「次はどうなるの?」が止まらないサバイバル劇『鵜頭川村事件』読書感想

元ライターが作家目線で読書する当ブログへようこそ!

今回ご紹介する本はこちら

鵜頭川村事件  櫛木理宇(くしきりう) 文春文庫

墓参りのため亡き妻の故郷・鵜頭川村を3年ぶりに訪れた岩森明とその娘、突然の豪雨に見舞われ、小さな村は孤立。そして若者の死体が発見された。犯人は村人か、それとも――

降りしきる雨の中、父と幼い娘は暴動と狂乱に陥った村から脱出できるのか。

裏表紙の紹介文から抜粋させていただきました。

このあらすじを読んで私はてっきり「クローズドサークルもののミステリか」と思い込んで読み始めたのです。

※クローズドサークルとは「嵐で閉じ込められた山荘」のように人の出入りが不可能な状況で行われる事件を扱うミステリのジャンルのことです。

するとびっくり、全然違いました。

『鵜頭川村事件』では、確かに「誰が殺人犯なのか?」というミステリ要素もあるのですが、後半は完全にサバイバルもの。主人公が無事に幼い娘を守り切り、村から生きて出られるのか、ハラハラドキドキ、手に汗を握りしめて読み進めることになりました。

後半は、と書きましたが前半は冗長に感じるのかというと、決してそんなことはありません。

この作品の見事なところは、全編を通して、読んでいる側の「次にどうなるんだろう?」という気持ちを引き出し続けることに成功しているところにあります。

我が家には幼い息子がいますので、彼の目があいている時間帯は読書ばかりはしていられない日常なのですが、トイレに行った隙に「ちょっとだけ読んじゃおう」とわずかな時間でも手に取ってしまいました。

前半と後半で作品の魅力が変化するところに注目しながらあらすじと感想をご紹介したいと思います。


1.おおまかなあらすじ

まずはおおまかなあらすじからご紹介します。

物語は現代より時を遡り昭和54年の設定です。舞台は山奥の小村、鵜頭川村(うずかわむら)です。

主人公の岩森明は5歳の娘・愛子と共に、亡き妻の故郷であり、彼女の墓がある鵜頭川村を3年ぶりに訪れました。

岩森の視点で鵜頭川村の様子が徐々に明らかになっていくのですが、そこでは横溝正史ばりの旧家と新興勢力の権力闘争が繰り広げられていることがわかってきます。

村長の大根田一族が権力者として長年君臨してきましたが、近年では商売が大当たりした矢萩一族の勢力が増してきています。村内で最多の苗字は「降谷」ですが、少数の矢萩一族が最大派閥の降谷を経済力で圧倒し、横暴に振舞っている……というのが鵜頭川村の権力構造になっています。

この設定だけでも「少しのきっかけさえあれば、何かが起こりそう……」と既に不穏な種がまかれている状態であることがわかります。

そして、岩森が村を訪れたその夜、運悪くそのきっかけが起きてしまうのです。きっかけとなったのは、何十年に一度レベルの大豪雨です。豪雨で土砂崩れが起き、岩森親子も、村人たちも、小さい村の中に閉じ込められてしまいます。

水道、電気、電話といったインフラも止まってしまい、それだけで気が滅入るようですが、そこに殺人事件まで発生してしまうから大変です。

殺されたのは村の若者で、間違いようのない他殺体で発見されます。「一体誰がこんなことを……?」とここで犯人探しが始まるのが普通ですが、本作は違います。

殺人事件をきっかけに、村の権力闘争という種が芽を出してしまうのです。

というのも、この殺人事件の犯人、村人たちにはどうも心当たりがあるようなのです。その心当たりをめぐって、「あいつがやったに違いない」と思う人々と、「言いがかりだ!」とかばう人々とに大きく別れてしまうのです。

さらに、豪雨のために孤立してしまった鵜頭川村では物流が途絶え、食料や薬などの生活必需品が不足していき、事態は徐々に切迫していき、村の分裂に拍車をかけます。

村人たちの間にたまっていく不満、焦り、不安、衝動……負の感情が極限まで膨らみ、暴力と狂気が支配するサバイバルな一夜が始まってしまうのです……

2.複雑な人間関係が生む負の期待

本作の魅力の一つが、村人たちが繰り広げる権力闘争にあります。物語の出だしでは、経済力に優れる矢萩一族一強の状態ですが、豪雨や殺人事件のせいでその状況が少しずつ揺らいでいく過程は真に迫っています。

鵜頭川村の権力構造の頂点に立っているのは「矢萩一族」ですが、彼らは村内では少数派。最大派閥は「降谷」の苗字を持っている人々になります。最初は少数の矢萩一族が多勢の降谷姓の人々を抑え込んでいるという、不安定な状況からスタートしています。とはいえ、2大勢力間はピリピリしながらも、冷戦状態で表向きは平和に暮らしています。しかし、豪雨による陸の孤島化が長期化するにつれて争いが表面化、エスカレートしていきます

このまま話は「降谷」の苗字を持つ人々のクーデターへとむかっていくのか……と思いきや、そこに第三勢力が誕生します。

若者中心の「自警団」です。この自警団の存在が、緊急事態に陥っている村内の混乱に拍車をかけることになります。自警団のメンバーは「矢萩も降谷も、大人は力で子供を抑えつけやがって!」と幼いころからの恨みをふつふつとたぎらせていて、触れたら爆発しそうな恐怖を感じさせます

そこから単純に3大勢力のぶつかり合いになるのかと思いきや、各勢力も結局は一枚岩になりきれません

例えば、矢萩一族でも赤ちゃんをもつ女性たちの存在が印象に残っています。「食糧が不足する=子供の死」に直結する彼女たちは、我が子のためならと、矢萩一族を裏切って別の陣営に走ったりするのです。

こんなふうに、人間関係が細分化していく中に、不穏の芽がどんどん育っていき、「これはいつ最終戦争が起きてもおかしくない」というぐらついた積み木のような緊張感が高まっていくのです。

前半を読んでいる間は「いつ? なにをきっかけに? 村人たちの感情は爆発するのか?」というワクワク感が止まりませんでした。

もっと言えば「早く暴動が始まっちゃえばいいのに」という不謹慎な期待すら持ってしまっていました。

この期待が、本作品の前半で読む手を動かし続ける大きな原動力になります。

ただ、物語の序盤で少し気になるのが、人間関係の把握が難しいということです。本作の人間関係の基本は「矢萩一族 VS 降谷の苗字をもつ人々」の対立です。つまり登場人物たちの名前が似通っている上に、その数が多いといいうややこしい設定になっています。。もちろん、そのややこしさを軽減するべく、巻頭には登場人物紹介がついています。しかし、この登場人物紹介が……申し訳ないんですがちょっとわかりづらい^^; そのため、いちいち登場人物紹介を見返すよりも、とにかく読み進めながら登場人物を頭に入れていくことをおススメします。最初はややこしく感じますが読んでいくうちに覚えますし、だんだん慣れます。特に矢萩一族の人々、特に男性と一部の女性は読んでいてイラっとさせられるほど横暴な性格に書かれていますので頭に残りやすいです。

とにかく人間関係の基本構造は「矢萩一族 VS 降谷の苗字をもつ人々」。序盤のややこしさはこれを頭に入れておけば大丈夫です。

そのうち、話が進んで矢萩一族のなかでも分裂したり、村の権力構造には組しない人も出てきたりして、人間関係の相関図は細かく分かれていきますが、その辺りを読むころには自然と名前と性格を覚えていると思います。

3.ついに始まるサバイバル

そして後半、待望の(!?)サバイバルが始まります

もう、後半は説明不要かもしれませんね。サバイバル、つまり生存本能を直接刺激する内容なのでこれは面白くないわけがないんです。多くのゾンビものやパニック映画が好まれるのは人間の「生きたい!」という欲求に応えているからです。

しかも本作の主人公には5歳の娘という、過酷な環境にはいてほしくすらない幼すぎる存在が一緒にいます

主人公はもちろん、彼女が無事、村を生きて出られるのか?「無事に生き残って!!」という強い願いが読み進める手を止まらなくさせました。

これだけでは感想にならないので、ちょっと付け加えておきますと後半はかなり暴力的描写が多いです。そこまで生々しい描写ではなく、むしろ冷静で達観したような描写なのですが、それがかえって「痛い……」という感覚をそそっています。苦手な方は注意してください……

ただ、前述の「生き残って!」という強い欲求を起こさせる内容なので、実を言うと私も過度な暴力描写は苦手なんですが、半目になりつつも読めました。

4.完璧な悪役・辰樹

最後に、本作で最も印象深かった登場人物、降谷辰樹をご紹介しておきましょう。

彼は主人公の岩森が村に到着して初めに会う「第一村人」です。岩森とも旧知の仲なんですが、第一印象は「少し気の毒」です。辰樹は降谷の苗字が表すように、村では支配される側で、岩森と出会うのも矢萩一族に家来のように扱われている最中でした。この時は、そんなに重要な人物ではないのでは?と思えるくらい、初登場シーンはむしろ地味です。

しかし辰樹は本作の「悪役」。初登場の地味さもなんのその、彼のずるいくらいのスペックの高さがどんどん明かされていきます。

辰樹の設定は「容姿端麗」「頭脳明晰」。それだけでもすごいのに、演技も上手ければ口も立つという「こんな山奥に眠らせておくのは少しもったいない」くらい優秀な青年です。このスペックの高さをいかんなく発揮し、若者のカリスマとして村内をひっかきまわす存在の筆頭となるのですが、なぜ、辰樹がそんなことをするのか? という動機の部分はずーっと謎のまま、お話は進んでいきます。

辰樹の境遇を考えると、不満をくすぶらせ続けてきたであろうことは想像がつくものの、かといって無暗に争いの種を作るほど、愚かな人物とも思えないのです。そのため、動機不明の行動をする人物として辰樹に不気味さとミステリアスさまで加わって、それはもう魅力的で完成度の高い悪役に仕上がっています。

辰樹の動機がすべて明らかになるのは物語の最後の最後……

おかげで、読んでいる間中、「なんで? どうして?」という疑問が頭を張り付いて離れず、彼の本心が知りたくて読み進めている部分がありました。

動機に加えて、注目してほしいのは作中、特に後半の辰樹の心の動きです。

彼は自分の思考や心情を素直に誰かに語って聞かせるような人物ではなく、その心の動きを追うには、周辺情報を丁寧に読み取っていく必要があります。

魅力的な悪役の本心が知りたくて仕方なかった私には少々残念でしたが、最後までいっても、彼が騒動が起きている間にどういう心の変化があったのか、明示してある文章はついにありませんでした

なので答えは読者が自分で探すほかありません。

私は自分で回答をひねり出しましたが、あまり書くとネタバレになってしまうので、ここではヒントだけ、記しておこうと思います。

5.辰樹の心境を読み解くヒント

ヒントの一つ目が、 作中、名前と手紙のみの登場しかしない敦人という人物にあります

敦人は鵜頭川村の出身で元辰樹の親友。現在は都会の大学へ進学し、村に残っている弟と文通しています。この敦人と辰樹の関係はなかなか複雑で、本当は辰樹が都会へ行くはずだったのが、家の都合により辰樹ではなく敦人が行くことになってしまった、という事情がまずあります。そして敦人は辰樹に並ぶ、村の若者の中でもカリスマ性の持ち主であったことが読んでいるとわかってきます。辰樹は既に都会へ行ってしまったこの親友に対してコンプレックスやら嫉妬やら憧れやら……言葉では表せない感情をもっていることをうかがわせています。一言で言えば、辰樹にとって敦人は離れて暮らしていても、超重要人物のままなんです。この敦人が辰樹にどのような影響を与えたかが大事なところだと思います。

そしてヒントの2つ目が、敦人の弟・降谷港人と矢萩廉太郎の会話です。

苗字を見ればわかる通り、この2人は反目し合う家同士ではありますがその垣根を乗り越えて互いに親友だと認め合っています。2人が後半の暴力と狂気におおわれた村でどのように振舞い、その理由がなんなのか? そこに注目して欲しいと思います。大人から見れば青くさい印象も受けますが、尊敬し合う友人関係だからこその感情が港人と廉太郎の間には育っています。この2人の間に取り交わされる感情が、作中で辰樹に影響を与えることはありません。しかし、敦人と辰樹の間に築かれていたであろう感情を暗示するヒントとして、重要な描写だったのではないかと思います。


いかがでしたでしょうか?

本作はドラマ化も進んでいるそうです。

映像化した時に、本作が持つ前半の不穏な空気や後半の狂気に支配された人間の様子など、どのように表現されるのか楽しみです。

特に一番魅力的な登場人物である辰樹役が誰になるのかは注目ですね。

私のイメージでは本郷奏多さんとか、ぴったりだと思いますがどうでしょう??

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です