たった一行のあらすじに引き寄せられる強烈なインパクト『完全無罪』読書感想
こんにちは、活字中毒の元ライター、asanosatonokoです。
今回ご紹介する作品はこちら
完全無罪 大門剛明 講談社文庫
誘拐された過去を持つ女性弁護士が弁護することになったのは、過去に自分を誘拐したかもしれない人間だった……
「え? なんでそんなことに?」とあらすじを何度か読み返してしまうくらい、強烈なインパクトを持った作品、『完全無罪』。
過去に誘拐されたって本当?
どうやって解放されたの?
誘拐犯は逮捕されなかったの?
なんで大人になって再会したの?
しかも弁護することになったってどういう経緯で?
あらすじのたった1文だけでも頭の中に疑問の嵐を巻き起こして興味をひくことに成功している『完全無罪』ですが、読み進めていくとあらすじの1文は作品の持つ魅力のほんのわずかな部分だけだったことに気づかされます。
過去の誘拐事件の謎を追いながら、現在進行形で進んでいく不穏な人間模様は読みごたえバッチリです。
それでは、あらすじと感想をまじえながらご紹介していきましょう
目次
1.簡単なあらすじ
2.もう一人の主人公、有森
3.ご都合主義? テンポ良い展開
1.簡単なあらすじ
まずは簡単なあらすじからご紹介しましょう。
物語冒頭のプロローグは、幼い少女が何者かに追い掛け回されて怯えながらも山道を駆け抜けるという不穏なものから始まっています。
得体の知れない「怪物」のようにも感じられる人間から逃げる少女……
緊迫感のある幕開けですが、第1章でプロローグは大人に成長した主人公が見た夢だったことが分かります。
主人公は松岡千紗。大手弁護士事務所に籍を置く若手弁護士です。
千紗は幼いころ、何者かに誘拐され監禁されましたが、自力で抜け出してきたという過去の持ち主です。
最悪の被害は逃れたものの、千紗の心には誘拐の記憶はいまだトラウマとして深い傷を残し、不眠症といった症状に現れています。
プライベートではそんな不安を残しつつも、千紗の仕事は一見順調そのもの。
物語のしょっぱなで、難しいと思われていた裁判の完全無罪を勝ち取ることに成功しています。
今を時めく敏腕若手弁護士……と、有能のレッテルを貼られている千紗ですが、彼女自身はいたって冷静で、勝ち取った完全無罪も周りの協力と運が良かっただけと受け止めています。
弁護士になれるだけある聡明さと、若さに似合わぬ達観を兼ね備えたヒロイン像が見えてきたところで、お話は本題に入ります。
千紗が勤めるフェアトン法律事務所のボス弁護士・真山健一から新しい弁護の話が舞い込みます。
内容は、21年前に起きた少女誘拐殺人事件に関わるものでした。
犯人は既に逮捕され、裁判でも有罪が確定し無期懲役の判決が出ています。
しかし、逮捕され服役中の平山聡史は冤罪を主張し、裁判のやり直しを求めていたのです。
真山は「冤罪の可能性がある」「千紗にとって名前を売るさらなる大きなチャンスだ」と後押しがあるとはいえ、既に判決が出ている裁判のやり直しはハードルが高く、受けるメリットなどほとんどない案件です。
それでも千紗は迷わず打診されたその場で引き受けると返事をします。
千紗は自身の故郷でもあり、事件を起きた町でもある香川県丸亀市へと向かうことになるのです……
2.もう一人の主人公、有森
さて、千紗はなぜ、自身のトラウマをほじくり返すような冤罪裁判の弁護を引き受けることにしたのか?
そんな疑問を抱えたまま、読み手は千紗と共に香川県丸亀市へと旅立ちます。
ちなみに、香川県に丸亀市って本当にあるんですね。某うどん屋チェーンの名前は地名に由来があったということを初めて知りました。
それはさておき、千紗は過去の誘拐事件を洗い直したり、弁護をする当人である平山聡志に面会したりと忙しく丸亀市を駆けずり回ることになります。
千紗の目線で事件を洗い直しながら、冒頭の疑問「なぜ自分のトラウマをほじくり返すような冤罪裁判の弁護を引き受けることにしたのか?」という問いの答えも見えてきます。
この過程で主人公兼ヒロインの千紗の性格もよりよく伝わってきます。
周りの助力に感謝する謙虚で冷静な一面を持ちつつも、仕事への情熱をもち、なにより自分の過去に向き合う強さを持ち合わせた聡明な女性……
少々、自分への好意に鈍そうな部分を除けば、とても魅力的な女性像として表現されています(むしろ欠点すら嫌味にならない美点かもしれない……)
本作のメイン視点はあくまで千紗ですが、丸亀市では「もう一人の主人公」ともいえるほど気になる存在が登場します。
むしろ、序盤はこの人への興味本位で読み進めていったと言っても過言ではないかもしれません。
元刑事・有森義男。
「元」はつきますが、彼が現役のころに携わった事件こそ千紗がたずさわることになった冤罪疑惑のある誘拐殺人事件です。
渦中の人物である平山を逮捕したのは現役時代の有森だったわけです。
当時の事件をよく知る人物として有森は登場するのですが……どうやら有森、何か事件について「不都合な事実」を握っているらしいことが分かってきます。
刑事として平山の有罪を確信している有森ですが、彼が過去の誘拐殺人事件について何を知っているのか? ……いえ、「何をしたのか?」これが物語前半の大きな謎となってお話をぐいぐい引っ張っていきます。
3.ご都合主義? テンポ良い展開
トラウマを抱えつつも奮闘する魅力的なヒロインに、元刑事の抱える謎という要素に引っ張られて読み進めていく前半、物語のページ数的にもそろそろ折り返し地点、というところで、物語は急展開を見せます。
単なる急展開、というよりも「ご都合主義による」急展開、といった感じでしょうか。
これまでの謎やヒロインが戦ってきたものがあっけなく瓦解して、あっという間にヒロインにとって超都合のいい方向にお話が向かって行きます。
まあまあ、小説や映画なんかではよくある奴です。
終盤になって「ここまでの苦労はなんだったの!?」というくらいにあっけなくクライマックスになだれ込んでしまうお話がありますが、それが中盤に早くもおきてしまったような……
この時点で、「このお話、大丈夫かな」と不安がこみあげてきたのは正直な感想です。
しかし、ここで「もう読むの、止めようかな」となるのは少し気が早いです。
もういっそのこと「違和感ありまくり」ともいえる中盤のご都合展開ですが、これも大事な伏線なんです。
その衝撃は物語の最後の最後にやってきます。
ここまでしっかり伏線として織り込んであったのか……! となかなかの驚きだったので、ぜひとも同じ体験をしてみてほしいと思います。
4.「怪物」とは?
最後に、本書『完全無罪』を読む時に「これはぜひとも意識しながら読んでほしい!」というワードがあります。
それが「怪物」です。
幼いヒロインを誘拐した犯人のことを、回想の中でヒロインは「怪物」と称しています。
顔や体型などの特徴はほとんどわからない誘拐犯ですが、逃げる時に背後に感じた脅威からか、ヒロインの記憶の中には「怪物」が追ってくるという恐怖が刷り込まれているようです。
この「怪物」というワード、ヒロインが誘拐犯を例える以外にも、本書の随所に登場します。
「怪物」とは誘拐犯といった具体的なもののことを指している場合もあれば、人の心の中に住む悪意や憎しみをさして「怪物」としている場合もあります。
怪物という言葉自体、恐ろしいイメージの付きまとう言葉ではありますが、あなたの中ではどんな存在のことをイメージするでしょうか?
そして本書の中では、これこそが「怪物」の正体である、というものが登場します。
本当に怖い存在とはなんなのでしょうか?
本書の「怪物」の正体をぜひとも突き止めてほしいと思います。