サンドバッグにされても……わずかな光がさす『夜がどれほど暗くても』読書感想
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夜がどれほど暗くても 中山七里 ハルキ文庫
中山七里さんといえばミステリが代名詞の作家さんではないでしょうか。デビュー作の『さよならドビュッシー』から始まり、次々とミステリのシリーズや単発本を発表されています。
本作『夜がどれほど暗くても』も帯や裏表紙の紹介文を読む限り「ミステリ」として売り出しています。しかし、私はこの本、「ミステリじゃない」と思います。
ミステリ要素もありますが、それよりも「再生の物語」ではないか、というのが読み終わった直後の感想でした。
主人公も含め、本作にはサンドバッグのように痛めつけられる人々が登場します。その人々が痛みをこらえたままうずくまるのか、それとも懸命に立ち上がろうとするのか……
人生のどん底にたたきつけられた人間の姿が克明に表現されている作品でした。
それでは、あらすじと感想をまじえながらご紹介していきましょう。
1.簡単なあらすじ
まずは簡単なあらすじからご紹介しましょう。
主人公は雑誌「週刊春潮」の副編集長の志賀倫成(しがみちなり)。春潮はスキャンダラスな記事をウリにしており、会社の看板ともいえる雑誌です。若手の中には仕事に疑問を持つ者もいるものの、志賀自身は会社を支える仕事をしているという自負を持っていました。
家庭では専業主婦の妻と、大学生になり家を出て一人暮らしをする息子を持ち、幸せな人生を送っている……とそう思っていました。
しかし、その幸せは一晩でもろくも崩れ去ります。
夜明けに志賀夫妻の家を突然訪れた警察、彼等から志賀は驚愕の事件を知らされます。志賀の息子が2人の人間を殺害し、自らも自殺したというのです。
唐突な、そしてあまりにも悲惨な事件に呆然とする志賀。それに追い打ちをかけるように、息子の犯行動機を聞かされます。息子が殺したのは受講している講義の女性講師とその夫であり、息子は女性講師をストーカーしていた……横恋慕の末の犯行だったというのです。
志賀は幸せな家庭を失いました。しかし、彼が失ったのはそれだけではなかったのです……
2.加害者遺族となること
私にも息子がいます。まだまだ幼く、どんな人間になるのだろうと期待と不安の入り混じった気持ちで見守っています。かけがえのない、宝物そのものといった存在です。それだけに、突然、最悪の形で息子を失った志賀とその妻の心情は察してあまりあるものがあります。現実の事件ではない、作り事の世界の話だとわかっていても胸が痛くなりました。
しかし、志賀を待ち受けていたのは息子を失った悲しみだけではありません。息子が「事件の加害者」だったために、志賀は「加害者遺族」という特殊な立場に立たされます。
息子を失って途方に暮れる志賀の周りには常にマスコミからのマイクやカメラの嵐、郵便受けには匿名の手紙、マンションの廊下や玄関には落書き、家に閉じこもってもテレビやネットを見ることすらできません。なぜならそれらは世間の「悪意」の塊だから。
十分ひどい目にあっていますが、ここまではあくまで想像の範囲内に収まっているのではないでしょうか。「きっとこうなる……」と思い描けるレベルです。が、さらに、志賀の場合は特有の事情があります。自身の仕事が記者で、しかもスキャンダラスな記事ばかりを扱ってきたために、雑誌上で書いてきた好奇心や悪意はまさにブーメランのように志賀に向かって跳ね返ってくるのです。せめて仕事に没頭しようとしても、「あんた、あの事件起こした犯人の父親だろ?」と、取材相手にまで嘲笑や罵倒を浴びせられる始末……
志賀は世間のサンドバッグになったかのように、日々を打ちのめされて過ごすことになります。こういった地獄のような苦しみが本書の大半を占めていると言っていいでしょう。
被害者遺族の悲しみ、苦しみをつづった小説はいくつも読んだことがありますが、「加害者遺族」の目線で語られる小説というのはぱっとは思いつきません。『夜がどれほど暗くても』は主人公が「加害者遺族」という特殊な立場に立たされるという珍しい設定を選択した作品です。
疑似体験が小説の大きな楽しみの一つですが、これは疑似とはいえ、相当キツイ読書体験になりました。
せめて元気な時に読んでください、落ち込んでいる時はおススメしません。
しかし、ただ苦しい、悲しい、辛いだけでは本書は終わりません。タイトルからもニュアンスが感じ取れますね。このお話には少し「救い」の気配があるのです。それが、「被害者遺族」の存在です。
3.本来、交わらない糸
本書の主人公は「加害者遺族」ですが、被害者遺族として一人の少女が登場します。主人公の息子が殺害したとされる夫婦の一人娘、奈々美です。この奈々美が本作では超重要な人物として登場します。彼女の立ち位置を一言で言えば「ヒロイン」。若干14歳の少女であり、主人公とは年齢が違い過ぎるし、加害者側と被害者側で憎しみあうことは想像に難くなく、本来交わらない糸のような存在です。
実際、主人公と奈々美のファーストコンタクトは散々なものです。憎しみや怒りをぶつけあう出会い方をしています。その後も奈々美と主人公は顔をあわせる機会自体は少ないですが、互いに負の感情を募らせていくような描写が続きます。
そこからどうやって奈々美はヒロインになっていくのか? その過程に、本作の「救い」があります。
と、ここで一言添えておきますと、奈々美はヒロインという立場にいることは間違いないですが、主人公と恋愛関係になるわけではありません。主人公はスキャンダラスな記事を追いかけている記者ではありますが、自分がそういったことに手を出すような大人ではありません。
では、主人公と奈々美はどんな人間関係を構築していくのか? 名前を付けるとしたら、それは罪悪感や贖罪、あるいは代替行為といえるのかもしれません。。。具体的な内容は本作の大事な展開の一つなので、ぜひ読んで確かめていただきたいと思います。
ただ、私が読んだ感想としては、彼らの人間関係は構築に至る前段階、あくまで「人間関係の構築至る入口」辺りで踏みとどまっている関係に終始したかなと思います。
互いに負った傷跡の深い分、簡単に馴れ合ったりはしない辺りに、ハリウッド映画とは違ったリアリティが感じられて、話の展開に好感が持てました。
奈々美も第一印象の悪さから少しずつ、年齢の割に背伸びをせざるを得なくなった環境の過酷さを忍ばせる芯の強さ、そして年相応な少女の部分と、人間としての柔らかみのある部分が徐々に出てきて素直に「本当は良い子なんだろうな」と感じさせてくれました。
4.ミステリというより
本書の半分以上はこれまで書いてきたような「加害者遺族となる苦悩」や「被害者遺族との関わり」でできています。
しかし、本書の裏表紙にも書いてある通り、一応ジャンルとしてはミステリをうたっているだけに、終盤に入ってから一気にミステリらしく、息子の事件の真相へと話が迫っていきます。
ただ、ミステリだと思って本書を読むと期待外れになってしまうかな、と思います。真相自体が意外性があるというより拍子抜けするようなものですし、そもそも事件の真相を主人公自身が本腰をいれて追っていく描写も薄いです。
中山七里作品ということで、ミステリの部分を期待して読み始める方も多いかと思うのですが、やはり本作のメインは「再生の物語」。タイトル通り、夜が暗ければ暗いほど、わずかな光であってもとてもまぶしく感じられる。それがどんなにわずかでも、少しずつでも歩み寄ればやがて大きな光にすることができるのではないか? 終盤に近付くまでは辛さばかりですが、徐々に希望に胸が膨らんでいく、そんな救いを感じさせてくれます。
家族も仕事も社会的地位も、全てを失った中年男がそれでも人生の再スタートを切るためにもがくストーリーと思って読めば、高い満足度の作品だと思います。
いかがでしたでしょうか?
記事の途中で「落ち込んでいる時はおススメしません」と書きましたが、本作の読後感はかなりいいです。絶望のまま終わるわけではありませんので、そこは安心して手に取っていただけたらな、と思います。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。