまうのです。

選択肢が豊富にあるという状態が日常だからそれを当然と思っていましたが、本作品を読むと「選択肢が豊富にある=平和」な世界に生きている証拠ではないか、と思うようになりました。

しかし、多くの登場人物がそんな切迫した現実に囚われている中、複数の選択肢を持つ、という自由に恵まれた集団がいます。

それが、物語の運命を握ることになる「イシハラグループ」の人々です。

4.イシハラグループとは

イシハラグループは福岡の片隅で集団生活を営む集団です。

リーダー格であるイシハラと、彼を慕って集まってきた少年たちが寄り集まって生きています。

彼らはいったい何者なのか?

ひとまず作者が巻頭にまとめてくれている登場人物紹介を読んでみると……まあ、これがひどい。

人物紹介というよりは、犯歴紹介です。

イシハラも含め、グループに属する者たちの凶暴性がよくわかる内容になっています。

そう、彼らはどこの施設でも扱いかねるような社会のはみ出し者たちなんです。

そんな彼らが、何故危機的な状況にあって比較的自由に恵まれているのか、その理由は物語の中でイシハラグループのメンバーが語ってくれています

この理由は他に出てくる日本人たちの自由が奪われてしまっていることの説明でもあり、「確かにそうかも」と思わせる説得力のある理由でした。人間世界に対する鋭い洞察が多い『半島を出よ』の中でも、印象的な名文だったと思います(文庫本上巻の253ページ辺り)。

私たちは社会のルールのなかで自由に生きていますが、社会のルールからはみ出してしまうと自由を奪われるという罰を課されるのが、現代社会です。

しかし、社会ルールが変わってしまうと、自由の在り方も当然変わってしまうわけで、それまで自由だった人間はとたんに混乱してしまうわけです。

では、元から不自由という枷をつけられていた人達はどうなるのでしょう……?

不自由さの中で生きてきた彼等だからこそ、社会ルールの激変に耐えることができたというのは、なんとも逆説的です。

そして、いざとなった時、自分は確実に弱者にまわるということも実感させられてゾッとする思いでした。

イシハラグループが登場すると、必ずと言っていいほど、残酷だけれどもこの世の真理を突いたような名文が出てきます。本作の奥深さを感じさせる部分なので堪能してみてください。

5.いくつもの印象的なシーン

『半島を出よ』にはいくつもの名文、名シーンが登場します。

特にイシハラグループのリーダー格・イシハラの言葉は、言っていることは一見めちゃくちゃだけど、実は人間の本音やこの世の真理を突いたような名文が多いので、幼稚な言葉に惑わされずによく読んでみてほしいと思います。

私が特に感銘を受けたのは文庫本上巻の113~114ページです。

イシハラ独特の表現で多数派が優先される人間世界への反論が繰り広げられます。学校や職場といった小さなコミュニティでも、数の暴力を経験したことのある人は多いでしょう。一部、頷きかねる部分もありますが、少数派を擁護するイシハラの言葉は「だからこの世の中から暴力は消えないのか」と説得力があります。

もう一つ、今度は印象的なシーンをご紹介しておきます。

物語も終盤の辺りに、北朝鮮軍の女性の過去が明かされるシーンがあります。彼女は軍に入る前、一人の母親として暮らした時期がありました。しかし、国内の食料事情は最悪で、母子の暮らしの貧しさは日本という国で暮らしていると信じられないくらい悲惨なものです。

私も一人の息子を持つ母として、我が子にこんな思いをさせることになったら……と思うと、悲しさ、悔しさ、憤りで奥歯を噛みしめて読んでいました

毎日温かいご飯とお風呂と布団……日本昔話のエンディングテーマではないですが、それはとても幸せなことなのだ……と思い知ります。

『半島を出よ』は小説なのでフィクションです。

しかし、この小説を書くにあたって、作者である村上龍さんは取材をしまくったそうです。

取材相手には絶対に名前を公表できない方もいらっしゃったとか。

つまり、小説の中で何気なく書かれているエピソードや社会の現状などは、実際の取材に基づいているということです。

小説でありながら、ドキュメンタリーとしての一面も持つ作品、それが『半島を出よ』です。


6.『半島を出よ』には前日譚がある

『半島を出よ』には実は前日譚ともいえる作品が存在します。

タイトルは『昭和歌謡大全集』です。

どんな小説なのか、タイトルからだけでは想像もつかないと思いますが、一言でまとめると「若き日のイシハラたちと、敵対するおばさんグループの報復合戦」です。

若き日のイシハラは仲間たち(福岡にいるメンバーたちとは違う)としょっちゅうつるんで遊んでいます。

ある日仲間の一人が、たまたま見かけたおばさんを殺してしまい、それに逆上したおばさんグループがイシハラ達に報復のための殺人を犯し、それに怒ったイシハラ達がさらに……と報復の連鎖が続き、どんどん過激になっていく様をえがいた作品です。

この作品を読まなくても『半島を出よ』は十分楽しめますし理解できますが、『昭和歌謡大全集』はこれはこれで、世界のどこかで起きている現実を日本で再現したような内容になっており、底知れぬ恐怖と不安を感じさせる名作です。

文庫本サイズで全250ページ前後とそんなに長くもありませんので、こちらも手に取ってみてください。

暴力はさらなる過激な暴力しか生まない、その恐怖が味わえます。


いかがでしたでしょうか?

『半島を出よ』をまとめると

  • 過酷な「もしも」を書いた作品
  • 多数の登場人物による群像劇
  • 社会ルールの激変による人々の混乱
  • 社会のはみ出し者たちの強さ
  • 小説でありながら取材に裏付けられたドキュメンタリー性もある

こんな良さを持つ名作だと思います。

ブ厚めの文庫本上下2冊分と、ボリュームはありますが、話自体も先が気になる面白さですし、感情を大きく揺さぶってくる名シーンも連発ですので、けっこうあっという間に読めてしまうと思います。

見かけたらぜひ手に取ってみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です