読書感想|あなたで納得です、月の影 影の海(小野不由美、十二国記)
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月の影 影の海 (上下巻) 小野不由美 新潮文庫
十二国記のエピソード1ですね。
2019年末に『魔性の子』を読み、すっかりその世界観に魅了されてしまった十二国記、本編を読み始めました。
読んでみての感想は、読み始めてよかった! に尽きます。
長期シリーズは買うのに勇気がいるんですよ、集めるのに根気も費用も要るので。
そのため、なんとなく敬遠していた十二国記でしたが、読んで正解でした。
素晴らしい作品に出会うと、作者と作品と同時代に生きている幸せを感じます。
この先のシリーズを読むのも楽しみですね。
ちなみに、タイトルは読んだことのある人には何のことを言っているのか分かるようにつけたつもりです。
それでは、これ以降、ネタバレありで内容をご紹介していきますね。
目次
1.おおまかなあらすじ
2.前半で小野不由美らしさ、爆発
3.魅力的で、納得感のある登場人物たち
1.おおまかなあらすじ
気弱で優等生な女子高生、陽子は自分に襲い掛かろうとする化け物の群れが日毎に近づいてくる夢に毎夜苦しめられていた。
ある日陽子の前にケイキと名乗る男が現れ、同時に夢に見たのと同じ化け物たちの襲撃を受ける。
ケイキは「あなたをお守りするためだ」とだけ言い、異世界へと連れ去ってしまう。
異世界で独りぼっちになってしまった陽子は、ケイキから渡された剣だけを頼りに、元の世界に戻るため、ケイキを探そうとする。
しかし、異世界の人々にはことごとく裏切られ、化け物たちからも執拗に襲撃を受け、陽子の心はどんどん荒んでいく。
極度の疲労と飢えでついに動けなくなってしまった陽子だが、一匹の大きなネズミの姿をした楽俊という名の半獣の男性に助けられる。
楽俊の助言に従い、雁国に向かおうとする陽子たちだが、途中、化け物の襲撃に遭い、陽子は楽俊を見殺しにしてしまう。
楽俊を助けなかったことを心から悔いる陽子は、それでも独力で雁国まで辿り着くことに成功する。
そこに楽俊に再会でき、楽俊の公平で情け深い思いやりに、陽子の堅い心が解けていく。
雁国の王に会い、陽子は元の世界に戻る方法を探ろうとするが、実は自分が楽俊たちの世界の生まれで、十二ある国の王の一人に選ばれていたことを知る。
元の世界に戻るのか、それとも王となる道を行くのか。
悩みぬいた末に陽子は王となる道を選ぶ。
そして、ケイキとの再会を果たし、王として即位する。
2.前半で小野不由美らしさ、爆発
十二国記シリーズは、元々はライトノベルとして出版されたそうです。
確かに、言われてみればそのストーリーは王道ファンタジーそのものなんですよね。
「あなたは選ばれた」と言われて異世界に連れ去られ、【なんだかんだ】あって王になる。
抜き出すとステレオタイプな中二病の妄想みたいですね。
しかし、 【なんだかんだ】 の部分がすごいんです。
あらすじでは非常にさらっと書きましたが、陽子は前半、つまり文庫本一冊分丸々、散々な目という言葉でも足りないくらい、酷い経験をします。
人に会えば騙されるか、追い掛け回されるか、捕まえられ死刑にされようとするか
路を歩けば化け物たちに襲われ続け
休む暇もなく、食べるものにも困る
陽子は見知らぬ異世界で生死を賭けたサバイバルを独りぼっちで切り抜ける羽目になるのです。
今までに小野先生の作品は『屍鬼』と十二国記シリーズの一冊『魔性の子』を読みましたが、どちらも「小野先生人間嫌いなのかな!?」と思うくらい人間は酷薄な生き物として書かれています。
本書の前半で陽子が出会う人間はろくでもない人間ばかりで、小野不由美らしい人物描写ばかりです。
陽子が出会う人間たちも酷いですが、陽子自身もどんどんと荒んでいきます。
異世界に来る前は大人しく優等生な感じの普通の女子高生だったのに、最終的に生き延びるためならなんでもやってやる、と自分の中にも利己的な化け物が住んでいたことに気づきます。
唯一親切にしてくれた楽俊ですら見殺しにするか、それともいっそのこと殺してしまおうかと悩むくらいですからね。
ジェダイの騎士からダークサイドに落ちるルーク・スカイウォーカーを彷彿とさせます。
『月の影 影の海』の前半は自分のためならどこまでも残酷になれる人間を描き、小野不由美らしさ、爆発です。
これだけ書くと、前半はあんまり面白そうじゃないなあと思われそうですが、意外にも、読み進むペースは落ちません。
なんでかな? と理由を考えてみましたが、陽子が残酷な経験をするたびに、徐々にたくましく(ふてぶてしく?)なっていく過程がしっかりと描かれているおかげだと思います。
物語の最初の陽子は、異世界で生き抜けるはずがないと本当に頼りない。
それが、知恵を回して逃亡を図ったり、泥棒を企てたり、修羅場を切り抜けるために剣をふるうことに躊躇がなくなって…と
異世界サバイバルにふさわしいバイタリティを増していくのです。
心細かった陽子の一人旅は、少しずつ「これならなんとかなるかもしれない」と読者に安心感を与えるものに変化を遂げていきます。
状況は悪化するのに、陽子のメンタルが強化されるので安心感は増すという、不思議な反比例が起きるんですね。
この辺のバランス感覚が読みやすさの秘密なのでは、と思います。
3.魅力的で、納得感のある登場人物たち
物語が後半に入ると、一気に加速します。
楽俊の助力のおかげで陽子を取り巻く状況は改善され、 陽子は王となるべく選ばれ、異世界にやってきた、という理由が明らかになるからです。
普通の女子高生が一国の王様になる、というのは典型的ながらも魅力的な設定です。
魅力的、ですが、普通に考えて、日本の女子高生が王になるなんて、不安でしかないですよね。
そんな重圧、大丈夫なの?と。
しかし、陽子が王に選ばれていると知った時の読者の感想は「わかるわかる」だと思います。
前半の息苦しいまでの残酷な描写が、ここで生きてくるのです。
雁国にたどり着くまでの間、生死を賭けて生き抜いてきた陽子のメンタルは強靭になり、自分に対しての洞察が鋭くなっています。
自分は、残酷であり、生き残るためならなんでもしてしまう可能性のある化け物だと陽子は冷静に自分を受け入れています。
ただ優しいだけでもない、残酷な面ばかりでもない、清濁併せ吞む人格が陽子には備わったと、読者には十分伝わっています。
タイトルにも書きましたが、「あなたで納得です」と読者はすんなり受け入れることができるのです。
そしてもう一人、大事な登場人物、楽俊も魅力的で、陽子を支えるに相応しい性格として描かれています。
この楽俊も育ってきた背景を見せることで、生まれ持った性格という理由以上に、彼が高潔ともいえる人格に育ったかがわかります。
賢く優しい楽俊ですが、半分ネズミの彼は差別を受け、大人になっても働きに出ることもできず、家で母親と貧乏な暮らしをせざるを得ない環境にいます。
生まれついた性質は、その人自身にとってもどうしようもないものであること、それによって酷い待遇を甘受しなければならないこともあることは、楽俊にとってはこれまでの人生そのものだったのでしょう。
陽子と出会ったころには落ち着いている楽俊ですが、以前には謂れのない差別に憤ったり、人を憎んだりしていたのかもしれません。
その過程を通り抜けてきたであろう彼だから、心を閉ざしていた陽子のことも「そんなこともある」と達観できたのであろうと推測できます。
登場人物を作るうえで、元々の性格がそうだから、という根拠でも別にありなのですが、その人の言動を決定づける、印象的なエピソードや過去があることが読者に伝わると、納得感もあり、より魅力的な人物を作り出せる、ということですね。
いうのは簡単ですが、ただ伝わるように書くだけでも難しく、背景を作り上げるのはより難しい作業です。
やはり小野不由美先生、すごい。
いかがでしたでしょうか?
私が読んだのは新潮文庫版でして、北上次郎先生が解説を寄稿しています。
しかし、この解説、シリーズを読み終わった人しか読むのはお勧めできません。
私も途中で読むのをやめました。
解説がシリーズの続刊まで言及しているからです。
たぶん大きくはないものの、若干ネタバレしています。
他の巻にまで言及するならちゃんと前書きしてほしい……と思います。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!
よろしければ感想など、コメントを残していってくださいね。