読書感想|きめ細やかな心情表現が素晴らしい(博士の愛した数式、小川洋子)

元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!

今回ご紹介するのはこちら↓

博士の愛した数式 小川洋子 新潮文庫

読んでいなくとも、映画で観た、という方もいらっしゃるのではないでしょうか?

同タイトルの映画は2006年に公開され、日本アカデミー賞の主演男優賞を

受賞しています。

私も観ましたが、素晴らしい映画だったと記憶しています。

確か映画を先に観た後に、原作小説を読む、という順番だったはずですが、

映画はちょっとだけ小説よりも踏み込んだ解釈を付け加えただけで、

原作を忠実に再現していました。

小川洋子さんとはジャンルでいえば ”純文学” にあたるため、

原作小説を読むのは敬遠してしまっている…という方、

この作品に関してはエンタメ小説並みに面白い!と保証します。

映画では描き切れない、主人公である家政婦の感情の変化も

小説では丁寧に書き込まれていますし、

数多く出てくる数式の意味も、セリフで聞くより書いてある文章を

読んだ方が分かりやすいと思います。

それでは、まずはあらすじからご紹介しましょう。

(おおまかなあらすじ)

家政婦として働く主人公が新しく通うことになった家は変わっていた。

母屋には未亡人が一人住み、その離れに通うことになったのだが、

未亡人からしてみれば義理の弟にあたるその老人は、

昔あった事故のせいで記憶が80分しかもたないという。

主人公は不安に思いつつも仕事を始める。

初めてあったその老人がかけた言葉は

「君の靴のサイズはいくつかね?」

という風変わりなものだった。

「24」と答える主人公に、24という数字の持つ

美しさを語る老人。

老人は事故にあう前、数学者として研究しており、

数学をこよなく愛し、知らない人と出会ったときや

不安を感じたときに、数学に関することを尋ねたり

考えたりすることで不安を和らげていたのだ。

主人公は老人を ”博士” と呼び、彼の語る数学の世界に

次第に惹きこまれていく。

博士は子供好きであり、主人公に幼い息子がいるとわかると

鍵っ子はやめさせ、博士の家に連れてくるように言う。

息子に会った博士は、その頭をなで、”ルート” と呼び、

とても可愛がってくれる。

主人公と博士とルートは、数学と、

ルートと博士が大好きな野球で交流を深めていく。

ある日、野球観戦に出かけた主人公たちだったが、

外出に慣れていない博士はその夜高熱を出してしまう。

離れに泊まり看病をする主人公だったが、このことがきっかけで

博士の家政婦をクビになってしまう。

博士と離れても、彼が語った数学の世界を懐かしんでいた主人公の元に、

ある日ルートが博士の家に勝手にお邪魔してしまったという連絡が届く。

慌てて博士の家に向かうと、博士、未亡人、ルートが待っており、

そのまま未亡人と主人公が口論を始めてしまう。

ルートの気持ちを心配した博士が、とある数式を示しその場をおさめると、

再び主人公は博士の元で家政婦として働くこととなった。

ルートの誕生日と博士の数学懸賞の獲得を祝うパーティーを行い、

ハプニングがありつつも、お互いを祝う気持ちであふれた夜を過ごし、

それが博士と過ごす最後の夜になった。

博士の80分しかもたない記憶はもはや1分ともたず、ずっと過去の

ことしか思い出せなくなってしまった。

博士は施設に移り、未亡人が介護をし、たまに面会に行く

主人公とルートの交流はその後も長く続いたのだった。

この小説の魅力は、博士が語る数学の美しさに主人公が惹きこまれ、

息子のルートも巻き込んで3人の心の交流が深まっていく過程にあります。

主人公は最初、博士の語る数学に興味を示しつつも、風変わりな老人である

博士とは心の距離が空いていました。

しかし、ルートと博士が出会い、3人で日々を過ごすようになると、

少しずつ、主人公は博士のことを慕うようになっていきます。

その気持ちは恋愛でも友情でもなく、博士のもつ父性に惹かれていたように

思えます。

風変わりな老人から信頼すべき男性へ、そして尊敬する父親像へと

少しずつ変わっていく主人公の心の変化は文章中の随所にみられます。

主人公の心の変化から、私が印象に残った箇所をご紹介します。

その箇所は物語も後半に入り、

いったん主人公が博士の家政婦をクビになった辺りで、

ちょっとした事件が起こります。

この時の主人公たちは一緒に野球観戦に行こうと思うほど、心の距離が

近づいている状況にあります。

ちょっとした事件というのは、シングルマザーである主人公の息子の父親が、

研究成果を認められ、受賞した旨が新聞に掲載されているのを

主人公が発見する場面です。

父親は2人が付き合っていた当時大学生で、

別れた後は研究者として人生を歩んでいたことがこの時に判明します。

当然、心穏やかではいられない主人公、その新聞記事を最初は

くちゃくちゃにして捨ててしまいます。

しかしその後すぐに拾い、広げ直してからたった1枚とってあった

彼の写真と一緒にしまっておくことにするのです。

博士と出会い、その人格を深く知る前であれば、主人公は新聞記事を

拾い直したりはしなかったでしょう。

ですが、彼女は既に博士を通して研究という道がいかにけわしく、

長く、努力を積み重ねて行われるものであるかということを

知っています。

博士の家にうずたかく積まれた数学の研究ノートの存在を知ってしまった

彼女には、複雑な思いが交錯するかつての恋人であっても、その研究成果に

敬意を払わざるを得ない心境になっていたのです。

この場面は短く、ページ数にして1ページ分あるかどうかの分量です。

一見、本筋とは無関係ですし、

さっと読み流してしまいがちな部分かもしれませんが、こんなところにも

主人公の心境の変化が丁寧に織り込まれていると感じられました。

最後に、映画と比較した印象を記しておきます。

といっても、見たのは10年以上前なのでうろ覚えではあるのですが…

映画は概ね小説を忠実に再現していました。

ただ、一か所踏み込んだのが、未亡人と博士の関係です。

博士の兄の奥さんが未亡人なので、義理の弟と姉の関係にある2人ですが、

博士の兄は昔に亡くなっており、母屋と離れで別の空間で暮らしているとはいえ、

同じ敷地内に同居しているという不思議な関係です。

この2人の関係を示唆するものとして、未亡人が時にみせる主人公への

嫉妬めいた振る舞いや、昔の写真に仲睦まじく写っている若き日の2人の

様子を見るに、おそらく恋愛関係だったと思われます。

それがどれくらい深いものであったのか、博士の兄が存命中の時に

始まったものなのか、小説の中では明らかにはなりません。

ただ、映画ではそこを踏み込んで、博士の兄の存命中からの

関係であった…と示唆されていたように思えます。

そして、未亡人は主人公に、まだ博士を愛しているという気持ちを

暗に示すようなセリフがあったと記憶しています。

個人的には、未亡人と博士の関係はメインストーリーに深みを出すための

ものであり、小説くらいの仄めかしで充分読者には伝わるので、

映画まで踏み込まなくともいいかなあと思うのですが、

どうでしょう??


いかがでしたでしょうか?

『博士の愛した数式』を読んだのは2回目で、

1回目に読んだときには気づけなかった心情の書き込みが

たくさんあったように思えます。

読むたびに少しずつ深まっていく、そんな作品でもあると思いますので

ぜひ手に取ってみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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