過去にそんなことがあったなんて! おぞましさに恐怖する『黒鳥の湖』読書感想

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今回ご紹介する本はこちら

黒鳥の湖  宇佐美まこと  祥伝社文庫

本作を読んだ私の率直な感想は「おぞましい」、その一言に尽きます

作者は怪談文学賞を受賞しており、ホラー作品をひっさげてデビューしています。元々、人間の恐怖心を煽るのに長けた作家さんではある……のですが、本作『黒鳥の湖』に関してはホラー要素は一切なし! しかし、それでも背筋をゾクッとしたものが駆け抜ける恐怖を感じる作品でした。

『黒鳥の湖』では、人間が持つ欲望や悪意といった、奥底に眠っている醜い部分を表現することで恐怖を煽ります。さらに、そのやり方がものすごく効果的。作中でも表現されていましたが作中に登場する悪意や欲望は「鏡」です。自分にも多少あるのではないか、という醜い部分を容赦なく突き付けてくる、そんな現実感の伴った恐怖を味わいました。

それでは、あらすじと感想をまじえながら内容をご紹介していきましょう。

1.簡単なあらすじ

まずは簡単なあらすじからご紹介していきましょう。

主人公は会社社長の財前彰太(ざいぜんしょうた)。若いころは野放図な生活をしていたこともありましたが、現在の会社を起こしてからは順調で、優秀で上司思いな部下に恵まれて会社の業績も堅調そのもの。

プライベートでは美しい妻と、その妻によく似た一人娘・美華と幸せな家庭を持っています。

まさに順風満帆、どれか一つでも失うのが怖い……それくらいすべてを彰太は手にしていました。

しかし、そんな時、彰太は気になるニュースを見かけます。

女性拉致事件。

女性を誘拐しその家族に被害者の持ち物や体の一部を送りつけてくるという、異常な犯罪が起きていたのです。高校生になる一人娘を持つ彰太は、当然不安に思います。

しかし、彰太が不安に思うのは、娘を心配する気持ちだけではありませんでした……

2.過去へ、現在へと駆け巡る序盤

ここから、彰太が何を不安に思っているのか、その謎を明らかにするためにストーリーは過去へ、そして現在へと行きつ戻りつしながら進んでいきます。

鍵となるのはあらすじにも登場した女性拉致犯の存在です。被害者の持ち物や体の一部を家族に送りつけるという手口の残酷さはフィクションとわかっていても震え上がるものがあります。しかもこの特徴的な手口、彰太には心当たりがあるようなんです……

詳しい事情はぜひ本書を手に取っていただくとして、概要だけ触れておきますと、彰太は若いころ、女性拉致犯の存在を知る機会があったようなのです。それは時間にすると18年前……娘の美華が生まれる前どころか、妻との結婚前にまでさかのぼります。彰太はとある事情から、その犯人を警察に通報したりすることなく「野放しにしてしまう」という選択をとります

そして現在、同じ手口の女性拉致犯が世間をにぎわせ始めたと知っては、心穏やかでいられないのは納得ですよね。

彰太

10年以上前の犯罪者が再び活動を再開することがあるのか? そもそも、同じ犯人なのか? 普通に考えれば違うだろう……しかし、あまりにも手口が似すぎている……

心乱れる彰太ですが、彼が不安に思うのは自分が「野放しにしてしまったから」という理由だけではありません。彰太の過去には女性拉致犯に絡んで、けっして人には漏らすことが出来ない大きな秘密も持っていたのでした。

こういった過去のエピソードと、現在の彰太の様子が序盤のメインになります。

彰太の過去の秘密が徐々に明らかになっていくのが好奇心を煽られてどんどん読み進められます。

さらに、現在の彰太の幸せにも「影」が生じて、独特な不穏な雰囲気の文章は宇佐美まことさんならではの表現力を感じます

3.停滞するお話

彰太の過去に何があったのか? この疑問に引っ張られて読み進めた序盤が終わると、彰太は女性拉致犯のことが気になって気になって……居ても立っても居られなくなります。

自分が知り得た過去の女性拉致犯は、現在世間を震え上がらせている異常犯罪者と同一人物なのか? 彰太は細い糸を頼り過去の洗い直しを始めるのです。

こう書くと、彰太が過去から現在へと続く謎解きをしていき、どんどんお話の展開も面白くなっていくのではないか、と思われるかもしれません。

しかし、実は中盤、話は思ったようには進みません^^;

彰太が過去の調査をするシーンでは遅々として調査は進みません。それ以外のシーンも彰太の仕事の話だとか、友人とのランチのシーンだとか、思春期の娘の突然の激しい反抗的態度だとか……「これ、話の本筋に何の関係があるの?」と思われるようなシーンの連続です。

読んでいても、謎というか、疑問やちょっとした違和感が積み重なっていくばかりです。例えば、彰太の過去の秘密は大体序盤で明かされたはずなのに、まだ家族の間に隠し事があるような歯切れの悪さがあったり、妙に仕事の関係者がろくに仕事をこなさない彰太に同情的だったり……

話がどこに向かっているのかわからず、焦点の合わないレンズをずっと覗き込まされているような座りの悪さが続きます。

正直、中だるみか? ……と思っていたのですが。

これらの謎、違和感といったてんでバラバラに散らばったピースたちが、終盤、一気にひっくり返るのです。

4.意味がわかると怖い話

本屋さんやネットで「意味が分かると怖い話」なんて特集が組まれているのを見たことありませんか?

タイトル通り、一見、普通のお話のようなんですが、裏に隠されている意図を読み取ると一気に話がホラーに転じて怖くなる………私はゾクッとする怖さを感じられるのが好きで、よく読んでしまうのですが(笑)、『黒鳥の湖』の終盤はまさに「意味がわかると怖い話」そのものでした。

彰太は物語の開始当初、金も社会的地位も、友人も家族も、全てを手にした状態でした。しかし、そんな彰太の幸せの裏には彰太が知らない、彰太だけが知らない様々な「秘密」が大量に隠されていたのです。

それらが一つ一つ明かされていく終盤、オセロの盤面がたった数手で形勢逆転するように物語も様変わりしてしまいます。そして、これまで何気なく読まされていた「これ、話の本筋に何の関係があるの?」というシーンの数々が、重要な意味をもって襲い掛かってくるのです。

特に重要なシーンは作者が回想するように思い出させてくれる描写が入ります。とはいえ、できるだけ多くのシーンを覚えておいた方が終盤の面白さはグッと増します。

もしくはすぐに読み返してみるのも楽しいと思います。

終盤に明かされる秘密たちの裏に潜むのは「人間の悪意・欲望」です。人間の汚い部分を容赦なく、これでもかってくらい畳みかけてきます。そして本作が怖いのはその悪意や欲望が特殊なものではない、というところです。登場人物たちの持つ悪意や欲望はおぞましいとしか言いようのない表出の仕方をしていますが、根っこの部分、「なぜ」そんなことをしたのか、という動機はたやすく理解できるんです。自分の中にも「確かにあるな」と思わされてしまう。作中でも「鏡」にたとえられていますが、自分が行動に移さなくても、身近な人物が行動に移してもおかしくないんだな、という現実感の伴う恐怖を感じます。

ホラーがデビュー作だった作者ならではの「恐怖の演出」です。

リアリティ満タンの恐怖を味わいたい方には『黒鳥の湖』おススメです。

5.テーマは「因果応報」

本書のジャンルはミステリです。ミステリのお楽しみと言えば、バラバラのピースがはまっていく快感ですが、『黒鳥の湖』にはピースをはめてくれる名探偵は登場しません。しかし、数々の秘密がバンバン明かされていき物語の様相がガラリと変わる終盤はミステリの醍醐味と興奮を十分に味わえる内容でした。

ただ、本書はミステリといっても「誰が」「何を」したか? という部分は最後まで読まなくともなんとなく、わかってしまいます。女性拉致犯をはじめ、正体不明・行方不明の人物が何人か登場しますが、「この人の正体は実はあの人では?」と予測がつくと思います。

でも安心してください、犯人がわかってしまって興ざめ、ということは本書ではありえません。なぜなら本書のは「なぜ」そんなことをしたのか、という動機の部分にとことんこだわって書かれているからです。

思い返してみれば、読んでいる途中から疑問には思っていたのです。主人公の彰太が「あまりにも因果応報にこだわりすぎる……」と。自分が過去にしてしまった行為が、罰を与えるように現在の苦悩を作っているのではないか? 彰太は何度となくこの思いに囚われ苦しむ描写が入ります。それはもう、しつこいくらいです(笑)

しかし、終盤になり、過去の秘密が現在にどんな影響を与えているかがわかるようになると、彰太が、というより作者が『黒鳥の湖』に込めたテーマが鮮明になってきて、しつこい描写の意図もわかるようになります

『黒鳥の湖』のテーマは因果応報。

作者は徹底して「過去の行いが現在を形作っている」という思想を1冊通してこだわり抜いて表現しているのです。

作者の考えに共感できるか、賛否両論あると思いますがテーマの徹底した追及の仕方は素晴らしいと感じます。そして同時に「これも怖い」と思いました。過去に秘密がない人も、罪悪感を感じるようなことを何もしてこなかった人もいないのではないでしょうか。「もしかしていつかしっぺ返しが来るのか……?」と過去のアレコレを思い出してしまいました(笑)


いかがでしたでしょうか?

『黒鳥の湖』は読後の感想は「おぞましく」、テーマは「因果応報」と、暗いお話です。

しかし、物語の最後、彰太はこれからの人生の行く末を決める重大な決断をします。彼のこの決断がきっかけとなって、物語のラストは希望の光が灯った穏やかな雰囲気で幕を閉じます。

おぞましい恐怖、重いテーマを感じつつも救いのあるお話になっていますので安心して手に取っていただければと思います。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

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