イヤミスだけが売りじゃない、湊かなえさんによる感動のラスト『落日』読書感想

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今回ご紹介する本はこちら

落日  湊かなえ  ハルキ文庫

湊かなえさんと言えば、何を思い浮かべますか? 鮮烈な印象の代表作『告白』? 本屋でも多くの作品が平積みされているベストセラー作家でもあります。

私が湊かなえさんで思い浮かべるのは「イヤミス」という言葉です。最近よく聞くようになった言葉で「読んだ後に嫌な気分になるミステリ」という意味です。湊かなえさんの作品は代表作の『告白』をはじめ、イヤミスの名に恥じぬ(?)作品を多く発表されています。確かに、『告白』のラストの衝撃はすごかった……人間てここまでぶっ壊れるんだな……

今回ご紹介する『落日』は私にとって久しぶりの湊かなえ作品です。イヤミス、少し苦手なもので……これもかなり覚悟を決めて読み始めたのです、が。

読み終わってビックリ。これはいい意味で裏切られました。

本作は「イヤミス」とは呼べないかも……

ラストまで読むとこれまでの湊かなえ作品の印象をひっくり返してくれました。途中、「さすがイヤミスの女王!」といったぞわーっとする感覚になる展開もまじえつつの、感動すら覚えるラストへの持っていき方、すごいです。偉そうな言い方になってしまいますが、湊かなえさんの進化を読み取った思いでした。

それではあらすじと感想をまじえながら内容をご紹介していきましょう。

1.簡単なあらすじ

まずは簡単なあらすじからご紹介しましょう。

主人公は2人、両方とも女性です。

1人目が甲斐千尋。ただしこれはペンネームで、彼女の職業は脚本家です。大物脚本家・大畠先生の目に留まり、事務仕事の傍ら仕事を手伝い脚本家として修業していずれは自分も売れっ子脚本家になる! ……という夢を抱いて早何年、結局「甲斐千尋」の名前でクレジットが出た作品はまだ1作。仕事も鳴かず飛ばず状態な上に、恋人にも浮気され公私ともに不調の波に襲われている、そんな時に思わぬところから千尋にチャンスが舞い込みます。

そのチャンスをもたらしたのがもう一人の主人公、長谷部香です。女優のような美貌の持ち主でありながら、自身の職業は映画監督。カメラを向けられる側ではなく向ける側を選択した香は、映画祭で受賞し期待の新人として華々しくデビューしたばかり。

香が次回作のテーマに選んだのが「笹塚町一家殺害事件」。ひきこもりの兄が妹を刺殺し、その後家に放火、就寝中だった両親も焼死させてしまうという悲惨な事件です。

事件が発生した笹塚町が千尋の故郷ということもあり、香は千尋に脚本を書いてくれないか? と依頼を持ち掛けるところからお話はスタートしています。

2.しぼむ期待?

この後、本編では千尋は脚本を書くために自分の故郷で起きた「笹塚町一家殺害事件」を調べていくことになります湊かなえさんはミステリ作家、『落日』では「笹塚町一家殺害事件」の真相を追う内容となっています。

「本編では」と書きましたが、実は本書、冒頭から主人公の脚本家たちが登場するわけではありません。本編が始まる「第1章」のまえに「エピソード1」として、誰なのかもわからない、本編には無関係そうな一人の少女の過去が語られるのです。

この少女のエピソード、なかなかに心を鷲掴みにしてくる強烈さです。一言で言ってしまえば幼い娘へ母親が虐待を繰り返すシーンの連続なのですが、少女が幼いながらに母をかばう気持ちや、孤独の中にも救いを見出すシーンもあって少女の賢さや健気さに心を大きく揺り動かされます。

「これはこの後の展開が気になるし期待できる! 肝心の一家殺人事件にもどう関係してくるんだろう?」と、それはそれは期待感を大きく膨らませて本編に入っていく

のですが……

ワクワクとした気持ちはわりとあっさり裏切られます(笑) 第1章に入ったとたんに鳴かず飛ばずの新人脚本家の視点になり、期待感がしぼんだ感がありました。でもこれは仕方のないことかもしれません。小説の冒頭では主人公や主要登場人物たちの性格、境遇、舞台設定などを説明的な内容になるのが当然で、いきなりエンジンふかして盛り上がるシーンが来る方が珍しいのです(まれにそういう離れ業をやってのける作家さんもいますが)。

しかし、そういった小説のお約束を抜かしても、ものすごく読みづらさを感じるんです。「エピソード1」を読んだ時には全く感じなかったのに、「第1章」に入ったとたんに感じる違和感……

その違和感の正体は、「主人公たちの秘密」にあります。

脚本家にしろ監督にしろ、どうも過去に何か秘密があるような気がする。特に小説の本編は脚本家の視点がメインになるため、彼女に感じる違和感はどぎついものがありました。歯切れが悪いというのかなんというのか、「どうしてそう思ったのか、考えたのか?」その根本にあるものを全く知らされずに思考の結果だけを知らされるので、読んでいるこっちは「なんでそうなった!?」と不思議に感じたりモヤモヤさせられることが多かったです。

序盤~中盤にかけては主人公たちに感じる違和感にモヤモヤさせられることも多く、少々読みづらい……と思ってしまいました。

が、これは物語の大事な伏線だったのです。

3.ヘイトすらも大事な伏線

伏線うんぬんの話に入る前に、ここで本書の構成をご紹介しておきましょう。

本書の始まりは名も知らぬ少女の過去が語られる「エピソード1」から始まり、脚本家たち主人公のお話が繰り広げられる「第1章」と続き、それ以降「エピソード2」「第2章」「エピソード3」……と、過去と現在を重ねたミルフィーユのような構造になっています。

過去と現在を行き来しつつ物語は進んでいきます。現在をえがいた本編の方は前述した通り、違和感だらけでイマイチ気持ちが盛り上がり切らなかったので、最初の方は過去をえがいた「エピソード」のほうに関心が奪われました。

まず気になるのはエピソードでつづられる過去編の主人公である名も知らぬ少女の正体が誰なのかです。しかしこれは実は、「エピソード2」まで読み進めると「この人だろうな」と見抜けるようになっています。そしてその人物は現在編にも登場しているんです。

過去と現在の繋がりが見つかったところで、現在編では主人公たちが本腰をいれて「笹塚町一家殺害事件」の真相を追い求めようと動き出します。こうなってくると、現在編のミステリとしての面白さも加速してきます。

現在編を読んでは事件の真相にハラハラし、過去編を読んでは現在編にどんな影響があるのかワクワクし……と、「第1章」を読んで感じた期待外れ感はすぐに薄まってホッと安心……

ところが、それでも残ったのは読みづらさ、そして違和感です。

映画作りのために「笹塚町一家殺害事件」を追っていく過程で違和感はむしろさらに強まります。特に脚本家の千尋に対しては「ヘイト」を感じたと言っても過言ではないでしょう。キツイ言い方になりますが、あえて本書を読んでいた時の気持ちをそのまま書いてしまうと「こんな人(千尋)の書いた脚本は読みたくない、見たくない」です。自分でも自覚しているようなんですが、見たい現実しか見ない、見たい現実しか書けない、それが脚本家としての千尋の実力であり在り方なんですね。だから事件の詳細を調べるにしても「え? そこ調べないまま放っておいたの?」だったり、資料になるはずの裁判の様子を見にいっても感想が薄っぺらい……やる気がない、本当は脚本なんて書く気がないんじゃないか、そんな風に見えてしまいました。

千尋にはこうしてイライラ、モヤモヤさせられて、「これもイヤミスの女王ならではの表現か」と思いもしたものです。

しかし前述の通り、後半に入るとすべてが重要な伏線だったこともちゃんとわかるようになっているので安心してください。

繰り返しになりますが本書はミステリ。表面上のメインになっているのは「笹塚町一家殺害事件」の真相ですが、裏にはもっと大切な「謎」が潜んでいます。

それが脚本家と映画監督、2人の主人公の過去と、そして製作スタイルの在り方です。

特に2人の製作スタイルは全然違っていて、出会ったばかりの2人のままだったら出来上がった映画はつまらないものになったでしょう。千尋は「見たい世界しか書けない」、監督は「事実も、関わった人の感情も知りたい」と表現したいこともそのレベルもチグハグもいいところ……むしろ完成までこぎつけたらすごい、というほどの方向性の違いでしょうか。

この異なる製作スタイルの違いをもつ2人のクリエイターがどうやって形作られたのか、これが事件の真相を紐解く裏側で書かれている大切なテーマです。

特に映画監督よりもクリエイターとしてのレベルが低いと感じられる脚本家・千尋がどうやって自分に染みついている製作スタイルの壁を壊していくのか……? 果たして壊せるのか? 千尋の成長や進化も克明に表現されています。

前半の違和感やヘイトもなんのその後半からは笹塚町一家殺害事件の真相究明も大詰め、千尋が一皮むけるのかも気になり……と読みごたえたっぷりでした!

そして、過去と現在を行き来していた物語の一番最後は「エピソード7」で、過去と現在が綺麗に繋がり感動すら覚えるラストへと続いています。

いつの間にか、2人の主人公の作った映画を観てみたいと思えるようになっていました。

4.さすがイヤミスの女王

最後に『落日』で見せつけたイヤミスの女王こと、湊かなえさんらしい部分もご紹介しておきましょう。

冒頭にも書きましたが、『落日』はイヤミスではありません。しかし、随所に「うっ……」と息がつまるような痛みを感じる描写は多用されています。

例えば、作中に登場する重要人物である「沙良ちゃん」。ちょっと目立つくらいの美少女と表現されているのですが、その美少女っぷりを吹き飛ばすくらい、なかなかにアクの濃いキャラクターをしています。

いじめっ子だとか王女様気質の子だとか、そういうことではないんですね。そばにいるだけで心が警報音を発するタイプというのでしょうか。虚言癖があるとか、友人や恋人をアクセサリー感覚にしか思ってないとか……いやあ、こんな子同じ学校にいてほしくない、そこまで思ってしまうほどの毒の持ち主です。

他にも2人の主人公の過去だったり、現在の千尋の周囲にいる人々の態度だったりと、別に自分には何の被害もないくせに「心折れそうだなあ……」と思わせるエピソードがけっこうあります。

重ねて言いますが『落日』はイヤミスではなく、むしろその逆をいく物語です。しかし、イヤミス好きにも楽しめそうな要素があるので、普段の湊かなえ作品が好きな方にも手に取っていてほしいなと思います。


いかがでしたでしょうか?

気がめいったり、なかだるみ感もある作品ですが、そういった湊かなえ作品らしさの先には、衝撃の笹塚町一家殺害事件の真相あり、感動のラストありと心に印象深く刻まれることになる世界観が広がっています。イヤミスが苦手だなという方もぜひ手に取ってみてくださいね。

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ感想など、コメントに残していってくださいね。

違和感だ。

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