どんな難事件も妖怪が解決!? ファン待望の最新作が文庫化『遠巷説百物語』読書感想
こんにちは、活字中毒の元ライター、asanosatonokoです。
今回ご紹介する本はこちら
遠巷説百物語 京極夏彦 角川文庫
巷説百物語シリーズの6作目になるそうです。
というか、皆さん、そもそもこのシリーズをご存知なんでしょうか?
京極夏彦さんという作家さんはしょっちゅう新作を出されてますし、決して筆の遅い作家さんではないはずなのですが、シリーズものをたくさん抱えているためなのか、人気があるからシリーズものだけに注力できないせいなのか、シリーズものの最新作は気を長くして待たなければいけない作家さんです。
この『遠巷説百物語』も前作『西巷説百物語』から10年経ってからの文庫化です。(ちなみに単行本ベースで考えでも10年くらい間が空いてます)
その間、シリーズは雑誌で連載されてはいたのですが一般読者がそこまでチェックしているとも思えず^^;(もちろん私もしていない、京極先生ごめんなさい)
本屋に並んだ時点で「この本は完全新作かな?」と思われる方も多いのかなーと、思ったりしています。
そこで今回はシリーズのざっくりとしたおさらいをしつつ、『遠巷説百物語』のご紹介もしていきたいと思います。
目次
1.『巷説百物語』シリーズとは
『巷説百物語』シリーズは主に江戸時代末期を舞台にした小説です。
第1作目『巷説百物語』から始まり、『遠巷説百物語』でシリーズ6作目になります。他にも『嗤う伊右衛門』『覘き小平次』『数えずの井戸』という、『巷説百物語』シリーズに登場する人物たちが脇役として活躍するスピンオフ的作品も出版されています。
シリーズを通して登場する主要登場人物が何人かいますが、シリーズものとはいえ基本は1冊読み切りで、お話が次の巻へ続くということはありません。そもそも、シリーズの時間軸もバラバラで、中には主要登場人物がほとんど死に去った未来で、生き残った一人のおじいちゃんが当時の話を語って聞かせるかたちの巻まであります(『後巷説百物語』)。
主人公も特に決まってはおらず、主要登場人物の一人である場合もあれば、全く関係ない第三者が語り部になっている場合もあります。今回の『遠巷説百物語』は第三者パターンで浪人の宇夫方祥五郎という人物が主人公ポジションでした。
基本、どこから読み始めても大丈夫な『巷説百物語』シリーズですが、知っておくとより楽しめるシリーズのお約束は存在します。
シリーズのお約束① 妖怪がモチーフになっている
京極夏彦さんの代名詞ともいえる妖怪。数々の作品でいろんな妖怪を扱っている京極夏彦さんですが、『巷説百物語』シリーズも例外ではありません。
『巷説百物語』では、物語の冒頭に「今回のお話のモチーフはこれ!」という妖怪が登場することが多いです。『遠巷説百物語』でも、短編それぞれの最初に強い北国なまりの口調で妖怪を紹介するところから始まっています。
「どうも〇〇とかいう妖怪がでたらしいぞ」
そんなうわさ話から始まって、お話が展開していきます。
しかし、『巷説百物語』シリーズは妖怪が登場するホラー的な作品では、実はありません。
合理的に考えれば妖怪などいるはずもないのだけれど、妖怪でも湧いて出たのではないか、と考えなければ説明がつかないような状況が発生する、回りくどい言い方ですが、毎回こんな設定が用意されています。
例えば、『遠巷説百物語』の1話『歯黒べったり』では、目鼻がなくお歯黒(江戸時代辺りの既婚女性が歯を黒く染めた化粧の一種)だけになった顔の女の妖怪がモチーフに選ばれており、剛腕のお侍が夜まだ明けきらぬ時刻にお歯黒お化けを目撃し急に意識を失ってしまった、という不思議が語られています。
「剛腕のお侍のくせにお化け怖かったのかよ(笑)」と噂が広まるのですが、当のお侍は「断じて怖くなどなかった、お化け退治してやる!」と名誉挽回に燃えます。が、しかし現実にお歯黒お化けなどいるわけはなく。
この不思議な事件の黒幕は?
お歯黒お化けの正体と目的はなんなんだろう?
妖怪事件の裏に隠された真実がなんなのか、ミステリにも似た好奇心がかきたてられる内容になっています。
シリーズのお約束② 八方まるく収めよう
妖怪をモチーフにした事件が起きる『巷説百物語』シリーズですが、その騒動の中心になっているのは「人」です。誰かが、何かの目的のために、事件を起こし、その顛末を主人公の視点で見ていくのが物語の流れになります。
しかし、ある人の思惑があれば、またその以外の人にも別の思惑があるのが世の中の常です。そしてその思惑同士が相いれないものであることも、世の中ではよくあること……
『巷説百物語』シリーズでは、そんな「こんなのどっちかが諦めるしかないじゃない」という思惑同士のぶつかり合いが事件の裏に隠されていることが多々あります。
『歯黒べったり』では、同じ男に嫁ぐことを願う双子の姉妹が登場します。しかし一人の男に二人の妻とは無理難題……どちらかが諦めるなければなりません。しかし、もしどちらも諦められない場合は……?
こんなふうに思惑同士がぶつかり、どうにも穏便に解決する方法などないように思える、そんな無理難題を「どうにか八方まるく収める」ことを信条にしているのが『巷説百物語』シリーズです。
多少強引でもいい。多少法律に触れようが致し方ない。多少、妖怪のようなこの世のならざる者の存在のせいにしたっていい。
とにかくありとあらゆる手管・手法を使って、全ての登場人物たちの思惑が丸く収まるような解決が最後には用意されています。
その解決方法の鮮やかさには毎度のことながら驚かされます。「そうか、その手があったか」と自分の頭の固さに苦笑させられることも多々……(笑)
京極夏彦先生の作品はどれも高度な「ロジカルモンスター」で、合理的・論理的な思考が際立った特徴の一つなんですが、だからといってその思考回路がおかたく硬直したものでないところが凄いところなんですよね。いや、見習いたい。
シリーズのお約束③ お馴染みの登場人物たち
シリーズものには欠かせないのがお馴染みの登場人物たちです。『巷説百物語』シリーズにも、愉快な仲間たちが登場します。
愉快な仲間たちの中でも中心的な人物を2人、ご紹介しましょう。
一人目が又市です。
特になんという特徴もない成人男性ですが、『巷説百物語』シリーズには欠かせない人物で、たぶん唯一全シリーズに登場しているんじゃないでしょうか……? シリーズ通しての主人公といっていい存在です。
この又市の特技というのが「おしゃべり」です。もちろん、ただぺらぺらとずっとしゃべっていられるとか、そういうことではありません。
この人のしゃべりというのが「気がつけば又市の思い通りに操られている」という類のものなんですね。
登場人物たちの前にふらりと現れては、いろいろな理屈をこねくり回したりして、気が付けば又市の言うことに「その通りだ、そうしよう」と頷かされているという、ある意味、犯罪者にこんなに向いている人はいないという腕前です。口の回転だけでなく、頭の回転の早さもずば抜けているんですね。
『巷説百物語』シリーズの外伝的作品に『嗤う伊右衛門』という作品があるのですが、これに「絶対結婚なんかするものか」という考えの男女が出てきます。その男女の前に物語開始早々に姿を現し、「まあ、結婚してもいっか」と思わせて結婚させることを成功させるのが、又市です。いやはや、本当に見事なお手並みで。
そんなわけで口も回れば頭も回る又市が、シリーズで巻き起こる無理難題な事件の解決方法を考える「頭脳」の役割を受け持っているキャラクターでもあります。
そして、2人目が仲蔵という男です。この男、体が大きく、その容貌は耳が長くて顔の造作も独特な怪異な見た目の持ち主です。しかし、その見た目に似合わずというか、手先がものすごく器用で、手品のような仕掛けものから芸術作品まで、彼に作れないものはないというくらいの腕前の持ち主です。
この仲蔵、又市の友人というか、腐れ縁というか、又市とセットのようになってよく登場します。そして毎回、又市に「これを作れ、あれを作れ」と指図されては文句タラタラ言いながらも完璧に注文をこなしてみせるという……なんというか、悪友という言葉がピッタリくるような存在ですね。
他にも献残屋を営む柳次や紅一点のおぎんさんなど、愉快な仲間たちはまだまだいますが、『遠巷説百物語』にも登場する2人をここではご紹介させていただきました。
2.『遠巷説百物語』とは
さて、シリーズの特徴をご紹介したところで、肝心の『遠巷説百物語』に移りましょう。
今までシリーズの舞台は江戸近辺が中心だったのですが、今回は盛岡が物語の舞台です。盛岡の辺りといえば柳田国男の『遠野物語』でも有名です。元々、妖怪やらお化けやらの伝承が多い地域のようなんですね、まさに『巷説百物語』シリーズにピッタリのお土地柄なわけです。
物語は江戸末期のころ、盛岡藩の中でも遠野保という地方がお話の舞台になっています。これは作品を読んで知ったのですが、盛岡藩の藩主は「盛岡城」にいるわけですが、この遠野保という土地には別に「鍋倉城」というものがあり、藩主とは別の領主が認められていて、盛岡藩の中でも別格の扱いを受けていた土地だったそうです。
その、遠野保の領主である南部家の若き当主に仕える侍・宇夫方祥五郎が本作の主人公です。
彼は当主から「民の間に交わって、そこで話題になっている噂を集めてこい」という密命を受けた「御譚調係(おんはなししらべかかり)」という役目についています。
こういうと大層な役割のようですが、要は「いったんお抱え侍の身の上を解任するから、浪人になって市井の声を集めてこいや」ということです。急に偉そうな気配が消えましたね。
信頼されて大任されたのか、それとも体よく追っ払われたのか、判断が難しいところですが(真相は本書を読めばなんとなくわかります)、宇夫方は主命を果たすべく、本当かどうかも疑わしい噂話を集めまくります。
いわく、「あの店、そろそろ危ないらしいよ」とか。
いわく、「最近こういう絵が流行ってるんだって」とか。
中には「最近若い女の子をさらっては火をつけて殺す事件が連続している」といった剣呑なものまで。
そしてそれらの噂に紛れて、必ず聞こえてくるのが「妖怪」の噂。
遠野保は柳田翁が特別な関心を寄せたように、噂に登場する妖怪もなかなかに個性的です。
正直、妖怪の噂はデマと決めつけて調査もせずに済ませてもいいのにと思うのに、生真面目な性格の宇夫方は妖怪の噂もしっかりと裏付け調査をしようとします。
そうこうするうちに、宇夫方は世にも奇妙な事件の渦中に巻き込まれてしまうのです。それこそ、妖怪のしわざとしか思えないような摩訶不思議な光景が目の前に……!
しかも、その妖怪騒動の後には不思議と、全ての揉め事が綺麗に丸く収まっているから、すごい。
だからと言って「妖怪、ありがとう!」となるほど宇夫方はおめでたい頭の持ち主ではありません。
妖怪騒動の裏に何が起きていたのか?
『巷説百物語』シリーズの醍醐味である、解題を宇夫方と一緒に驚く羽目になるのです。
どんなカラクリが裏で仕組まれていたのかは、ぜひ、本書を手に取ってお楽しみいただくとして、どんな事件が本書には登場するのか、さわりの部分をご紹介しておきましょう。
3.簡単なあらすじ
『遠巷説百物語』は6つの短編が収録されています。基本は1話完結ですが、短編同士がゆるーく関係しあう、連作短編集の形になっています。
それでは、6つの短編それぞれの簡単なあらすじをご紹介しましょう。
『歯黒べったり』
主命により噂話を集める宇夫方祥五郎。宇夫方のために噂話を集めてくるのが乙蔵という男である。
乙蔵が集めてきたのは3つの噂。
「お菓子の大店が座敷童が出て行ったから経営が危なくなってきている」
「お歯黒をつけたお化けがでるらしい」
「浄土絵が流行っているらしい」
脈絡もなければ根も葉もなさそうな噂ばかり。とはいえ、主人のためにその真偽を見極めるべく、噂を一つ一つ確かめていく宇夫方。
そして、宇夫方はお歯黒お化けに出会ったという侍のもとに、その話を聞きに訪れる。
お歯黒お化けが本当に出たと言い張る侍に、宇夫方はそのお化けの意外な正体を語る。
『礒撫』
凶作が続き、荒れた世情となっていた盛岡藩内。
しかし今年は久方ぶりの豊作に恵まれ、「これで藩内の世情も落ち着くだろう」と安心していた宇夫方。しかし、いつも噂話を集めてくる乙蔵によれば押し寄せ(民衆が政治の不満を暴力で訴えること)が起きる一歩手前まで状況は緊迫しているという。
慌てて事の次第を確かめようとする宇夫方の目の前に現れたのは、最近目撃が相次いでいた超大きな魚であった。
『波山』
このところ、凄惨な事件が遠野保では起こっていた。
若い娘が行方不明になり、人さらいかと思えば、後に焼き殺されたむごい姿で家の前で発見されるというものだ。
宇夫方はいつものように乙蔵と事件について語らううちに、乙蔵の口から「今回の事件は鶏のしわざだ」と聞かされる。
宇夫方は「そんな馬鹿な」と思いつつ、最初の犠牲者が出た店、鳳凰屋を調査する。
『鬼熊』
今回乙蔵がもたらした噂は2つ。
一つが隠れ女郎屋があるという話。遠野保では女郎屋は禁制されており、本当なら即刻取り締まらねばならない問題である。
もう一つが熊が出たというもの。熊自体は珍しくはない。しかし、その熊はとてつもない大きさで、さらに里にまで下りてくるというのだ。
剣呑な噂に驚く宇夫方。しかし、その巨大熊と3人の人間の死体がみつかるという事件が起きる。
『恙虫』
遠野保で疫病が発生した。
そんな噂がたち、感染を防ぐためにとある地区が封鎖されることとなった。
その地区の一つの家に暮らす志津は父を突然死で失っていた。
父が死んだのは疫病のせいと信じ、不便な生活を強いられても残された母と2人、けな気に暮らしていた。
が、そこに飛び込んできたのは、この度の封鎖は疫病のせいではないというもの。
ではなんのために封鎖されたのか?
疑問と共にもたらされたのは封鎖地区を焼き討ちするという信じがたい暴挙であった。
『出世螺』
『恙虫』事件の裏に隠されていたのは、盛岡藩内で起きていた不祥事事件であった。
もし、この事件の黒幕が明かされなければ盛岡藩は潰されてしまうかもしれない。
盛岡藩の危機を救うため、主人自ら宇夫方に真相究明の命令をくだす。
そして宇夫方のみならず、乙蔵や志津といった、遠野保で出会った友人たちも不祥事の闇に巻き込まれ命の危険にさらされていく……
いかがでしたでしょうか?
『巷説百物語』シリーズはどこから読み始めても大丈夫なので、これを機会に『遠巷説百物語』から読み始めてもいいかもしれませんね。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。