読書感想|野球を見る目が変わります、マネー・ボール(マイケル・ルイス)

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マネー・ボール  マイケル・ルイス  (RHブックス+プラス)

2011年にブラッド・ピット主演で映画化され、日本でも有名になったノンフィクション本をご紹介します。

アメリカでの発売は2003年。

もう15年以上前の本なんですね。

ノンフィクション本だけに、書かれている内容はもう古くなってしまっていると思うのですが、本としての面白さは健在です。

これが本のいいところですね、面白いものは面白いものとして残る!

内容はともかく、主人公のビリー・ビーンの描かれ方、構成は非常に巧みだと思いますので、その部分を中心に書いていこうと思います。

目次
 1.おおまかなあらすじ
 2.登場人物に必要なものとは
 3.巧みな構成

※これ以降はネタバレありです。嫌な方はご注意ください。


1.おおまかなあらすじ

元プロ野球選手のビリー・ビーンは、オークランド・アスレチックのゼネラルマネージャーとして、チームをプレーオフへと導く責任をおっていた。

しかし、アスレチックスの年俸総額は全30球団中最下位。

乏しい資金ではとてもニューヨーク・ヤンキースのようにスター選手ばかりを雇えない。

限られた資金を駆使して、一つでも多く勝つために、統計手法を駆使した今までの野球観を覆すチーム作りをビリー・ビーンは行う。

野球に勝つために本当に必要な要素は何か?

これまでの常識を破る奇想天外なビリーのやり方は、他チームやスカウトからの反感を買う。

しかし、パソコンを駆使したデータ収集と分析で、アスレチックスは快進撃を続けていく。

2.登場人物に必要なものとは

本書ではアメリカンドリームの一つの形が描かれています。

成功者はもちろん、主役のビリー・ビーンです。

本はビリー・ビーンの視点ではなく、あくまで著者のマイケル・ルイスの視点で描かれていますが、最も詳細に人物描写がなされているのがビリーのため、読者はビリーに感情移入することになります。

そして、彼が成功を収めていくことで、読者も一緒に喜びを感じる仕組みになっています。

しかし、本書ではただビリーが成功していく姿を描いているだけではありません。

ビリーの過去にも踏み込んで、彼がアスレチックスのゼネラルマネージャーに就任するまでの過程も書いています。

野球界の常識を覆す、という主な内容他にも、ビリーの過去にまで言及したのはなぜでしょうか?

それは、過去というものが、登場人物を作る際の大切な要素だからです。

小説や漫画など、フィクション作品において、登場人物(特に主役や悪役などのメインキャラクター)を作るとき、絶対に必要な要素とはなんでしょうか?

それは、その人物の性格、ですよね。

どんなものが好きで、嫌いで、他人に対してどう振舞うのか……

一口で性格といっても、こういう人です、と言葉で表すのは難しいですよね。

人間は複雑な生き物ですからね、一見らしくない行動をしているのにも、ちゃんと理由があったり、衝動で馬鹿なことをしでかしたりと、すべてを表現しきることなどできません。

しかし、何か指針がなければ登場人物の性格がちぐはぐになり、物語が破綻してしまいますよね。

言葉で表せないものを作者はどうやって作り、把握するのか。

それは、その登場人物の過去を作るという作業でなされます。

実際の作業方法は人それぞれでしょうが、生まれてからこれまで、どんな環境で、どんな育てられ方をして、何を経験しているのかをざっくりと(あるいは事細かに)決めます。

そうすることで現在の登場人物の性格が定まってくるのです。

作中で裏の設定をすべて出すことはあまりないと思うのですが、作者の頭の中には、登場人物の過去がきちんとあり、それに基づいた現在の性格を作り上げ、作中で動かしているのです。

マネー・ボールではどうでしょうか?

主人公のビリーは現実にいる人物で、すでに積み上げられた過去があります。

作者がその過去や性格を新たに作る作業は不要です。

作者のすべきことはその過去をできるだけ把握し、現在のビリーとなるまでの道筋を想像することです。

その作業を、作者であるマイケル・ルイスはビリーの過去を長々と書くことによって、読者を一緒に行うことにしました。

では、これによってどんな効果があったのでしょうか?

3.巧みな構成

マネー・ボールはビリーを中心にアスレチックスの快進撃を記したノンフィクションです。

ノンフィクションとはいえ、ただ出来事を並べていくだけで面白くなるでしょうか?

簡単にマネーボールで起こる出来事を書くとこうなります。

ドラフトで他の球団とは違う基準で変わった選手を取りました。
その選手がシーズン中大活躍しました。
でも、シーズン中の補強は必要になったので、自分のチームで育てて価値が出た選手を高額で売り、もっと低価格のコストパフォーマンスのよい選手を入れました。
補強もうまくいき、アスレチックスはシーズンをトップの成績で終えました。

うーん、出来事だけでもまあ、大成功を収めてはいるので、なんとなく面白くなるかもしれません。

しかし、ここにビリーという人間を配置しただけで、面白さは段違いになります。

ビリーは元メジャーリーガーだが、スカウトの予想に反して活躍はできなかった。
ビリーは選手のころの経験より、スカウトの意見は間違っていると確信していた。
ビリーは新たな挑戦をゼネラルマネージャーとして行うことを決める。
ビリーはドラフトで他の球団とは違う基準で変わった選手を取りました。
その選手がシーズン中大活躍しました。
でも、シーズン中の補強は必要になったので、 自分のチームで育てて価値が出た選手を高額で売り、もっと低価格のコストパフォーマンスのよい選手を入れました。
補強もうまくいき、アスレチックスはシーズンをトップの成績で終えました。
ビリーは自分の新しい野球観が通用したと世間に知らしめることができました。

アスレチックスという人間ではないものが成功した話から、ビリーという一人の人間が成功した話になることでぐっと読者との距離感が縮まりましたね。

もう一つここで大切なのは、ビリーがどのような変貌を遂げてきたのか、が明示されていることです。

ビリーはスカウトも絶賛する野球選手でしたが、現役時代はほぼ鳴かず飛ばず……彼は自分がなぜスカウトから絶賛されたのか? なぜ期待されたのか? 不思議に思うとともに、これまでの野球観に大きな反発を抱いたというエピソードが本書の最初の方に語られています。

アスレチックスのゼネラルマネージャーになるまでに、彼が独特の野球観を育むに至った経緯が読者に伝えられるわけです。

そこから、ビリーがメジャーリーが―としてくすぶっていたところから、いままでの野球観を覆すぞ、という意欲を燃やす人間に変わったことがわかります。

主に小説ですが、物語を作るうえで欠かせないのが、主人公の変化にあります。

ずっと安定している主人公なんてつまらない。

失敗したり、馬鹿なことをしたり、挫折したりしながら、それでも試行錯誤を繰り返し、最後にはうまくいく、そういう筋書きの物語が、ありきたりとはいえ、やはり好まれるのです。

マネー・ボールはノンフィクションながら、この大人気な物語の類型にぴたりとはまるように構成されています。

ビリーの成功物語をストーリー性豊かになるように、作者はちゃんと計算して書いていたんですね。

これで面白くならないわけがありません。


いかがでしたでしょうか?

私が考えるマネー・ボールの面白さ、主だった2点の理由をご紹介しました。

事実は小説より奇なり、と言いますが、ノンフィクション本は驚くほど面白いものにたまに出会います。

マネー・ボールもその一冊です。

他にもおすすめなノンフィクション本は、

暗号解読
宇宙創成
フェルマーの最終定理
いずれも作者 サイモン・シン 訳者 青木薫 新潮文庫より出版

です。科学の発展がどのように成し遂げられたか、多くの研究者の個性とチャレンジを紹介することで、ストーリー性豊かに描き上げています。

科学に関する本というと、専門知識がないと楽しめないかもという不安もわきますが、中学生(できれば高校生文系程度)の知識があれば十分理解できます。

よければ読んでみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!

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