この本が面白ければ、あなたも立派な本好きです『シェークスピア・アンド・カンパニイ書店』読書感想
こんにちは、活字中毒の元ライター、asanosatonokoです。
今回ご紹介する本はこちら
シェークスピア・アンド・カンパニイ書店 シルヴィア・ビーチ 河出文庫
世に名高い大文豪の名前を冠している本書、ジャンルでいえば「日記」や「エッセイ」になるでしょうか。
19世紀末から20世紀半ばにかけて、フランスで書店を営んでいた一人の女性の手による手記です。
シルヴィア自身は普通の本屋さん。彼女自身が名文家だったとか、優れた小説を書いたという実績はありません。
それなのに、なぜ、無名の女性の手記が海を渡り現代で一冊の本として発売されているかというと、「彼女の献身的なとある活動」に答えがあります。
シルヴィアがいかなる活動を行っていたのか、本書を読むとその答えがわかります。
シルヴィアがいなかったら歴史の教科書の内容も変わっていたことでしょう。
それでは、シルヴィアが何を成し遂げた女性なのか、本書の内容と共にご紹介していきましょう。
1.シルヴィア・ビーチとは
まずは著者であるシルヴィア・ビーチとは何者なのかについて触れておきましょう。
シルヴィアの出身国はアメリカ、そこから紆余曲折を経て彼女はパリに定住することになります(紆余曲折については本文中に書かれています)。
そのパリでシルヴィアは生涯の友人でありビジネスパートナーともなるアドリエンヌ・モニエに出会います。
モニエは当時シルヴィアが住んでいた場所からすぐ近くで本屋さんを営んでおり、シルヴィアは彼女の影響もあって、自身でも本屋を開業します。
その本屋の名前こそが「シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店」。本書のタイトルにもなっています。
貸本が主体のこじんまりとしたお店だったようです。
アメリカ出身の無名の女性による小さな本屋さん。
それがなぜに一冊の本になるまでに有名になったかというと、シルヴィアが成し遂げたとある活動に答えがあります。
その答えとは、ジェイムズ・ジョイスという作家と、彼の手によって生まれた『ユリシーズ』という作品です。
今でこそ、教科書に当時を代表する文学作品として名前が載ってしまうほどの作品として知られていますが、実は『ユリシーズ』、作品成立当初はイギリスやアメリカでは発禁指定されています。
その理由はどうも「内容がいかがわしい」という理由だったようで、ジョイスは書いたはいいけど作品を読者の元に届けることが出来ないという状況に陥りかけていました。
その窮地を救ったのが、シルヴィア・ビーチだったのです。
彼女は『ユリシーズ』に惚れ込み、ジェイムズ・ジョイスの手足となって、作品の出版するためにありとあらゆる手を尽くします。
詳しくは本書を読んでいただくとして、その様子は「なんでそこまで!?」と言いたくなるくらい、献身そのもの。
ジョイスの度重なるこだわり(ワガママ?)による書き直しにも耐え、作品はまだかと騒ぐ読者のプレッシャーにも耐え、何より発禁を宣言しているアメリカにもどうにかこうにか移送手段を見つけて作品を送り届けるという荒業をやってのけたシルヴィア。
自ら本屋さんを開業するくらいなので、シルヴィアが類まれなる本好きであったことは間違いないでしょう。
しかし、ジョイスと『ユリシーズ』にすべてを注ぎ込むようなシルヴィアの献身は、同じく本好きの私でも少し引きます(笑)
シルヴィア、あなたはジョイスのお母さんなの?
そんなふうに思ってしまうくらいには、シルヴィアの献身っぷりはすごかった。
それにしても、本が好きで、自分のあらゆるものをつぎ込んでまで世に送り出したいと思える作品に出会えたシルヴィアは少し羨ましい……
シルヴィアがいなかったら『ユリシーズ』のタイトルが歴史の教科書から消えていたんだろうなあ……
引きつつも、少し憧れに似た感情を抱いてしまうくらいに突き抜けた部分のある女性、それがシルヴィアです。
2.名だたる文豪たちの交友録
シルヴィアがメインにつづっているのはジョイスと『ユリシーズ』の世話(!)ですが、他にも注目してほしいポイントがあります。
それが、名だたる文豪たちです。
ジェイムズ・ジョイスも教科書級の文豪ですが、他にも出てくる出てくる。
特に本好きでなくとも名前くらいは聞いたことがあるという有名人がたくさん登場します。
少し名前をあげると、ヘミングウェイやフィッツジェラルドなんかが出てきます。
それも、作品を取り扱ったというレベルではなく、作者ご本人とシルヴィアの交友録というレベルでです。
ヘミングウェイもフィッツジェラルドも、私は作品を読んだことがあるのでその作風は知っています。
しかし、作者自身がどんなひとだったかというのは、知りません。
これは作者が既に故人であるということもありますが、現代に生きる作家さんでもそうではないでしょうか。
よほどの有名作家(直木賞とかとっちゃう人)になればインタビュー記事で「こんなこと考えてるんだー」くらいは知れたりしますが、実際に普段はどんな人? という疑問の答えにはなっていないですよね。
作品をよく読んでいて、文章の癖とかまで知っているけれど作家と読者の間には越えられない垣根がある、それはどうしようもないことです。
でも、だからこそ、シルヴィアという女性が飾らずに書き残したヘミングウェイとの交友模様には価値がある!
日本でも、文豪たちの交わした書簡や交友のエピソードをまとめた本が出版されるくらいですからね、本好きなら興味を抱く分野なんでしょう。
ジェイムズ・ジョイスの割とダメ人間っぷりにも驚きがありましたし、他の作家の知られざる一面を知れただけでも本好きにとっては、本書、読む価値がありました。
3.実は……〇〇なんです
ここまで『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』の魅力をご紹介してきましたが、ここで衝撃的な(?)ことを言ってしまいます。
この本、面白いかと言われると、違います。
むしろ、退屈な部類に入ってしまいそうな本だと思います。
「おススメしてるんじゃないんかい!」とツッコミが入りそうですね。
誤解のないように言っておきますと、私自身は本書、楽しく読み終えています。じゃないとさすがにおススメしません(^^;
ただ、本書の魅力というのは展開が面白いとか、文章が美しいとか、そういう普通の本や作品が持つ魅力ではありません。
ピッタリくる言葉を探せば「興味深い」辺りがしっくりくるでしょうか。
シルヴィア自身は作家でもないし、名文家でもありません。彼女の文体は素朴といえば聞こえはいいけれど、整ってもいなければ表現に優れているわけでもなく、自分が読み返して「あの時こうだったな」とわかればいいと思ってかかれている日記のようなものです。
だからこそ伝わってくる、彼女の素直さや心根の優しさは感じられますが、それも本に出版するほどの分かりやすさを持つかと言えばやはり違います。
本書の魅力は「普通の女性」シルヴィアが、彼女の本への献身的な愛情と情熱により、名だたる大文豪たちの信頼と支持を集めた、その様子が当事者の素直な視点で語られている、その一点にあると思います。
実際に、シルヴィアの本屋という事業はまったく儲かっていなかったらしいんですね(^^;
それどころか自転車操業だったっぽい。
それも、彼女が生きた時代は1900年代初め。フランス・パリは最も物騒だった時代でしょう。
そんな時期に、しかもアメリカ出身の女性が一人で本屋としてふんばっていられたのは、彼女を支えた文豪たちの協力があってこそ。
本書の終盤では、いよいよピンチなシルヴィアを文豪たちが支える姿が書き記されています。
本が好きで、その本を作り出している作家と直接会って、信頼されて……本好きにとって、こんなに素晴らしいことがあるでしょうか。
シルヴィア自身の文体があっさりとしているためか、悲壮感は本書からは全く感じられませんが、本当はものすごい苦労の連続の人生だったのではないかと思います。
それでも本のために尽くした人生。
真似はできないけど羨ましくはあります。
シルヴィアの本好きにとっては天国ともいえる生涯の一部を、本書では追体験できるというわけです。
もしかしたら本書を読んで面白い、と感じられれば、あなたの本好き度も相当のものといえるかもしれません。
いかがでしたでしょうか?
本書を読んで、一つ心に浮かんだことがあります。
「本屋に行こう。そして埋もれている作品にも手を伸ばそう」
本屋さんには膨大な本が陳列されていますが、大体視線は下の方、つまり平積みされている作品を見てしまっている気がします。
視線をあげれば他にも多くの作品たちが手に取られるのを待っているわけです。
作品とその作者を世に送り出すのは編集・出版社の仕事ですが、作品が書き続けられるようにするのは読者の仕事です。
少しでも多くの作家・作品を応援していきたい、そんなことをシルヴィアの献身を読みながら思いつきました。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました
よろしければ、感想などコメントに残していってくださいね。